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エピローグ「もう一度、バカって言って」

 秋葉原決戦場の外縁、廃ビルの影に彼らは潜んでいた。

 夜が明け、デウス・エクス・マキナ級が撃破され再び永見牧に戻った時。


「リープカウンター、収束を確認……作戦を開始するぞ」


 自衛隊統合幕僚本部直属の特殊部隊は、行動を始めた。

 部隊長は伊藤特務三佐。

 その指示で、男性型月性変異体・永見牧の回収作戦が開始されようとしていた。

 部隊規模は一個小隊と小規模だが、精鋭ぞろいで対魔法用の装備も充実している。

 如何にフルムーン・アルテミスがいるとはいえ、夜が開けてしまえば戦力は激減する。制圧に時間がかかる相手とは思えなかった。


「何をしているのかな? 伊藤特務三佐」


 唐突にその声は響いた。

 一斉に銃口が向けられる。

 声の主は、警察官の制服を着たロマンスグレーの中年男性。警視監の階級章を付けている。


「……藤堂警備局長!」

「誰に向かって銃を向けている。自衛隊は軍事クーデターでも起こすつもりかね?」


 次の瞬間、ザッと藤堂の後ろから展開する集団があった。


「SAT……!」


 伊藤三佐は絶句する。

 簡単に出動できる部隊ではない。

 ということは、以前からこちらの動きは読まれていた、ということだ。

 泳がせていたつもりが、泳がされていたということだ。


「自衛隊の国内への治安出動は総理大臣の命令が必要なはずだ。さて、そんな話はまったく聞いていないがな」


 藤堂はゆっくりと、伊藤三佐の前に歩み寄る。


「シビリアン・コントロールを外れて命令無しに動く軍隊。そんな連中に、治安上重要なアルテミスの情報を渡す訳にはいかんよなあ」


 その言葉で、ようやく藤堂の真の狙いを察した伊藤は、悔しさにギリッと歯を食いしばる。


「貴様……謀ったな?」

「なんの事かな? 今日の臨時国会、楽しみにしているといい。国防法の改定法案、こんな不祥事が発覚しても通るとは思わんことだ。それとも……この場で一戦交えるかね」


 張り詰めた緊張感が、場を支配する。


「くっ……。状況終了、帰投するぞ」


 伊藤三佐は、部隊に撤退を命じた。

 市街戦の戦力としては、自衛隊の一個小隊の方が遥かにSATに勝る。

 だが、そんなことは問題ではなかった。

 警察官を前に発砲などしてしまえば、それこそ藤堂の思う壺だ。


「ああ、伊藤三佐。いや……斉藤さん」


 撤退しようとしていた伊藤に、藤堂はヒラヒラと一枚の紙切れを示す。

 それは、メイド喫茶・灯里の客となる際に記入した、誓約書だ。


「イトウさんさが、サイトウさんか。偽名とはいえ、少しは捻りたまえ」

「っ……!」


 何もかもが悟られていた。それは屈辱以外の何物でもない。


「藤堂っ! 貴様の目的はなんだ? いったい何の為に月性変異体の情報を独占し、強力な変異体を警察組織から外していく?」


 伊藤は軍人らしからぬ感情に任せて、叫ぶ。


「〈クイーン・オブ・ザ・ムーン・カタストロフィ〉……筒木迦具夜とは何者だ? それに藤原詠美。あの恐ろしい女と組んで、いったい貴様は何を考えている!?」


 そして受けた屈辱への反発心から、こちらがどこまでの情報を掴んでいるか、話す必要のない事まで口にしてしまう。

 藤堂は鼻で笑った。


「さあ、自分で考えることだ。……そうだ。老婆心ながら一つ忠告してやろう」


 藤堂はそう言うと、鋭い視線で伊藤を射抜く。


「ルナ・クリスタルの原石を手に入れて調子に乗っているようだが、あれは貴様らには過ぎた玩具だ。命が惜しければ、すぐに手放したまえ」

「……余計なお世話だ」


 伊藤三佐は舌打ちすると、部隊員とともに速やかに撤収していった。

 深いため息をつく、藤堂。手を挙げて、SATへの撤収を指示した。


「……儂の目的だと? 若造が。貴様らのような危険な連中に、あの力を渡さねえ為だよ」


 呟くと、明るくなった空を仰ぎ見る。


「あいつらは、いずれ月から大量にやってくる。守るために、連中が必要なのさ」


