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第七話「秋葉原決戦場」

「カッとしてやりました。今は反省してます」

「このバカ」

「はい、バカです」

「逆切れバカ」

「はい、逆切れでした」

「お前、自分がなんで左遷させられたか分かってるか? 灯里でトップを取る? このざまでか」

「……ぐぅ」

「ぐぅの音出してんじゃねえ。出ねえんだよ普通は!」


 時刻は午前二時を過ぎ。

 警察が現場検証をしている横で、那由多は牧の説教を受けていた。

 まだ周囲に一部の一般市民たちが残り、その中に那由多達を追ってきたメイド喫茶の客たちも混じって見ている中で、路上で正座する那由多に、牧はくどくどと小言を重ねている。

 そこへ、警察との話を終えた迦具夜が歩み寄ってきた。


「牧くん、そこをどきなさい。……那由多ちゃん」

「はい」


 パンッ。

 乾いた音が響いた。

 頬を叩かれた那由多が固まっている。


「叩かれた理由は分かってる?」

「……はい。制止されたにも関わらず、『ド根性』を使いました」

「違うわ」


 即座の否定に、那由多はきょとんとして迦具夜を見返した。


「貴女は、暴走を止めようとしたマユマユを跳ね飛ばした。仲間を攻撃したのよ」

「……クイーン、あれは違う。那由多はリュカオーンにトドメを刺そうとしただけで」

「牧くん。それは本気で言っているの?」


 間に入った牧にも、迦具夜は厳しい視線を向ける。


「意図はどうあれ、シルバー・デストロイのオーラがマユマユに衝撃を加えたのは事実。そんなつもりなかったなんて、余計たちが悪い。無意識に仲間を攻撃するアルテミスなんて、たとえリュカオーンを何百体倒したところで、百害あって一利なしよ」

「……」

「……すみません……」


 絶句する牧と、素直に頭を下げる那由多。

 那由多は、迦具夜の背後に立っている仲間たちに向かっても、頭を下げた。


「マユマユ、ごめんなさい」

「……いいよ。ナユ吉の性格を知っていて、迂闊に近づいたオレも悪かった」


 摩佑は謝罪を受け入れる。


「ま、ナユタはしゃーないか」

「頭に血が上ると、自分で止めらんないんだよね、ナユタちん」


 魅衣子と祥も、この一ヶ月の付き合いで那由多に悪気がなかったことは分かっているから、反感を持つことは無かった。

 だが、迦具夜の怒りだけは続いている。


「一番悪いのは、牧くんね」

「俺?」

「この十年間。いいえ、A’sに入ってから二年間でもいいわ。貴方は何をしてきたの? 本気で彼女の暴走癖を止めようと、那由多ちゃんを一人前のアルテミスにしようと、指導してきた?」

「……当然だ」


 後ずさりながら牧は答える牧に、迦具夜は更に顔を近づけて叱咤する。


「どうかしら。さっきの的を射ない叱り方聞いてても、私には牧くんが那由多ちゃんの人としての成長を放棄しているようにしか、思えないわ」


 チッ、と舌打ちする牧。

 正座していた那由多が立ち上がり、迦具夜に詰め寄る。


「待って迦具夜。牧はいつだって、わたしの為に一生懸命だった! なんにも知らないくせに、適当なこと言わないで!」


 幼馴染の那由多と牧。

 特にあの雨の夜から十年間、二人は片時も離れることはなく、支え合って生きてきた。

 那由多にとって、迦具夜の言葉こそ的外れで、心外だ。


「俺が、誰の為に」


 キチ……


「えっ?」


 那由多が驚いて振り返り、牧を見た。

 牧の方も、唐突な那由多の動きにびっくりして見返している。


「どうした?」

「いや……なんか、今、音が……」


 空耳か、と那由多は首を傾げる。無表情な牧。

 そして迦具夜は美しい眉を顰めて、その牧を見ていた。


(……マキナ。貴方はやっぱり)


