TRACK-5 屑星恋歌 5
陽光を凝縮したような、きらきら輝く瞳は、まさに向日葵の花のようだ。
不純なものの一切感じられない眼差しが、一心にレジナルドを見つめる。女性に熱い視線を送られることには慣れているが、彼女の目には、これまで接してきた女たちとは違うものを感じた。
その視線にむず痒さを覚え、レジナルドは身じろぎする。
「なんだよ、何じっと見てんだよ」
むすっとするレジナルドにはお構いなく、彼女はにこりと顔を綻ばせた。
「ねえ、あなた女の子? 男の子? 中間?」
初対面の者から、毎度訊かれる質問である。いつもと違うのは、二択ではなく三択目が設定されていた点だ。
「男ですけど何か」
突き放すような口調で答えると、彼女は何故かがっかりしたように肩を落とした。
「なんだあ」
何だと思っていたのか。
彼女は落とした肩を上げ、何事もなかったように、また話しかけてきた。
「聴いてくれたの? あたしのギター」
「え? まあ、少しな」
「どうだった?」
「いいんじゃないか? くせがあるけど、上手いと思う」
「ほんとに? ありがとう!」
レジナルドが投げやりに述べた感想を、彼女は素直に受け取り、満面の笑顔を見せた。
美人、というほどではない。顔立ちはいたって普通だ。だが、吸い込まれそうな大きな瞳や、くるくるとよく変わる表情は、魅力的で愛嬌がある。
髪は極めて明るい、薄めの赤毛だ。この色味は珍しい。
「あたし、土日や祝日に、大抵ここで弾いてるの。よかったらまた聴きに来てよ」
「気が向いたらな」
そっけなく答え、彼女から顔を背けた。今は誰かと話しこみたい気分ではない。
背後からごそごそと物音がする。彼女が帰り支度をしているのだろう。
もう言葉を交わすことはない。そう思った時、突然誰かが隣に座ってきた。ぎょっとしてそちらを見ると、目と鼻の先にギター弾きの彼女の顔があるではないか。
「な、なんだよ、まだ何か用か」
清廉で真っ直ぐな目線にたじろぎ、やや身体を引く。
「おにいさん、間近で見ると、本当に綺麗な顔してるね。モデル? タレント? うわあ、睫毛長―い。肌艶も良さそう」
「人の顔じろじろ見るな。不躾だろ」
鬱陶しがってみたが、彼女にはあまり効果がなかった。
「おにいさん、元気ないね? ひょっとして、何か悩んでる?」
「か、関係ねえよ、あんたには」
「眉間にしわが寄ってる。綺麗な顔してるのにもったいないよ。話聞こうか?」
「役所の生活相談窓口かよ。ほっとけ」
お節介焼きな性格なのだろうか。向日葵の眼差しは、レジナルドが「悩みを抱える青年」だと信じて疑わないようだ。
彼女は訳知り顔でうんうんと頷く。
「いろいろあるよね、分かるよ。人には言えないことだってあるだろうし、言っても解決しないことだってあるよね。あたしにも経験あるよ。あ、誰にでもあるか」
一生悩みなど抱え込みそうにない雰囲気を纏いながらそんなことを言われても、レジナルドはまったくしっくりこない。
「そういう時はね、パーッと楽しいことして、ストレス発散しちゃうのが一番だよ」
「余計なお世話だ」
「そうだ。ね、ちょっとこの店行ってみなよ」
ギター弾きの耳には、レジナルドの意見が入らないらしい。いそいそと一枚のカードを取り出すと、レジナルドの掌に押しつけた。
その時触れた彼女の指は、日の光のように温かかった。
寄越されたカードには、とあるバーの住所と連絡先が記されていた。イーストバレーにある店のようだ。
