第十話「未明の決戦」
シルバー・デストロイのオーラによる防御は、万能ではない。
充分に魔力を高めた状態であれば、「結果」を強制するデウス・エクス・マキナの攻撃も恐るるに足らない。だが、例えば攻撃の為に拳にオーラを集中した瞬間や、全力を出し切った直後、また精神的な間隙を狙われた時などには、攻撃は通ってしまう。
それは、深層心理が封じた記憶を強制的に呼び覚ましたり、己が記憶をイメージとして与える精神攻撃であっても同様だ。肉体的なダメージであれば、那由多のアルテミスとしての不死性で回復できるが、記憶や情報の類ではそうはいかない。
那由多はデウス・エクス・マキナと拳を交えた瞬間、「牧がどうなってしまったのか知りたい」という心の間隙を突かれ、マキナの精神攻撃を受けてしまった。
一瞬で、那由多はすべてを理解した。
理解してしまった。
十年前に、何が起こったのか。
本当の永見牧が、どうなってしまったのか。
「牧は……あの時、死んでいた……」
『その通りだ。A'sの戦術管理官にしてシルバー・デストロイのパートナー、永見牧はそもそも存在しない。我が汝を利用する為に作り出した、虚像に過ぎないのだから』
「じゃあ、わたしは……」
この十年、牧を殺害した犯人を牧と思い込み、頼り、依存し、生きてきたということになる。
不可逆の心的ダメージを受け、那由多は立ち尽くす。
白銀の魔法衣は輝きを失い、霊装は解かれる寸前。
オーラも弱々しく、今、一撃食らえば容易く倒されてしまうだろう。
たとえそこから肉体は甦ったとしても、心が折れてしまえば、もう戦えない。
「デウス・エクス・マキナ」
迦具夜が怒りに震えて、機械仕掛けの神を睨む。
「許せない。貴方は十年を掛けて、那由多ちゃんの心を殺したのよ」
『その通りだ。破壊神の脅威を排除し、貴女に辿り着く為には、他に方法はなかった』
「私の為だと言うの」
『当然だ。これで、最大の障害はなくなった』
マキナは、動かなくなった那由多に背を向けて、迦具夜へと手を伸ばした。
『我とともに、帰ろう。クイーン』
迦具夜はマキナの鋼の仮面の奥を覗き込む。
渦巻いていたのは狂気。
彼女が愛した機械仕掛けの神は、やはり今はリュカオーンなのだ。
なまじ言葉を話すから、期待してしまう。本質は変わっていないのではないかと。
だが、それは淡い夢だったと思い知る。
その為に、一人の女の子の心を壊してしまったのだ。
「……分かったわ」
そう言って、迦具夜は目を閉じる。
『おお……何も案ずることはない、クイーンよ。これからは我が永遠に……!』
マキナが金属的な声を震わせ、伸ばした腕で迦具夜を抱きしめようとした、その時。
「やってちょうだい、マユマユ」
「——アルティメット・スラッシュ!!」
すべてを切り裂く究極の刃が、鋼の腕を斬り落とした。
『何!?』
「迦具夜に触るんじゃない、哀れな……ブリキの案山子!」
蒼く輝く魔法衣を纏った女神が、姫を守る騎士の如く、機械神の前に立ち塞がった。
「サッチー、迦具夜を頼む!」
「……マユマユ!?」
震えて状況を見ているしかなかった祥は、摩佑に檄を飛ばされ我に返る。
それでもとっさに動けない祥の腕を、迦具夜は掴んだ。
「こっちよ、来て」
「あっ、迦具……」
次の瞬間には、離れていた魅衣子と詠美のすぐ目の前に、立っていた。
(何度か見てきたけど……迦具夜さんのこの移動も、テレポートじゃない?)
