第14話 対話の行方
なんだかんだでこのサイトで書かしてもらってますが、終着点が見えないんですよね。
炎と再生の天使カマエルと対話し、見事説得に成功した悠斗。
これで〈AMP〉の目的も達成に近づき、悠斗自身も天使と互いに向き合うことができるだろう。
……本音を言うと、かなり怖かった。
素手で人を殺すことができる相手だ。そんな強靭すぎる存在がまたいつ斬りかかってくるのか、予想もつかない。
今後は本当に死ぬかもしれない、という不安が一杯だった。
だけど、俺は――
『矢崎。応答して、矢崎』
「っ! あ、ああ……」
通信機から届く諒の声に、悠斗は遅れ気味に反応した。
『? まあいい……これから安定した環境での対話に移行する。矢崎は天使と同行するよう、誘いだしてほしい』
「わかった――てか、もう隠れて通信する必要なくないか? ばれてるし」
『会話しているのは矢崎、君一人だ。こちらがするのはモニタリングと天使の精神チェックだけだが、念を入れるという意味を以て、この行為は継続したいと思っている』
「はあ……」
半分強くらい何言っているのかわからなかったが、要するに問題ないということだろう。
「じゃあ――カマエル、ちょっといいか」
「何、上との話はついたの?」
悠斗が声をかけると、腕を組み木に寄り掛かっていたカマエルはそう言った。
横に一つ結んだ髪の色は業火のように赤く、瞳は翠玉。鎧とドレスを半々に纏ったような装いから、しなやかな白い肢体が覗いている。
見た目は十六歳ほどの少女だが、歴とした天使だ。少なくとも、人でないことは間違いない。それは悠斗が身をもって知っている。
「うちの司令官にさ、君を安定した環境に連れていけって言われたんだ」
「それ、言っては駄目なやつよね? 露骨すぎて怪しいのだけど」
カマエルが、半眼を作りながら言う。悠斗はさも当然のようにそれの理由を述べた。
「だって、君に隠し事したって仕方ないだろ? これから悩みを聞くって相手にさ」
「そういうこと……まあ、私を騙そうとすれば、一瞬で灰にするけどね」
「あはは……」
苦笑してるが、笑えることじゃない。当人なら殺りかねないからだ。
「で、返事はイエス? ノー?」
「あまり気に乗らないけど……まあいいわ。私も、この世界の情報を得たいから」
「そっか。ありがとな」
「礼なんていらないわ。――あといい加減、私の名前を呼ぶなら『様』を付けなさい」
「ええ……」
悠斗はあらかさまに、嫌そうな顔で発する。
「何よ、もしかして嫌なの?」
「うーん……嫌ってわけじゃないけど、その、言いづらくて」
そう返答すると、カマエルはしばし黙り込んで、
「――じゃあ、私に名前を付けなさい」
考える仕草をした後に、そう言った。
その言葉に、悠斗は首を傾げる。
「名前……?」
「そう。人間らしくて、できれば品性のある感じがいいわ」
人間らしくて品性がある名前……難易度が高い要求だと、悠斗は思った。
だがそれと同時に、それで様付けをしなくて済むなら、と考えてしまう。
今度は悠斗が静まり、数瞬の時間を有してから答えた。
「……わかった。頑張って考えてみる」
「良い心がけね……あ、そうそう。もし変な名前とかにしたら、あなたの首、空に放り投げるから」
「それ容赦なく殺すってことだよなっ!?」
無慈悲な脅迫に、悠斗は悲鳴のような叫びを上げる。
カマエルは短い息を吐くと、腕を解き、すたすたと歩いていく。
そして、悠斗が乗っていた浮揚型スクーターのハンドルに手をかけると、ひらりと身を翻して乗る。
「さあ人間、案内しなさい。破壊の天使である私との同行を、特別に許可するわ」
「それはいいけど……君飛べないのか?」
「今は翼がないから無理。だからこの乗り物? を利用させてもらうわ」
内容には納得するが、どうにも上から目線なのに若干腹が立つ悠斗であった。
『準備が完了した。位置情報を端末に送るから、その場所に向かって』
「おう、わかった」
諒の指示にうなずくと、悠斗はスクーターに乗り、自分の背後に天使を連れた状態で移動を再開した。
AMPの拠点である戦艦〈アラハバキ〉。
そこの司令室で諒は、悠斗の行動を看視していた。
『何とか成立しましたね。対話』
同じく画面を覗き込んでいた百合奈が、そう言ってくる。
諒はそれに、静かに肯定した。
「そうだね。……といっても、これからの方が重大だけど」
『不安になる気持ちはわかりますけど、大丈夫でしょう。何せ、あの人が送り込んだ人間なのですから』
言って、百合奈は微笑む。茶目で、可愛らしい笑みだ。
「……そうだった。じゃあ、このまま見ることにしよう」
