第16話 揺らいだ自念
今回は繋ぎということで、内容が短いです。
「はぁ…………」
〈アラハバキ〉の休憩スペースにある長椅子に腰掛けて、悠斗は溜め息をつく。
その理由は、至極単純なものである。
――カマエルが苦しんでいたということに、悠斗は気付けなかった。
行く手を押し止めてまで救いたいと伝えたのに、目の前にいる相手の状態すら、理解出来ていなかった。
「……ッ」
悠斗の中で、何かが揺らぐ。
まるで、巨大な手に心臓を握られるような、気味の悪い感覚だ。
これを形容するとしたら、懸念と後悔。
難しいことはわからないが多分、そんな感じだ。
「あれ、悠斗君じゃないか」
と、その時、扉が開いたと同時に佑樹が現れる。
悠斗は、それに気付き反応をするまで少し時間がかかった。
佑樹は声を掛けた後、悠斗の前まで歩く。
「隣、座ってもいいか?」
「おう、どうぞ」
了承すると、佑樹は悠斗の横に座る。
そのすぐ後に、佑樹はこちらの方を見て言った。
「もしかして、ショックだったか?」
「え……?」
突然の言葉に、悠斗は呆けた声を発する。
そして反射的に、図星を突かれたような表情を作ってしまう。
「やっぱりそうか。カマエルっていう天使が傷付いていたことに、ショックを受けたんじゃないかと思って」
「そ、それはそうだけど……どうして知ってるんだ?」
悠斗は動揺を隠せない様子で、佑樹に尋ねる。
すると佑樹は、申し訳なさそうに顔を歪ませて言った。
「俺の能力者の力。《侵操》は、何かを操ることができるんだ。大小様々な物体とか――人の心とかも」
「人の、心……?」
「うん。心を操ったりとかはしたことないんだけどさ――何故か見えるんだよね。他人の心」
「っ……!」
自分の顔が、驚愕に染まっているのが直ぐにわかる。
が、悠斗は首を横に振ると表情を張り詰めて訊いた。
「その心って、どういう風に見えるんだ?」
「具体的な内容を読み取ることは無理だけど……何ていうか、空気みたいなもので感じるんだ」
言ってから、佑樹は休憩スペースの周りをぐるりと見渡す。
「この部屋には、悠斗君の心の空気がかなり広がっている。要は、それほど大きい感情を悠斗君が出していたということなんだ」
「そうなんだ……」
自分の気持ちが部屋に充満していると知り、悠斗は何だか気恥ずかしくなってくる。
「どうして会って間もない天使を、そんな思えるんだい?」
と。悠斗の異様な反応が気に掛かったのか、佑樹はそう尋ねた。
直後に、悠斗は自分の内を開け放つ。
「俺にはカマエルが、とても悲しんでいるように見えたんだ。根拠みたいなものは曖昧だけど、それで俺はあの子を助けたい、力になれたらって感じたんだ」
「成る程……でも君は、その、記憶喪失なんだろう? 自分のことは考えなくてもいいのか?」
若干言い辛そうに、目線を左右に動かしてから言った。
その問いに、悠斗は胸を張って返す。
「俺は、自分のやりたいことがしたいんだよ。自身の過去より、目の前のことを優先したい」
自身の記憶より大切とまではいかないが、手の届くものに根気を尽くしたい。
そしてそれこそが、カマエルを救いたいという、ただ一心の思いなのだ。
「そうか――いいやつだな。悠斗君って」
「そうかあ? 自分じゃそんなこと、全然わかんないけど」
「悠斗君はとても熱心だよ。何せ、逆井君が認めた人なんだから」
「逆井……?」
突如出てきた名前に首を傾げる。逆井は常に無表情だから、どんなことを考えているかいまいちわからない人だ。
「逆井君はね、人と交流するのに慣れていないんだ。だから他人と話すと緊張したりして、上手く話を伝えられないことがあったりする」
「そうなのか? 俺はてっきり、冷徹で気難しい男だと思ったんだが」
「気難しいは合ってるけど、冷徹ではないかな。理由は知らないけど、逆井君は人をあまり信用していないだけなんだ」
「へぇ……」
意外な真実を耳にして、悠斗は目を丸くする。人も一握りでは存在を把握できないということだ。
「逆井君が自分から、悠斗君と関わって来ている。それは悠斗君が、最低限の信頼を得ているという意味だと思うんだ」
一拍置くと、佑樹はB4サイズの紙を取り出した。
「これ、逆井君から渡された資料。悠斗君に伝え損ねた情報が入ってるって」
「ん、ありがとう」
そう言って紙の資料を貰い、それに目を通す。資料には確かに、悠斗が知りたかった情報が記載されていた。
亜空間――人間が住む世界の裏側にあるといわれる疑似的空間。異世界と接続されているという説もあるが、その真偽は不明。
聖鍵――天使が持つ最大の武器。個々に天使の権威が宿っており、対象の魔力を引き出す力がある。また空間を遮断する能力もあり、それにより異世界の行き来が可能とされている。
ページ構成になっていた資料の最初の内容を読んで、悠斗はそれをしかと頭に叩き込んだ。
「よくわかったよ。ありがとな、佑樹」
「うん。明日は頑張って」
佑樹は手をひらひら振って、休憩スペースを後にした。
それから悠斗は資料のページをめくり、二枚目に視線を落とす。
以降の資料には、カマエルの現状態が事細かに載っていた。精神パラメータといった小難しいものも、グラフに加えて分かり易くしてあるので、個人的にとても助かる。
「……ん?」
と、最後のページ裏を見たその時、悠斗は手書きの文字を発見した。
「マイナス……三十四パーセント?」
声に出して読んで見たが、意味がわからない。グラフにもそんな数値は無く、資料に関連したものではないようだ。
不審に感じたものの、悠斗はさして気にしないことにした。
「明日、か……」
明日。悠斗はカマエルに、この世界の素晴らしさを示さなければならない。
もし失敗でもしたら事態は進展せず、最悪の場合、悠斗がカマエルに殺される危険性だってある。
それでも、矢崎 悠斗は――、
「……絶対に、助けてやる」
災厄の少女を救う。その決心を、悠斗は揺るぎないものとしたのであった。
次回、天使との交流を再開します。
果たして、悠斗は悲しみを隠した少女を知り、助けることはできるのか!?