「あたし、ここでバックバンド兼ホールのバイトしてるの。お水系だけど、すごくいいお店だから、一度来てみて」
「はあ……?」
「ちょっとだけ羽目を外すにはちょうどいいと思う。常連さんが多くて評判も高いから、損はしないよ。それにね」
彼女は内緒話をするように、声をひそめて付け足す。
「いいコたくさんいるよー。元気になるよー」
皆まで言うなとばかりに頷きながら吐くセリフは、ポン引きそのものであり、パシンと肩を叩くその様は、近所のお節介焼きおばさんそのものである。
「あのなあ」
「じゃあ、あたしはもう行くね。今夜シフト入ってるから。今日から新しいショープログラムが始まるんだよ。絶対来た方がいい! じゃあ、お店でまた会おうね」
行く、とは答えていないのに、もはやレジナルドが店に行くことを前提とした上で話している。ギター弾きの彼女は、レジナルドが止めるよりも早く、軽快な足取りで去って行った。
ギターケースを肩にかけた後ろ姿を、レジナルドは呆然と見送るしかなかった。
「なんだ、あの女」
強引な女とは何人か知り合った。自己中心的な女とも関係を持ったことがある。だが、あのギター弾きの彼女は、そのどちらにも属さない気がする。
――天然ってヤツか。
押し付けられたカードを見つめる。こういった風俗店にはあまり行かないが、好みのダンサーがいれば、一晩戯れるのも悪くない。少しでも憂さを晴らせるものがあれば、今はなんでもよかった。
「バックバンドのバイトって言ったな」
あのギタートーンがまた聴けるもの、悪くない。
イーストバレーは歓楽街が有名な土地だ。低価格の風俗店から、格式高いクラブまで、多種多様な店舗が軒を連ねている。
通りには店をはしごする酔っ払い、客引きの黒服、コールガール、見回りの自警団があふれていて、祭りのような賑やかさだ。
これほど人があふれているにも関わらず、汚らしい印象は受けない。路上にほとんどゴミや汚物が見られないからだろう。この地域は町内清掃が徹底しているらしく、複数店舗ごとに班を作り、順番に清掃を行っているのだそうだ。だから、よその歓楽街に比べて格段に美しく、誰でも気軽に足を運べる雰囲気が出来ているのだ。
地域住民が全員で、街を守っている。
そんな店々の一軒に、レジナルドはいた。
――騙された……。
否、正確には騙されたわけではない。こちらの思い込みもあった。だが、向こうの説明不足というもの、確実に含まれている。勘違いしてしまうのは仕方なかろう。
とは思えど。
足を踏み入れたその場所は、これまで培ってきたレジナルドの世界観を、いとも簡単に吹き飛ばしてしまう破壊力を保有していた。
「あっ、おにいさん、いらっしゃい!」
レジナルドの来店を出迎えたのは、ギター弾きの彼女だった。きりっとしたウェイター姿で駆け寄ってきた彼女は、レジナルドの手を取り、店の奥へと引っ張って行く。
「おい、お前。これ、どういうことだよ」
「え、何が?」
「何が、じゃねえ。こういう店だとは聞いてねえぞ」
「言わなかったっけ?」
「言ってねえよ!」
などと話しているうちに、まんまとホールまで連れて行かれてしまった。
内装は派手派手しく、照明も華やかだった。客数は思った以上に多く、意外なことにその半数は女性客だ。テーブルの間を縫って歩く“ホステス”たちは、皆きらびやかな衣装を身に纏い、負けず劣らず派手なメイクを施している。
天井から下がるミラーボールが、極彩色の光を反射し、店内を照らし出す。ホステスたちが身につけた香水や、運び込まれる料理の匂いが充満していて、頭がくらくらする。
