第1話 目覚めは戦艦の中で
投稿が遅れました。鎌里 影鈴です。
『ディストゥ・ライフ』第一話を投稿させて頂きました。
興味のある方は、ぜひご覧ください。
目を開けると、白いパネルが均一に並んだ天井が見える。
あまり見ない天井だが、独特な匂い、背に伝う感触、そして空気からして、自分は病院のベッドで寝ていることがわかった。
最初に左腕を動かし、ベッドに手を付けて上半身を起こす。
長いこと体を動かしていなかったのか、硬直した筋肉が少し痛む。
「目が覚めたかい、少年よ」
右耳から、覚えのない声が聞こえる。
そちらに振り向くと、少年のベッドの横側に、男が立っていた。
年齢は三十代といったところだろうか。小麦色に焼けた肌に、角刈りの黒髪。長身の体に焦げ茶の軍服を着た、たくましそうな男だ。
少年はぱさぱさした唇を開いて、言葉を発した。
「あなたは……?」
「俺かい? 俺の名は、藤野 仁だ。気軽に『ジン』とでも呼んでくれ」
ジンは言うと、ニカッと笑う。白い歯が少し輝いて見えた。
「ここは、どこなんだ?」
「ここは〈アラハバキ〉に整備された医務室だな。〈アラハバキ〉は何かというと――戦艦だ」
「戦艦っ!?」
少年は大きく目を見開いた。戦艦という、アニメやドラマでしか見たことのない単語を聞けば、普通の人は当然驚くだろう。
「ふふ、驚いただろう」
「まあ、はい。でも……どうして俺は、こんなとこで寝ていたんだ?」
少年は一番気になることを訊いた。
病院で寝るようなことはした覚えがないし、何より――
「あれ……?」
と。そこで少年は思考に行き詰まる。
何かを忘れているような、抜かれているような、そんな感じ。
それが一体何なのか、少年は考え――偶然、それに思い当たる。
(まさか、いや、そんな……)
理解した直後、少年は動揺に息を詰まらせる。
「少年?」
ジンが声を掛けたことにより、少年は淀んだ思考を振り切った。
「ああ、どうかした? ジン」
「……いいや、何でもない。それより、君の名前を教えてくれないか」
ジンが訊くと、少年はベッドに降りてから、口を開いた。
「――矢崎 悠斗だ」
「ほう、矢崎君か」
そう呟くと、ジンは悠斗の肩をぽんと叩いた。
「では矢崎君。ついてきてくれ」
言うが速いか、ジンは医務室の扉を開け、悠斗を招く。
悠斗が部屋を出ると、目の前には長い通路が続いていた。
戦艦と言われていたが、地平線が見える辺り、相当広そうだ。
悠斗はジンの後ろで、通路を歩くこととなった。
「ーーここだ」
歩き始めてから数分後、悠斗はある扉の前に立たされた。
通路を歩いていくなかで幾つかの扉を見たが、今あるこの扉は一際大きい。
扉が自動的に開き、その部屋を眼に映し出す。
そこには、よくわからない機械が壁際に並び、奥にモニタらしきものと背もたれが長い椅子が一脚ある。
その椅子に、誰かがいた。
「初めまして。矢崎 悠斗」
椅子に座っていた人物はそう言い、くるりと椅子を回転させた。
声は非常に落ち着いていたが、目の前にいる人物は、悠斗と同じくらいの少年だった。
常磐色の髪に黄土の瞳。肌は病弱を思わせるほど白く、まるで人形のように顔が無表情だ。小豆色の眼鏡を掛けており、濃い緑色の軍服をきっちりと着ている。
悠斗は軽く挨拶を済ませようと、片手をひらひらと挙げた。
「よろしく。俺は――」
「司令。お待たせしました」
ジンが少年に向かって、腰を九◯度傾けて礼をした。
「は……?」
それを見て悠斗は、呆けた声を発する。
年齢的に大人なはずのジンが、少年に頭を下げた。悠斗の中にある常識では、このようなことはあり得ない。
しかし――、
「藤野 仁、下がって結構です」
「はっ!」
悠斗の目の前では、現にそれは起きている。
それに、ジンはこの少年を「司令」と言った。
