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第四話「フルムーン・アルテミス」

「ダメだ、詠美ママ。この子使えないよ」


 閉店後。

 定例のミーティングにて、大伴祥は見事に盛られていた茶髪を解きながら、吐き捨てた。


「なっ……!」


 これまでA'sの主戦力として、バカ呼ばわりされたことはあっても無能扱いを受けたことはない那由多は、暴言にショックを受ける。


「オロオロしてるだけで、客の反応に合わせて動けないし、気も効かない」


 確かに、今日の那由多は散々だった。

 魅衣子のミニライブが終わり通常営業に戻った後も、那由多はまともな接客はできなかった。

 あげく、右往左往する新人っぷりをからかってきた上客相手に、あやうく殴りかかりそうになるシーンもあった。摩佑が止めていなければ、実際に手が出ていただろう。


「そう言いなさんな。サッチーだって最初は似たようなもんだったよ」


 詠美ママはタバコを吹かしながら答えた。


「そうそう。あんたにだけは、言われたくないだろうしねー?」


 魅衣子がケラケラ笑いながら、ノートパソコンに指を躍らせつつ口を挟む。


「ああ? なんだと」

「今でもあんた、楽な客の横でテキトーにやってるだけじゃん?」

「何が悪いんだよ?」

「プロ意識ないよね」

「ウチは最初からこんな店、腰掛けだっつーの。大学でたら辞めるわ」

「ハイハイ。リア充ぶってる女子大生はさっさと辞めて?」

「リア充? ハッ。ネットと地下しか行き場のないアイドル崩れに言わせりゃ、誰だってリア充になんだろ」

「……誰がアイドル崩れだって?」

「お前だお前。ミイちゃんですよ、ミ・イ・ちゃ・ん」

「頭ん中ハックするよ? このクソギャル」

「その前に捻じ切ってやんよ、オタク女」


 牧のグラスカウンターが、二人の間に魔力の流れを感知する。

 次の瞬間、まったく別の鋭い魔力が空間を裂いた。


「っ……!」

「う……」


 発動しかけた魔法が強制的に寸断され、祥と魅衣子が顔をしかめる。


「いい加減にしな二人とも。ぶった切るよ」


 沈黙を守っていたボーイッシュ美女、摩佑が呆れ声で言い放った。

 魅衣子と祥は互いにフンと顔を背ける。


「な……なんなんですか、貴女たち!」


 那由多がようやくショックから立ち直って、叫んだ。


「わたしは、民間のアルテミス・チームに出向してきたんです! こんなキャバクラに働きにきたんじゃありません!」

「キャバクラじゃない。お酒も出すメイド喫茶」


 詠美ママが釘を刺す。


「同じです! わたしは水商売しにきたんじゃありません。こんなキャバ嬢に無能扱いされるのは心外です!」

「だからキャバ嬢じゃない。メイド喫茶の可愛いメイドさん」

「一緒じゃないですか!」

「一緒じゃない」

「……う」


 謎の迫力で、詠美ママは那由多の発言を訂正する。


「メイド喫茶・灯里はお酒も出すけど、その名の通りメイドたちの喫茶なの。断じてキャバクラじゃない。次に間違えたら、ただじゃ済まさないよ」

「詠美さん。訂正するのはそこじゃありませんよね?」


 口を挟んだのは牧だ。

 一連の出来事を見て、牧は自分と那由多がこの店に送り込まれた理由を、一刻も早くハッキリさせなければと考えていた。


「ママと呼びなさい? 永見君」

「那由多。お前の目は節穴だ」


 論点をずらそうとする詠美を無視して、牧は那由多に声をかける。


「は? なんで」

「こいつらが、ただのキャバ嬢でもメイドでもあるはずないだろ」

「『こいつら』って」


 祥がハッと鼻で笑った。那由多はムッとする。


「バカにしないで。分かってるわ、全員アルテミスなんでしょ。でも今日やってた事は、わたしが説明もなくやらされた事は」

「やっぱりお前は鈍感バカだ。気づかなかったのか」

「えっ?」


 詠美ママの眉がピクッとあがる。

 摩佑、魅衣子、祥の三人も興味深そうに牧を見た。


「こいつらはただのアルテミスじゃない。今までその存在が確認されたことがない、新月の夜以外にも魔法が使える〈フルムーン・アルテミス〉だ」

「……フルム……え?」


 聞き慣れない言葉にポカンとしてる那由多の横で、


「あんたたち……A'sの戦術管理官が来てるってのに、調子に乗ってるからよ」


 詠美が責めるような目で三人の女を見た。


「あっれー? バレないようにやったつもりなのににゃー」

「ミイがライブなんかで力使うからだ」

「何言っての? バレバレのPK使ったのサッチーじゃん!」


 魅衣子と祥がギャンギャン言い合う。


「それでも目に見える形で魔力を使ったのは、営業中に祥が一回だけだ」


 摩佑が二人を無視して、牧を睨んだ。


「永見君、さっきのも見えていたのか?」


 魅衣子と祥がくだらないケンカで魔法を使いかけて、摩佑が止めた件だ。牧は否定も肯定もせず、摩佑の視線を受け止める。


「……さすがはA's管理官ってわけか」

「ちょっと。A'sなのはわたしもなんですけど」


 割って入った那由多に、摩佑はふっと笑った。


「ナユ吉、あんたの事は知ってるよ。出向って言ってたけど、あれだろ? アイドルの伊倉涼と六本木タワーヒルズぶっ飛ばして、A'sクビになった〈シルバー・デストロイ〉ってナユ吉の事だろう?」

