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第二話「懲戒処分」

「式宮那由多、懲戒処分としてA'sを罷免する」


 警察庁警備局月性災害対策課。 その課長とともに局長室に呼び出された那由多と牧は、警備局長の藤堂荒太にそう宣告された。


「ひ、罷免? 罷免ってどういうコトですか……?」

「……A'sをクビってことだよ」

「マジで!?」


 素っ頓狂な声をあげる那由多。


「なんで!? わたし、何かしました!?」

「昨日の今日で『何かしました?』って言葉が出てくるお前が恐ろしいよ、俺は」

「何を他人事のように言っている、永見牧・戦術管理官。君も同じく、月性災害対策課を罷免する」

「マジですか!?」


 驚愕する二人の横で、対策課課長の宮島誠は深いため息をついた。四十代前半にして見事に禿げ上がった頭の汗を、ハンカチで拭きながら俯いている。


「待って下さい局長。確かに俺たちは昨晩、ミスをしました」

「牧、何言ってるの? ちゃんとリュカオーンやっつけたじゃん!」

「黙れ戦闘バカ。倒すだけじゃ駄目だって何回言ったら分かる」


 牧は食ってかかる那由多の頭を鷲づかみにして、局長への抗議を続ける。


「しかし局長。恥ずかしながら、我々はこの程度の損害、これまでも出してきました。今回に限ってこの処分は厳しすぎるかと思います」

「永見管理官。君はこの程度と言うが、昨晩いったいどれだけの損害が出たか分かっているのかね」

 ロマンスグレーのダンディ中年である藤堂局長は、落ち着いたトーンで問いかける。


 牧は頷いた。


「はっ。一般企業所有のビル一棟半壊。首都高三号線の通行止め。水道管破裂による千件規模の断水。漏電による八件の火災発生。ガラス破損による六十三件の店舗休業補償。百五台の一般車両の全・半壊。六本木タワーヒルズ最上階の破壊による住居保証。幸いなことに生命に関わる人的被害は出ませんでしたが、重軽傷者が八十三名。被害総額は五億円を超えると推計されます」

「え? え? 牧、早口で何言ってるか分かんない……」

「お前は黙ってろ」

「相変わらずだな、君たちは」


 牧と那由多に向けて、局長は呆れて笑う。


「確かにその程度の被害で済んだ。それは君たちをサポートしていた、A's保護班の努力の賜物だ。感謝しなさい」

「我々はチームです。もちろん感謝はしますが、サポートは当然のことです」

「お、おい、永見君……」


 反論する牧を、宮島課長は焦って制止する。


「課長も昨晩おっしゃっていたではありませんか。強度A相手にこの程度で済んで良かったと」

「いや、あれは……」

「管理官、宮島君を苛めるのはそこまでにしたまえ。昨晩の件は相手が悪かったのだ」

「相手、ですか?」


 牧の反問に局長は頷く。


「昨晩リュカオーン化したアイドルグループ『B?RUSH』のメンバー、伊倉涼。彼の父親は現職の与党政務官だ。今朝方、警察庁に正式にクレームが入った。対応に問題があったとね」

「は?」

「ちょ、何言ってるんですか? 素体の人間はちゃんと変異体の頭部から再生したんですよね? 伊倉涼の生命には何の害もなかったはずですよ!」


 新月に伴う月子線の増加による、男性のリュカオーン化。変異した人間は自我を失い、深層意識に沈んだ破壊衝動に従って暴れ回る怪物と化す。その怪物の破壊活動による損害が、「月性災害」と呼ばれているのだ。

 ただし変異体は夜が明けて月子線量が低下すれば、元の体に戻り意識を回復する。それは、リュカオーンの時に肉体を完全破壊されたとしても同様だった。


「式宮君の言う通りだ。だが復活した伊倉涼が証言しているのだ。アルテミスに嬲り物にされた、とね」

「馬鹿な事を言わないで下さい!」


 那由多は叫ぶ。


「リュカオーン化している時の記憶は無いはずです! それは局長だって知ってるじゃないですか!」

「よく知っている。だが本人がそう主張する以上、無視することもできない」

「適当なこと言ってイクラめぇ、魚卵の分際でぇ……」

「相手が大物政治家の息子だから、ですか」


 渋い表情で問う牧。


「飲み込みが早くて助かる、永見管理官」


 その肩を、藤堂局長は叩いた。


「そして、それだけではない。破壊された六本木タワーヒルズの最上階。そこに居を構えていたのは、とあるマスコミ業界の大物だ。そこからも強烈なクレームを食らった。政界とマスコミ、両方のトップから苦情を受ければ、対処しない訳にはいかない」