「ママ、状況は!?」
訝しむ祥をおいて、迦具夜は詠美に問いかけた。
「魅衣子曰く、芳しくないね」
「迦具っち! これ無理! 絶対に無理だってぇぇぇ!」
魅衣子は黄金のオーラでメイド服をたなびかせながら、幾重にも展開した魔力コンソールを必死で操作していた。
「お願い、レコードブレイカー! ミイちゃんだけが頼りなのよ!」
「ひいいいん! 納期に追われるSE地獄! 灯里ってばブラック企業!」
「ママ、もっとキューブをミイちゃんに近づけて。でもくっつけたら駄目よ」
「こう?」
「あとさっきから何その箱ぉぉぉ! ミイちゃん魔力が暴走しかけてるんですけどぉぉ!?」
魅衣子の黄金のオーラは、輝きをどんどん増していっている。
一方、変身している摩佑は蒼いオーラを輝かせ、両腕に魔力で形成した刃を構え、機械神と対峙していた。
『地球人風情が、無粋な真似を……』
キチ……キチ……キチ……
デウス・エクス・マキナの背中の歯車が廻る。
だが、斬り飛ばされた鋼の腕は再生は始まらない。
『戻らない、だと?』
「どんな仕掛けか知らないけど、オレのシザーを舐めない方がいいよ」
摩佑はキンッと蒼刃の切っ先を、マキナに向けて突きつける。
「迦具夜に強化されたアルティメット・シザー、断てないものはない。簡単に元通りにされてたまるか!」
『……笑止。シルバー・デストロイの破壊すら改竄する我が力、見くびるでない』
歯車が黒い光の粒子に包まれる。
次の瞬間には、魔人の腕は元通りに再生していた。
「げ……」
『因果すら断つか。女王の力を借りているとはいえ興味深い。だが……我の邪魔をするのならば、容赦はせぬ』
「……やってみなよ。ちょうどコッチは」
冷や汗を流しながら摩佑は唇を舐める。
「変身したのに石っころ斬るしか出番なくて、欲求不満だったんだよ!」
気勢を上げて突貫した。
「スラッシュ!! ……何っ!?」
斬りつけた先に、マキナはいない。
魔人がいるのは、突貫する直前に摩佑が立っていた場所。
高速移動でもテレポートでもない、まるで初めからそこにいたかのような挙動。
『クイーンが悲しむ。凌いでみせよ』
機械神の腕が二本上がり、指先の砲口が開いた。
放たれる、十条の魔力砲。
「くっ……!」
舞うように、摩佑は体を踊らせた。
機械神の計算をも凌駕する反射神経で砲撃を回避。躱しきれないものはシザーで弾いた。
『破滅を強制する我が魔力砲を弾くか。見事だアルティメット・シザー。だが……まだ増えるぞ』
三本目の腕の腕が掲げられ、閃光は十五条に増える。
「なめるな……輪舞〈ロンド〉!!」
乱れ飛ぶ蒼の斬撃が、黒の閃光ををすべて迎撃する。
そしてマキナの本体へも斬撃は飛んだ。
『どこを狙っている?』
だが、そこにマキナは初めからいなかった。
因果律を操作され、必殺の斬撃も相手を捉えることは適わない。
「反則だろう、それは」
『お互い様だ。汝の回避も我が演算を超越している。……いつまで続くか、見せて貰おう』
黒と蒼の閃光が交錯し、乱舞し続けた。
「……ダメ、マユマユ一人じゃ長くもたない……サッチー」
「迦具夜さん、ウチ、お腹痛くなったんで早退していいっすか……?」
レベルが違う戦闘を見せつけられて、祥は青い顔で弱音を吐く。
「いいわよ。サッチーだけでも、無事に逃げてね」
「……あああ! もう!」
自分の性格をよく理解している迦具夜の笑顔に、祥は頭を掻き毟る。
「骨くらいは拾って下さいよ! せめてマユマユの盾くらいにはっ……ふにゅ!?」