それを見て諒は笑みを返さなかったが、かわりに指先で百合奈の小さな頭を撫でる。
電子体なので触れられないが、百合奈は嬉しそうに顔を歪めた。
その時――司令室の扉が開いて、二人の男女が転がり込む。
佑樹と、琴愛だ。
「すまん逆井君! 時間が長引いた」
「ゆ、悠斗君が、戦闘中に天使と遭遇したって連絡があって、それでっ」
佑樹が謝り、琴愛が慌てたようすで言う。二人とも急いでいたのか、息もだえだえであった。
座席を回転させて、諒は二人に視線を向ける。
「落ち着いて二人とも。――矢崎なら、今天使と一緒に上空を移動中だ」
モニタを拡大させ、その様子を見せる。すると二人は揃って息を呑んだ。
「これは……」
「悠斗君が……天使と……」
『ユウトはとても勇敢でした。それこそ、自らの死を覚悟してまで』
百合奈が言ってから、諒は話を継ぐように口を開く。
「矢崎にはこれから、ある場所に向かってもらっている」
「ある場所? それって……」
佑樹が尋ねると、諒は地図モニタを展開して、その場所を指し示した。
それを見て琴愛が、「あれ?」と声を発する。
「ここって、もう完成したんだっけ?」
『内装や設備など、その他全ての最終工程を終えました。問題はありません』
百合奈がすらすらと述べて、諒は悠斗たちが映っているモニタを見やる。――ちょうど今、その建物に着いたところだ。
「――第二関門、開始」
「えーと……確かここらへんだと思うんだけど……」
どこか知らない住宅街で、悠斗は道路を散策していた。
浮揚型スクーターを手で押して、並ぶ建物を見ながら歩いている。
指定されたポイントを確認してみた限り、大きな建物であるはずなのだが……
「あ、あれかな……?」
そこで、悠斗はついに大きな建物を発見した。
周りが一軒家にも関わらず、その建物は大きく、そして高い。
と。
「これって確か……マンション、よね?」
悠斗の後ろを付いていたカマエルが、そのようなことを言ってくる。
そう。空を見上げるほどの高さがあるそれは、高層マンションというものであった。巨大さゆえか、その存在が異様に目立っている。
あまりの大きさに、悠斗は目を丸くしてしまった。
が、ふとあることに気づき、カマエルの方に視線を向ける。
「てか、知ってたんだな。マンション」
「たまたまよ。私の世界には、別世界について記述された書物がたくさんあるもの」
「へぇ……」
それを聞いてから悠斗はマンションの中に入り、カマエルがそれに続く。
自動ドアを開けて早々、別の扉が目に映った。
直後、右耳からノイズのような音が聞こえ、消えた後に諒の声が悠斗の耳だけに響く。
「どうやら着いたようだね。その扉を抜けてから、近くの部屋に向かって。鍵は開いてるから」
「わかった」
言ってから、悠斗は先の扉を通り、すぐ近くにある部屋を見つけると、そのドアノブをひねって開ける。
見えたのはもちろん玄関。靴を脱いでから上がって、その先へと進む。
が、そうしようとしたところで、悠斗は足を止める。その理由は単純で、カマエルが靴を脱がずにそのまま入ろうとしたからだ。
注意するような気持ちで、悠斗は指摘をする。
「カマエル。家に上がるときは、靴は脱ぐんだぞ?」
「そうなの……? 私は足を晒すの、あまり好きではないのだけど」
「好き嫌いの問題ではなく、それが決まりだから」
「ふーん……窮屈なものね、人間って」
そう文句を口にしてから、カマエルはしぶしぶと靴を脱ぎだす。
決まりがあると窮屈なのか? 頭の中で疑問が渦巻く。
そうこうしている内に、部屋の間取りを必要時にだけ隔てている扉を開けた。
――おそらくだが、そこは居間だろう。広さは八畳ほどで、テーブルや椅子、テレビなど多様な家具が置かれている。
上手くいえないが、即興な部屋にしてはやけに揃い空間がそこにあった。
「ふぅん……」
と、カマエルが鼻を鳴らして悠斗の前を通り過ぎると、部屋全体を見るように体をゆっくりとまわす。
そして悠斗の方に顔を向けると、口の端を少しだけ上げた。
「中々いいじゃない。整理整頓された場所、結構好きよ」
「そうなのか」
「ええ――へぇ、ベッドもあるじゃない」
別の扉を開けて、カマエルが感心の声を漏らす。
その様子をみてから、悠斗は右耳に手をあてて言った。
「逆井。この部屋って、いつ用意したんだ? どう見ても数時間でできるものじゃないと思うんだが」
『……』
「逆井?」
『……ああ、ごめん。少し、考え事をしていた』
何を考えていたのかは気になるが、それを隅に置いて悠斗は再び問いかけをする。
すると、
『実は、そのマンションは能力者のために建てた施設なんだ』
