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Inherit  作者: 栄家 水月
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第三章③

 日が変わって土曜日。

 俺はイェツィラと石ノ森駅へ戻り、御多高へ向かっている。時刻は、二十三時四十五分。約束の時間には、少し遅れそうだ。

 昼間、イェツィラが呼び出したバグベアを苛めて遊ぶ傍らで、俺はネットニュースを確認していた。だが、父に関連しそうな事件の報道はなかった。きっと死体はまだリビングだろう。

 少し気にかかったのは、「栄港の沿岸で男性の水死体」というローカルニュースだ。今朝八時頃、栄港の海上で三十代と思われる男性の死体が発見された、という内容だった。警察の発表によると、男性の頸部には鋭利な刃物で斬られたような痕があるという。

 死亡推定時刻までは書かれていない。もしかすると、小野田の言っていた仲間かもしれないし、小野田本人の可能性すらある。仮にそうなら、昨夜は覇王らとニアミスしたことになる。

 御多高へと続く上り坂にさしかかる。四月の夜はまだ肌寒く、首筋が少し冷えた。左手でパーカーのフードを頭に被せる。右腕はイェツィラの小さな手に引かれていた。

 俺達が手を繋いでいるのは、別に仲がいいからじゃない。彼女のステルスで俺のバグを隠すためだ。

 ステルスとは、蒐集家(コレクター)の店で聞いた通り、バグを感知されにくくする技術の事だ。ステルスはバグで包んでいる内部の対象全てに効果が適用される。つまり、対象Aが対象Bをバグで覆ってステルス状態になれば、対象Bのバグも隠すことができるのだ。

 俺は素人だから、ステルスを習得していない。だから、イェツィラに二人纏めてやってもらっている。ただ、彼女は接続適性(アクセス)が低いので――というか俺がだが――、かなり接近しないと俺をバグで覆えなかった。

 彼女のアプリで接続適性(アクセス)を強化すればいいのだが、それにはできない理由がある。オーバードライヴはバグをドカ食いするのだ。持続的に使用すれば、俺のバグは持ってせいぜい五分らしい。

 長い坂道の上に、御多高の校舎が覗けた。

「敵の気配は?」

「近くにはないナ」

「よし、西門まで行こう。三十秒毎に索敵を頼む」

 イェツィラは一定時間ごとにオーバードライヴを使用し、数秒間だけ情報適性(データ)を強化している。情報適性(データ)が高ければ、周辺に存在するバグを探知できるからだ。たとえステルスを使われても、相手の変異適性(ウイルス)と同等の情報適性(データ)があれば、ほぼ確実に感知できるらしい。

 とはいえ、イェツィラ曰くは、「過信は禁物だぞ。敵の変異適性(ウイルス)の方が高い時もだが、アプリでバグを隠していたら感知できんからナ」ということらしい。

 西門まで辿り着いた。もう二十四時を過ぎている。門の柱に身を潜め、御多高内の様子を窺う。西門からは北に運動場、その先に第三校舎が覗ける。特に不審な気配はない。

「あそこに一人いるナ」

 イェツィラがグラウンドの北西方向を指差した。その延長上には、小さな用具倉庫がある。

 さらに彼女は東北東の方角も差す。

「こっちにも一人いるが、遠いナ。二百メートル以上ある。二人ともステルスは使ってない」

 そっちは……、何があるっけ? 守衛室と部室棟か?

「よく分からない人数だな。しかも離れてる」

 小野田は「仲間数名と保護した娘がいる」と言っていた。この人数は変だ。あり得るとすれば、能力者が二人しかいないってことか? どうも腑に落ちないが。

 もし罠なら、違和感のない人数のバグが感じられるか、逆に全く感じられないかのどちらかだ。

 まずは、距離の近い用具倉庫へ行ってみるか。障害物が少ないし、他に誰かが潜んでいる可能性も低い。バグの反応が一つということは、おそらく相手はバディを出していない。

「イェツィラ、ひとまず引っ込んでくれ。相手を警戒させたくない」

 バディをカードへ戻し、パーカーのポケットへつっこんで歩き出す。

 用具入れまで五十メートルを切った所で、フードを下ろし、万歳する。すると、倉庫の裏からブラウンのジャージを着た少女が出てきた。こちらと同じく両手を上げている。

 件の娘か? 歳はそれっぽいけど。

 用心のため、五メートルほど隔てて向き合う。

 少女の顔には見覚えがあった。数回、学校で見かけた記憶がある。

 背丈は百六十センチメートル強、スレンダーな体型で、胸まで伸びた長いストレートの黒髪が目を引く。凛とした顔立ちから、クールで気が強い印象を受けた。私服がジャージなのは少々意外だ。外見からは、もっとスタイリッシュなファッションを好みそうである。

 彼女は顔を強張らせ、警戒感を露わにしている。しかし、急襲を仕掛ける、或いは油断を誘おうとする気配はない。御多高の生徒なのも合わせれば、罠の線はかなり薄まった。

 緊張を解こうと、軽く微笑んで尋ねる。

「こんばんは。そちらは父の仲間の娘さん?」

「あ、はい」

 少し遅れて、ぶっきら棒な返事が返ってきた。俺は背中越しに親指で校舎を差す。

「そっか。何度か学校で見かけたことがある」

 少女はまだ対応を決めかねている様子だ。仕方がないので、こちらから話を切り出す。

「他の人は?」

 周りを見渡したが、やはり誰もいない。小野田の仲間はどうした?

