第13話 山頂での決意
やっと悠斗とカマエルの話が書けました。
一応伝えますが、これがメインです。
『少しだけ、試したいことがある。悠斗は指示に従ってくれ』
「おう……」
悠斗がうなずくと、諒が通信機越しに話してきた。
――それから数分して、悠斗はカマエルに目を向ける。
因みに、悠斗が通信機に耳を傾けていた間には、カマエルはこちらなんてお構い無しに何かと葛藤しているように身を捩らせていた。
そんな様子のカマエルに、悠斗は唾を飲み込んでから声をかける。
「なあ……話を聞いてくれないか。カマエル、さん……」
「…………何よ」
カマエルは、訝しげな視線を送りながらもそう答えた。
「別に、真実を伝えたいだけだ。君の翼は気づいたらなくなっていたし、俺は何もしていない。本当だ」
「……どうやら、そうみたいね。調べてみたら、私の魔力が不安定だっただけみたいだし」
それを聞いて悠斗は、誤解が解けたと確信し、ほっと胸を撫で下ろす。
「誤解が解けてよかったよ。――ところで、魔力が不安定って?」
「っ! な、何もないわよ、ほっといて!」
言って、カマエルはそっぽを向いてしまう。
その直後、カマエルが片手を突き出したかと思うと、空間が裂け、そこから黒剣の柄が現れた。
「――私は帰るわ、人間。精々もう会わないことを願うことね」
「おい待て! 話を聞いて――」
瞬間、カマエルが身を翻し、黒剣を前に出す。
その剣先は、悠斗の目の前にあった。
「貴方、まだ理解してないみたいね……私は天使、貴方は人間。この概念がある時点で、貴方が口出しする権利はないのよ」
「……ああ、それはわかっている。だが口出しはだめでも、教えるくらいならいいだろ?」
「教える……? 誰が貴方なんかに――」
「いいから聞いてくれ。君が撃たれたときにできた傷、気づかないか?」
「傷……?」
と、そこでカマエルは「あ」といって、自分の肩に巻かれた包帯を見る。どうやら今気づいたらしい。
「その包帯は、俺が巻いたんだ。どうだ、痛くないか?」
「ふぅん……そうなの。案外やるのね」
カマエルから発された初めての温和な言葉に、悠斗は口元が少し緩む。
しかし――、
「――でもこんなもの、必要ないわ」
そう言い放つと、巻かれた包帯を無造作に破って捨てる。
生々しい傷を晒し、それを手で隠すように覆う。
すると、覆った手のひらから淡い輝きが浮きだした。
手と腕の隙間から漏れでる輝きは、数秒ほど持続して、やがてその光を失う。
カマエルはそれを確認してから、その手を離す。
するとどうだろうか。銃弾で抉られた肌に傷はなく、痕すら残っていなかった。
この力こそが、天使カマエルが持つ再生能力。
あまりにも完璧な業に、悠斗は目を見開いた。
「それじゃ、私はもう行くから」
「……って、ちょっと待てっ!」
そのままそそくさと行ってしまうカマエルに、再度制止の言葉を投げ掛けた。
「何? もしかして斬られたいの?」
「そうじゃなくて……君はいいのか? このままで」
突如発された物言いに、カマエルは首を傾げる。
悠斗は内心で笑みを作ると、話を持ち出した。
「わからないか? 君はたったいま、俺に借りができたんだぞ?」
「っ……!?」
瞬間、カマエルの眉がピクリと動く。
その反応を見て、悠斗は店にいちゃもんを付ける客人のような態度を取った。
「俺は気絶した君を助け、手当てもした。これだけやらせておいて、見返りなしってのはおかしいだろ?」
「そんなこと、私は頼んで……」
「それともあれか? 崇拝すべき天使さまってのは、貸し借りの存在も権利として剥奪するのか?」
「それは……」
剣を虚空へと消して、険しい顔から一転、絵に描いたような困り顔を見せるカマエル。
腕を組み、考えを巡らせるように破顔してから、数瞬の時間が過ぎる。
そして――
「……わかったわ。聞いてやろうじゃないの」
長い嘆息を付くも、カマエルはそう言った。
上から目線なのが若干鼻につくが、ここはぐっと堪える。