「――リープカウンター、数値増大っ!」


 魅衣子が魔力モニターを展開させて、叫んだ。

 と同時に。


〈おい! なんだコレは!〉

〈きゃああ!〉


 駅前広場で、警察と目撃証言を聞かれていた市民の悲鳴があがる。

 迦具夜の目配せで、摩佑、祥、魅衣子が弾かれるように駆け出した。

 遅れて、那由多と牧も後を追う。

 駅前広場には、那由多が爆散させたリュカオーンの欠片が集められていた。

 朝になり月子線量が低下すれば、そこから素体となった男性の肉体が再生するのだ。

 だが夜明けを待たずして、バラバラだったリュカオーンの体が融合を始め、千切れ飛んでいた触手がウネウネと動き出している。


「あ、アルテミスの方たち、これはどういうことですか!」


 現場責任者の警官が、迦具夜に駆け寄ってくる。


「リュカオーンは倒したんじゃなかったんですか?」

「ええ。確かに活動停止させました」

「じゃあ、これはなんですか! まだ夜は明けてませんよ!」


 まだ時刻は午前三時前だ。再生してくるのは、素体である人間ではありえない。

 であれば。


「――リュカオーン、また顕現するよっ! 予測強度は……B!?」


 魅衣子が叫ぶ。


「市民たちを避難させて! それからA’sに通報を!」

「ギュオオオオオオン!」


 迦具夜が警官に指示を出した直後、怪物の叫び声が響き渡った。

 先の二倍以上の大きさで、ビホルド級リュカオーンが復活する。そして。

 ギョルン!

 球体を覆う触手の一部が開き、本体に巨大な単眼が開いた。

 瞳は禍々しく黒く輝き、オーラに似た光の粒子が集束していく。


「――ミイちゃん!」

「ダメ、間に合わな――」


 リュカオーンの魔力砲が放たれる。

 市民たちを巻き込み、秋葉原の街を再び薙ぎ払う一撃。

 だがそれは、白銀の輝きによって迎え撃たれた。

 ガガガガガガガガッガガ!!