 少女は不安そうな面持ちで答える。

「いや、分からない。私は独りで来たから。それより、敵が君を狙ってる」

「知ってる。なんせボス敵のカードを持ってるからな」

 俺は覇王のカードを取り出して示す。

「ついでに、アンヘルも」

 ほとほと参った、という感じで笑って付け足した。

 少女は厳しい表情のまま、ジャージのポケットから一枚のカードを出す。

「私も持ってる」

 そのカードのデザインに引っ掛かりを感じた。「6」と「28」が、沢山の数字に囲まれている。頭の中で一つの可能性に行き当たる。

「そのカードは……?」

 勝手に口が動いていた。

「敵のカード。アンヘルが入ってる」

 違う、そうじゃない。俺が訊きたいのは――。

「……まえ」

「え?」

「所有者の名前は?」

 少女は怪訝な顔をしつつも、数字のカードを裏返す。

「この人。読み方は分からないけど」

 カードの所有者は、――黒葛原玄一郎。

 やはり、そうだ。父のカードだ。

『その人間を形作る本質、或いは深く刻みつけられた感情がカードには表現されているんです』

 蒐集家(コレクター)の言葉を思い出す。

 六月二十八日は、俺の誕生日だ。

 そうか……。

 言いようのない感情がこみ上げた。

 しかし、すぐさま意識を目の前へ引き戻す。

 なぜ父のカードを彼女が持っている? 託された? いいや、そうじゃない。この女は「敵」のカードと言ったんだ。どういうことか確かめろ。

「その人が、敵?」

「そう、父を殺した敵の一人」

 こいつは、父の旧友の娘なんかじゃない。父の事も知らない。故に「彼女」ではあり得ない。

「……違うか」

 俺は小さく呟いた。だが、まだこれで終わりじゃない。

「『つづらはら』って読むんだ、その苗字」

 俺は女の持つカードを指差した。

 こいつが誰か、はっきりさせなければ。

「知ってるよ」

「は?」

 聞き返す女へ、俺はそのままの調子で続ける。

「その男」

 女は真剣な眼差しで問い詰める。

「教えて! 誰?」

「こっちの質問に答えたらな。お前と覇王の関係は?」

「ハオウ?」

 女は眉を寄せて単語を繰り返した。通じていないようだ。俺は覇王のカードを裏返して、鷲宮征一という名を示す。

「こいつだよ」

 その直後、女は瞼と口を大きく開いて硬直した。何か言いたげに唇が何度か震えて、ようやく言葉を発する。

「どうして……、父の、カードを……?」

 父、か。

 つまりこの女は、覇王の娘……、敵だ。

「そうか。今度はこっちの番だな。その男、黒葛原玄一郎は、……俺の父親だよ」

「どういう……、こと……?」

 女が困惑した様子で尋ねた。その問いを無視して、俺は事態の分析に入る。

 俺は嵌められたのか? だとすると、小野田は覇王側の人間という事か。学校の東側にあったバグ反応が小野田か? しかし、なんでこんな回りくどい真似を。どうして俺が蒐集家(コレクター)の店から出てすぐを襲わなかった? 何が狙いだ?

 ふと女の背後にある用具入れに目が留まった。倉庫の傍らには、ジャケットらしき布が打ち捨てられている。色はグレーに見えた。

 まさか……と思い、覇王の娘と距離を取りつつそれに近付く。拾い上げると、三つボタンのジャケットだった。金曜の夜に小野田が着ていたのも、これと同じものだった。

 用具入れを見る。何か白っぽい物が引き戸に挟まって、少しだけはみ出していた。

 取っ手に手をかけ、扉を開ける。いきなり中から人が出てきた。

 けれど、その人物は力なく地面へ倒れ込む。死んでいる、と一目で分かった。首から上が無かったからだ。

 死体の上半身には、白と紫のストライプシャツ。服装から、小野田だと理解する。

 彼の腕は、倒れた拍子でぐねんと変な方向に曲がっている。おそらく能力者の仕業だろう、首の切断面は考えられない程に滑らかだった。血は黒ずんで固まり、うなじには紫色の痣のようなものができている。

 俺は顔を上げて覇王の娘を睨みつける。

「お前……」

「違う! 知らない!」

 女は首を横に振って必死に否定する。

 俺は昼間見たニュースを思い出した。あの栄港の死体は、やはり小野田の仲間だったんじゃないか? だとすれば、助けに行った小野田は、そこで捕まったか、或いはわざと泳がされた。その後、アンヘルを持つ俺への連絡が終わり、用済みとなった彼は首をはねられた。

 ……待て。こんな事を考えている場合か? 校内にあったもう一つのバグ反応。あれは、この女の仲間だろう。そいつは今、こっちへ向かっているはず――。

 首を斬られた惨殺体が、嫌でも目に入る。捕まれば、俺も……。

 禍々しい恐怖に駆られ、急いでカードへ手を伸ばす。

 やれ! 合流される前に、片を付けろ!