特攻しようとした祥の前。いつの間にか迦具夜は立ち、頬を両手でムニュっと挟んだ。
「馬鹿ね。そのまま行かせるわけないでしょう?」
「はっ……はふやはん?」
「前から準備してたマユマユと違って、祥は掌からじゃ間に合わないの。少し我慢してね」
「……んんッ!?」
迦具夜は祥の唇に、自らの唇を重ねた。
「んんっ……んっ……ん……!」
そして柔らかく、割り入れる。
「んっ……は、ん……!」
熱く、貪る。
「あああ! ずっりい! サッチーずっりい!」
「こら魅衣子、集中しなさい!」
「でもママ! あれずりい! 酷いよミイちゃんだって頑張ってんのに!」
「わーかったから、後で魅衣子にもオバちゃんがチューしてやるから!」
「いらないよチクショウ!」
魅衣子は泣きながら作業を続ける。
「はあっ……」
切ない嘆息とともに、迦具夜の唇が祥から離れた。
そして、その直後。
「ああああああ!!」
赤のオーラが噴き上がった。
輝きの中心で、祥のアルテミス兵装であるメイド服は焼き飛ばされる。
そして、新たに纏われようとしているのは、炎を具現化したような真紅の魔法衣。
「——危ない、サッチー!!」
摩佑の叫びが響いた。
無視できない魔力の高まりを察知したデウス・エクス・マキナが、砲口を祥に向けたのだ。
『クイーン、どうか戯れはそこまでに』
祥の変身が完了する前に、魔力砲は放たれた。
漆黒の閃光は正確に祥の身体へ直撃する。爆発が起こり、黒煙が舞い上がった。
「サッチーぃぃぃ! このっ……よくもぉぉぉ!!」
怒りに震える摩佑が、マキナへ斬撃の雨を降らせる。だが蒼光は一閃たりとも、届かない。
もうもうと上がる黒煙を見つめ、風に髪を煽られながら、迦具夜は呟いた。
「……行きなさい、トリプル・ウィザード」
『なんだと!?』
因果律を操作して斬撃を回避していたマキナの、動きが止まった。
いや、止められたのだ。不可視の力によって。
「——今だ! シザー・クロス!!」
摩佑のアルティメット・シザーが機械神の身体を斬り裂く。
胸と手脚を寸断され、マキナは地に倒れ伏した。
キチ……キチ……キチ……
時の歯車が回りだす。斬り裂かれた身体が元の形へと復元していく。
「させるかっ」
歯車に向けて摩佑は斬りかかる。
だが魔力の刃が届く寸前、摩佑自身の時間が止まった。
『無駄だ。時の歯車による自動防御は、攻撃者の時間静止。破壊神でもなければ対抗することは……!?』
斬りかかった状態で、空中に磔されている摩佑。
その身体が、いきなり燃え上がった。
そして次の瞬間、炎とともに消失する。
「——ぷはあっ!? い、今、何が……?」
離れた場所で、摩佑の身体が投げ出されていた。
キュォォォォン!
「いいっ!?」
摩佑は驚愕する。
炎の霊鳥が、空を舞っているのだ。
「はははっ、すげえ、ウチ、本当に魔法使いだ!!」
霊鳥の中心で空を翔んでいるのは、女王の接吻を受けて力を授かった最強のウィザード。
「……近づいたら時間を止めるっつーんなら」
キュォォォォン!!
「こっから燃やしてやんよぉ!!」
霊鳥の嘴から炎のブレスが放たれた。
巨大な火柱となって、デウス・エクス・マキナを焼き尽くす。
『無駄である!』
いまだ半壊した身体でありながら、機械神は炎の中で立ち上がった。
炎の因果に介入し、その存在を消滅させる。霧のように、火柱はかき消された。
「シザー・クロス!!」
またも蒼光が、マキナの巨体を斬り裂く。
キュォォォォォォン!!
