第10話 豊かなる少女
投稿が不定期になりだしました。本当にすみません。
〈アラハバキ〉の後部看護室にて出会った少女、美麗に強引に連れられて、悠斗は艦内の通路を歩いた。
元気に足を前に踏み出す美麗の数歩後ろを、悠斗は付いていく。
代わり映えのしない道を、少女の歩幅に合わせて進む。
この時間がどうにも暇に思えた悠斗は、気を紛らわすために先ほど医務官の優子から渡されたバッグの中身を確認する。
「ん……?」
一瞬、悠斗は眉根を寄せた。
それはそうだ。遊ぶための必需品といわれていたのだが、実際、中に入っていたのは白い布のようなものだったのだ。
クッションの類かと思ったが、それにしてはやけに軽い。バッグから出して広げてみると、それが十代後半くらいの女性が着るであろう、白のワンピースであることがわかった。
「これをどうやって使えば……」
必需品の用途がわからず、悠斗は首をひねる。
「おにいちゃん、ここに入ろう!」
と、目的の場所に着いたのか、美麗は足を止めて横の扉を指差して言う。
無機質な扉には、中央から少し上のあたりに『Playroom』と刻まれている。
美麗に勧められるがままに、悠斗は扉のセンサに触れ、扉を開けた。
最初に目に映ったのは、静まり返った暗い部屋。
悠斗と美麗が部屋の中に入ると、二人を感知したセンサが作動し、天井の照明が付けられる。
そこはずばり、一言でいうと――子どもの遊び場だった。
床に敷かれたタイルマットに滑り台。壁際にはボールや人形などが覗く箱――おもちゃ箱が綺麗に並べられている。
美麗が、おもちゃ箱の列に近づいて、そこからオレンジ色のボールを取ってきた。
「これで遊ぼ! おにいちゃん!」
そして悠斗の前までそれを持っていき、口の端を上げてボールを悠斗に差し出す。
純心な申し出を受けた悠斗は少しだけ困惑した表情を作ったが、やがて柔らかい笑みを浮かべる。
「よし、わかった。俺が遊んでやるよ」
そう言って、悠斗は差し出されたボールを受け取った。
それからおよそ一時間。悠斗は美麗と部屋で一思いに遊び呆けた。
ボールの投げ合いをしたり、滑り台を滑ったり、人形で話をしたりなどをした。
最初は大人目線で接していた悠斗だが、時間が経つにつれて徐々に楽しさが増していき、数十分後にはまるで子どものように振る舞っていた。
「あははははっ! あははははっ!」
童心に帰っていた悠斗より数倍楽しんでいる様子の美麗が、大笑いしてはしゃぎまわる。
休みなしで動いているにも関わらず、まだまだといった感じだ。
よく元気を保てるよな――悠斗は疲れ果て寸前の体を休ませながら、心中でそう呟いた。
「ねぇおにいちゃん、おにいちゃん」
タイルマットの上で走り回っていた美麗が突然、悠斗を呼ぶ。
「ん、何だ? 美麗」
「あれ取って、あれ」
言って、美麗は壁の隅にある棚の上を指差す。
そこには、大きなウサギの人形が置かれていた。
「わかった。取ってやるよ――っとと」
人形を取るために悠斗は立ち上がる。が、そうしようとしたところで、足をふらつかせてしまう。
どうやら、思っていた以上に体力を消耗していたらしい。
気絶して目覚めてからすぐに体を動かしたのだから、当然といえることなのだが。
「おにいちゃん、大丈夫?」
ふらついた悠斗を見て、美麗は心配そうな顔で聞いてくる。
「ああ、大丈夫だ。少し力が入らなかっただけだ」
「無理しないでおにいちゃん。――おにいちゃんが無理なら、私が自分で取るから」
「え……?」
美麗が発した言葉に、悠斗は間の抜けた声を出した。
ウサギの人形が置かれた棚の高さは目算一メートル八十センチほど。美麗の身長では、手を伸ばしても届かない高さだ。
が、そんなことはお構い無しといった様子で、美麗は棚の元まで駆け寄って、「んー」と手と足のつま先を一生懸命伸ばす。
だが、足りない。棚の上と美麗の手の先の間は、まだ二十センチくらいあった。
