第5話 邂逅
人生初の作品があっけなく落ちました。
残念な気持ちですが、自分の落ち度として見直そうと思います。
鎌里 影鈴の作品を読んでくれた方々、本当にありがとうございました。
諒がモニタを操作すると、悠斗たちと諒の間にもう一枚モニタが開いた。
それと同時に、諒の腕に付けられた白い腕輪が青色に発光する。
モニタが淡く光ったと思うと、立体的に波動のようなものが上下に動く。
すると、波動の中から、一人の少女が現れる。
腰まである硝子のように透き通った髪、綺麗に整った顔立ちに金色の双眸。身に纏う透明なフリルのワンピースが、耀かしい神々しさを放っていた。
『はじめまして。ユウキ、コトア、ユウト』
小さな画面の中央にいる少女は、慎ましかやな微笑みで言う。
「えと……君は?」
『私の名は亜神 百合奈。司令官である諒の仕事の手伝いを受けているAI――わかりやすくいいますと、人工知能です』
「じ、人工知能っ!?」
目の前にいる少女――百合奈を見て、悠斗は目を開く。
人工知能というものはよく知らないが、画面に立っている少女は、表情や口調が人間そのものであった。
だからこそ、驚きはかなりのものである。
「凄いな、これは……」
「わぁ~! とても可愛いですね~!」
百合奈を見た佑樹は矯めつ眇めつ画面を見つめ、琴愛は目を輝かせ色めき立った。
「落ち着いて、説明が難しい」
諒の冷静な声が入り、一時のざわめきが止む。
その後、諒は腕輪を軍服の袖に隠し、口を動かす。
「百合奈を見せたのは、今回の説明に必須だからだ」
「説明って、天使……だよね?」
琴愛の言葉に、諒と百合奈はほぼ同時にうなずいた。
「百合奈、説明お願い」
『承りました――天使の説明、開始します』
百合奈は礼儀よく腰を曲げると、すうっと瞼を閉じる。
すると、百合奈の周囲に白藍色をした環状の帯が出現し、そこから莫大な情報が、吹き荒れる嵐のように画像となって部屋中に拡散した。
『まず、《天使》とはどのような存在か。それを簡略して詳説しますが、よろしいですか?』
「あ、ああ……」
壮麗な画像の嵐に意識を奪われかけた悠斗は、首を振って耳の部分を集中させる。
『天使――生ある万物のなかでも上位に位置する、神の使いです』
百合奈が手を伸ばすと、一つのモニタが出現。
そこに見えるのは、背に両翼を生やした人間だった。
『これが世間でいう、一般的な天使です。画面にあるのはただの絵画ですが、特徴はどうですか? ユウト』
「うん……似ているな」
絵画の天使とは服装が異なるが、悠斗は少女の大きな翼と確かに同等のものに見えた。
『人類が崇拝し、敬遠する空想の存在。私たちは、そう了知していました』
「空想の存在? え、でも、俺はこの目で……」
悠斗が異議を唱えようとしたところで、目の前に突如モニタが展開される。
今度のは画像ではなく、ノイズが混ざった映像であった。
「これは……」
映像を見て、悠斗は目を釘付けにする。
そこに映っていたのは、以前悠斗が初の戦闘を繰り広げた街の景色。
その中央――街の広場に、四人の人影が見えた。
佑樹と琴愛に悠斗、そして、紅い髪の少女。
間違いない。悠斗が少女と初めて対面した、あの時の光景だ。
『自律カメラのデータから、一部ほど抜き取りました。……まあそのデータも、ほとんどが機体の故障によって消えましたが……』
百合奈が肩をすくめて言った直後に、映像はぷつりと暗転する。
たった数秒のものだったが、悠斗の焼きついた記憶と完璧に一致していた。
『ユウトの話ではこの後、天使に右腕を切断され、見たことのない空間で治療された……ですよね?』
「お、おう……」
いったいどこで聞いたのかは知らないが、内容自体は合っていたので悠斗はとりあえず肯定する。
『これで……また証明されましたね。リョウ』
「うん」
百合奈が静かに発した言葉に、後ろで立っていた諒は小さくうなずく。
「あの……証明、って?」
『天使が実在するという証拠ですよ。これによって、〈AMP〉はさらに進展するでしょう』
「AMPって、能力者を保護する組織だよな? 何で天使なんてのが関与するのさ」
だんまりだった佑樹が、そう疑問を投げ掛ける。
確かに、それは悠斗も気になっていた。
AMPは、数十年前に誕生した新人類、《能力者》を全面的に保護する組織だと、悠斗は聞いていた。
それなのに、得体のしれない生物が組織の礎というのは、どういうことだろうか。
諒が、百合奈と交代するように一歩前に出る。
「……石倉と富屋は、この組織を生み出した存在を、知っているね?」
「うん。大和ハート、だよね」
琴愛の言葉に諒は「正解」といい、悠斗に視線を向けた。
「矢崎は聞いたことないかな。そういう団体の名を」
「……ごめん、わからん」
その問いに、悠斗は首を横に振る。
「そうか。では、今から説明する――百合奈」
『はい。大和ハートとは何か、ですね。一言でいいますと……馬鹿でかい組織団体です』
「いや、できればもう少し詳しく……」
悠斗が要望すると、百合奈ははあと息を吐いてから、目を瞑りだす。
浮遊した周囲のモニタが回りだし、数秒後に停止した。
『――それでは、説明します。大和ハートとは、二十五年前にある二つの企業の合併によって設立した、世界の守護を目的とした組織です』
「世界の……守護?」