レジナルドの存在に気づいた数人のホステスが、目の色を変えて一斉に押し寄せてきた。
「きゃーっ! 何この子、かわいいーっ」
「見て見て、すっごくお肌すべすべよおお」
「こういうお店初めて? おねえさんが手解きしてあげましょうか?」
大抵のことにはたじろがないレジナルドも、迫り来るゲイのホステスたちには手も足も出なかった。
その中の一人がギター弾きの彼女を抱き、よしよしと頭を撫でる。
「ルーちゃん、よくやったわ。すっごい上玉引っ掛けてきたじゃないの」
褒められて嬉しそうな彼女は、得意顔で言う。
「このおにいさん、元気なさそうだったから、ここに来れば少しは気分が晴れるんじゃないかと思って誘ったんだ」
「いや、俺、帰る」
自然と引き攣る顔をそのままに、レジナルドは脱出しようと踵を返した。
が、巨大な壁が立ちはだかり、退路が絶たれてしまった。
身長百九十はあろうかと思われる巨大なホステスが、腰に手を当て、レジナルドを見下ろしている。ホワイトブロンドの髪をなびかせ、右の目元にアゲハチョウのメイクをした、一際異彩を放つ人物であった。
「〈プレイヤーズ・ハイ〉へようこそ、王子様」
にっこりと笑う“彼女”は、レジナルドの両肩に手を置いた。振り払おうにも、やたらと力強く、逃げられそうにもない。
「この子の誘いに乗って来てくれてありがとう。ご新規さん大歓迎よ。ウチはとっても健全な店だから安心してね。ほら、女性客も多いでしょ? ぼったくったりしないから、どうぞゆっくりしていらして。申し遅れましたわ、アタクシは〈プレイヤーズ・ハイ〉の店主ママ・ストロベリーと申します。今宵、一時の夢を、アタクシたちと過ごしましょう」
「い、いや、帰るから俺」
「おにいさん、もうすぐショーが始まるよ。こっちに来て、いい席空いてるから」
ギター弾きの彼女が再び手をとり、更に奥へと引っ張っていく。ホステスたちが周囲をがっちり囲んでいて、もう完全に逃走不可能な状況に陥っていた。
押し倒されるように座らされたのは、ステージのほぼ正面のソファだった。座った途端、両脇をホステスに陣取られた。立ち上がっても、有無を言わさず引き戻される。
「じゃあ、おにいさん。あたしギター担当だからもう行くね。楽しんで」
ソファの背もたれ越しに、彼女が声をかける。
「え? ちょっと待てよ!」
止めようとするも、彼女はにこやかに手を振り、バックステージへと消えていった。
「あらあ、アナタひょっとしてルーちゃん目当てだったの? いやあねえ、こんなに美女がたくさん集まってるのに、妬けるわあ」
と、右側のホステス。
「ルーちゃんは色恋に鈍感だから、落とすのには手間がかかるわよお。そんなことより、今この時を楽しんじゃいなさいよ」
と、左側のホステス。
店内照明が消えた。次の瞬間、ステージだけがライトアップされ、お客たちが一斉に拍手と口笛を贈る。
ステージ中央でスポットライトを一身に浴びるのは、ママ・ストロベリーだ。片手にマイクを持ち、もう片方の手に乗馬用の鞭を握っている。
「紳士淑女の皆様方。今宵もアタクシどものお店にお越しくださり感謝致します。ご贔屓くださる皆様方のために、新たなショーをご用意致しました。もちろん、本日初めていらしたご新規様にも、存分にお楽しみいただけるように、誠心誠意尽くしますわ。皆様、どうぞアタクシたちと一緒に、醒めない夢を紡ぎましょう!
