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ディストゥ・ライフ  作者: 鎌里 影鈴
第一章 天に愛でられた万能なる紅蓮
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第17話 天使に知らせよこの世界

遅れてどうもすみませんでした。

変えた方が良いんですかね、睡眠時間。

 晴天に恵まれた朝方。悠斗はカマエルがいる部屋を訪れた。


「おじゃましまーす……」


 不躾(ぶしつけ)な態度は避けたいため、一応だが一声だけ発し、部屋の扉を開けて中に入り、物の無いリビングを通って寝室の前で足を止める。

 どうやらカマエルは、一晩中この部屋で寝ていたらしい。昨日あたりからここにあった監視カメラ――これだけで充分不躾かもしれない――が、それを証明している。

 一体、彼女が何を抱えているのか。とても心配だ。

 だからこそ悠斗はこうして、決意を数えられないほど深く刻み込んだ状態で対面することを願っていた。

 ――次で絶対に、最後にしてやる。


「……よし」


 部屋の前で気を引き締めてから、悠斗は扉を開けた。

 真新しい白いベッド。そのシーツの上に、鎧を脱いで純白の衣だけを着た少女がいる。

 この少女こそ、破壊の天使といわれた存在。カマエルだ。


「くぅ…………」


 まだ寝息を立てているカマエル。その相貌は、思わず二度見してしまうほどに美しい。

 これだと地球上に稀に窺えるかどうかの逸材に過ぎないのだが、能力者(シュロム)を超える魔力を宿した生命体だと知れば話は別である。

 悠斗はベッドに近付き、肩に触れるのを躊躇って、ベッド自体を揺らす。


「カマエル、起きろー」

「ん…………」


 名前を声に出してみるが、細く息を漏らして寝返りを打っただけであった。

 もう一度ベッドを揺らす。それでも起床した様子はない。


「どうするか……」


 思考を可能な限り巡らす悠斗は、うーんと唸る。

 数秒経ってから意を決して、悠斗はカマエルの剥き出しになった肩を掴んで揺らした。


「んん…………」


 と。カマエルは顔を歪ませたかと思うと、体を大きく動かす。

 そして足を上に伸ばすと、そのまま横に振り降ろしてきた。


「ごふッ!?」


 カマエルの素足が首の付け根に直撃し、悠斗は目を開かせて頭を落下させる。


「んー……?」


 そこで、低い声を鳴らしたカマエルは目を覚まして、むっくりとからだを起こした。


「あれ、矢崎じゃない。どうかしたの? こんなところで」

「いたた……寝相悪いんだな。君」


 無意識に攻撃された部分を押さえながら、悠斗は立ち上がって言う。

 寝相の悪さを指摘しようとして、しかしカマエルが攻撃的な性格であったことに気付く。

 もしかしたら、意識していなくてもその質が現れているのかもしれない。だからあえて重言はせずに話を続けた。


「カマエル。外に出る準備をしてくれ。この世界について、色々と教えるから」

「わかった。……というか、私のあだ名、まだ決めてないのね」


 そう刺すように言われ、悠斗の顔が引きつる。

 ここで違和感のない名前はないかと考えてはみたが、そもそも名前など付けたことがない悠斗にとっては難儀な要求であった。

 悠斗は視線を泳がせつつ、素直に返答をする。


「ごめん。でもちゃんと考えてるから」

「そう。ならいいわ」


 カマエルはあっさりした感じに頷くと、ベッドから降りて念じ、一瞬でその身に真紅の鎧を纏わせた。

 百合奈から聞いたが、天使の服装は魔力で出来ているため、自由にその状態になれるのだ。

 それを見て、悠斗は待ったの声をかける。


「ちょっと待て。それで行くのか?」

「そうよ。何か文句でもある?」

「いや、そうじゃないんだけど……」


 正直言って、その煌びやかな格好は非常に目立つ。これで外に出るのはいささか問題であろう。