「来い、イェツィラ!」

 掲げたカードから、真紅の光と一緒にバディが現れる。彼女は覇王の娘を見るなり呟いた。

「あいつの娘か。……あんまり似てないナ」

「やれるな?」

 俺が念を押すと、彼女は前を向いたまま笑った。

「アホ、当たり前だ。今はお前のバディだしナ」

 覇王の娘は、片手をジャージのポケットに入れて後ずさる。そのポケットから声が響いた。

「危険です、マスター!」

 何故だか不思議と懐かしい気がした。

 女はその声に促されて、カードを掲げる。そこには、紅地に白銀の王冠が描かれていた。

「く……っ! 水鏡!」

 仄かに青い雪のような光が舞い、真っ白なコートの少女が降り立った。俺は凍りつく。

 そんな、馬鹿な。

「ん? どうした?」

 横からイェツィラが声をかけてきた。けれど反応できない。俺の意識は、完全に目の前の白い少女に囚われている。

 その顔は――。

「ゆ、結……」

 俺は小さく呻き声を上げた。

 水鏡と呼ばれたバディは、死んだ妹と瓜二つだった。いや、正確には成長した結だ。

 ……ああ、そうか。父のバディだ。これが「彼女」か。父は、俺と結のために――。

「おい、ぼさっとするナ! 来るぞ!」

 イェツィラの警告で我に返ると、白い少女がナイフを逆手に今にも飛び掛からんとしていた。

 まずい、応戦しろ。死ぬぞ。

 いや、でも……、やれるのか? 彼女と。結と。

 馬鹿な。何を迷っている? やらなければ、殺されるぞ。あれは妹じゃない。バディだ。

 バディはマスターの命令に服従する。やるしかないんだ……!!

 水鏡が短い刃筋を立てて斬りかかって来る。イェツィラが前へ飛び出て、その手を素早く蹴り上げた。ナイフは白い少女の手から離れると、瞬く間に掻き消える。

 両腕を跳ね上げられ、がら空きとなった水鏡の胴へ、イェツィラの肘打ちが叩き込まれる。辺りにみしりと嫌な音が鳴り響いた。その直後、イェツィラが鳩尾(みぞおち)にめり込んだ肘を支点にして、腕を勢いよく振り上げる。水鏡の顔面に強力な裏拳が入った。

 彼女は大きく仰け反り、イェツィラがそこへ追い打ちを仕掛ける。だが、水鏡は体勢を崩しつつも反撃に出た。その右腕には、またしても流麗な刃が光っている。イェツィラは後方へと下がり、その斬撃をかわした。

 その間に水鏡は体勢を立て直す。向き直ると、小さな鼻からだらりと血が垂れた。彼女は無表情のまま腕でその血を拭うと、再びこちらへ刃を向ける。

 彼女の冷たい瞳が俺を睨む。妹に拒絶されたような気がして、酷く胸が痛んだ。

 今度はイェツィラが水鏡の下へ走り込む。水鏡の薙ぎ払いを伏せて回避し、足払いで転倒させる。すぐさま倒れた背中に馬乗りになって、両腕を後ろ手に押さえつけた。

「水鏡!」と、覇王の娘が叫んだ。

 水鏡が、じたばたともがく。彼女の締め上げられた腕からは、ぎりぎりと軋む音が聞こえてくるようだった。顔に苦悶の色を浮かべ、短く呻き声を上げる。妹の笑顔が、一瞬フラッシュバックした。俺は茫然とその場に立ち尽くす。

 何をやっているんだ、俺は。父は俺へ、「彼女を助けてあげて欲しい」と残した。なのに、一体何を?

 ポケットの中にある父の携帯電話を握りしめる。

 俺は……、俺はこんな事のために、ここへ来たわけじゃない。

「もういい……、イェツィラ」

 俺は堪らず呟いた。

「はあ? 何を言ってるんだ?」

 イェツィラが頭を上げて眉を寄せる。俺は何も言い返せない。

「お前はアホか。こいつはお前を殺す気満々だぞ」

 そんなことは俺だって分かっている。目の前にいるのは敵だ。

 敵……。そうだ、敵だ!

