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ディストゥ・ライフ  作者: 鎌里 影鈴
第一章 天に愛でられた万能なる紅蓮
2/18

第1話 目覚めは戦艦の中で

投稿が遅れました。鎌里 影鈴です。

『ディストゥ・ライフ』第一話を投稿させて頂きました。

興味のある方は、ぜひご覧ください。


 目を開けると、白いパネルが均一に並んだ天井が見える。

 あまり見ない天井だが、独特な匂い、背に伝う感触、そして空気からして、自分は病院のベッドで寝ていることがわかった。

 最初に左腕を動かし、ベッドに手を付けて上半身を起こす。

 長いこと体を動かしていなかったのか、硬直した筋肉が少し痛む。


「目が覚めたかい、少年よ」


 右耳から、覚えのない声が聞こえる。

 そちらに振り向くと、少年のベッドの横側に、男が立っていた。

 年齢は三十代といったところだろうか。小麦色に焼けた肌に、角刈りの黒髪。長身の体に焦げ茶の軍服を着た、たくましそうな男だ。

 少年はぱさぱさした唇を開いて、言葉を発した。


「あなたは……?」

「俺かい? 俺の名は、藤野(ふじの) じんだ。気軽に『ジン』とでも呼んでくれ」


 ジンは言うと、ニカッと笑う。白い歯が少し輝いて見えた。


「ここは、どこなんだ?」

「ここは〈アラハバキ〉に整備された医務室だな。〈アラハバキ〉は何かというと――戦艦だ」

「戦艦っ!?」


 少年は大きく目を見開いた。戦艦という、アニメやドラマでしか見たことのない単語(ワード)を聞けば、普通の人は当然驚くだろう。


「ふふ、驚いただろう」

「まあ、はい。でも……どうして俺は、こんなとこで寝ていたんだ?」


 少年は一番気になることを訊いた。

 病院で寝るようなことはした覚えがないし、何より――


「あれ……?」


 と。そこで少年は思考に行き詰まる。

 何かを忘れているような、抜かれているような、そんな感じ。

 それが一体何なのか、少年は考え――偶然、それに思い当たる。


(まさか、いや、そんな……)