「なっ……!」


 図星をさされ、真っ赤になる那由多。魅衣子と祥はヒューとからかった。


「ああ、あの有名アルテミスってあんたの事か」

「ミイちゃんも知ってるよん。あれでしょ、リュカオーンと一緒になんでもかんでも破壊しちゃう、A'sの脳筋女!」

「だっ、誰が脳筋よ!」


 叫ぶ那由多を制して、牧は三人のアルテミスに向き直った。


「その通り。こいつが脳筋〈シルバー・デストロイ〉だ」

「牧ぃぃぃ」

「ところで、こちらだけジョーカーコードを知られているのは不公平だな」


 牧は、順々に女たちを見る。


「阿倍摩佑。ジョーカーコードは〈アルティメット・シザー〉」

「……!」

「石上魅衣子。ジョーカーコードは〈レコード・ブレイカー〉」

「うそ、なんでミイちゃんの事……」

「大伴祥。ジョーカーコードは〈トリプル・ウィザード〉」

「……なんなの? あんた」


 アルテミスの固有能力を表すジョーカーコードは、国に登録されている二万人のアルテミス総てに付けられている。それは、実戦レベルに満たない能力のアルテミスも含めてだ。

 牧は、営業開始前に簡単に自己紹介されただけの三人のジョーカーコードを、すべて当ててみせた。


「ウチらのコード、警察のデータからは抹消されてるはずなんだけど。あんたストーカー?」


 祥の問いに、牧は薄く笑う。


「抹消か。なんでそんな事が? アルテミスが国家の登録から外れる事は違法だ」

「あ、やべ」


 慌てて口を塞ぐ祥は、詠美にギロリと睨まれる。


「バッカでー、サッチー」

「黙れ。燃やすぞ」

「……で? なんで分かった?」


 摩佑の問いを受けて、牧は頭をトントンと叩いた。


「この国のアルテミス情報は、すべて叩き込んでる。俺がA's管理官に就任した三年前からね」

「二万人の情報を?」

「大したことじゃない」


 あっさり答える牧に、呆気にとられる摩佑。魅衣子は顔をしかめて牧を見た。


「二万人の女を覚えてるとか。変態だ、変態」

「ちょっと。牧のこと侮辱しないで」


 那由多がツインテールのアイドル少女を睨みつけた。


「……なに? あんたら付き合ってんの?」

「なっ……!」


 那由多はボッと顔を真っ赤にして、いやいやと首を振る。


「やだそんな、わたしと牧が付き合ってるとか……わたし達はただ、愛し合ってるだけよ……!」


 体をくねらせながら、チラチラと流し目で牧を見る。


「はいはい。愛してる愛してる」

「もう! 牧ったらそっけないんだから!」


 興味ない風に応える牧に、那由多は更に顔を綻ばせた。


「なんなんだ、あんたら……」


 毒気を抜かれた祥が呆れる。


「そんな事より、詠美さん」

「だからママと呼びなさい」


 一連のやり取りを観察していた詠美は、煙草をふかしながら牧の呼びかけを訂正する。


「詠美さん。あなたの苗字は? あなたがこの民間チーム・灯里の管理官ですね? だが【詠美】という名前に、退職者を含む警察関係者で該当者はいない。フルムーン・アルテミスを擁する管理官が、ただの民間人であるはずがないんだ。あなたの本名は?」

「ペラペラとよく喋る子だねえ、永見君」


 詠美ママはフーッと煙草の煙を吐き出す。横で摩佑が顔をしかめた。


「坊や。あんたは二つ間違えてるよ」

「なに?」

「私は管理官じゃない。あくまでこのメイド喫茶・灯里のママさ。アルテミス・チームとしてのこの子たちの管理官は、別にいるのよ」


 その時、牧の背筋にぞわりと異様な気配が走った。

 振り返ったその視線の先には、閉じられた店のドア。次の瞬間、ドアは開いた。


「ごめんね、今日の営業休んじゃって……あら? 例の新人?」

「噂をすれば」


 入ってきたのは、艶のある長い黒髪を腰まで伸ばした女性。

 ジーンズに無地の白いTシャツというラフな格好でありながら、豊かな胸と腰のラインで彼女のスタイルの良さを強調している。

 そして、恐ろしく整ったその面。吸い込まれそうな大きな瞳、すらりと通った鼻筋。薄い唇には柔らかな微笑みを湛え、彼女を見る男性はため息と共に魂を奪われる事は間違いないだろう。質素な服装で隠そうとしていても、その美貌は見る者を圧倒する気品に満ちていた。