ミュージック、スタート!」
ママ・ストロベリーの口上の後、パチンと鳴らした指を合図に、バックバンドの演奏が始まった。同時に、揃いの衣装を着たダンサーたちがステージに現れる。
繰り広げられるのは、めくるめく異世界の光景。視界をかき混ぜる極彩色と、混ざりに混ざった匂いに脳の神経をやられたレジナルドは、途中から考える力を手放した。
記憶は途絶え、感覚はブラックアウトした。
頭頂部を錐で刺されたような痛みを覚え、はっと目を覚ます。
まず視界に入ったのは天井だ。レトロなデザインの天井扇が、ゆっくりと回っていた。一般家庭ではほとんど見かけなくなった代物だが、レトロ風の店舗内装では、よく使われている。
真正面に天井が見えるということは、当然仰向けに寝ている状態にあるということだ。
どこの部屋だろう。なぜ寝ているのだ。背中の感触からして、ソファか寝椅子だろうか。
さっきまで三半規管を揺るがさんばかりにやかましかったのに、ここはとても静かだ。
察するに、あの異空間に耐え続けることを放棄した本能が、自己防衛策として五感をシャットダウンしたのだろう。結果、気を失った、というところか。
「まったく……」
強めの酒を飲まされたような気がする。何の酒か説明はなかったが、失神を促すくらいには、アルコール度数は高かっただろう。
ひどい目に遭った。それもこれもあの――。
「起きた?」
いきなり至近距離に顔が現れ、レジナルドは思わず「わあっ!」と声を上げた。勢いよく飛び起き、顔の正体を見やる。
そこにはギター弾きの彼女が、ごく当然のようにソファに座っていた。
「いきなり動くのはよくないよ」
「いい。そこはいい。なんでお前、膝枕……」
「枕代わりがなかった」
「クッションとかあるだろ」
「あれはお客様用だもん」
「上着丸めるとか」
「シワになるよ」
「そのままほっといてもよかっただろ」
「枕あった方が寝やすいじゃん」
「だからってなんで膝枕だ!」
「重くなかったから疲れてないよ」
レジナルドは片手で顔半分を覆った。話が通じてない。
「膝枕、嫌だった? 慣れてそうだと思ったんだけど」
こちらの心境などにはお構いなく、彼女は訝しげに首を傾げる。
これ以上掘り下げるのはまったくの無駄だと判断したレジナルドは、議題を変えた。
「俺は、どうしたんだ? ここはどこだ」
「ママのオフィス。ライチさんの特製カクテル飲んだら、ものすごく顔色が悪くなって、トイレで吐いた後にバタっと倒れたんだよ。覚えてない? あと、たぶん匂いがきつかったんだと思う。まだ吐きそう? トイレ連れて行こうか?」
その申し出は断った。すでに醜態を晒しているというのに、恥の上塗りをするつもりはない。
レジナルドはソファに座り直し、憂鬱な溜め息をついた。
「お前、よくも騙したな」
「え、何が?」
相手はきょとんとしている。
「なんだよ、この店。ゲイバーだとは聞いてないぞ」
「カードに書いてなかった? あ、ごめん。じゃあそれ、訂正前のやつだ」
「いい娘いるって言ってたろ」
「みんな、いい人たちだよ」
「元気になるって言ってたろ」
「ショー、面白かったでしょ。うちのショー、見たら元気になれるって定評あるんだ」
「ここに至るまで、会話の五割以上が噛み合ってないんだが、その自覚はあるか」
「うーん。感じ方は人それぞれってこと?」
やはり噛み合っていない。特製カクテルなるもの以外の原因で頭痛が再発しそうだ。
頭を抱えて唸るレジナルドをよそに、彼女はいたって平静である。
「ごめん、何か勘違いさせちゃったみたいね。こういう店は好きじゃなかった?」
好き嫌いの問題ではない。初めからゲイバーだと知っていれば、下心など抱かず、それなりに楽しむことが出来たのだ。
レジナルドは顔を上げ、恨めしげに彼女を一瞥した。
「ここには、女はお前だけなのかよ」
「うん、そう。用心棒役に、何人か男の黒服さんもいるけどね」
「ああそう。だったら」
レジナルドは腕を伸ばして彼女の肩を掴むと、そのままソファに押し倒した。
ギター弾きの娘は、きゃっと声を上げ、向日葵色の瞳を丸くして、レジナルドを見上げた。