霊鳥の炎が、鋼の魔人を包み込む。
『おおおお! おのれらぁぁぁ!!』
完全な破壊には至らない。だがデウス・エクス・マキナの行動は、二人のアルテミスによって完全に抑え込まれていた。
***
「……解析完了! プログラム……できたぁぁ!!」
魅衣子は叫んだ。
魔力モニターには恐ろしい文字数が並び、システムのリリースを待っている。
「よくやった魅衣子!」
「ありがとう、ミイちゃん!」
迦具夜が駆け寄ってくる。
「でも迦具っち。このプログラムの鍵は、どうしたって……」
「……そうね」
魅衣子の視線の先を、迦具夜も見る。
そこには動くこともできず立ち尽くしている、白銀のアルテミス。
その輝きは、失われつつあった。
「無理だと思うよ。マユマユとサッチーがあんだけ強いんだから、夜明けまであと少し、このままアイツを抑えてもらって、リュカオーン化が解けるのを待つのも手だと思うんだけど」
魅衣子の提案に、迦具夜は首を横に振る。
「マキナのリュカオーン化は、夜が明けて月子線が下がっても解けないわ」
「えっ?」
「月の住人は、月子線量が既に許容量を超えてるの。つまりデウス・エクス・マキナは、あの状態がもう普通になっているのよ」
「じゃあ、夜が明けたら……」
「私たちがいくらフルムーン・アルテミスでも、魔力は大きく減少する。マユマユとサッチーも変身が解けるし、ピンチになるのはこちらの方ね」
それに、と迦具夜は付け加える。
「牧くんを、このままにしておく訳にはいかないでしょう? 那由多ちゃんの為にも」
「……うん。そうだね」
魅衣子は頷いた。
***
「那由多、この脳天気バカ!」
……なに?
「お前、十年間も一緒にいて、俺が偽物だって気が付かなかったのか?」
うるさいな! 気がつける筈ないでしょう?
相手は機械の神様なんだよ?
「だから、なんだよ」
そんなの気づけるはずないよ! わたしバカだし!
「お前はバカじゃないよ」
え?
「お前は、バカじゃない。本当の本当のところは、お前にはちゃんと分かってる」
牧がそんなこと、言うなんて……
あんたこそ、偽物ね!?
「やっぱりバカだった! 俺はお前の中の俺だ、偽物も本物もあるか!」
わたしの中の牧……。
じゃあ、本当の牧は、やっぱりもう。
「なあ那由多。本当って、なんだ?」
えっ?
「確かに人間の永見牧は、十年前にデウス・エクス・マキナに殺された」
「でも、人間じゃなかったら牧じゃないのか?」
「例えば、心を完全にコピーできる機械があったとして」
「永見牧の心を移し替えたアンドロイドがいたとしてさ」
「それはやっぱり、偽物なのかな?」
そ、それは……やっぱり偽物でしょう? だって、コピーなんでしょう?
「でも心はまったく、永見牧と一緒なんだよ?」
でも、それは
「コピーだとしても。偽物だとしても。永見牧は、式宮那由多を愛してる」
「ねえ那由多、覚えてる?」
「那由多がお父さんとお母さんの実験から逃げ出して家に来て、僕と一緒にクローゼットに隠れたこと」
「楽しかったね」
「ねえ那由多。僕は幼かったけど、那由多の事が本当に大好きだったんだ」
「だから死んじゃった後も、たとえコピーだったとしても那由多と一緒に居られて、少しでも助けになれてたんだとしたら、僕は嬉しいな」
牧……
でも、わたしは、
あんたが死んだことを忘れて
リュカオーンをあんただと、思い込んで
「那由多。僕は、君が笑っていてくれるのがいい」
「偽物だったとしても、傍にいることで君が笑ってくれるなら、僕にとっては偽物が本物の永見牧」
牧……
「だから、目を覚まして」
「みんなが、那由多を待ってる」
「僕も、待ってる」
牧も?