「迦具夜!」

「迦具っち!」

「……遅かったね、迦具夜さん」


 摩佑が、魅衣子が、祥が、次々と駆け寄った。

 彼女たちの瞳はキラキラと輝き、現れた女性への親愛がありありと見てとれる。


「ごめんごめん、野暮用でね。みんな、営業は問題なかった?」

「大丈夫。迦具夜が心配するような事は何もないよ」


 摩佑は迦具夜の手を取り、うっとりと手の甲を指でなぞりながら答える。


「そうそう! 今日もミイちゃんがお客さん達を盛り上げたからね!」


 魅衣子がその手を摩佑から奪い取って、握りしめながら答えた。祥は魅衣子の腕をパシンと叩く。


「じゃれつくなオタ女。迦具夜さん、おかえり」

「ただいまサッチー。ちゃんと接客した?」

「まあまあ、だよ。まあまあ」

「嘘だよ迦具っち! サッチー、今日も手抜きだったからね」

「あ、こらテメエ!」


 迦具夜を囲む三人のアルテミス。その態度の変わりように、那由多は呆気に取られた。


「なんなの? あの人……」

「あの子が【筒木迦具夜】。メイド喫茶・灯里のバーテンダーにして、アルテミスチーム・灯里の戦術管理官よ」


 詠美が、那由多の呟きに応える。


「メイド喫茶にバーテンって、おかしくないですか?」

「ウチはお酒も出すから」

「……ずいぶん綺麗な人ね」

「綺麗なだけじゃないわ。彼女自身もアルテミスで、ウチでトップの実力の持ち主よ」

「そう、あの人がトップなんだ……ならあの人を越えれば、わたしはA'sに戻れるってわけだ、ねえ牧。……あれ?」


 那由多の視線の先に、牧はいなかった。振り返ると、牧はいつのまにか店の奥まで下がり、真っ青な顔色で腰を抜かして壁に張り付いている。


「ちょ、ちょっと牧!? どうしたの!?」

「……あなたが、今日からウチに入った新人ね?」


 迦具夜が、那由多の前まで歩み寄って声をかけた。


「え? あ、はい。式宮那由多です。A'sから出向してきました」

「あら? クビになったって聞いたけれど」


 首を傾げながら、薄く笑う迦具夜。さらりと流れる黒髪の向こう、透明感のある美貌に、那由多は一瞬、思考が停止しそうになる。

 慌てて首を振って、那由多はキッと睨みつけた。


「ご心配なく。すぐに戻る事になります。筒木迦具夜さん。アルテミスとして、貴女を超えて」

「ちょ、おまえ!」


 祥が喰ってかかりそうになるのを、迦具夜は僅かな視線の動きだけで制した。


「元気がいいのね。そういう子、嫌いじゃないわ」

「余裕ぶっていられるのも、今の内ですよ。こんな民間チームでお山の大将やってる人に、わたし負けませんから」


 一歩前に出て、グイと顔を突き出す那由多。

 鼻先と、互いに豊かなその胸が触れ合いそうな距離で、二人は睨み合う。

 もっとも睨んでいるのは那由多だけで、迦具夜の方は変わらない穏やかな微笑みで那由多を見つめていた。


「……那由多! その女から離れろ!!」

「あら? 貴方が那由多ちゃんと一緒にきた、管理官の子?」


 牧が壁際に張り付きながら、叫ぶ。