 覇王の娘へ目をやる。

 この女は、どうして自ら敵と名乗った? 罠なら、油断させたところを突くはずだ。それに小野田の死体。何故こんな所にある? 御多高で殺す必然性はないし、わざわざ運んでくる理由もない。そして、もう一人の能力者。全く合流する気配がない。なにかがおかしい。

「イェツィラ、戻れ」

「はあ!? だから何でそうなるんだ」

 俺が促すと、彼女は舌打ちをしてこちらまで下がった。小さな頭にカードを当てて、中へと帰還させる。その隙に水鏡がこちらへ突進しようとしたが、鷲宮が手でそれを抑えた。

「おい、黒葛原。お前、頭に花でも咲いてるんじゃないか?」

 カードの中でイェツィラが呆れる。

「悪いが、黙ってくれ」

 俺はカードをポケットへ戻す。妹に似た白い少女へ一瞬目をやり、鷲宮に切り出す。

「あの男はお前が殺したんじゃない。そうだな?」

 彼女が頷いたのを確認して、俺は続ける。

「あの男は小野田といって、俺の父の仲間だ。俺はあいつに『父の仲間とその娘が一緒にいる』と聞いてここへ来た」

 鷲宮がゆっくりと構えを解く。しかし、水鏡は相変わらず鋭い視線をこちらへ向けている。

 鷲宮が口を開いた。

「私も、父の仲間からその子供が敵に襲われる、って聞いて」

「同じ手口か」

 鷲宮がバディに紅のカードを当てる。

「水鏡、一旦戻っていいよ」

 俺がちらちらとそちらを見るもんだから、違う意味に捕えたらしい。

 マスターの要求に対して、水鏡は即座に切り返す。

「推奨できません」

「大丈夫。何かあったら、すぐ呼ぶから」

「……了解しました」

 水鏡は紅のカードへと消えた。俺は会話を再開する。

「校内には俺達の他に、もう一人能力者が――」

「それは俺だ」

 話の途中で、西から何者かが割り込んできた。顔を向けると、俺達から十メートルほど離れた塀の上に男が立っていた。その姿に驚愕の唸り声を上げる。

「小野、田……ッ!?」

 それは小野田だった。彼は運動場を囲む塀から飛び降りる。

「なんで……? だって、小野田は――!!」

 俺は用具入れへ目をやる。確かに死体は存在している。

 現れた男が頷いた。

「ああ、確かに死んでいる」

「何を言って――!?」

 鷲宮が眉をひそめて叫んだ。

 男は黒いジャケットから一枚のカードを抜き出す。

「俺はカードを見せて、お前に名乗った。だが、こいつが俺の物とは限らない」

 その言葉で、ようやく事態を把握した。この男は、小野田の名を語った別人だったのだ。あの首なし死体こそが、本物の小野田。

 男がこちらへカードを投げる。俺達の足下に落ちたそれは、所有者が小野田哲夫となっていた。バディはいない。空だ。

「俺の本当の名は、五十嵐という。お前の親父とは、ちょっとした昔馴染みだ」

 五十嵐と名乗る男が俺を指差した。

「どこからが、お前の仕業だ?」

 俺は彼を問い詰める。

「始めからだよ。と言っても、お前らはよく知らんだろうが」

 五十嵐が小さく笑う。

「折角だから、ちゃんと説明しておこうか。お前らも聞きたいだろう?」

「当たり前だ!」

 語気を強める鷲宮を見て、五十嵐がゆったりとした口調で語り出した。

「俺の目的は、アンヘルだ。だが、これがなかなか厄介でな。なんせアンヘルを呼び出すためには、パーツを求めて世界中を巡りつつ、常に襲撃者から身を守らなければならない。しかも、連中は寝込みを襲ったり、人質を取ったりと手段を選ばない。その上、叶えられる願いが一つに限られている以上、こちらは自然と単独か少人数に絞られる。この条件を普通の人間がクリアするのは、まず無理だと俺は悟った。だが幸運なことに、覇王もアンヘルを集めていた。奴ほどの実力があれば、アンヘルを揃えることも可能だろう。ならば、最後にそれを奪い取ればいい。自分で集めるよりも、ずっと効率的で安全だ」

 五十嵐は悠然と話を続ける。だが俺は、何か引っかかるものを感じ始めていた。

「問題はどうやって奪うかだが、俺は単純に数で勝負することにした。敵は人数を増やせないからな。駒を集めるのは簡単だった。誰しも覇王の圧倒的な実力は知っている。だが、その目的や実態までは分からない。覇王が襲撃者への対策として、それら全てを厳重な機密としていたからだ。俺は逆にそれを利用して、覇王に対する恐怖心を煽ることで能力者を集めた。ついでに、奪ったアンヘルを独り占めにできそうなチャンスをちらつかせてな。有り体に言えば、飴と鞭というわけだ。頭数も揃い、遂に覇王がアンヘル四つを全て手にする時が来た。あとはそれを奪って、俺が持ち逃げするだけだ。覇王側は最後のパーツ奪取から連戦になるし、こちらは充分な余裕を持って戦闘に臨んだはずだった。だが、奴の力は予想の遥か上をいっていた。集めた能力者はほぼ全滅。それでも、なんとか覇王のカードを奪うことに成功し、玄一郎に持たせて逃がした。こっちの戦力はあと数人だったが、奴も死にかけだった。俺は残りのアンヘルが保存されたカードを奪い取り、奴に止めを刺そうとした」