『はい。自然を脅かす災害を食い止め、人類の敵――ノワルと対抗することです』
百合奈は言うと、数枚のモニタを取り出し、それを指でなぞるようにして繋げる。
『人間の世界を救うために誕生した巨大組織〈大和ハート〉。その目的を達成するために、いくつもの中小組織が作られました。〈AMP〉は、その中の一つです』
蜘蛛の巣状に繋げた画像を前方にスライドさせ、悠斗に渡す。
受け取ると、『大和ハート』という名前を中心に、数々の組織名であろうものが記載されていた。
『これで大和ハートが何であるかは、理解しましたね?』
「まあ、一応はな……」
悠斗はそう言って、ぽりぽりと頬を掻く。
正直なところ、規模が壮大すぎるため理解に苦しい面があるのだが、ここで質問を繰り返しては野暮な気がしたため辞めた。
『では、話を戻しましょう。AMPの進展に、なぜ天使が関わるのか、ですね』
百合奈はくるりと回転すると、小さな手をポンとある人物の肩に置く。
『説明は任せましたよ――リョウ』
「え……?」
突然のことで驚いたのか、諒が声を漏らす。
『私は後ろで観てますから、あとはどうぞご自由に』
「え、あ……え……?」
動揺しているのか、若干取り乱し気味になりつつある諒は、退散する百合奈を摘まんで引き戻した。
「ど、どういうこと……?」
『どういうことって、組織が天使を礎にしている理由を述べるのですよ』
「で、でも説明なんて……僕は……」
『先ほどは、順調にできていたじゃないですか』
「あれは、言葉が短かったから……」
そして、背を後ろにして何やら小さく会話をする。
二人でいったい、何を話しているのだろうか……。
そう思うと、二人の会話が終わり、諒はそっと前を向いた。
「……では、なぜ天使が組織に関わるのかを、話す」
いつもどおり表情は固いままなのだが、なぜだろうか。少しだけ歯切れの悪さを感じる。
諒は数度の呼吸をしたのち、口を動かし始めた。
「まず最初に、数年前に組織が天使の存在を確認したことがきっかけだった」
機械的で抑揚のない声で、手足は動かさず口だけを開ける。
「当時は能力者の突然変異か、ただの幻かと推測したが……えっと……確認された存在は、能力者と全くもって別種であることがわかった」
「それは、何でなんだ?」
「えーと……あれだ、能力者の魔力と、その存在のエネルギー波数が、違ったから、だ」
悠斗が率直な疑問をいうと、かなり遅いペースで諒は答えた。
「その後、大和ハート本部にその事を報告した結果……新たに確認された存在は《天使》と称され、その保護を、AMPが為すことになった」
「で、それはなぜ?」
「……」
二度目の疑問に、諒は直立不動で黙り込む。
数秒ほど時が流れ、やがて諒は深く息を吸い、吐くと眼鏡を掛けなおしてから言った。
「――天使は、人類の未来を左右するからだ」
力んだような様子で発された、その直後、
――諒は、その場から姿を消した。
「……へ?」
悠斗は一瞬何が起きたかわからなかったが、すぐに理解する。
今のは、諒の能力である空間転移だ。
『……逃げましたね』
百合奈が、呆れた顔でそう呟く。
『すみません。リョウはああ見えて人と話すのが苦手でして……』
「そうなのか?」
常に冷静な司令官だとばかり思っていたため、少し拍子抜けだ。
『皆様。今日はここまでにして、また後日話しましょう』
「別にいいけど……逆井は?」
『あの残念司令官は、私が説教しますから。それでは、また』
そう言うと、百合奈は画面から溶けるように周囲のモニタとともにいなくなる。
司令室で取り残されてしまった悠斗たち三人は、互いに腑に落ちない表情をしたが、やがて部屋を出ると他愛もない話をし始めるのだった。
「…………」
司令室のすぐ近くにある艦橋。その壁に、諒は寄りかかるようにして座り込んでいた。
眉をひそめて、生気が抜かれたかのように項垂れている。
『……リョウ。気分はどうですか?』
腕輪から、百合奈の声が聞こえた。
その言葉に怒気はなく、逆に懸念のようなものを感じる。
諒は無表情でそれに答えた。
「頭痛にめまい、手足の痺れに心拍の上昇……気分は最低といえる」
『……ごめんなさい。私が無理を言ったせいで。でも、リョウも悪いですよ。私がいないのに、能力を使うなんて』
「やっぱり、もう一人じゃできないか……」
顔を上げると、諒は深く、長い息を吐く。
身体の力が一時的に抜かれ、崩れかけた壁を再構築するように、自分の全てを平坦にする。
こうでもしないと、自分は生きられないからだ。
体と心。主に精神面のほうで。
『……落ち着きました?』
「うん、大丈夫。――百合奈」
『はい。何でしょう』
突然、諒が話かけたと思うと、自分の手のひらを見て問うた。
「――僕は、一人の方が、楽なのかな……?」
意図の読めない、何を云いたいのか、いまいちわからない質問。
その返事がくるのに、あまり時間はかからなかった。
『いいえ。今はそう思うかもしれませんが、いつか必ず、それを誤解だと認識するときが来ますよ』
まるで、生者を導く修道女の如く、物腰の柔らかい優しい声音で、百合奈はそう答える。
「そうか……そのときが……来れば、いいな」
諒は一人でうなずくと、笑うことも、嘆くこともなく――ただ何もない天井を見て呟いた。
初作品をちゃちゃっと完結させて、この作品一本に集中したい……のですが、双方かなりの長編なんですよね……。