「ほら、美麗じゃ届かないだろ。やっぱり俺が――」
と、そこで悠斗は口の動きを止めた。
理由は単純。諦めずに棚の上に触れようとしている美麗の体が、突如、光り輝きだしたのだ。
人形を取るために、ただその一点に集中し続ける美麗。
その体が淡い光に包まれた直後、美麗に変化が訪れた。
金色の髪が伸び、それに従って、上に突き出した手、腕、足、腿から背中を含む全身が、まるで植物のように徐々に伸びていく。
やがて光が収まると、美麗の髪は腰までの長さになり、全身は成長していた。
つまりどういうことかというと……美麗の姿が、十六歳あたりのそれに変貌していたのだ。
「――はい、お兄ちゃん。ちゃんと届いたよ?」
急な成長を遂げた美麗が人形を軽く掴むと、慎ましやかな口調で、悠斗を見て言った。
突然のことに、悠斗は目を白黒にさせる。
しかし、それも長いこと続かなかった。
「……っ!」
悠斗はあることに気づき、すぐさま美麗から視線を逸らす。
そのあることというのは、成長した美麗の外見にある。
どうやったかは知らないが、美麗は自分の体を飛躍的に成長させた。だが変化したのは体だけであって、服などの装飾は大きくなっていない。
つまりだ。肌を覆い隠す服の面積をそのままにして、体の面積を大きくしたら、必然的に服で隠す部分が少なくなる。
美麗が着ていた白のワンピースは、成長した体の胸のあたりまでしか隠し切れていなかったのだ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
ほとんど全裸と言ってもいい状態の美麗が、きょとんとした表情で聞いてくる。
「え……あ、えっと……」
悠斗はどうしていいのかわからず、目を逸らしたまま答えられずにいた。
と、そこで、部屋の扉の近くに置いていた鞄が視界に映る。
「そうだ……!」
悠斗はまたあることに気づくと、早足で鞄を持っていき、その中身――サイズの大きい白のワンピースを取り出す。
「美麗、これを着て、できれば超特急で!」
「? わかった」
美麗は首を傾げながらも了承すると、悠斗からワンピースを受け取って、その袖に腕を通した。
渡したワンピースは、成長した美麗のサイズにぴったり合っていた。
「はい、ちゃんと着れたよ」
「お、おう。よかったな……」
悠斗は言って、視界を遮らせた手をどかし、ほっと息を吐く。
鞄に入っていた服は、どうやらこのときを想定して用意されていたみたいだ。
身体を成長させる能力――これが、美麗の持つ能力者としての力ということか。
「ふわぁ……」
美麗が、大きなあくびを一つ漏らす。
「どうした、眠いのか?」
「うん……ちょっと、疲れちゃった……」
言って、美麗はその場にぺたんと座り込み、虚ろな表情を作った。
「お休み……なさい」
そして静かに横になると、そう言い残して人形を抱いたまま寝てしまった。
休みなく遊んだことと能力の使用に疲れたのだろう。能力者が使う魔力がどれだけ体力を消耗させるかはまだ知らないが、確かな疲労を当人に与えているのは間違いない。
「さて、どうするか……」
現状活動できるのが一人になってしまった悠斗。とりあえず美麗に被せるシーツでも持ってこようと、その部屋から出る。
と、その時、
『ようやく見つけました。探しましたよ』
宙に浮くモニタの上に乗った百合奈が、扉を開けた悠斗の前にいた。
「百合奈? どうしたんだ、こんなところで」
『どうしたもありません。約束の時間はとうに過ぎているのに、指定した場所に来ないとはどういう了見でしょうか』
「約束……あ――」
言われてすぐに思い出す。確か、ノワルをシミュレーターした戦闘訓練をやり終えた後、講義室とかいう場所に行くようにと事前に言われていたのだ。
「ご、ごめん、すぐ行くから!」
悠斗は百合奈に謝ると、猛ダッシュで艦内の通路を駆け抜けた。