 迦具夜は不思議そうな顔で、牧を見つめた。


「牧、さっきから何してるの?」


 那由多が、様子のおかしい牧の元に駆け寄ってくる。

 牧はグイとその腕を掴むと、庇うように背中に回した。


「ちょ、牧!?」

「何をしているはこっちの台詞だ。お前にはあの化け物が、人間に見えるのか?」

「は? 化け物?」


 脂汗を流し、尋常ではない牧の焦りように那由多は狼狽する。


「てめえ、誰が化け物だって!?」

「迦具っちのこと言ってるなら、ミイちゃん許さないよ?」

「永見君、今の暴言はちょっと許せないな」


 祥が、魅衣子が、摩佑が、あからさまに殺気を発して迦具夜の前に立つ。


「ちょっとちょっと、あんたら、落ち着きなさい!」


 詠美が慌てて、間に立った。


「永見君、どうしたんだい急に」

「ママ、大丈夫。私に任せて。……みんなも下がって?」


 迦具夜が一同に目配せして、牧に歩み寄った。


「牧、ちょっと、痛い……」


 那由多の腕を握りしめいている牧に手に、強い力が加わっている。

 明らかに、迦具夜に怯えていた。


「永見牧、君……かな? はじめまして。筒木迦具夜です」

「筒木迦具夜……〈クイーン〉……!」

「あら。私のジョーカーコード、知ってるのね」


 すっと手を差し出し、握手を求める迦具夜。牧はその手を無視して、睨み続ける。


「その眼鏡、グラスカウンターね。そのせいで私の魔力が、変な風に見えてるのかな?」

「……そんな問題じゃないだろう、お前は、お前はアルテミスなんてレベルの存在じゃ……!」


 迦具夜はすっと人差し指で牧の唇に触れる。

 牧は硬直する。


「なっ!?」


 愛する牧の唇に触れられて、カッと頭に血が上る那由多。


「シッ。それ以上は口にしないで? 牧君……あら? 貴方……!!」


 柔らかく触れた牧の唇から、迦具夜は感じ取った。


 ――それは、二千年を超える宿命。


「うそ……本当……? 本当に、貴方……」


 目を見開き、何かにひどく驚いている迦具夜に向かって、


「牧に……触るなぁっ!!」


 那由多の剛腕が空を斬った。

 数瞬前まで迦具夜がいた場所を、拳が通り過ぎる。

 魔力を纏わない拳であったとしても、破壊神の異名を取る那由多の右ストレートは充分に凶器だ。


「え?」


 那由多は驚愕する。

 確実に捉えていたはずの一撃。迦具夜は避けた素振りも見せなかった。

 だが、牧の前に屈みこんでいた迦具夜の体は、いつの間にか那由多の拳が届かない場所に立っている。


「……テメエ、迦具夜さんに何しやがる!!」


 〈トリプル・ウィザード〉祥の魔力が解き放たれた。

 目に見えない力、サイコキネシスが那由多の四肢を拘束する。


「ぐっ! PK? なんで……!?」


 那由多はここで初めて、灯里に所属するアルテミスが新月でもないのに魔法を使う事を実感する。だがA'sで戦闘訓練を重ねてきた那由多にとっては、魔法を相手にすること自体は慣れたものだ。