 話がそこまで進んだ時、横目で鷲宮を見ると、彼女は握りしめた拳を震わせていた。

「だが、ちょうどそのタイミングで手下が駆けつけ、覇王には逃げられた。だが、アンヘルさえ手に入れば、奴のことなぞどうでもいい。そのまま捨て置くつもりだったんだが、入手したカードを見て愕然としたよ。入っていたパーツは、『頭』と『胴』だけだったからな。玄一郎の持ち去ったカードの中には、『腕』しかなかった。つまり、残りの『脚』はまだ覇王が持っていることになる。手下は全て仕留め、残るは瀕死の覇王一人だったが、その行方は分からない。血の跡を追おうにも、雨で流され不可能。あの怪我ならそう遠くには行けないはずだが、逃亡先の見当はつかなかった。奴に関する私的な情報は、全く持ち合わせていないからな。唯一知るのは、玄一郎が逃げる前にカードで見た、鷲宮征一って名前だけだ。調べてみたが、それらしい人物は引っかからない。仕方がないから、先に玄一郎の方からパーツを回収することにした。ところが、その玄一郎とも連絡がつかない。俺は途方に暮れたよ」

 五十嵐が自嘲気味に笑った。

 やはり変だ。内容以前に、こんな話をしている事自体が不自然なんだ。

「俺は事情を知らない能力者を何人か雇い、玄一郎の捜索に出た。自宅付近やあいつの出入りしていた施設を徹底的に調べさせた。そしたら、俺達の他にも玄一郎を探している奴らがいるって言うんで、焦ったよ。何処から情報が漏れたのかは分からんが、パーツを横取りされると厄介だ。捜索を急がせたが、その最中に雇った能力者の一人と連絡が取れなくなった。他の奴に探させると、潰れたホームセンターの中で死んでいたよ」

 鷲宮が口に手を当てる。

「ところが驚いたことに、そこには覇王の死体もあったらしい。しかし、カードは持っていない。現場の画像を送らせると、絶命した覇王の隣に血だまりの途切れた穴があった。位置的に考えて、誰かが跪いた時についた膝の跡だ。しかも穴に残った血の跡から考えて、布じゃなくて皮膚が接触したものだった。つまり、その人物は膝を露出している。おそらくスカートかなにかを穿いた女だと思った。そこで俺は捜索を命じた連中に、膝を露出した女と玄一郎のバディに関しても情報を流した」

 その女が、ここにいる鷲宮ということか。

「この頃には、玄一郎も既に死亡済みだという報告が入っていた。おそらく大村井から逃走する際、覇王の手下に出くわしてしまったんだろう。だが攻撃を受けただけで、その場では殺されなかった。まあ連中も逃げる奴を追うより、覇王の下へと急ぎたかっただろうからな。それに、まさかあいつが覇王のカードを持っているなんて思いもしまい。だが困ったことに、玄一郎の死体からもカードは見つからなかった。そこで俺は何か情報がないかと、あいつが良く出入りしていた蒐集家(コレクター)の店へ向かった。そしたら、『腕』を持ったお前に遭遇したわけだ」

 五十嵐が俺を指差した。

「これで『腕』も手に入ったと思ったのに、まさかあそこまで突っぱねられるとは」

 口元を片方だけ上げた五十嵐に、俺は言う。

「俺は最初からお前に違和感を持っていたよ。怪我をしているのに、服には汚れも欠損もなかった。つまり、戦闘後に着替えたことになる。加えて髭だ。ちゃんと剃っていたろ? 敵に追われている割には、随分悠長だなって思った。それに」

 俺は父の携帯電話を取り出す。

「俺の画像を見せて貰ったって言ったな? でも、この中に俺の画像は一枚もない」

 五十嵐が鼻で笑った。

「なるほど、なかなか目敏いな」

 彼は短い髪の頭を掻いた。

「で、お前と話している最中、近くを張らせていた能力者から電話が来た。今戦闘中の相手が玄一郎のバディを使ってるってな。膝を露出した女がストアへ向かっていたんで、後を付けたらしい。途中で気付かれたみたいだが、ビギナーっぽいんで戦闘を仕掛けたんだと。俺は急いで現場へ向かったが、辿り着いた時にはもう誰もいなかった。しかしその代わりに、手掛かりとしてこいつを見つけた。ほら」

 五十嵐が何かをこちらへ投げた。鷲宮の前に落ちたのは、女物の財布だった。

「その中に、学生証のカードが入っていた。名前を見たら鷲宮叶子と書かれていたから、びっくりしたよ。まさかあの覇王に娘がいて、しかも普通に一般人として生活しているとは。だが、これで『脚』の在処も分かった。今の世の中、名前と学校が分かれば、携帯の番号を知るくらいは簡単にできる。あとはお前らに連絡して、ここへ呼び出したってわけだ」

 五十嵐が深く息を吐いて、腕時計を見た。

「こんな所か。あまり時間がなくてな。芥川っていう面倒な奴が、お前を探してるんだ」

 彼がまた俺を指差した。

 ……時間がない、だと? なら何故こんな長々と話をしたんだ?