それから数分後。悠斗は講義室の前で止まり、だん、と扉を勢いよく開けた。
「ぜぇ、ぜぇ……お、遅れました……」
肩で息をしながら、悠斗は言葉を発する。
それに返したのは、部屋にいた二人だった。
『遅刻を通り越して忘却していましたね、面接試験だったら即落選です』
「そうだな、普通なら弾き出す」
先に部屋に着いていた百合奈と、百合奈の喩えに賛同する諒が、壁際にある巨大な液晶モニタの前にいた。
二人の身も蓋もない言葉に、悠斗は返す口舌も浮かばない。
『ユウト。前の席を使ってください。授業を始めますので』
「……ああ、わかった」
百合奈に言われ、悠斗は液晶モニタに一番近い席の椅子に座る。その直後に諒が、眼鏡の真ん中の部分を上げた。
「これより、矢崎に身に付けてもらいたい知識を以前より深く、明白に教示します」
「よろしくおねがいします」
通常より固い口調の諒に対して、悠斗は畏まった返事をした。なんでも、敬語を常用していれば、社会に好印象を持たされやすいらしい。
別に、自分の印象を良くしたいなどと言った覚えはないのだが、司令官の命令ということで、授業や訓練といった活動のときには、できるだけ丁寧な言葉使いをなんとなくでやっている。
「まず、〈AMP〉の攻撃艦員にとって必須となる装備、『アルマ』の詳細を教えよう」
瞬間、壁の面積の三分の一を占めている液晶モニタが淡く光ったかと思うと、そこから画像が映し出された。
「アルマというのは、ノワルの殲滅や害悪の対処などを行うために製造された防護スーツだ。装着者に掛かる負担を最小限に抑え、かつ身体に爆発的なパワーを付与させる、成功した事例の一つだ」
「ほお……」
「どのアルマも仮面に鎧型といったパターンを採用しており、現在では二十三着のアルマが作られている。悠斗が使用しているアルマは『ガルーダ』だから、十四番目に作られたアルマだ」
「ふぅん……そうなのか」
「そうだ。――次に、アルマを構成する二つの道具、転身用装置と『エナジー』の詳細を説明する」
「…………」
「転身用装置とは、エナジーに内蔵された魔力をアルマという装備に構築させる、構成装置の役割を担っているんだ。装着と同時に抑止性の高い顕想源を起動させ、エナジーの魔力を安定させながら、装着者を転身させることができる」
「………………」
「次にアルマの動力源となるエナジー。これは――」
と、そこで諒は話を中断する。画像の方を向いていた目線を、ゆっくり反対の方へと動かす。
案の定、席についていた悠斗は顔をうつ伏せにしていた。
『どうやら、授業に聞き飽きて眠ってしまったようですね』
諒の手元にいた百合奈が、悠斗を一瞥してからそう言う。諒は軽く息を吐くと、パチンと両手を打ち鳴らす。
「空間――【移動】」
小さい言葉を放った直後、空気しかないはずの天井付近の空間に、アルミ製のたらいが出現した。
たらいは出現してまもなく重力に従って落ち、そして――
――悠斗の頭上に、見事ヒットした。
「いっっっったぁッ!」
苦痛を表す大声が、直前の鈍音を塗り潰すように掻き消す。
直撃したたらいはその後カラン、と床に転がり落ちた。
「寝るな矢崎。まだ話は終わっていない」
見るからに痛がっている悠斗をみて、諒は容赦のない言葉を投げつける。
数秒後。悠斗はぶつけた後頭部を手で擦りながら頭をあげた。
「っつぁ……さすがにないだろ、今のは」
「真面目でない奴には相応の罰を。これは僕の鉄則だ」
悠斗が抗議をするも、当の諒は淡々とした様子で流す。
「アルマの動力源、エナジーについて説明する。まずは――」
そして強制的に話を戻し、授業を再開する。
悠斗はしぶしぶ耳を傾けて、その話を聞いた。
このような一方的なやり取りが、およそ一時間を費やして行われたのだった。
また予告もなくひょっこり現れますので、その時はよろしくおねがいします。