 どうしたものかと黙り込んだその時に、イヤホンから音が聞こえた。


『こちらで服を用意した。今すぐに、そちらに転送する』


 諒がそう言った直後、ベッドの端辺りに畳まれた洋服一式が出現した。

 それを手に取って、カマエルに向けて差し出す。


「カマエル。よかったら、これを着てくれないか」

「これを?」


 渋々といった様子でカマエルは服を受け取ると、ベッドに広げてから、矯めつ眇めつ見つめた。


「ふーん……まあ、構わないわ」


 数秒してから、カマエルは鼻から声を通したのち、首を縦に動かす。

 先ほど着た鎧を消して、渡された服に着替えようとした。

 が、そこでカマエルは悠斗を半眼でジロリと睨んだ。


「ちょっと、いつまでそこにいるの。着替えるんだからさっさと出なさい!」

「あ、ご、ごめん……」


 怒声を喰らい、悠斗は急いで扉を開けて部屋を出た。

 すぐに扉を閉めて、軽く息を吐く。

 こちらの音声に限らず、カメラで外部を観察している諒が尋ねる。


『どうした。今日はやけに呆けているように見えたが』

「ん……カマエルの名前を考えてたんだけど、中々それってやつが思い付かなくて」

『その時は、周囲を見渡すといいですよ。ユウト』


 その時、〈AMP〉司令官の諒と同じくこちらを観察していた人工知能の百合奈が、客観的な意見を述べた。


「周囲を見渡すって、どういうことだ?」

『周りにあるものの名前から文字を取って、それを変換したりして決めるんです。私の『百合奈』という名前も、リョウが付けてくれたんですよ』


 百合奈は続けて、自身が命名された話をする。ここから表情は窺えないが、嬉しそうに言っているようであった。


『その話はいいから。矢崎はカマエルの名前を考えつつ、町の案内をしてもらう。指定した場所に行ってほしい』

「わかった」


 悠斗は声と動作、両方で肯定した。




 秘匿された領域で、〈アラハバキ〉は浮遊している。

 その内部の司令室にて、悠斗たちを観察している諒は無表情でモニタを覗く。

 ここのところ長い間画面を見ていたので、目にダメージを受けているのが少し気掛かりになるが、それでも諒は見続けた。

 何故ならそれが、自分にできることだからである。

 天使を監視、観測をして、天使と間近にいる悠斗をサポートする。それこそが、司令官である諒の務めだ。

 天使を救いたい気持ちは、悠斗だけが抱いたものではない。

 諒自身が天使という存在を知ったその日から、決意は既にできていた。

 これが最後――天使カマエルの誘発波を止め、カマエルを救う最後のチャンスだ。

 精神の強張りを自覚して、諒は小さく息を吐く。


「……どうして」


 するとそこで、諒は抑揚のない声を発する。

 そして顔だけを横に向けて、再び口を動かした。


「どうして二人は、ここにいるのかな」


 直後、諒の後ろにいた二人――佑樹と琴愛は言ってくる。


「仲間が頑張ってるんだから、応援するのが筋ってもんでしょ」

「悠斗君がピンチになったときは……私が助けますっ!」


 二人の悠斗を思う言葉に、諒は微笑みはせず、小さく頷いた。


「これより、天使カマエルの鎮静を――開始する」



 ◆ ◆ ◆



 八時四十二分。悠斗は組織に指定された、人気の少ない商店街に着く。

 カマエルの人嫌いと、誘発波のこともあって、出来るだけ人が密集した所は避けようという訳だ。


「へぇ……ここが商店街ってやつね」


 後ろを歩いていたカマエルが、興味深そうに呟く。

 悠斗は背後を向いて、カマエルに話かけた。


「そう。食べ物や雑貨とか売ってる、色んな店が並んでいる場所だな」

「ふぅん……食べ物って、例えばどんなの?」


 と。カマエルは話を聞いて、そう質問をしてくる。


「そうだな……あ、ああいうのがあるぞ」


 周囲を見て、悠斗は自分が指差した方へと進む。