 考える俺をよそに、五十嵐は続ける。

「奴と鉢合わせる前にけりをつけたい。そこで、お前らに提案だ。アンヘルを渡せ。そうすれば、危害は加えない。無事に家へ帰れる」

「ふざけんな!」

 紅のカードを取り出す鷲宮へ、五十嵐が手を伸ばす。

「そう熱くなるな。たとえバディがお下がりだろうが、俺は冷静さを欠いたお前が勝てる相手じゃない」

 彼は指を三本立てる。

「三分やる。その間、自由に話し合えばいい。俺から逃げる方法でも、倒す方法でもな」

「そんなの必要ない……!」

 鷲宮がカードをかざそうとする。俺はその腕を掴み、小声で話しかける。

「奴の狙いは分からない。だが言っている事は正しい」

 俺は彼女の手にある紅のカードへ尋ねる。

「水鏡、五十嵐の実力は?」

「戦闘能力は、平均より明らかに上です。お二人のバグを合わせても、彼のバグの十パーセントに満たないでしょう。ビギナー二人で勝つことは、非常に困難だと考えられます」

 水鏡は俺の質問に対して、何の抵抗も示さずに答えてくれた。

 今度は鷲宮が問う。

「あいつのバディのアプリは?」

「私が存じているのは、シュナイダーというバディのみです。自身のブレードを軟体のように形状変化させるアプリを有しています。しかし、マスターの御父上との戦闘では、異なるバディを使用していました」

 ブレードの物性を変化させる……、変異適性(ウイルス)タイプか?

 蒐集家(コレクター)の店で見た小野田のカードには、「Panzer」というバディが入っていた。相手は複数のバディを有している。二対一の優位性を最大限に活かさなくては。

「お互い、手の内を明かした方が良さそうだな」

 俺は自身の適性とイェツィラのオーバードライヴについて説明し、鷲宮へ尋ねる。

「お前の適性と水鏡のアプリは?」

 彼女が少しむっとした。お前呼ばわりされたことか、能力を明かさねばならないことか。お互い相手の事が気に入らないのは分かるが、今はそんな場合じゃないだろうに。

「マスター、情報共有には私も賛成です」

 水鏡にそう言われると、鷲宮は素直に従った。

 彼女の適性は定かでないが増強適性(ブースト)特化で、水鏡のアプリはファイアーウォール。二人の適性とアプリの関係から、導かれる結論は一つしかない。

「鷲宮、バディを交換しよう。その方が相性もいい」

「え、……でも」

 俺の提案を、彼女は明らかに渋った。

「私もそれを推奨します。マスターの生存確率が上がります」

 水鏡がそう進言しても、鷲宮はまだ決断しない。

「イェツィラは、お前の父親のバディだ。お互い、父親が遺してくれたものを受け継ぐべきだとは思わないか?」

 言ってから、少し背中がむず痒くなる。ちょっとくさ過ぎたかな。

 しかし鷲宮はそれでも動かない。俺は構わず、イェツィラを彼女のカードへ移動した。

 それで観念したのか、彼女は唇を噛んで水鏡の文字をフリックした。俺のカードに水鏡の文字が現れる。いや、別に内心ほくそ笑んだりはしていないぞ。

「おい」

 鷲宮のカードから、早速イェツィラの声がした。俺は思っていたことを口にする。

「全然喋らねえから、寝てんのかと思った」

「お前が黙ってろと言ったんだ、アホ」

 確かに言った気がする。

「で、あいつは……、征一は本当に死んだのか?」

 イェツィラが珍しく真剣な様子で訊いた。

 鷲宮が力なく肯定すると、イェツィラは「そうか」とだけ返した。

 鷲宮が顔を引き締め、五十嵐と向き合う。

「父を殺したのは、あんた?」

「ああ、致命傷を与えたのは俺だ。駆けつけた覇王の部下も殺した。それからこちらの残存戦力もだ。元々はそういう計画じゃなかったんだが、残った人数が少なかったからな。その方が持ち逃げするより、ずっとリスクが小さい」

