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TRACK-3 狂い吹雪 2

 館内はいつも通り、平穏な静けさに包まれている。本の魅力にとり憑かれた市民たちが、今日も新しい知識と世界を求めて、ここに集う。

 図書館は広く部屋数も多いが、そこは慣れたもので、アルフォンセがどこにいるのか、だいたい分かるようになっていた。愛のなせるわざだとエヴァンは信じているが、レジーニやヴォルフには“変態だ”と言われる。

 今日はどこにいるだろうか。たぶん受付だ。見当をつけ、迷わずそちらを目指す。

 思ったとおり、愛しの司書がそこにいた。一発大当たりである。これが愛の力でなくてなんであろうか。

 アルフォンセは朗らかな笑みを浮かべて、誰かと話をしていた。相手は小柄な人物だ。脇にブックケースを抱えている。

 誰だろう、と、近づきながら目を凝らしてみた。どこか見覚えがあるような気がする。

 裾の長いコート、十代と見紛みまごうばかりの童顔。つい昨日見たばかりの特徴だ。

 正体が分かるや、エヴァンは猛烈な速さで駆け寄り、アルフォンセをかばうようにして、彼女の前に立った。

「エヴァン?」

 背中から戸惑うような声がかけられる。

 対峙した小柄な人物は、エヴァンを見上げて目を細めた。

「てめえ、何しに来たんだよ。アルに近づくんじゃねえ」

「野暮ったいこと言いよるわ、ペーペーが。俺はここの利用者やど。図書館利用者が借りた本返しに来ただけや。文句あるか」

 マキシマム・ゲルトーは、脇に挟んでいたブックケースを、アルフォンセに差し出した。

「ほなアルちゃん、これ返すわ。面白おもろかったで」

「はい。ありがとうございます」

 にこやかにブックケースを受け取るアルフォンセ。相手の本性を知らない彼女にとっては、この男も大事なお客である。だから愛想よく振る舞うのは当然なのだが、エヴァンにしてみれば非常に不愉快だった。こんな奴にアルフォンセが笑いかけるなど、我慢がならない。それにさっき、こいつは彼女をなんと呼んだ?

「アルちゃん? なれなれしい呼び方すんな」

「誰をどう呼ぼうが俺の勝手やろ。お前こそこんなとこで何しとんねん」

「どこに行こうが俺の勝手だ。とにかくアルに近づくなよ」

 後ろから控えめに袖が引かれた。

「ねえ、エヴァンどうしたの? 二人とも知り合いだったの?」

 エヴァンはアルフォンセの方に首を向けた。

「アル、こいつと関わっちゃだめだ。俺は昨日こいつの……」

 言葉の途中で、またしても袖を引かれた。今度はもっと強く。急に引っ張られたエヴァンは、少し踏鞴たたらを踏んだ。

 袖を引いたのはマックスである。

「そやねんアルちゃん。俺ら最近知り合ったばっかでな。まさかここで会うとは思わんかったわ」

「はあ? 何言って……った!」

 アルフォンセには見えない位置から、腰のあたりを殴られた。睨みつけると、マックスは目配せを返してきた。エヴァンにはその意味が分からなかったが、マックスはおかまいなしである。

「ちょっと俺ら話があるから、もう行くわ。お前、ちょうどええ時に来たな。歩きながら話そか」

「は?」

「ええから来いや。図書館ちゅうことは、そもそも静かにせなあなんとこやで。俺らが二人そろったら、うるそうてしゃーないやろ。なあアルちゃん」

 同意を求められたアルフォンセは、困ったように首を小さく傾げる。

「ほら行くで。デートの件、考えとってな。ええお返事期待してるで」

「デートだあ?」

「声がデカいねんてお前」

 今度はアルフォンセにも見えるように、脇腹を小突かれた。

 訳が分からぬまま、エヴァンはマックスに袖を引っ張られ、アルフォンセへの挨拶もそこそこに館外へ連れ出された。



 図書館を出て、建物から充分離れたところで、マックスはエヴァンを解放した。その間、ずっとおとなしくついてきたわけではない。何度も手を振り払おうと試みたのだ。しかし、小柄な体躯に似合わず、マックスの腕力は相当なもので、そう簡単にはいかなかった。

「何だよお前は! なんのつもりだ!」

「お前こそなんのつもりやドアホ! 俺らの対立関係、アルちゃんにバラしてどないすんねん」

「だから、なれなれしい呼び方すんなっつってんだろ! お前の本性明かして、アルに近づけないようにしてやるんだよ」

 息巻くエヴァンに、マックスはさげすみの視線を投げてよこす。

「ほんまアホやな。そんなこと言うたら、アルちゃんに余計な心配かけるだけやと思わんのか? お前はアルちゃんに心配かけさして、それで満足か? あの子絶対胸潰れる思いするやろな。それでええんか。そんくらい考えーや」