「このっ!」


 鍛えた腕力だけで、強引に見えない拘束を引きちぎった。


「コイツ、魔力も無しに!」

「下がってサッチー! この女、迦具っちによくも!」


 〈レコード・ブレイカー〉魅衣子が、魔力で形成された空間に浮かぶコンソールを叩く。


「マテリアル・ハック……縛れぇ!!」

「なにっ!?」


 那由多の着ていたメイド服が、魅衣子の魔力を受けて形を変える。

 一瞬で手足を縛る拘束衣に変化して、那由多の動きを封じ込めた。


「こんな程度……でえええ!」


 ギリギリと、拘束衣に力を込める那由多。

 今は人間の力でしかない那由多だが、鍛え上げられた肉体の力は現実だ。

 ナイロン製のメイド服を変化させただけの拘束衣は、少しずつ破かれていく。


「ちょ、どんだけ脳筋!?」


 驚愕する魅衣子の前に、〈アルティメット・シザー〉摩佑が立った。


「ナユ吉、少し教育してやる。手足の一本は覚悟しな!」


 摩佑の眼前に、魔力による刃が形成される。

 二本の刃は、ハサミのように左右から那由多に襲いかかった。


「那由多っ!!」

「えっ?」


 アルテミス化していない今の那由多には、魔力は見えない。

 迫る刃に気が付けない彼女には、摩佑の凶刃は避けようがない。

 グラスカウンターによりそれを知覚できた牧は、那由多の前に身を投げ出した。


「そこまでよ」


 その更に前に、迦具夜は立っていた。

 移動したわけではない。走ったわけでも、跳躍したわけでもない。

 ただ、摩佑の後ろに立っていた筈の迦具夜が、次の瞬間、牧と那由多の前にいた。


「迦具夜っ!?」


 摩佑は慌てて、魔法を解いた。凶刃は迦具夜に触れる寸前で消失する。

 一陣の風だけが薙ぎ、美しい長髪が宙を泳いだ。


「……あんたらぁぁぁぁ!!」


 詠美が叫んだ。


「店の中で魔法使うんじゃないって、何回言ったら分かるんだこのバカ娘どもぉぉ!!」

「だ、だってママ」


 魅衣子が反論しようとするが、睨み返されビクッと首を竦ませる。


「だってもクソもない! あんたら三人とも出て行け! 頭を冷やしてきなさい!」


 怒りに満ちた叱責を受け、祥と魅衣子は救いを求めるように迦具夜を見る。


「迦具夜さん……」

「迦具っちぃ……」


 迦具夜はため息をついて、二人を見返した。


「しかたないわね。アルテミスとはいえ、今の那由多ちゃんは一般人と同じよ。リュカオーン以外に魔法を行使するなんて、当局にバレたら懲役刑。……私の為に怒ってくれたのは嬉しいけれど、ちょっと頭を冷やしてらっしゃい」