ということは……
「お前が、この艦の司令官なのかっ!?」
「こら矢崎君! 司令の前で失礼だぞ!」
悠斗が口走ると、ジンは目をくわっと開いて怒鳴りつけた。
「藤野 仁、五月蝿い」
「はっ! 誠に申し訳ありません!」
しかし少年が呟くと、ジンは即座に頭を下げた。
まさに、呆気に取られる会話だった。
悠斗も見よう見まねで、膝を床に付けて頭を下げる。
「司令官様。先ほどの御無礼、本当にすいま――」
「あ、矢崎 悠斗は使わなくていいから。敬語」
「司令!?」
司令の言葉に真っ先に反応を示したジンは、ばっと顔を上げる。
「それは、どういった心変わりで……」
「別に、ただ同い年っぽそうだから」
「……そうですか…………」
ジンは後ろにふらつき、よろめいた。
激怒するか、嘆き悲しむかと悠斗は予想したが、
「司令、おめでとうございます!」
何故か歓喜に満ちた声で、再び頭を下げた。
これを理解するのは難しそうだと、悠斗は思った。
「では改めて、ようこそ矢崎 悠斗。僕の名前は逆井 諒だ。よろしく」
「あっはい俺は――ってあれ、司令はどうして俺の名前を……」
「気軽に『逆井』で構わない。君の名前は、今さっき聞いた」
「はぁ……」
若干腑に落ちない感じがしたが、悠斗は話を聞くことにした。
「矢崎 悠斗。君は、自分が寝ていた理由を覚えているか?」
最初に、諒が悠斗に訊いてくる。
「いや、覚えてない。その理由も、昔も全部」
「全部?」
諒が不思議そうに首を傾げる。まあ、当然だろう。
何せ、俺は――
「俺には、自分の記憶が無いんだ」
「……!」
そこで諒は初めてぴくりと眉を動かした。いきなりのことで、少し驚いたのだろう。
実の所、悠斗自身も深く動揺していた。
目が覚める前後の記憶ならまだしも、それ以前の記憶――要は、自分がどこで生まれ育ち、どのような生活を送ったのか。それに関する記憶を全て、忘れてしまったのである。
かろうじて覚えていたのは、自分の名前くらいだろうか。
とにかく、今の悠斗は記憶のほとんどを失った、記憶喪失者なのだ。
「辛く、ないか?」
と。諒が悠斗に言葉を掛けた。
その言葉はとても平坦だが、確かな心配の色が見える気がする。
「ああ、正直言って、結構堪えてる。でも……」
悠斗は一度言葉を止め、深く短い息を吐く。そして、
「俺は、自分がそんなことで絶望しないって、信じているから」
自分の心を自分で支えるかのように、そう述べた。
見栄っ張りだということはわかっている。だが、自分はここでつまづいてはいけない。そう純粋に思ったのだ。
「絶望、ね……」
諒は小さく息を吐くと、意を決したように目を開けた。
「矢崎 悠斗。君を僕が指揮する組織、〈AMP〉の艦員に入隊する権利を与える」
「AMP?」
「そう。正式名称は、『対能力者保護組織』。地球に二度、甚大な影響を与えた大災害『ディメン・クラッシュ』以後に発見された新人類、《能力者》の安全を確保する組織だ」
「…………」
はっきり言って、全くもってわからなかった。
組織の名称はわかるが、ディメンなんたらやらシュロムやら知らない単語を聞かされただけで、現時点で理解するのは無理に等しい。
「わからないと思うから、順番に話そう」
と。悠斗の空気を察したのか、諒がそう言った。
「まずは、『ディメン・クラッシュ』から。この災害は、今から二十五年前にフランス上空で一回、十年前に日本上空で一回起きた大爆発現象だ」
「爆発?」
「そう。幸い上空で発生したため多数の死者は出なかったが、ディメン・クラッシュはその後の世界に変化を与えた」
諒は椅子から立つと背後のデスクに寄り、そこに置いてあった、仄かに若緑色に透き通った四角い物体を取り出した。
「これが変化の一つ、顕想源という化学物質。このままだとただのキューブに過ぎないけど、形状記憶を施すと、たちまち剣や銃に変形できる」