 名状しがたい音が響き続ける。


「ナユ吉!」

「ナユタ!」


 メイド服をなびかせ、高密度の魔力を纏った拳を突出し、那由多が魔力砲の前に立ち塞がっていた。


「自分の失態は……自分で、償うからぁぁぁ!!」

「ガオオオオオオ!」


 圧力を増す魔力砲を抑え込みながら、那由多は一歩一歩リュカオーンへ近づく。


「ド根性ぉぉぉぉっ!! ……目潰し!!」


 そして、怪物の魔眼へ拳を突き立てた。


「ギャアアアア! ……ガァッ!」


 絶叫をあげてリュカオーンは魔力砲を停止するが、球体の背中側から回り込んで、触手が那由多へと襲い掛かる。


「スラッシュ!!」


 摩佑の魔力が閃き、触手の群れをすべて切り捨てた。

 しかし、切れたそばから組織が盛り上がって触手は再生。

 そのまま那由多を目がけて伸び続ける。


「なっ!?」

「クソがっ!」


 祥が那由多に向かって駆け出す。

 念動力で触手の動きを一瞬抑えこみ、同時に自分の体にも作用させて加速する。

 すんでのところで、那由多を拾い上げて脱出し、救い出した。


「ありがとう、サッチー!」

「気ぃ抜くなナユタ! おいミイっ、なんだコイツ!?」

「再生するリュカオーン……?」


 祥と摩佑は、ビホルド級を警戒し続け赤と青のオーラを纏う。

 魅衣子も魔力コンソールを操作しながら、敵の分析している。


「わかんないよっ! 強度Bは間違いないけど、回復能力を持ってる奴なんてA級以上の筈だよっ!?」

「みんな、落ち着いて」


 迦具夜がすっと腕を上げて、混乱しているアルテミス達に声をかけた。


「見て……魔眼も再生する」


 那由多が潰したリュカオーンの瞳が、ゴボゴボと泡立っている。

 再びあの魔力砲を撃てるようになるのも、時間の問題だろう。


「決戦場に移動して、そこで大魔法で倒すしかないわね。那由多ちゃん、できる?」

「もちろん! わたしを誰だと思ってるの?」


 思いがけず汚名返上の機会を得た那由多は、むしろ張り切っていた。

 迦具夜は振り返る。


「牧くん。A'sの増援は?」

「まだ出払っているらしい。今夜は無理だ」


 グラスカウンターを起動させた牧は答え、迦具夜は頷く。


「よし、じゃあ行くわよ。……サッチー!」

「了解っ! マユマユ、フォローよろしくっ」


 紅いオーラを纏って、祥が怪物目がけて駆け出した。


「ギュオオ!」


 魔眼の回復中で動きを止めていたリュカオーンは、祥を迎撃すべく、触手を伸ばす。


「やらせない、スラッシュ!」


 後を追って駆ける摩佑が、祥に迫る触手を次々と叩き斬った。

 リュカオーンは物量で対抗。ほぼ全身の触手を伸ばし、また斬られた触手の再生も加速させる。


「げえっ!?」

「止まるなサッチー!」


 壁のように迫ってくる触手に慄く祥に向かって叫び、摩佑は跳躍。

 祥の肩を蹴って更に前へと出た。


輪舞ロンド!!」


 そのまま体を回転させ、斬撃魔法を解き放つ。

 円を描くように放たれた魔力の刃は、迫る触手を粉々に切り刻んだ。


「今だ行け! オレも一緒に!」

「ちっくしょ、触りたかねーのに、このマリモ野郎!」


 祥が摩佑の背中に乗って手を伸ばし、リュカオーンの露出した本体に触れた。


「跳躍!」


 次の瞬間、ビホルド級リュカオーンとともに、祥と摩佑の姿が消失した。


「なっ……」

「消えた!?」


 驚愕する那由多と牧。


「〈トリプル・ウィザード〉サッチーの、三つ目の魔法よ。触れた対象と一緒に、テレポートできる。乱発できない大魔法だけどね」


 迦具夜は簡単に説明すると、魅衣子に視線を移した。


「テレポート成功! リープカウンターの反応は、決戦場に移動したよ!」


 魅衣子が魔力モニターで確認して報告する。


「ナユタちん、行くよ! 決戦場で〈シルバーデストロイ〉の全力、見せてよねん!」

「……任せて!!」


 金色のオーラを纏うツインテールを追って、白銀の破壊神は駆け出した。

 向かう先は、秋葉原決戦場。


「牧くん、行くわよ」

「ああ」


 迦具夜が手を伸ばし、牧は躊躇わずにその手を掴んだ。


「……牧くん?」

「なんだ?」


 自分に対する恐れがまったく無かった牧に、迦具夜は驚く。


「早すぎる……」

「なんの話だ?」

「いえ。なんでもないわ」


 そして二人は駆け出す。

 自身もまたアルテミスである迦具夜は、ほとんど牧を抱えるようにして、風のように疾走していった。


  ***


「くそ、決戦場には入れねーんだよなあ……」

「新人の子、大丈夫かな」

「再生するリュカオーンとか初めて見たよ。A’sじゃなきゃヤバいんじゃねーの……」


 残された、灯里から後を追ってきていた店の常連客たち。口々に不安を漏らしている。

 その中で一人、不恰好な石のキーホルダーを手にした男だけが、異なる雰囲気を纏っていた。集団から離れ、携帯電話を手に通話している。


「ああ、プラン・ベータは失敗。ビホルド級の方に作用してしまった。……そうだ、後は泳がせてる方に期待するしかない。……待機は継続だ」


 通話を切った、店で斉藤と呼ばれていた男。手にした石のキーホルダーに目を落とす。

 彼は確認していた。

 ビホルド級リュカオーンが再生する前に、那由多に渡した石が作用していたこと。

 想定外の事態になってしまったが、まだ新月の夜は終わっていない。


「奴は必ず、こちらで回収する……藤堂の好きにさせてたまるか」


  ***


「だああっ!!」


 祥がPKで体を跳ねさせた瞬間、元いた場所が魔力砲で薙ぎ払われた。

 地面は大きく抉れ、直撃していればただでは済まなかっただろう。


「死ぬっ……! 死ぬって!」

「下がってなサッチー、オレがやる!」


 摩佑が左右に大きく腕を広げた。巨大な魔力の刃が二振り、形成される。

 それはあらゆる存在を斬り裂く〈アルティメット・シザー〉の真髄。


「ナユ吉を待つ必要はない。悪いけど、斬らせてもら……え?」


 リュカオーンの巨体が、撥ねた。空中で高速回転し、着地した瞬間に猛烈な勢いで決戦場を転がり始める。


「逃がすか! シザー・クロス!!」


 ザガアアア!!

 摩佑の魔刃が一閃する。地面が斬り裂かれ、廃ビルが両断された。

 ズズン……と崩れ落ちる鉄筋コンクリートの建物。だが、肝心のリュカオーンは斬撃を躱し、退避していた祥に迫っていた。


「ちょちょちょ! なんで! なんでウチの方に来んだよ!」


 必死で祥は、PKを併用して跳ねる。

 リュカオーンはその祥を、執拗に狙い続けた。

 触手を地面に突き刺して急激な方向転換を可能にし、高速回転を維持したまま追いすがる。


「来んなぁー!」

「ああ……その人、確か元ヒキコモリの学生だったんだよね。女の子が触ってくれたのが嬉しくて、サッチーに惚れたんじゃないかな?」

「ふざけんな!!」


 摩佑の冷静な分析を聞いて、祥はブチ切れる。


「こっちはお断りだっつーの! 燃やすぞ!!」


 ドォン!!