「あの機械仕掛けの冷たい体の中で、那由多を待ってる」
「コピーだけどね」
「また、那由多と一緒にいたい」
「ナユタ……お願い。僕を」
***
「……ブレイン・ハック。私らはこの子達に、酷いことをしているね」
黄金のオーラを輝かせ意識を集中しているレコード・ブレイカーを見て、詠美は呟く。
対象の脳をハッキングし、その意識を操る。禁忌に値する所業を魅衣子させていることに、詠美は心を痛めていた。
「違うよ、詠美ママ」
迦具夜はその肩に手をおいて、首を振る。
「ミイちゃんは分かってる。都合よく那由多ちゃんの心を弄っているわけじゃない。彼女の心の底に残された、もう一人の牧くんに手伝ってもらってるだけなんだ」
「迦具夜……」
いくら言葉を重ねても、自分たちの罪は罪。
詠美も迦具夜も、それはよく分かっている。それでも、だからこそ。
このままにしておくわけにはいかないのだ。
那由多の精神にアクセスし、すべて理解した魅衣子。ブレイン・ハックの魔法を行使しながら泣いていた。
「マッキー……、何ナユタちん泣かせてんのよ……帰ってこい……!」
破壊された那由多の精神を、丁寧に丁寧にかき集める。
彼女の中に眠る少年の記憶に語りかけるように。
***
「くっそ……」
「ここ、までか……」
炎の霊鳥は地に落ち、蒼の剣士は膝をついていた。
アルテミスの魔力は無限ではない。無から有を作り出す魔法は、使用者の精神を削る。
二人の精神力は、とっくに限界を超えていた。
『よくぞここまで、我を抑え込んだ。これほどのアルテミスは女王以外に月世界にもいなかった。賞賛しよう』
「うれしかねーよ……この、ブリキ野郎……」
祥は肩で息をしながら、それでも悪態を吐く。
『どちらにせよあと数分で夜明けだ。そなた達と違い、我は力を失うことはない。終わりだ女神たちよ。我はクイーンとともに、月へと帰還する』
キチキチキチ……キチキチキチ……
機械仕掛けの神は、完全体へと再生した。
そして、恋い焦がれる女王へと視線を向ける。
『なに……?』
美しい黒髪を風になびかせ、機械神を見つめている月の女王。
その前に、銀の輝きを放つ破壊神が立ち塞がっていた。
「……クイーン、クイーンってうるさい。あんたが愛してるのは」
白銀の光柱が屹立する。
魔法衣が輝き、オーラが拳に集中する。
「あんたが愛してるのは、わたしだ! そうでしょう? 牧ぃぃぃ!!」
蹴った地面が爆発した。
シルバー・デストロイが、デウス・エクス・マキナへと突貫する。
「超・ド根性ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『バカな! 有り得ぬ! 我が演算した式宮那由多は、永見牧を喪失していた事実に耐えられぬはずだ!』
「ルナブレイク・右ストレートォォォォォォ!」
ガォォン!!
すべての因果を突破して、那由多の右拳は機械仕掛けの神を破壊した。
キチ……キチキチキチキチキチキチ!!
歯車が高速回転する。
「——うるさい!」
那由多が飛びつき、歯車を掴んで引き剥がしにかかった。
「ダメだ、ナユ吉!」
自動防御が発動し、那由多の時が止まる。
だが、銀の輝きは止まった時をも打ち砕いた。
「うっっざぁぁぁぁい!!」
ガゴン! ゴガン! ガン!
ゴン! ゴゴガン! ガガン!