「へぇ……」
興味本位で悠斗は顕想源を持って、触れてみる。硬さは鉄以上なのに、重さは綿並みだ。
「では次に、〈AMP〉が保護対象としている人類、《能力者》がどういった存在かを説明しよう」
諒はそのままの姿勢で話を続けた。
「能力者とは、世界に起きた変化の一つであり、簡易的にいうと――魔法使いだ」
「魔法? それって、手から炎とか氷出したり、竜とか召喚しちゃうやつ?」
在り来たりで凡庸な例えだったが、諒は「まぁ、そうだな」と平然とした表情で答えた。
「前の時代には魔法なんて不可思議なもの、空想上の存在でしかなかった。しかしディメン・クラッシュが、その理を打ち砕いてしまった結果、僕や矢崎 悠斗のような《能力者》が誕生したんだ」
「ふーん……ん?」
と。そこで、悠斗は先ほどの諒の言葉に引っ掛かった。
「えと、逆井? お前と俺って……」
「うん。能力者」
「はあっ!?」
悠斗は驚きのあまり後ろに退けてしまった。
「ちょ、ちょっと待て。さすがにそれは冗談がきついっていうか――」
「冗談ではない、真実だ」
表情を変えず、抑揚のない声で諒は言い切った。
様子からしてたぶんこの言葉は、嘘ではない、だろう……。
無論、だからといって信じるかはまた別の話だが。
「俺が能力者って話はとりあえず置いていい。能力者がどういうやつかを、もっとわかりやすく教えてくれ」
「わかった」
諒は短く言うと、そのまま続ける。
「能力者というのは、先ほども言ったように、魔法が使える人間だ。自身にある『魔力』で、様々な能力を作り出すことができる。個人によって所有する能力が異なるから、組織内で発見した能力者の能力には名称が付く。例えば――」
瞬間、声が途切れるのと同時に、諒が姿を消した。
完璧に、跡形もなく。
「は? 逆井、どこに――」
「ここだ」
「うわっ!?」
悠斗の背後から、突如として諒が現れる。
「これが僕の能力、《空間》。任意の瞬間移動を可能にする能力だ」
「へぇ……」
今だに拍子抜けしていたため、悠斗は空返事をしてしまった。
気を持たせ、何とか意識を表に持っていく。
「他にも火を自在に操る能力や、身体を硬化させる能力を持つ能力者が存在する。〈AMP〉には僕と矢崎 悠斗を含めて、能力者が四人いる」
ということは、この艦内にあと二人、能力者がいるということか。
「あとの二人は後々会わせるとして、矢崎 悠斗の能力について少し話そう」
「え、わかるのか」
「――大体だが、矢崎 悠斗の能力は『炎』の属性であることが、この間使用した検査機に結果として出ている」
「あんた俺が寝ている間に何やってんだ!?」
思わずつっこみを入れた悠斗を「まあまあ」と諒は宥め、再び自分の能力で瞬く間に椅子に腰掛ける。
「さて、返事を聞かせてもらおう、矢崎 悠斗。AMPに入隊するか、しないのか」
「もう聞いちゃうのかよ……」
軽く溜め息を吐いた悠斗は、暫しの間、無言になる。
今の自分は、自分が能力者であることも忘れてしまった、哀れな記憶喪失者だ。
戻る場所も無ければ、帰る場所すら覚えていない。
なら、せめて――、
「わかった、入ってやるよ。お前の組織とやらに」
今の状況で自分が出来ることを、やろうと思ったことを、気の向くままにやってやろう。そう思った。
「そうか」
悠斗の返答に諒は小さく頷くと、椅子から立ち上がり手を前に出した。
「〈AMP〉司令官として、矢崎 悠斗を新たな艦員として認めよう」
「おう! よろしくな」
悠斗はにこやかな笑みを浮かべて、その手を握った。
記憶というかけがえのないものを失った、一人の少年の物語が今――始まった。
いかがだったでしょうか。
現実のこともあって、投稿のペースがかなり遅れますことを、ご了承下さい。