【安眠コンビ6】星走って君光って
クリスマスまでにまだ二十日もあるのに、そこら中が赤と緑でラッピングされている。イルミネーションが巻きついていない街路樹の方が少ないくらいだ。彼女はいない。クリスマスの予定ももちろんない。チキンをどこのコンビニで買うかということだけが懸念事項だ。
それより、流星群が見られるらしい。何座かわからないけれど、街中でもたくさん見られると夕方のニュースでやっていた。何十年かに一度のことらしい。それは見たい。一也と離れてさえいれば、起きていられる。暗くなったら自室に引きこもればいい。
そのときは、まさか一也が同じことを考えていたとは思っていなかった。
「やだよ! 来ないでよ!」
「出てこい恭平! お前がいないと眠い!」
「だっていっちゃんがいたら、おれ寝ちゃうもん!」
一也は人が近くにいると眠れない。恭平は誰かが近くにいないと眠れない。子どもの頃からそうだった。幼馴染同士、なんでも二人でしたし、二人でどこにでも行った。今もなんとか互いの睡眠に折り合いをつけながらルームシェアをしている。しかし、今回ばかりはどうしても利害が一致しない。
「開けろ!」
「やだ! 流星群見たい!」
がちゃがちゃとノブを回される。どんどんとドアを叩かれる。恭平は腕を広げてドアにはりつき、侵入者を阻止していた。ホラーゲームの主人公になった気分だ。親友がゾンビになって襲ってきたらこんな風だろうか。
「寝たら起こしてやるって言ってんだろ!」
「いっちゃん起こすとき蹴るじゃん! 痛いのやだ!」
「お前が全然起きないのが悪い!」
「いっちゃんだって一回寝たら全然起きないじゃん! おればっかり起きないみたいに言わないでよ!」
寝汚いという言葉がある。一也も恭平も逃れられない言葉だ。それでも、例えどんぐりの背比べとか五十歩百歩とか言われても、絶対に一也の方が寝汚い。自分は「あと五分」は言うけれど、一也のように「あと三十秒」は言わない。
「もういい!」
ばたんどたんと乱暴な音が続いて、玄関の鍵を閉める音が聞こえた。そっとドアを開ける。どこもかしこもしんとしている。三和土に一也のスニーカーがない。外に行ってしまったのだ。どこか、人がいるところに。
「いっちゃんの馬鹿」
こうなったら一人で楽しんでやる。それしかない。とりあえず、まだ何時間かあるから、ゲームをしよう。
「ゾンビが出てこないのがいいな」
そうしてゲームを始めたのだけれど、なんだかどれも面白くなくて、恭平はソフトを次々と変えた。戦国最強から逃げ回ってみたり、大きな亀と対決してみたり、異議ありと叫んでみたりしたけれど、全然夢中になれなかった。最終的にはマシンガンでゾンビを惨殺するところに落ち着いた。ヘッドショットの精度はいまいちだ。グリーンハーブが欲しいのに、何故かイエローばかり拾う。弾がない。手りゅう弾を投げては逃げる。
セットしていたアラームが鳴ったので、恭平はコントローラーを置いた。百円均一で買ったレジャーシートをベランダに敷くだけで身体が冷たくなる。靴下を重ねて履き、コートも着た。マフラーを巻く。少しでも暗い方がいいと思ったので部屋の電気を消し、レジャーシートに座った。
「つめたっ!」
飛び上がるほど尻が冷たかったので、居間から座椅子を引っぱってくる。向かいのマンションにも空を見上げている人がいて、なんだかほっとした。空はよく晴れていて、飛行機が飛んでいた。まばらな街灯に吐く息が白い。投げ出した足が冷たかったので、座椅子の上で膝を抱える。手は袖の中に引っ込めた。
(寒いなあ。流れ星、まだかなあ)