 商店街を入ってすぐにある店で、悠斗とカマエルは足を止めた。

 その店からは、甘い匂いが漂ってくる。


「いい匂いね。何の食べ物なの?」

「これは、クレープっていうんだ」

「クレープ……?」


 カマエルは初めて聞いたように首を傾げた。

 食べてみればわかると思い、悠斗はその店でクレープを一つ注文する。

 しばらくして、店員が作ったクレープを受け取ると、悠斗はそのままカマエルに渡す。


「はい。これがクレープっていう食べ物だ」

「へぇ……」


 カマエルは悠斗の手にあるクレープをまじまじと見てから、それを両手で取る。

 顔に近付けて匂いを嗅いだり、クレープをさらに凝視してから、カマエルは口を開けた。

 ――が、そこでピタリと、カマエルの動きが止まる。


「…………毒とか、入ってないでしょうね?」

「え」


 突如言いだしたことに、悠斗は声を詰まらせた。

 一体何をどうしたら、そんな発想が出てくるのだろう。


「大丈夫。入ってないから、信じて」

「む……」


 カマエルは訝しげな視線を数秒した後に瞳を閉じ、ゆっくりと口を開けて、クレープを食べた。


「……!」


 瞬間、カマエル両目を一気に開く。

 煌めく緑色の瞳をさらに輝かせ、背筋を大きく伸ばす。

 やがて、カマエルは我に返ったかのように肩を揺らすと、頬をほんのり赤く染めた。


「ふ、ふん! 人間の食べ物にしては、そこそこのものじゃないの」

「そっか。なら良かった」


 悠斗がそう言うと、カマエルはクレープを再び口に運ぶ。

 どうやらお気に召したらしく、終始顔を(ほころ)ばせていた。


「ふぅ……」


 数分後。クレープを食べ終えたカマエルは満足したように息をつく。


「どうだ? 美味(うま)かったろ?」

「ぐ、そ、そこそこのちょっと上あたりね」


 悠斗が聞くと、態度を崩したくないカマエルは胸を反らして言う。

 その時、悠斗はカマエルの顔に、何か白いものが付いていることに気付く。

 多分クリームだろう。クレープを食べていた際に付着したみたいだ。


「カマエル。少しだけ、こっちを向いてくれないか」

「? 何を――」


 言い切るより速く、悠斗はカマエルの口元に触れてクリームを取り、それを食べた。

 そうした直後に、カマエルが固まる。


「な、ななななな……!」


 今度は頬だけでなく、顔全体まで紅潮させるカマエル。

 すると、


「何やってるの! この変態!」

「え?」


 突然前のめりになって、大声を発した。

 意味がわからず、悠斗は呆けた様子で言う。


「何って、何がだ?」

「とぼけないでよ! あなたいま私の顔を指で触って、その指を……」


 激憤(げきふん)したように喋っていたが、最後の方は消え入っていてよく聞こえなかった。

 手をわなわなとさせて、カマエルは体を震わせる。


「私に、触れるなんて、触れるなんて……」


 そしていつの間にか、その手から二つの炎を生み出していた。

 荒ぶる炎を見て、悠斗は仰天し慌てだす。


「ごめん! 俺が何か悪いことしたのか? そうなんだよな? だから炎出してるんだよな、とにかくごめん!」

「……はっ」


 悠斗が早口で謝ると、カマエルは何かを感じたのか、自身の炎を消した。


「い、行くわよ矢崎。私に教え続けなさい。それがあなたに許された、唯一の権利よ」

「はあ……」


 カマエルは上から目線で言って、即座に歩行を始める。


「あ、おい待てよ」

「うるさい。必要なとき以外に話さないで」


 そう冷たい態度を取って、さらに歩調を速めた。


「何があったっていうんだ……」


 疑問符を浮かべながら、悠斗はカマエルの後ろを付いていく。



 この時は、まだ誰も知らなかった。

 カマエルの身に起きている現象も、後に来る災厄も……。

あと三話、です!

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