 それまでは束の間の平穏を楽しんでくれ、と。

 監視していたメイド喫茶・灯里の面々を思い、藤堂は笑った。


  ***


「牧ぃ……、牧……よかった、本当によがっだぁぁ……」


 那由多は牧にしがみつき、泣きじゃくる。


「那由多……偽物で、いいのか? 俺は、本当の永見牧を……」

「それ以上、何も言わないで」


 牧の言葉を遮り、那由多は抱きしめる腕に力を込める。


「……ありがとう、那由多」


 牧も優しく、抱きしめ返した。



「再構築……完了~。ぜ、絶対に過重労働よコレ……労基署に訴えようかな……」


 永見牧としての再生を確認した魅衣子は、安心して地面にへたり込んだ。


「それは良い考えだな」

「おつかれミイ、お手柄だったな」


 摩佑と祥が、疲労でふらつく体を互いに支え合いながら声をかけてきた。


「そっちも乙でした~。って、二人ともずいぶんセクシーな恰好だねん」


 メイド服を焼き飛ばした魔法衣が消失し、那由多と同様に一糸まとわぬ姿となっている摩佑と祥。

 指摘されて二人とも途端に顔を赤らめる。


「し……仕方がないだろう、こんな事態、予測できるはずがない」

「ミイっ! マテリアルハックで服作れ、服!」

「やーよ、疲れてんのに。それに新月終わっちゃったから、そこまで器用な真似できないよん」

「いいから、やれ! なんでもいいから!」

「めーんーどーいー。いいじゃん、その無駄にデカい胸、ぶるぶる揺らして帰ったら?」

「テメエ、ミイ!」

「オレには、揺れるほどの胸はない」

「そういう問題じゃねえだろマユマユ!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ灯里のアルテミスたち。

 詠美と迦具夜は、そんな若者たちを遠くから見つめていた。


「まあ、なんにしても誰も死なずに、良かったわね」

「でも、今回は私の月でのことが原因だわ。あの子たちには悪い事をしてしまった」

「そんなことないわよ。それに、今回の一件は」


 その時、シャコン! と詠美が手にしていたルナキューブが、元の形に戻った。

 月子線量は抑えられ、危険はなくなったと言えるだろう。


「……多分、あのクソオヤジが黒幕よ。これで、デウス・エクス・マキナ級の戦術管理官が手に入ったとでも思ってんのよ」

「牧くん……」


 迦具夜は、那由多といちゃついている牧を見る。

 本人もまだ気が付いていないだろう。愛する人が甦った喜びに我を忘れた那由多は、本気で人間に耐えらえるレベルではない力で牧を抱いてる。牧は、無意識にその力を因果律に介入し和らげているのだ。

 アルテミス以上の能力を持つ存在になったと言えるだろう。


「ま、今日のところは笑って帰りましょう? 迦具夜。若者たちの無事を祝って、乾杯よ」

「ママ、若者たちって……。私から見たら、ママだって充分若いのよ?」

「そりゃあ、あんたから見たら誰だってそうでしょうが」


 詠美は笑って肩を叩き、迦具夜も微笑みを返した。


「那由多……やめ……そろそろ、苦しい……!」

「えっ? ごめん牧、大丈夫!?」

「この……馬鹿力バカ! 生身で爆散とか冗談じゃないぞ!」


 いまだに、牧と那由多はイチャついている。


「えへへ……ねえ、牧」

「なんだよ」

「もう一度、バカって言って」

「はあ? 気持ち悪いな、このドMバカ」

「えへへ」

「お前、自分の恰好わかってるか? 今の発言と合わせてマジで変態だぞ」

「えっ……きゃあああああ!? 牧のエッチ!」


 一糸まとわぬ自分の姿をようやく自覚した那由多は、恥ずかしさのあまりに右ストレートをブチ込んだ。


「がっ……」

「あっ……ごめん! ごめん牧、死なないで!!」


 焦る那由多の頭を、鼻血を出しながら牧はもう一度抱く。


「死なねえよ、お前が守ってくれるんだろ?」

「牧……うん!」


 月の輝かない夜を乗り越えた二人を、朝陽は優しく照らし出していた。


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