多分、流星群はもう始まっているのだろう。海とか山とか、もっと明かりの少ないところに行けば見られるに違いない。どれくらい流れるのだろう。百個くらいだろうか。千個はない気がする。そのうちの一個でいいから見たい。
(あ、願い事考えなきゃ)
しばらく腕を組んでみたけれど、こういうときに限って特に思いつかない。初詣も七夕も、自分はいつもそうだ。
(単位ください)
夢がない。
(焼肉食べたい)
先週行った。
(新作ゲーム)
一也が予約していた。
(願い事って難しいなあ)
わざわざ流星群に願うのだから、叶え甲斐のある願いの方がいいだろう。そう思うとますます出てこない。浮かぶのはどれも小さなことばかりだ。こういうとき、一也はちょうどいい願い事をする。自分でがんばるにはちょっぴり高いものとか、時間がかかりそうなこととか、具体例は忘れてしまったけれど、恭平はいつも、いい具合だなあと感心する。
(いっちゃんは何お願いするのかな)
今、どこにいるだろう。空を見ているだろうか。いつ帰ってくるだろう。流れ星は見えないし、一也はいないし、急に心細くなってきた。
いっしょにいればよかった。一也は起こしてやると言ってくれたのだ。蹴られることくらい、我慢すればよかった。そうしたらいっしょにゲームもできたし、願い事の相談もできた。
(いっちゃんが早く帰ってきますように)
つーっと光の筋が走る。
「あっ!」
流れ星だ。思わず立ち上がった瞬間、背中からバタンと大きな音がした。うるさい足音が聞こえて、ガラスの引き戸が鳴る。
「間に合ったか?」
一也は室内から身を乗り出して空を見上げる。そのまま外に出てきて、ベランダの手すりに手をついた。
「今一個見えたよ」
「そっか」
一也は一度部屋に入ると、座椅子を抱えて戻ってきた。椅子を置くにも座るにも、目は空に釘づけだ。コンビニの袋から包みを取り出す間も空をにらんでいる。
「ん」
差し出された袋にはもうひとつ包みが入っている。温かい。あんまんだ。恭平は座椅子に腰を下ろし、あんまんを半分にする。冷めるまでは食べられない。
「いっちゃんどこにいたの?」
「本屋とマック」
「それ、何まん?」
「ピザ」
宇宙の歴史から見ても恭平の人生から見ても短すぎるやり取りの最中、空に異変はなかった。一也があんまり見つめているからだと思う。正直、彼は目つきがよくない。星が怖がってるかもしれない。どんな野蛮な願い事を吹っかけられるだろう、と。
「あ、願い事」
まだ考えていなかった。その瞬間、つーっと。
「焼肉焼肉焼肉!」
間髪入れずに一也が叫ぶ。
「先週食べたよ?」
「肉は何度でも食いたい」
今回の一也の願い事は、流星群に対してちょっと失礼なくらい小さかった。でも、焼肉は何度でも行きたいという気持ちはわかる。特別に願い事もないし、自分も焼肉でいいかなあ、と思う。
ようやく冷めてきたあんまんを慎重に口に運ぶ。どんなに慎重にしても火傷をすることは決まっているけれど、しないよりはマシだ。
「熱っ」
一也はあっという間にピザまんを食べ終え、引き続き空に向かってガンを飛ばしていた。こんなに熱心に祈ったら、あるいは一個くらい根負けして焼肉を食べさせてくれる星が出てくるかもしれない。
ひとつ流れた。それから、またひとつ。次々に。焼肉と唱えるのも馬鹿らしいくらいに、たくさん。恭平がゆっくりゆっくりあんまんを食べ終わっても、まだシャワーのように落ちていく。百個じゃなかった。千個だった。
「いっちゃん、あのね」
ごめんね、と言いにくい。
お星さま、お星さま、上手にごめんなさいが言えるようにしてください。
「眠いのか? いいぞ。ベッドまで引きずってくから」
やっぱりいいです。さっきのなしで。
「……ううん、がんばる」
その代わり、焼肉をお願いします。
Fin.