「能力者の……?」
『そう。能力者が住む場所の一つ、だな。設計はマンションと大差ないが、強度は通常の数百倍に高めてられている』
「何で、そんな場所が?」
『能力者はほとんどが後天性。そのせいか、今まで普通に暮らしていた人間が能力者になると、その者が他人に差別視されることが多い。矢崎がいる部屋は、差別に耐えられなかったり、移住を望んでいる能力者やそれを含む家族が住む施設なんだ』
マンション建立の要因を知って、悠斗は予想外の衝撃を受けた。
「何というか……大変なんだな。能力者って」
『そう言う矢崎も、能力者なんだが』
「だって俺、それ以前に記憶ねぇし」
その後自嘲するように、悠斗は笑みをこぼす。
「ねぇ人間――ねぇってば」
と、その時、自分で開けた部屋の中に入り、顔だけを居間に出したカマエルが、そう呼んできた。
「お、おう。何だ?」
「どうせ話すなら、こっちの部屋で話しましょう? ベッドと椅子があるわ」
「ん、わかった」
頷いて、悠斗はその部屋へと向かう。
中に入ると、居間の四分の一くらいの広さに机と椅子、それとベッドだけという簡素な部屋であった。
カマエルが無言でベッドに腰掛ける。空気と距離感を読んで、悠斗はその向かいにある椅子に座った。
最初は沈黙が流れるが、カマエルが咳払いしてそれを断つ。
そして息を深く吸い込んでから、その口を開いた。
「――私は、ある悩みを抱えているわ。それは自力で解決するには、天使である私でも困難を有するものよ」
「それって、一体……」
ごくり、と唾液を飲み干して、耳を集中させる。
――が、
「今の所、貴方にそれを教える気はないわ」
そう言われた瞬間、悠斗はずっこけそうになった。
ツンとした態度で、カマエルは話を続ける。
「まず前提として、私は人間が苦手なの。あなたの勇気は認めたと言ったけれど、それ以外は及第点以下よ」
「でも、俺は助けたいんだ。ちゃんと伝えてくれないと、助けることができない」
「……別に助けてなんて、言ってない」
悠斗が反論すると、カマエルが口を尖らせて言う。さっきまで打ち解けてくれそうな感じだったのだが、どうやら平常に戻ってしまったらしい。
後頭部を掻いて、悠斗はため息をついた。
「なあ、頼むよ。俺は人間だから何もできないかもしれないけど、せめて一緒に解決方法を考えるくらいは……」
「……じゃあ、こうしましょう」
釈明すると突然、カマエルが提案を持ちかける。
「明日、私にこの世界の良いところを教えなさい。もしこの世界を知って、私が満足したら――悩み、聞かせてあげる」
「本当か……!」
「ただし、不満を感じたら即不問よ。私はいつも通り、亜空間に帰らせてもらうわ」
「おう! ――でも、何で明日なんだ?」
不思議に思い尋ねると、カマエルははあと息を出す。
「私ね、結構疲れてるのよ。休む時間も欲しいし……何より、上の人間も準備が必要よね?」
『鋭いな。こちらもそのような時間の確保は、たしかに必須だ』
カマエルが言った後、諒が狼狽えることなく賛同する。
それを聞いて数秒経ってから、悠斗は静かにうなずいた。
「わかった。それでいこう」
「成立ね。じゃあ私、この部屋で寝るから」
「えっ、いいのか?」
驚きの声を上げると、カマエルは軽く伸びをして言う。
「亜空間にイチイチ戻るのも面倒だし……それに理由はわからないけど、亜空間より部屋の方が楽な気がするのよね」
「そうか……じゃ、明日な」
「ええ――っと、ちょっと待って!」
と、そこでカマエルが何かを思い出したかのように、部屋から出ようとした悠斗に制止の言葉を投げる。
何かと思い振り向くと、カマエルはどこからか一本の枝を取り出した。
「この植物、この世界で採取したものなんだけど、名前とか知ってる?」
「植物?」
そう言われて、視線を凝らす。するとその枝には数枚の葉と、一輪の花が付いていた。
植物だということは理解できたが、名前はわからない。これは――
『これは『ユズリハ』ですね。若葉が実った後に先の葉が落ちることから、人々の間では、先代の子に継ぐという意味で縁起物として扱われています』
通信機から、流暢な声が聞こえる。百合奈だ。
悠斗は心の中で礼を言って、聞いた情報を簡潔に伝える。
「それはユズリハっていって、縁起物として扱われる植物なんだ」
「ユズリハ、ね……教えてくれてありがとう。感謝するわ」
そう言うと、カマエルは小さく唇を歪めた。
カマエルの反応に悠斗は首を傾げたが、諒からの指令もあって、考える間もなくその部屋を出ていった。
さあ、この調子でどんどん書きましょー。