「責任とって、お前が相手しろよ」
二人の目線が絡み合う。ギター弾きの娘は、レジナルドを不思議そうに見つめたまま、何の反応も示さない。
――抵抗しないのかよ。
すぐに拒絶され、突き飛ばされると踏んでいたし、そうなってくれるよう期待した。
本気で襲うつもりはない。ちょっとした腹いせにからかっただけだ。
だが、抵抗もなく文句も言わないとなると、からかいは成立せず、引っ込みがつかなくなってしまう。
――何か言えよ。マジでやるぞ。
内心焦りつつ、彼女の衣服に手をかける。
すると彼女は、レジナルドの目をじっと覗き込み、薄く口を開いた。
「なんでそんな目してるの?」
「……え?」
「まるで迷子になってるみたい」
心臓を掴まれたような気がして、レジナルドは彼女から離れた。
起き上がり、尚もこちらを見つめ続ける彼女を、レジナルドも見つめ返す。というより、目を離すことが出来ない。心の内を透かし観るような、向日葵の視線に絡め取られ、逃れることが出来ないのだ。
「何を言って……」
急激に渇いた喉を通してやっと出てきた言葉は、その程度のものだった。何か言わなければ。言わなければ、呑まれてしまう。
息を吸い、口を開いた。その時。
入り口ドアがノックされた。やや間を置いて、ドアが開く。
顔を覗かせたのは、店主ママ・ストロベリーだった。
「ルシア、ちょっとホール手伝ってくれる?」
「あ、はい」
ギター弾きの彼女は頷いて立ち上がった。去り際、レジナルドをもう一度見て、
「気分がよくなるまで、ゆっくり休んでね」
そんな言葉をかけ、ストロベリーの脇をすり抜けて出て行った。
彼女と入れ替わりに、自分のオフィスに入ってきたママ・ストロベリーは、ゆっくりとレジナルドに近づく。その表情は険しく、睨んでいるといっても差し支えない。
ストロベリーはレジナルドの前に立ち、腕を組んで見下ろした。
「気分はどう? 少しは良くなったの?」
低く抑えた口調には、先ほどまで派手なステージを繰り広げていた、華やかなドラッグクイーンの残り香が感じられない。
「ああ、まあ、なんとか。悪かったな、あんたのオフィスだろ?」
「別にいいわ。それよりアンタ、あの子に何か変なことしてないでしょうね」
「してねえよ……」
ストロベリーは、明らかに敵意を向けてきている。初対面の挨拶をしてきた時には、そんな気配は微塵も感じさせなかったのに。
「アンタ、ラッズマイヤーのところのコでしょ。何か狙いがあってあの子に近づいたわけ? そうだったら許さないわよ」
「なんでそのこと知ってるんだ」
レジナルドの疑問を、ストロベリーは鼻で嗤う。
「アタシは情報屋ですもの。この界隈じゃ、ちょっとは名が知れてるのよ。注意しておくべき人間の周辺くらい、余裕で頭に入ってるの」
なるほど、とレジナルドは自嘲気味に笑う。“うちのファミリー”は、丸ごと嫌われているらしい。ボスの性分を鑑みれば、無理もないことだろう。
「狙いなんかない。公園であいつに誘われたから来ただけだ。いい店があるからって」
真実なのだが、ストロベリーからは疑いの目を向けられたままだ。
「どんな理由があるにせよ、ウチはラッズマイヤーとは関わりたくないの。気分が良くなったのなら、早く出て行ってちょうだい。そして二度と来ないで」
「分かったよ」
「それと、ここに来たことはあいつには言わないこと。いいわね?」
あいつ、というのがラッズマイヤーを指していることは、聞かなくても分かる。レジナルドはぞんざいに返事をすると、ストロベリーをひと睨みしてオフィスを出た。
ホールを横切り、出入り口を目指す。途中、目だけを動かして、ギター弾きの彼女の姿を捜した。無意識だった。
彼女は奥の席までワインを運んでいる最中だった。こちらの視線には気づいていない。
客一人ひとりに笑顔を振りまいている。あんなにへらへら笑って、頬が痛くならないのだろうか。なぜそんなに笑うことが出来るのだろう。
なぜ――。
――なんでそんな目してるの?
――まるで迷子になってるみたい。
なぜ――、
――俺の……、