 穏やかに諭され、祥と魅衣子は肩を落とし店の外へと出ていった。


「……マユマユ?」

「迦具夜、オレは……いま、お前に刃を……」


 カタカタと震えている摩佑。

 その両肩を、迦具夜は優しく両手で抱いた。


「大丈夫よマユマユ。ありがとうね。新人の事は私に任せて。サッチーとミイちゃんをよろしくね」

「わかったよ。……迦具夜」


 摩佑は請うように迦具夜に顔を突き出し、瞳を閉じる。


「ん……」

「もう。しょうがない子ね、マユマユは」


 迦具夜はやさしく、両手で摩佑の頬を挟み込む。

 そして。


「えっ?」


 唖然としている那由多の目の前で、迦具夜は摩佑の唇に優しく触れるキスをした。

 うっとりとした表情で、目を開けるボーイッシュ美女の摩佑。


「あの二人には内緒ね」

「わかってるよ。今度はオレが、アイツらに襲われるからな」


 摩佑は那由多と牧を一睨みすると、祥と魅衣子を追って店を出ていった。


「な……なんなの? あんた達、一体なんなの?」


 状況についていけない那由多が、あわあわと困惑している。


「那由多、怪我はないか?」


 牧が駆け寄り、スーツの上着をかけた。

 着ていた服を魅衣子によって変化させられ、更に自身によって引き裂いた為、那由多は露わな姿となっていたのだ。


「ありがとう」

「……牧くん、那由多ちゃん、悪かったわね」


 迦具夜が柔らかく声をかける。

 牧はビクッと震え、また那由多を庇うように位置取った。


「牧?」

「那由多……こいつは〈クイーン〉、警察に登録されたデータベースの中で、最強の魔力を持つアルテミスだ」

「え?」

「昔のことよ。第一線は引退して、今はあの子たちの管理官をしているわ」


 迦具夜は笑う。那由多はその微笑みに、またも心を奪われそうになった。

 同性の那由多であっても、その美貌に魂すら奪われそうなのだ。

 男である牧にとっては、彼女の魅力は更に逆らい難いものであるはずだ。

 だが当の牧は、肉食獣を怖れる草食動物のように、迦具夜に怯えきっている。


「牧、本当にどうしちゃったの?」

「……那由多。チーム灯里に参加するのはやめだ」

「えっ?」

「俺たちは、ここに居たらダメだ」

「何言ってるの? わたしはこのチームでトップを取らなきゃ、A'sには戻れないんだよ!?」

「局長に直訴する。いいから来るんだ」


 牧は立ち上がって、那由多の腕を引っ張る。

 那由多は拒んだ。


「待ってよ牧! らしくないよ、ちゃんと説明して」

「いいから来るんだ!」

「永見君」


 詠美に背後から声をかけられ、牧は動きを止める。


「アンタなら分かるだろう? フルムーン・アルテミスの存在を知った人間が今更、この計画から抜けることは許されない」

「……なんの話ですか?」

「察してないとは言わせないわ。アンタだってあの藤堂が、単なる研修の為にこの子をウチに送り込んだとは思ってないでしょう?」

「く……」


 詠美から警備局長の名を出され、牧は既に自分達が逃れることのできない状況に追い込まれていることを理解する。


「計画? 研修じゃない? ねえ牧、どういうこと?」

「俺が知るもんか……」


 那由多が問いかけるが、牧の方も疑問に対する明確な答えを持っていない。


「ママ。それも少し違うわ」

「え?」


 迦具夜の言葉に、詠美は思わず目を丸くする。


「……那由多ちゃん、牧くん」


 迦具夜の呼びかけに、牧はビクッと身体を震わせる。


「……那由多には、手を出させない」

「私をなんだと思ってるの? 本当にその子のことが大事なのね」


 迦具夜はにっこりと笑う。

 そして。


「今は、ね」


 迦具夜の表情が変わった。ひどく懐かしげに。

 そして、哀れむように。


「これからもずっと、那由多ちゃんのことを大事に想っていてね。藤堂の坊やの思惑なんかに負けないで、マキナガミ」

「……どういうことだ?」


 迦具夜の表情が戻った。女神のごとく、やわらかな微笑みを湛えている。


「那由多ちゃんはウチで預かります。それしか道が無い事は、君も知ってるでしょう? 私が恐ろしいのなら、ずっと張り付いて彼女を守りなさい?」

「……言われなくても」


 牧は頷いた。

 その横で、那由多は牧の腕にしがみつく。


(牧……? どうしたの……?)


 牧がいまだに震えているのを、那由多は感じた。

 バカな自分には気づくこともできない陰謀が、自分達の周囲に渦巻いていることを理解する。


(怯えている……牧が……)


 フラッシュバックする、過去の光景。

 泣いている少年の牧。

 その頭を、血塗られた手で撫でる自分。


(牧は……わたしが必ず守る……!)


 どうやら、このメイド喫茶・灯里から抜けることはできないらしい。

 なら、言われた通りこの店で、チームで、トップになって堂々とA'sに戻るだけだ。

 那由多は牧の前に立つ迦具夜を睨みつけて、決意する。


(この女は……敵だ!)


 那由多の視線に気付いて、竹取の姫の名を持つ月の女神は、また柔らかく微笑んだ。



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