 鷲宮の顔に怒りが露わになった。

「私に電話したのは? あんたとは声が違ってた」

「雇った能力者だよ。俺の声だと、玄一郎のバディに気付かれるかもしれないからな。なかなかの名優だったろ? 元劇団員らしいぞ」

「私達を騙して呼び出した訳は?」

「どうせなら同士討ちさせた方が楽だと思ってな。いや、この場合『同士』とは言わんか。結局、上手くはいかなかったが。やはり付け焼刃は駄目だな。アンヘル集結が間近に迫ったもんで、舞い上がって変な思い付きをしちまった」

 自虐的に笑う五十嵐へ、鷲宮は次々と疑問をぶつける。

 その間に俺は、自分のカードへ囁きかける。

「水鏡。覇王との戦いで、五十嵐が使っていたバディについて教えてくれ。どんな情報でもいい。父さんが何か言っていたとか」

「五十嵐が使用していたのは、先のシュナイダーと同じく機械タイプのバディです。マスターの御父上からは、戦闘時に五十嵐とそのバディを護衛するよう指示されました」

 五十嵐本人は兎も角、バディまで? それは覇王との戦闘で、奴のバディが重要な役割を果たした、という意味に他ならない。

「父さんは、五十嵐のバディのアプリを知っていたのか?」

「はい、五十嵐は戦闘前に説明のテキストを配信したようです」

 なるほど。確かに味方陣営の人数が多い場合、情報周知は話すより文書を配った方が効率的だ。カードの中じゃ音は聞こえても、文字は見えない。

「五十嵐とバディは、戦闘中に何をしていた?」

「積極的には攻撃へ参加せず、私が戦闘に出ていた十五分間程度は、ずっと敵と距離を取っていました」

「……水鏡は、戦闘中にリタイアしたのか?」

「はい、カードへ強制送還されました」

 そういえばイェツィラも、「戦闘開始十分そこらで、カードへ戻った」と言っていた。これは偶然だろうか。

 それに、気になることは他にもある。父が覇王のカードを奪ったのはいい。だが、覇王まで父のカードを持っていた、というのはどうにも違和感がある。奪い取るより、壊す方が楽だろう。殺し合いの最中だぞ。

 そして、五十嵐の言動と行動の矛盾。時間がないと言いながら、十分以上必要性のない供述をし、あまつさえ俺達に考える猶予を与えている。何が狙いなんだ?

「――一体、何が目的だ!? そんな大勢の人を騙して……、命まで奪って!」

 不意に鷲宮の怒鳴り声が響いた。

 五十嵐が一瞬鼻で笑ってから、余裕たっぷりに返す。

「それはお前の親父だって同じだろう? いや、殺した人間の数なら、俺より桁が一つ上だ」

「……ッ!」

 その反撃に鷲宮は完全に攻勢を挫かれた。彼女は何も言い返せず、ただ歯を食いしばっている。俺は言いようのない苛立ちを覚えた。

 そんなあからさまな論点のすり替えに引っかかるなよ……!

 俺がそう割って入ろうとしたところで、五十嵐がにやけ面で言葉を続ける。

「だがまあ、そう負い目を感じる必要もないぞ? アンヘルを巡って行われてきた闘争の中じゃ、お前の親父はまだマシな方だ。障害になる奴、本人しか狙わないんだからな。(たち)の悪い連中は、もっと合理的で残虐なやり口を選ぶ。例えば能力者じゃなく、その家族やら恋人を狙ったりな。その場合、人質にするか、見せしめに凌辱して殺すかだ。しかも始末の悪いことに、そうなると今度はやられた側まで同じようなことをやり始める。復讐だったり、失ったものを取り戻そうと、なりふり構わずアンヘルを求めてな。で、気が付けば終わりのない血みどろの殺し合いだ。そんなことがずっと続いてきた。五十年以上もな」

「そんなこと……っ」

 鷲宮がやり切れなさそうに声を漏らした。その様を五十嵐は悠然と眺めている。

「あいつは……」

 突然、鷲宮の右手のカードから小さな声が喋り出した。イェツィラだ。

「あの阿呆は、その繰り返しを終わらせる、なんてバカな事を考えて、アンヘルを集めていたんだ。……どれだけ自分の手を血で汚すことになってもナ」

「どう――」

 目を伏せて何かを言いかける鷲宮を、男の高笑いが遮った。

「なら、丁度いいじゃないか。お前が俺にアンヘルを渡せば、親父の願いも叶う」

 そう言って、五十嵐は腕時計へ目をやる。

「さて、もう時間だな。返答を聞かせてもらおうか」

 くそ、結局何も分からず仕舞いか。行き当たりばったりで、どうやって勝つんだ。

「答えなんて、決まってる。父の願いは……」

 鷲宮が紅のカードを夜空にかざす。

「あんたのアンヘルを奪って、叶える! イェツィラ!!」

 紅い極光から金髪の少女が現れる。彼女は相手の顔を見るなり呟いた。

「あの時こそこそ逃げ回っていた奴ダナ。ふん、じゃあ、一昨日の続きを始めるか」

 イェツィラが地面を蹴った。獲物を狩る豹のように、五十嵐めがけて一直線に駆けて行く。

 しかし対する五十嵐は、慌てる素振りもなく静かに口を開いた。

「来い、イェーガー」

 彼の背後にある塀の向こうから、バディが飛び出してきた。

 近未来を思わせるフォルムの二足歩行ロボット。細身のボディは、ミッドナイトブルーを基調として、さらに白と赤のアクセントが施されている。

 イェーガーと呼ばれたバディのアイセンサーが赤く光る。

 すると、走っていたイェツィラの脚が急に止まり、彼女はその場に膝をついてしまった。直後に体が光に包まれ、たちどころに消え失せる。

 強制送還か……!