 正論を返されたエヴァンは、うっと唸って口をつぐんだ。相手が相手なだけに腹立たしいのだが、反論できる要素がない。

「そ、そんなことより、デートってどういうことだ。お前、アルに近づいてどうしようってんだよ」

「男が女の子をデートに誘う理由は一つやんか。お前こそ何やねん。お前あの子のなんや。彼氏か」

「い、いや、まだ……じゃなくて、そうなる。そうなるんだよ!」

「そうなる? ほなまだどうっちゅー関係でもないわけやんな。そんなら俺がデートに誘って、そのあとどんなんなっても、お前に文句言われる筋合いないな」

「文句大ありだ! アルは渡さねーからな!」

「しょーもな。付きうてもないのに、何を彼氏面しとんねん。他の奴に獲られたないなら、さっさとモノにせんかい」

「うっせーよ! お前のアドバイスなんかいるか! 俺たちの関係はもっと、こう、純粋なんだ」

「何が純粋や。ただ単に口説ききれとらんだけやんけ」

 マックスの顔が底意地悪く歪んだ。至上もっとも可愛げがないであろう上目遣いで、エヴァンを見上げる。下からの視線のはずが、どういうわけか見下ろされているような気分になる。

「ははあ。さてはお前、女と付き合うたことないな」

 非常に痛いところを突かれた。エヴァンは内心の動揺を気取けどられまいと、余裕のある笑みを浮かべて胸を張る。

「ばッ! バカ言うなそんなわけねーだろカノジョの一人や二人いたっつのブイブイだっつの!」

「こっち向いて吠えんかい。生牡蠣なまがきに当たったみたいな顔でどこ見とんねん」

「俺の恋愛遍歴なんかどうでもいいだろ! ほっとけ!」

「わかったわかった。みなまで言うな。誰でも最初はチェリーやもんな。うんうん。このマックス様かて、筆下ろしは十四の春やった。近所の可愛いおねーちゃんやった。姐御肌で優しくて、ちょっとえっちな人やったな。甘酸っぱい青春のメモリーやで」

「お前の恋愛遍歴も知るかああああああああああああ!」

 曖昧な記憶を信じるならば、十四歳のエヴァンは〈イーデル〉にて戦闘訓練の真っ只中である。当時の自分が異性に対して、どれだけの関心を寄せていたのかは分からないが、健全な思春期を送っていたとは思えない。

 マックスは同情するように、エヴァンの腕をぽんぽんと叩いた。屈辱以外の何物でもない。乱暴に手を払うと、マックスはけらけら笑った。

「笑うな! ていうかお前、何をのんきに俺と話してんだ。お前は賞金稼ぎだろ。俺をどうにかしなくていいのか」

「どうにか、て?」

「だから、昨日みたいにマシンガン持ち出すとか。『ここで会ったが百年目ェ!』とかなんとか言って襲いかかるとか」

「せえへんよ。今はオフやん」

 当たり前なことを聞くな、と言わんばかりのマックスである。

「は? オフ?」

「せや。お前かて四六時中“お仕事モード”っちゅーわけとちゃうやろ。昨日の俺は“お仕事モード”、今の俺はオフの俺。オフの俺は、いたって無害で善良な一般人や。無害で善良な一般人が、白昼堂々と公衆の空間でマシンガンなんか持ち出すか?」

「マンションも立派な公衆の空間だぞ」

 エヴァンの指摘は無視された。

「そういうこっちゃ。そんなに俺に撃たれたいんなら、次に会う時を待つんやな。ご希望通り、次はお仕事モードで来たる」

「ちょ、ちょっと待て」

 背を向けて去ろうとするマックスを、エヴァンは慌てて止めた。まだ何か用があるのかと、マックスが不審な目で睨み返す。

「なんや」

「お前ら、レジーニとどういう関係なんだ? 前から知ってるんだろ?」

「スケコマシメガネか。あいつから何も聞いとらんのんか」

「訊いても教えてくれねえんだよ」

 正直に打ち明けたくはなかったが、思わず本心が出てしまう。口調も拗ねたようになってしまった。

「あいつ、昔のことは全然話してくれねえんだ。お前が知る必要はないって、いつもそう言ってはぐらかしやがって。まったくワケ分かんねえ」

 敵であるはずのマックスに、不満をたらたら並べる。相手が誰であろうと、腹の中に溜まる一方の不平をぶつけたかったのだ。

 マックスは拗ねるエヴァンを見据えると、片眉を吊り上げて言った。


「お前、相方のくせに信用されとらんのとちゃうか」


 心臓に棘が刺さったような気がした。小さくて細くて、棘と言えるほどのものではないが、しかし確かに突き刺さった。

 それは、薄々感じていた懸念だ。

「そ、そんなわけあるか。そりゃ、お前らよりはコンビ歴短いかもしれねえけど、息は合ってるんだぜ。……たぶん」

「ほなええやんけ。信用されとるっちゅー自信があんねやったら、そのうちあいつから言い出すやろ。それまで待ったらええやん。もうええか? 俺行くで。次はきっちり相手したるさかい」

 マックスの物言いには思いやりの欠片かけらもなく、むしろエヴァンを軽んじているのが、ありありと分かった。

 怒りがふつふつと湧いてくる。相棒や仲間のみならず、敵にものけ者にされるとは。

 怒りの矛先は、目の前の敵に向けられた。今度こそ完全に去り行こうとする賞金稼ぎの狭い背中を睨みつけ、

「おいコラ! マキシマム・ゲルトー!」

大きく息を吸い、思いきり吐き出す。 

 

「お前、『凶悪チワワ』って呼ばれてんだってな!」


 マックスの歩みが、接着剤が絡まったように止まった。油の足りないロボットのごとく、ぎりぎりと固い動きで、首がこちらを向く。

 見開かれた目は、真っ直ぐにエヴァンをとらえている。


「言うたらアカンの、言うたな」


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