「ありがとな。じゃあまずは――」
「その前に、一つ条件」
と、質問しようとしたところで、カマエルから声をかけられた。
「質問をするなら、その回数は私が借りた分で一回よ。それ以上は受け付けない」
「いや、一回じゃなくて二回だ。助けたのと、手当てしたの。自分で治したからってノーカンとかなしだからな」
「ぐぬぬ……いいわ。二回よ」
悔しそうな表情をしたが、思惑がばれたからか仕方ないといったようすでカマエルは了承する。
静かな山の頂上付近。直立して、互いに睨み合う。
悠斗とカマエル――人間と天使の対話が始まった。
「じゃあ、最初の質問。――天使って、結局なんなんだ?」
『大雑把だな。もう少し明細な質問はないのか』
直後、諒から冷徹な駄目だしがくる。
「いきなりアバウトね……それは、私がどこから来たか、という意味でいいかしら」
その言葉の後、悠斗は通信機がある右耳に手を添えて、向こう側の判断を待つ。
『天使が生誕した場所の情報は持っていない。そのまま聞いて』
「……ああ、それでいい。教えてくれ」
悠斗が頷くと、カマエルは唇を開いた。
「私は、この世界の遥か上にある世界から来た。この世界が『人間界』なら、天使が住む世界は『天聖界』って名称が付くわね」
「えーと……つまりカマエルは、異世界の存在ってことだよな?」
「その解釈でいいわ。――あと、私の名を口にするならちゃんと様を付けなさい」
首を縦に動かすと同時に、カマエルが鋭い指摘をする。
個人的ではあまりそうする気が起きなかったため、悠斗はスルーし、次の質問を思考した。
と。
『矢崎。次の質問は指示の通りに行ってほしい。天使の持つ誘発波は止められるのか、これを聞いてくれ』
「よし……カマエル、君の誘発波ってやつ、何とか止めることはできないか」
諒からの指示に小さく応じて、指示された質問を発する。
するとカマエルははあと息を吐いたのちに、再度口を開く。
「残念だけど、それはできないわ。誘発波は、天使の中でも限られた者にしか与えられない権威。だけど、それを任意で止めることは不可能よ」
「そうなのか……?」
それを聞いて、悠斗は眉を潜める。
もしその話が事実なら、AMPの目的は達成されない。この世界の生物が皆カマエルの誘発波に影響されて、行く末は破滅の道を進んでしまうだろう。
「でも安心しなさい。私がこの世界から消えれば、誘発波の影響は来ないわ。貴方が心配する必要はない」
「……」
理解しても、安堵ができない。それでは根本的な解決にならないと、悠斗は知っている。
「どうしても……止められないのか?」
悠斗は確認するように、慎重に尋ねる。
「ええ、無理よ」
変化のない返答に、悠斗は肩を落とす。
が――
「少なくとも、今の私には……」
目を伏せたカマエルが微小に呟いた言葉。それはきちんと悠斗の耳に入っていた。
「じゃあ、質問はこれで終わりね。さようなら、人間」
言って、カマエルは再び黒剣を顕現させ、それを一つ振る。
空を切った場所が裂けると、隙間から斑な模様をした空間が覗いた。
「っ、これは……」
見覚えのある光景に、悠斗は息を詰まらせる。
その直後、通信機から諒が声を出す。
『恐らくだが、あの先は『亜空間』だ。カマエルの手にある剣――『聖鍵』を行使して、扉を開いたんだろう』
「亜空間? 聖鍵? おいなんだよそれ――」
「隠し事は密かにやったほうがいいわよ」
初めての言葉に対して聞き返そうとしたそのとき、カマエルが顔だけこちらに向けてそう言った。
何時からかはわからないが、どうやら通信していたことがばれていたようだ。
「会話している最中に天使の情報を得ようという算段だったでしょうけど、ツメが甘かったわね」
冷たい視線で睨みながら、カマエルは言い放つ。
反論することも否定することも、悠斗にはできなかった。
カマエルは首を正面に回し、亜空間へと続く扉に手をかける。
本当に、これでいいのか……?