 理解した直後、少年は動揺に息を詰まらせる。


「少年?」


 ジンが声を掛けたことにより、少年は淀んだ思考を振り切った。


「ああ、どうかした? ジン」

「……いいや、何でもない。それより、君の名前を教えてくれないか」


 ジンが訊くと、少年はベッドに降りてから、口を開いた。


「――矢崎(やざき) 悠斗ゆうとだ」

「ほう、矢崎君か」


 そう呟くと、ジンは悠斗の肩をぽんと叩いた。


「では矢崎君。ついてきてくれ」


 言うが速いか、ジンは医務室の扉を開け、悠斗を招く。

 悠斗が部屋を出ると、目の前には長い通路が続いていた。

 戦艦と言われていたが、地平線が見える辺り、相当広そうだ。

 悠斗はジンの後ろで、通路を歩くこととなった。




「ーーここだ」


 歩き始めてから数分後、悠斗はある扉の前に立たされた。

 通路を歩いていくなかで幾つかの扉を見たが、今あるこの扉は一際大きい。


 扉が自動的に開き、その部屋を(まなこ)に映し出す。

 そこには、よくわからない機械が壁際に並び、奥にモニタらしきものと背もたれが長い椅子が一脚ある。

 その椅子に、誰かがいた。


「初めまして。矢崎 悠斗」


 椅子に座っていた人物はそう言い、くるりと椅子を回転させた。

 声は非常に落ち着いていたが、目の前にいる人物は、悠斗と同じくらいの少年だった。

 常磐色の髪に黄土の瞳。肌は病弱を思わせるほど白く、まるで人形のように顔が無表情だ。小豆(あずき)色の眼鏡を掛けており、濃い緑色の軍服をきっちりと着ている。

 悠斗は軽く挨拶を済ませようと、片手をひらひらと挙げた。


「よろしく。俺は――」

「司令。お待たせしました」


 ジンが少年に向かって、腰を九◯度傾けて礼をした。


「は……?」


 それを見て悠斗は、呆けた声を発する。

 年齢的に大人なはずのジンが、少年に頭を下げた。悠斗の中にある常識では、このようなことはあり得ない。

 しかし――、


「藤野 仁、下がって結構です」

「はっ!」


 悠斗の目の前では、現にそれは起きている。

 それに、ジンはこの少年を「司令」と言った。

 ということは……


「お前が、この艦の司令官なのかっ!?」

「こら矢崎君! 司令の前で失礼だぞ!」


 悠斗が口走ると、ジンは目をくわっと開いて怒鳴りつけた。


「藤野 仁、五月蝿い」

「はっ! 誠に申し訳ありません!」


 しかし少年が呟くと、ジンは即座に頭を下げた。

 まさに、呆気に取られる会話だった。

 悠斗も見よう見まねで、膝を床に付けて頭を下げる。


「司令官様。先ほどの御無礼、本当にすいま――」

「あ、矢崎 悠斗は使わなくていいから。敬語」

「司令!?」


 司令の言葉に真っ先に反応を示したジンは、ばっと顔を上げる。


「それは、どういった心変わりで……」

「別に、ただ同い年っぽそうだから」

「……そうですか…………」


 ジンは後ろにふらつき、よろめいた。

 激怒するか、嘆き悲しむかと悠斗は予想したが、


「司令、おめでとうございます!」


 何故か歓喜に満ちた声で、再び頭を下げた。

 これを理解するのは難しそうだと、悠斗は思った。


「では改めて、ようこそ矢崎 悠斗。僕の名前は逆井(さかい) りょうだ。よろしく」

「あっはい俺は――ってあれ、司令はどうして俺の名前を……」

「気軽に『逆井』で構わない。君の名前は、今さっき聞いた」

「はぁ……」


 若干腑に落ちない感じがしたが、悠斗は話を聞くことにした。


「矢崎 悠斗。君は、自分が寝ていた理由を覚えているか?」


 最初に、諒が悠斗に訊いてくる。


「いや、覚えてない。その理由も、昔も全部」

「全部?」


 諒が不思議そうに首を傾げる。まあ、当然だろう。

 何せ、俺は――


「俺には、自分の記憶が無いんだ」

「……!」


 そこで諒は初めてぴくりと眉を動かした。いきなりのことで、少し驚いたのだろう。

 実の所、悠斗自身も深く動揺していた。

 目が覚める前後の記憶ならまだしも、それ以前の記憶――要は、自分がどこで生まれ育ち、どのような生活を送ったのか。それに関する記憶を全て、忘れてしまったのである。

 かろうじて覚えていたのは、自分の名前くらいだろうか。

 とにかく、今の悠斗は記憶のほとんどを失った、記憶喪失者なのだ。


(つら)く、ないか?」


 と。諒が悠斗に言葉を掛けた。

 その言葉はとても平坦だが、確かな心配の色が見える気がする。


「ああ、正直言って、結構堪えてる。でも……」


 悠斗は一度言葉を止め、深く短い息を吐く。そして、


「俺は、自分がそんなことで絶望しないって、信じているから」


 自分の心を自分で支えるかのように、そう述べた。

 見栄っ張りだということはわかっている。だが、自分はここでつまづいてはいけない。そう純粋に思ったのだ。


「絶望、ね……」


 諒は小さく息を吐くと、意を決したように目を開けた。


「矢崎 悠斗。君を僕が指揮する組織、〈AMP〉の艦員に入隊する権利を与える」

「AMP?」

「そう。正式名称は、『対能力者保護組織』。地球に二度、甚大な影響を与えた大災害『ディメン・クラッシュ』以後に発見された新人類、《能力者(シュロム)》の安全を確保する組織だ」