 パイロキネシスが発動する。

 駅前で放ったものと比較にならない巨大な炎柱が、リュカオーンを覆い尽くした。

 しかし。


「ギュオオーーーン!」


 高速回転を止めないビホルド級は、炎を弾き飛ばしながら突進を続ける。


「マジで!? ウチの火も弾くのかよ!?」


 PKを中断した祥は、移動速度が鈍っている。そこに、リュカオーンの突進が迫った。


「やば……!」

「つれないなあ、こっちも見ろって!!」


 刃を振りかぶった摩佑が、横合いからリュカオーンに追いついた。


「この間合いで避けれるか! シザー・クロス!!」


 魔力の双刃が、今度こそビホルド級を捕える。

 しかし同時に、怪物の触手を覆っている粘膜が黒く輝いた。

 ズガアアアア!!

 斬り裂かれたのは、再び地面と後ろの建物だけ。

 強化された魔力粘膜は、アルティメット・シザーの刃すら受け流したのだ。


「嘘だろ!?」


 だが、防御に意識を向けた為かリュカオーンの突進は停止した。

 その間に祥は体勢を立て直し、摩佑の手を取って怪物の間合いから離脱する。


「ねえ、マユマユ」

「わかってる。こいつが強度Bとか、絶対にありえない」

「グルルル……」


 リュカオーンの魔眼が、ギロリと二人を見据えた。

 黒い光の粒子が、また集束を始める。


「くるぞっ!」

「わかってんよっ……え?」


 跳ねようとした祥と摩佑の足が、地面から動かない。地面から生えていた触手により、足を絡め取られているのだ。

 見ると、リュカオーンは自らの触手を数本、アスファルトに突き刺している。


「コイツ!?」

「地面の下から!?」


 想定以上の知性を持っていたリュカオーンに、二人は驚愕する。

 魔眼が強く輝く。


「やばいっ……!」


 不可避の攻撃にせめてオーラで耐えようと、二人が魔力を集中したその時。


「……ド根性ぉぉぉぉぉぉ!!」


 上空から聞き覚えのある叫び声が降ってきた。


「ゴオオ!!」


 魔力砲が、二人に向けて放たれる。

 落下してきた白銀の輝きが、壁のように立ち塞がった。


「ぉぉぉぉぉっ! 我慢!!」


 那由多に魔力砲が直撃する。

 耳をつんざく炸裂音が響き渡るが、砲撃はすべてオーラによって遮断されている。


「ハッ!」


 その隙に摩佑の魔法が、自分と祥の足に絡みついた触手を切断。

 祥は摩佑を抱えると、そのままPKで上空へ跳ね上がった。


「ナユタ、オーケーだ!」

「おっ……しゃああ!」


 那由多が自身のオーラを弾けさせる。

 魔力砲を跳ね飛ばし、爆風でリュカオーンの本体も吹き飛ばした。


「ガオォォォン!」


 ダメージを与えるまでには至らなかったが、ビホルド級は数メートル後方に飛ばされ、廃ビルに激突する。


「おまたせ二人ともっ。倒してしまってもよかったんだぜい……って、何あれ」


 追いついてきた魅衣子が、摩佑たちと合流する。そして目標の怪物を見て目を見開いた。


「何って、さっきのリュカオーンだろ」

「いやだって……あれもう、強度Aだよ? 個体の強度が変異中に上がるとか、聞いたことない……」


 魅衣子は魔力コンソールを出して分析を始めようとする。

 しかし。


「ミイッ!!」


 祥が魅衣子を突き飛ばした。

 次の瞬間、地面の下から触手が飛び出して宙を薙ぐ。


「なっ……!?」

「みんな、散開ッ!!」


 追いついてきた迦具夜の声が、響いた。

 アルテミス達は四方に散らばってリュカオーンから距離を取る。

 続けて、迦具夜が銀鈴の声で叫んだ。


「ミイちゃんは私の後ろ、地下からの攻撃を警戒しながら目標分析! サッチーは炎で牽制、魔力砲をこちらに撃たせないで!」

「りょーかいっ」

「わかった!」

「マユマユは触手を狙って、再生しても斬りまくる! 那由多ちゃんは……ド根性でぶん殴れ!!」

「OK!」

「まかせて! 月より彼方にイかせてあげるわ!!」


 迦具夜の指揮のもと、アルテミス達が動き出した。


「ガォォォォン!!」


 リュカオーンが咆哮をあげ、突進を開始する。

 狙っているのは、PKで空を飛ぶ祥。


「げっ、やっぱコッチかよ!」


 ドォン! ドォン! ドォン!

