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第三話「メイド喫茶・灯里へようこそ!」

 で、どうしてこうなった。

 ミニスカートに裾の短いブラウス。フリルのエプロンに、頭にはヘッドドレスを付けたメイド姿で、那由多は茫然としていた。


「お姉ちゃん新人? 可愛いねえ! 名前は? 歳はいくつ?」


 サラリーマン風の男が、異様に顔を近づけて問いかける。

 お前に何の関係がある! と右ストレートを放ちそうになるのを堪えるのに、那由多は必死だった。


「ほら那由多、お客さん聞いてるよ? 自己紹介!」


 カウンターの中から、恰幅のいい店のママ・詠美が促す。

 那由多は逡巡するが、持ち前の度胸で覚悟を決めた。


「は、初めまして?! メイド喫茶・灯里へようこそお出で下さいましたっ! 新人のナユタ、18歳です! ご主人様、優しくしてほしーいニャン!」


 事前に教わった通り、猫耳ポーズを決める那由多。

 ぶふぅぉっ! と皿洗いをしていた黒服スーツの牧が吹き出した。


「ちょっと! 笑うな牧っ!」


 スパーン!

 直後。牧を指差して怒鳴った那由多が、後頭部をメニュー表で勢いよく叩かれた。


「痛った!?」

「ちょ、マユマユ!?」


 客が突然起きた暴力に驚く。


「お客さんの前で、スタッフと私語はよくないよ?」


 叩いたのは、マユマユと呼ばれた那由多と同じメイド姿の、ショートカットのボーイッシュ美女。

 長身で、切れ長の瞳。スレンダーな凛々しい佇まいは、メイド姿でありながら男装の麗人を思わせる風貌だ。


「那由多を叩けた……?」


 牧は、A's屈指の戦闘技術を持つ那由多が簡単に一撃入れられた事に驚く。

 当の那由多も、目を見開いてボーイッシュ美女を振り返っていた。


「マユマユ、キッツいねえ」

「新人には厳しくっていうのが、オレの方針ですから。ほらナユ吉、御主人様のグラス空いてるよ? 注いで注いで」

「ナユ吉!!??」


 オレ口調のショートカットガール、【阿倍摩佑】に促され、那由多は慌ててグラスに酒を注ぐ。


「あははっ、 ナユタちんは、まだまだ照れがあるんだよんっ。先輩がお手本見せてあげるニャン!」


 テーブルの前に飛び出してきたのは、またも同じメイドのユニフォームに身を包んだ、ツインテールのロリ風少女。


「みんなー! 今日はお店に来てくれて、ありがとー!」


〈うおおー! ミイちゃーん!〉


 店中の男性客達が、一斉に野太い声を上げる。

 直後、スピーカーからノリのいい音楽がかかり始めた。


〈M・I・I! M・I・I!〉


「♪そうです、アタシがミイちゃんです♪」


〈フー!〉


「♪誰も分かってくれない思い」

「♪抱えて悩む」

「♪貴方をただ抱きしめたくて」

「ゴメン。来ちゃった」


〈ミイちゃーん!!〉


「鍵を開けて(はぁと)!」


〈YEAHAAA!!〉


 一瞬でライブ会場と化す店内。

 派手な照明が乱舞する店内のミニステージに移動し、アイドル顔負けの歌とダンスを披露するのは、ミイちゃんこと【石上魅衣子】。

 甘いロリフェイスにツインテールの髪が揺れる度に、客のボルテージは上がっていく。

 那由多と牧は、ただただ唖然とするばかりだ。


 ガシャーン……!


 盛り上がりが最高潮に達した時。

 店の中央のテーブルで、テンションが上がった客の一人が、グラスを落とし割ってしまった。


「あっ」

「♪アタシの心に……」


 客は慌てて、『ミイちゃん』のステージを邪魔してはいけないと、割れたグラスに手を伸ばす。


「♪触らないでっ!」


 魅衣子の指が空中を踊り、音楽がストップ。

 同時に照明が切り替わり、ピンスポットがグラスを割った男性を照らし出した。


「えっ、えっ」


 バラード調のメロディの音楽が流れ出し、魅衣子が男性の元へ歩み出す。


「♪砕けた……アタシの心はぁ……貴方を、傷つけてしまうから♪」


 止まった男性客の手を取り、魅衣子はしっとりと歌い上げる。

 男性は微動だにすることができない。


「何やってんの新人。今のうちに早く片付けて」

「は、はい」


 小声で詠美ママに促され、牧は慌ててカウンターを出てガラスを回収に向かった。


「失礼します」


 惚けた男性客の足元のガラスを、チリトリで回収しようとする。


「!?」


 牧は驚愕する。

 ガラスの方から、勝手にチリトリの中へと飛び込んできたのだ。

 一瞬ですべて片付く粉々の破片。

 牧は見た。常に掛けている眼鏡型観測機器グラスカウンターが、極僅かなアルテミスの魔力の流れを感知したのだ。

 魔力の流れてきた方向を見ると、そこにはウェーブがかった茶髪を纏め上げ、気だるげに店の端のソファーで男性客の横に座る美女がいた。

 那由多達と同じメイド姿でありながら、ギャル風でツンとした雰囲気の女性は、牧と目が合うと不愉快そうに視線を逸らした。

 牧は、彼女が【大伴祥】と名乗ったことを思い出す。

 いや、そんなことより。


(魔力を使った……だと?)


「♪で・も・ね♪」


 魅衣子が、ガラスが片付いた事を確認すると、また空中を指で叩く。

 牧のグラスカウンターは、またも魔力の流れを感知した。


「♪どうせだったら、もっと壊れるまで抱き締めてぇー!」


 魅衣子の絶叫と指の動きに合わせて、照明と音楽がアップテンポに切り替わった。


(さっきから……端末を使わずに、魔力で操作してるのか!)

〈YEAHAAA!! M・I・I! M・I・I! ラブリー・ミイちゃん!〉


「♪アタシを月まで、連れてって♪」


〈ハイ!〉


 ライブは続く。

 那由多は口を開けてただただ茫然としているが、牧は彼女と違う意味で、この店がいかに異常かということを理解した。


 那由多に一撃を入れた阿倍摩佑。

 そして何より、魔力を使った石上魅衣子に、大伴祥。

 今夜は月の輝く夜なのに。

 そう。新月の晩でなければ男は魔獣にならないように、アルテミスもまた、魔法は使えないはずなのだ。


(局長……とんでもない連中の所に連れてきてくれたな……)


 アルテミスが常に魔力を使えるということ。

 それは、世界の軍事バランスが大きく変わることを意味していた。



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