 すぐさま隣に目をやる。鷲宮は右腕を上げたまま、茫然自失の表情を浮かべていた。

 彼女の体に異常はない。だが、その右手に握られたカードは、紅くなかった。掲げられているのは、小野田のカードだ。

 どうなっている? 小野田のカードは地面に――。

 足下のカードを見る。そこには、鷲宮叶子の名前があった。イェツィラも保存されている。ただし、バディの名前は灰色になり、二百四十秒のカウントダウンが表示されていた。

 くそっ、カードを一瞬のうちにすり替えやがった!

 五十嵐はこれを狙っていたのか。おそらく奴は、覇王と父にも同じことをしたんだ。だから二人は、互いのカードを持っていた。

 自分の手元とすり替えなかったのは、たぶん離れたカードにしか使えないから。つまり、小野田のカードを投げてよこしたのは、すり替えのための布石。

 対覇王戦と今、いずれも奴は十五分ほど相手と距離を取っている。おそらくアプリの発動条件を満たすためだ。それで、長々と話をして時間を潰したのか。畜生……!

 急いで鷲宮のカードを拾い、彼女へ押し付ける。

 それと同時に水鏡の名を叫ぶ。ポケットから返事があった。

 よし、俺のカードはすり替えられていない。……だが、何故だ?

 考えようとする頭を、大きな金属音が阻む。見ると、イェーガーが両腕のブレードを展開し、猛然とこちらへ向かって来ていた。

 やばい、迎えうて!

 咄嗟にポケットのカードを掴む。だが、そこから踏み出すことができない。下手にバディを呼び出せば、鷲宮の二の舞だ。

 だが、俺の迷いなどお構いなしに、敵バディは刻一刻と迫って来る。その無機質な赤い眼光から、有無の言わせぬ殺気を感じた。死の恐怖が頭をもたげる。

 バディを呼び出せ! 早く!

 本能が狂ったように叫ぶ。頭の中を叩きまわる。

 だが、俺はその声を跳ね除けた。

 うるさい、黙ってろ!

 戦えるバディは、もう水鏡しかいないんだ。俺がしくじれば終わりだぞ!

 考えろ。俺のカードは、すり替えられていない。それには理由があるはずだ。おそらくアプリの発動条件。それを考えるんだ。……でないと、死ぬぞ!

 息を止め、全速力で思考を走らせる。

 すり替え時、鷲宮と小野田のカードに共通し、俺のカードになかったもの。

 開けた空間に面している、バディが待機状態にない、五十嵐かバディがカードを見たことがある、或いはアプリ発動時に見えている――、ありとあらゆる可能性を挙げていく。

 そしてそこへ、絞り込みをかける。

 その条件とは、五十嵐の行動の大きな無駄。

 鷲宮のカードを、すぐ足下のカードとすり替えたこと。すり替えの相手は、目の前でなく、土の中や用具倉庫に隠しておくのが妥当。そうすれば、すり替え後に俺達はカードを取り戻せない。単なる強制送還より、ずっとダメージがでかい。

 この用具倉庫は、身を隠しつつ二つの門が見える唯一のポイント。だから五十嵐は、この場所にあたりをつけ、俺達が来るのを待ち伏せしていた。それは、小野田の死体を仕込んでいたことからも明らか。つまりカードを隠す余裕があった。にもかかわらず、それをしなかったのは、できなかったから。

 先に挙げた候補の中で、この条件に符合するのはただ一つ。すり替え時にカードが見えていること。これは、アプリ発動前にイェーガーがわざわざ姿を現した事とも合致する。

 故に、カードを隠せばすり替えられることはない!

 瞬間的に結論へ至り、ポケットからカードを抜き出す。

 それとほぼ同時に、俺の前に鷲宮が背を向けて立ちはだかった。

「早く水鏡を! 見えてなければ、カードは交換できない!」

 驚いて一瞬手が止まる。

 こいつも分かったのか? この一瞬で?

 己の死力を軽く乗り越えられた気がして、酷く心をかき乱される。が、すぐ目の前でブレードを振り上げる敵バディに雑念を振り払われる。

 素早く黒い飛沫のカードを背中へ回し、叫ぶ。

「水鏡!」

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