 炎の柱が乱立するが、怪物は意に介さずに突進し、祥との距離を詰める。


「目標のヘイト、サッチーに集中! あいかわらず変な男に好かれるね」

「うっせえオタク女!」


 魅衣子の軽口に叫び返す祥。


「やりやすいわね。サッチー、そのまま上昇!」

「了解、迦具夜さん!」


 PKで、祥は真上に自分の体を上昇させる。

 リュカオーンは足を止め、砲撃を放とうと真上に魔眼を向けた。


「だから、たまにはオレも見ろって化け物!!」


 そこに、摩佑のシザーが連続でリュカオーンに叩き込まれる。

 一本二本ならいざしらず、体表で固まっている触手による粘膜防御で、切断に至る事はない。

 それでも、衝撃で巨体は揺らされ、魔力砲の射線は祥から大きくズラされる。


「ガオォォン!」

「いけ! ナユ吉!」


 摩佑は飛び下って、シルバー・デストロイが全力を出すスペースを開けた。


「ド根性ぉぉぉぉぉぉ!


 充分な助走から、拳に魔力を貯め込む。

 そして破壊神のジョーカー・コードの根源たる、破魔の拳がフルスイングで繰り出された。


「右ストレートぉぉ!! ぶっ飛べーー!!」


 ドォン!!

 余波で、背後の地面までもが爆散する。

 土煙が晴れると、そこには球状の体の半分を失い、触手で辛うじて体を支えているリュカオーンが凄惨な姿を晒していた。


「ガ……ア」

「すごい、あの那由多が、コンビネーションを……」


 実際には最後の攻撃タイミングを指示され、合わせただけだったが、それでも牧は驚いていた。

 A's時代、すぐに単身で突撃して他のアルテミスと連携行動を取れなかった那由多は、牧と二人で単独での出撃しかさせられていなかったのだ。


「分析して陽動。牽制して、それから破壊。チームとして機能すれば、那由多ちゃんの能力はその何倍にも活かされるわ」


 横で迦具夜が、優しく呟いた。

 牧は今まで自分は何をやっていたのか、と自問する。

「那由多の人としての成長を放棄している」と言われた。

 そんなことはない筈だ。共に生きる大切な幼馴染として、真剣に彼女の事を考えてきたはずだった。


 キチ……キチ……


(――当然だ。彼女を探し出す為に、あの女にはアルテミスとして伸し上がってもらわなくては困ったからな)


「えっ!?」


 牧は内心に響いた音と言葉に、声をあげて驚いた。

 身体の内側から聞こえてきた、冷たい、機械のような音と声。


「牧くん?」


 脂汗を流してうずくまっている牧の肩に、迦具夜が手をかけて問いかける。


「……触るなっ!!」


 牧はその手を払いのけて、飛び下った。


 ――怖い怖い怖い。

 ――何が怖い?

 ――この女が怖い。

 ――違う。

 ――自分が怖い。

 ――この女を目の前にして、歓喜する自分が怖い。

 ――自分、じゃない。

 ――それは僕じゃない。

 ――本当の己。

 ――己が二千年焦がれ続けた存在を前に、

 ――泡のようにあえなく僕が消えようとしているのが怖い。

 ――那由多


「さーて、もう二度と再生しないように、最後にもう一発。でかいのかますよ!」

「ナユタ、塵くらいは残せよ? 素体が再生できなくなるかんな」


 腕をぐるんぐるん回す那由多に向かって、降下してきた祥が声をかける。


「そうだな。人間に戻ったらサッチーの数少ない客になってくれるかもしれないしね」

「マユマユ、お前な」


 軽口を叩きあうアルテミスたち。

 一緒に笑う那由多の腰、メイド服のエプロンに付けられた月の石のキーホルダーが、不気味に動いた。


「リープ・カウンター、数値増大っ!!」


 悲鳴のように、魅衣子が叫ぶ。


「強度S!? みんな逃げてっ!!」


 半分の体になっているリュカオーン。それでも残されている数十本の触手たち。

 その先端すべてに、ギョロン! と数十の魔眼が一斉に開いた。


「なっ……!?」


 黒い粒子が個々の瞳に収束する。

 慌てて回避行動をとる祥と摩佑に、那由多。

 だが、間に合わない。

 レーザー光のような魔力砲が乱舞する。


 三人のアルテミスは直撃を受け、地に倒れ伏した。


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