幾度か見たその背中をみて、悠斗は思う。
確かに、天使の誘発波を止め、天使自身も保護することは、組織に言い渡された任務だ。
だが――俺は――、
動かない体とは対照的に、頭の中で数少ない記憶が反芻する。
天空に舞い降りた神秘的な彼女。冷淡に恐怖を植え付ける彼女。逡巡もなく剣を振るう勇敢な彼女。
そして――翳った瞳で見つめていた彼女。
「ッ……!」
頭痛に似た錯覚を感じて、悠斗はよろめく。
俺は、俺は――
「……君を、救いたいッ!」
瞬間、悠斗は足と手を伸ばして、カマエルの肩を掴みだした。
「な……っ!」
驚愕の顔を浮かべ、カマエルは成すがまま後ろに引っ張られる。
ゴツンッ! という音とともに二人は地面に倒れ込んだ。
「いたた――いったい何を……――っ!」
閉じた目を開けた瞬間、カマエルは表情を歪めた。
それはそうだ。どうすればこういう状況になったのかは知らないが、今カマエルは悠斗に両の手首を掴まれ、まるで押し倒されているような形になっているのだから。
「っ、ちょっと、離しなさいっ!」
一時狼狽するが、正気を戻してカマエルは腕に力を入れる。
が、全身を押し付けられている体勢になっていたためか、動こうにも上手くいかない。
それをわかっていても、カマエルは抵抗を試みる。――その時だった。
「俺は……ッ!」
まるで血を吐くように、悠斗は喉から声を絞りだす。
「俺は、君を救いたい」
「……私は、『助けて』なんて一言もいっていない」
「口では言っていない。それでも、君を救いたい」
「あのね……人間であるあなたが何をしても、私は――」
「そんなもの、関係ないっ!」
カマエルが言い終わるのを待たずに、悠斗はそれを遮る。
「人間だから何だ、天使だから何だとか、そんなものはどうでもいい! 俺は――」
一拍置いて、悠斗は力強く言った。
「全てを失ってでも、君を扶けたい!」
瞬間、カマエルの体がビクンッと跳ねた。
手足を小刻みに震わせ、瞳を大きく開き、呼吸が止まったかのように体を硬直させる。
と。
「あ、ご、ごめんな! 勝手に口走ったりして」
入った熱がようやく冷め、我に返った悠斗はカマエルから手を離す。
そして立ち上がってから、頭を下げて自身の失態を詫びる。
あれだけ拒絶されたにも関わらず、ついに感情を吐露してしまったのだ。やはり自分は馬鹿である。
きっと瞬く間に剣を振り上げて、悠斗の体を両断するのではないか。
そう思ったときに、カマエルがゆっくりと起き上がった。
ドレスに付いた土埃を払い、落とした剣を拾い上げる。
その剣をカマエルは――虚空の彼方にしまった。
「え……?」
意外な行動に、悠斗は思わず声を漏らす。
カマエルはその後、腕を両脇に組みながら悠斗の方に歩み寄ってくる。
そして頭一つ分くらいの距離まで近づくと、カマエルは目をキリッと鋭いものにした。
「……本当でしょうね?」
「え?」
「だからっ、さっきの言葉は嘘じゃないかって聞いてるの!」
声を張り、ほんのり赤みがある顔を揺らして言う。
それを聞いた悠斗は、素直に答えた。
「もちろん、俺の本音だ」
「そう、なの……」
と、カマエルが先ほどとは打って変わって、何やら萎縮した様子を見せてくる。
威厳や存在感による覇気は薄れ、鋭かった双眸はまるで刃が丸まったナイフのように、危険な雰囲気が微塵も感じられない。
首をひねり、髪を振り乱す。まるで、何か悩んでいるみたいだ。
「ふん! 人間の戯れ言なんて信じないわ!」
そしてそれを数回繰り返したのちに、カマエルは口をへの字にして言った。
「だから……嘘じゃないって」
「虚言かどうかは、私の判断次第よ。大体、体をあちこち触った挙げ句、押し倒した相手を信用するなんてできないわ」
「う……ごめん」
「まあでも? 何度も死にかけたのに諦めない、その威勢だけは認めてあげてもいい。それに免じて、接触した行為は許すわ。あとは――」
一拍置いて、カマエルは唇を震わせる。
「わ、私を救うんだったら、全力を尽くしなさいっ」
「え、いいのか……?」
「何よ、ここまでしたんだから、逆にちゃんと受け入れなさいよ。このバカ」
最後はふて腐れるように言葉を吐き捨て、カマエルはそっぽを向いた。
直後、悠斗は今までにないくらいに気持ちが高まっていくのを感じる。
『第一関門、突破』
抑揚のない諒の声は、高揚した悠斗の耳だけに響いたのだった。
この話を含めて、あと8話で完結です。