「そんなことって」

「A's戦闘班でトップクラスの撃破数を誇る〈シルバー・デストロイ〉とパートナーの罷免。これだけインパクトがある処分をしなければ、収まらんのだ」

「……そのジョーカーコード、止めてもらえませんかぁ……デストロイとか、乙女につけるコードネームじゃないですよ……」


 那由多は関係ない文句をブツブツ言いながら、頭を抱える。

 掻き上げたのは見事な黒の長髪。瞳の色も当然、日本人らしい黒眼だ。その姿は、とても昨夜五メートル超の化け物を一撃で粉砕した『白銀の破壊神』と同じ人物とは思えなかった。

 そんな那由多を見ている、藤堂局長と宮島課長。特に明らかに狼狽している宮島を見て、牧はふと疑念を抱いた。


「罷免の理由はそれだけ、ですか?」

「もちろんだ。君たち自身はよく頑張ってくれている。それを否定するものではない」


 即答する藤堂。しかし、横で宮島が僅かに表情を歪ませたのを、牧は見逃さなかった。


「……分かりました。行くぞ、那由多」

「待って牧、こんなの酷いよ!」


 不満を言い続ける那由多を引きずりながら、牧は二人の上司に礼をして退出した。


「局長」

「後は手筈通りだ、宮島君」


 残った二人は目配せする。藤堂はデスクの電話を取り、通話ボタンを押した。


「私だ。……ああ、今日付けで二人を罷免した。これより計画を開始する。……よろしく頼む」

 電話で会話を続ける藤堂。宮島は禿げ上がった頭を下げると、汗を拭きながら局長室を後にした。


 ***


「ちょっと牧、わたし納得してないよ! 戻ってちゃんと局長と話を……ぶっ」


 廊下の途中で、突然立ち止まった牧の背中に那由多はぶつかった。


「急に立ち止まらないでよ」

「那由多」

「なに? 戻る気になった?」

「俺の制止を無視して、あんな街中で『変身』したお前に発言権はない」

「ぐっ……それは……悪かったと思ってるわよ……」


 那由多は髪を指に巻きつかせながら、もじもじと身をくねらせる。


「それに、戻る必要はない。向こうから来る」

「へ?」

「……二人とも、ちょっと待って下さい!」


 そこへ、宮島が小走りに追いついてきた。


「課長! ちょっとどういう事ですか、こんなの酷すぎまふぇっ!?」


 さっそく食ってかかる那由多の口を、牧は背後から塞ぐ。


「課長、すぐに引き継ぎを済ませて荷物を纏めます。それで、俺たちは次に何処へ行けばいいのでしょうか?」

「相変わらず話が早くて助かるよ、永見君」

「ふぁっ? ふぉうひうほほ?」


 話について行けない那由多。


「A'sの罷免は建前だ。そもそも貴重なアルテミスを、こんな簡単に警察が手放すはずないだろ」

「その通りです。君達にはとある民間のアルテミスチームで研修を受けてもらいます」


 空調は万全の筈なのに、やたらと汗をかき拭いている課長。

 永見は今の言葉もまた真実ではないと感じながら、しばらくは彼の向こうにいる、あの老獪な警備局長の掌の上で踊る他ないと覚悟した。


「えー? 今さら研修ですかぁ」


 そもそも、疑うことを知らないこの幼馴染から目を離すことなどできるはずがない。


(頭の中身はともかく、『変身』したコイツの個体戦闘力はA's最強だ。局長……那由多を使って何を企んでいる?)


「紹介する民間チームでもトップを取れたら、式宮君。いつでもA'sに呼び戻してあげますよ」

「マジですか? そんなん楽勝っすよ! 約束ですからね課長!」

 イエス! と拳を握る彼女のように楽観的なれたら、人生明るいだろうなと牧は自嘲した。



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