「…………」


 はっきり言って、全くもってわからなかった。

 組織の名称はわかるが、ディメンなんたらやらシュロムやら知らない単語(ワード)を聞かされただけで、現時点で理解するのは無理に等しい。


「わからないと思うから、順番に話そう」


 と。悠斗の空気を察したのか、諒がそう言った。


「まずは、『ディメン・クラッシュ』から。この災害は、今から二十五年前にフランス上空で一回、十年前に日本上空で一回起きた大爆発現象だ」

「爆発?」

「そう。幸い上空で発生したため多数の死者は出なかったが、ディメン・クラッシュはその後の世界に変化を与えた」


 諒は椅子から立つと背後のデスクに寄り、そこに置いてあった、仄かに若緑色に透き通った四角い物体を取り出した。


「これが変化の一つ、顕想源(イメウィズ)という化学物質。このままだとただのキューブに過ぎないけど、形状記憶を施すと、たちまち剣や銃に変形できる」

「へぇ……」


 興味本位で悠斗は顕想源を持って、触れてみる。硬さは鉄以上なのに、重さは綿並みだ。


「では次に、〈AMP〉が保護対象としている人類、《能力者》がどういった存在かを説明しよう」


 諒はそのままの姿勢で話を続けた。


「能力者とは、世界に起きた変化の一つであり、簡易的にいうと――魔法使いだ」

「魔法? それって、手から炎とか氷出したり、竜とか召喚しちゃうやつ?」


 在り来たりで凡庸な例えだったが、諒は「まぁ、そうだな」と平然とした表情で答えた。


「前の時代には魔法なんて不可思議なもの、空想上の存在でしかなかった。しかしディメン・クラッシュが、その理を打ち砕いてしまった結果、僕や矢崎 悠斗のような《能力者》が誕生したんだ」

「ふーん……ん?」


 と。そこで、悠斗は先ほどの諒の言葉に引っ掛かった。


「えと、逆井? お前と俺って……」

「うん。能力者」

「はあっ!?」


 悠斗は驚きのあまり後ろに退けてしまった。


「ちょ、ちょっと待て。さすがにそれは冗談がきついっていうか――」

「冗談ではない、真実だ」


 表情を変えず、抑揚のない声で諒は言い切った。

 様子からしてたぶんこの言葉は、嘘ではない、だろう……。

 無論、だからといって信じるかはまた別の話だが。


「俺が能力者って話はとりあえず置いていい。能力者がどういうやつかを、もっとわかりやすく教えてくれ」

「わかった」


 諒は短く言うと、そのまま続ける。


「能力者というのは、先ほども言ったように、魔法が使える人間だ。自身にある『魔力』で、様々な能力を作り出すことができる。個人によって所有する能力が異なるから、組織内で発見した能力者の能力には名称が付く。例えば――」


 瞬間、声が途切れるのと同時に、諒が姿を消した。

 完璧に、跡形もなく。


「は? 逆井、どこに――」

「ここだ」

「うわっ!?」


 悠斗の背後から、突如として諒が現れる。


「これが僕の能力、《空間(くうかん)》。任意の瞬間移動を可能にする能力だ」

「へぇ……」


 今だに拍子抜けしていたため、悠斗は空返事をしてしまった。

 気を持たせ、何とか意識を表に持っていく。


「他にも火を自在に操る能力や、身体を硬化させる能力を持つ能力者が存在する。〈AMP〉には僕と矢崎 悠斗を含めて、能力者が四人いる」


 ということは、この艦内にあと二人、能力者がいるということか。


「あとの二人は後々会わせるとして、矢崎 悠斗の能力について少し話そう」

「え、わかるのか」

「――大体だが、矢崎 悠斗の能力は『炎』の属性であることが、この間使用した検査機に結果として出ている」

「あんた俺が寝ている間に何やってんだ!?」


 思わずつっこみを入れた悠斗を「まあまあ」と諒は宥め、再び自分の能力で瞬く間に椅子に腰掛ける。


「さて、返事を聞かせてもらおう、矢崎 悠斗。AMPに入隊するか、しないのか」

「もう聞いちゃうのかよ……」


 軽く溜め息を吐いた悠斗は、暫しの間、無言になる。

 今の自分は、自分が能力者であることも忘れてしまった、哀れな記憶喪失者だ。

 戻る場所も無ければ、帰る場所すら覚えていない。

 なら、せめて――、


「わかった、入ってやるよ。お前の組織とやらに」


 今の状況で自分が出来ることを、やろうと思ったことを、気の向くままにやってやろう。そう思った。


「そうか」


 悠斗の返答に諒は小さく頷くと、椅子から立ち上がり手を前に出した。


「〈AMP〉司令官として、矢崎 悠斗を新たな艦員として認めよう」

「おう! よろしくな」


 悠斗はにこやかな笑みを浮かべて、その手を握った。



 記憶というかけがえのないものを失った、一人の少年の物語が今――始まった。


いかがだったでしょうか。

現実のこともあって、投稿のペースがかなり遅れますことを、ご了承下さい。

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