決戦場に、破壊の音だけが響き続ける。
倒れた機械神の背の上で、那由多の手により時の歯車が破壊されていく。
アルテミスたちは、その様子をただ見ていた。
「これで、ラストぉぉぉ!!」
最後の歯車を打ち砕こうとした、その瞬間。
「っ……!」
那由多の魔法衣が消失した。
「えっ」
「マジか!?」
摩佑と祥の魔法衣も喪失する。
変身が解かれたのだ。
朝の光が決戦場を照らし出している。
アルテミスたちは、力の大半を失う。
魔法の時間は終わりを告げたのだ。
……キチ…………キチ…………キチ……キチ……
最後に残った歯車が、ゆっくりと回り始めた。
「このっ……!」
ガン! ガン! と拳を叩きつける那由多。
だが、生身の拳からは血が噴き出すばかりで、歯車は回り続ける。
「止まれ……止まれ! 止まれ! 止まれぇぇぇ!!」
キチキチキチ……キチキチキチ……
三つあった歯車のうち、残されたのは一つだけ。その為か、再生の速度は遅い。
だが、確実に機械仕掛けの神の身体は復活していく。
破壊された二つの歯車までも、ゆっくりと結合を始めた。
完全復活は時間の問題だろう。
「止まれぇぇぇ! 牧を! 牧を返せぇぇぇぇ!!」
「那由多ちゃん」
振りかざした拳を、迦具夜が止めた。
「……ごめんなさい。そして、ありがとう。マキナを、止めてくれて」
朝の陽光の中で。
迦具夜は、那由多に口づけた。
『ガ……ガ……イーン……ク、イーン……』
その後ろで、傷だらけの機械仕掛けの神が立ち上がる。
『カエ……ロウ……月ニ、カエ……ロウ………』
ゆっくりと、迦具夜の唇が破壊神から離れる。
そして。
「私は帰らない。ごめんなさい、大好きなマキナ。私の……ホーム・コンピューター」
「うわああああ!」
迦具夜の力でフルムーン・アルテミスとなった那由多の体から、ふたたび魔力が吹き上がった。魔法衣が纏われるまでは至らないが、一糸纏わぬ美しい裸体が、力強い白銀のオーラに包まれる。
「牧……!」
那由多は、まだボロボロのマキナを抱き締めた。
『……ク、イーン……』
「ごめんね、可哀想な機械の神様。でもこれだけは譲れないの」
那由多は抱き締める腕に、力を込める。
時の歯車ごと抱きしめた腕に、強く強く力を込める。
『ガ……ア……』
「牧を返して。今まで一緒にいてくれた、わたしの牧。……月までなんて、イかせないから!! ド根性ぉぉぉぉ!!」
デウス・エクス・マキナの身体に、時の歯車に、亀裂が走る。
銀の輝きが駆け巡る。
「……大好き」
白銀の破壊神の腕の中で、機械仕掛けの神は爆散した。
「——ミイちゃん!!」
迦具夜が叫ぶ。
「了解っ! プログラム……」
魅衣子の指が、一つだけ展開されている魔力コンソールを踊る。
夜が明けて魅衣子の能力も大きく落ちているが、膨大な魔力が注ぎ込まれたプログラムは既に組み上がっている。あとは最後の命令を打ち込むだけだ。
「……リリース!!」
決戦場に満ちていた『レコード・ブレイカー』の魔力プログラムが解放された。
爆散したデウス・エクス・マキナの因子をかき集め、残されている特定データを収集、再構築していく。
データの取捨選択に困ることはない。慣れ親しんだ白銀の破壊神のオーラが、導いてくれる。時の歯車による強制時間回帰の妨害が入ることもない。
黄金のオーラは燐光のようにキラキラと輝き、雪のように舞う。
やがてその輝きは、一つの場所に収束していく。
式宮那由多の、腕の中へと。
「……那由……多……?」
人の重みが、温かさが、那由多の腕の中ある。
それは確かな感覚。確かに、生きている感覚。
「牧……本当に、牧なの……?」
「牧だよ。……偽物、だけどね」
「牧ぃぃ!」
那由多は牧を抱きしめる。
ともにここまで歩いてくれた、機械仕掛けの永見牧を。