TRACK-4 疾氷 5
懸念どおり、炎は油缶に引火し、廃工場内で大爆発が起きた。
熱気と煙から逃れたエヴァンたちは、業火に飲み込まれた廃墟を振り返った。
「レジーニ……」
相棒があの炎に巻き込まれたとは思えない。考えたくない。きっと脱出しているはずだ。
「マックス、俺らも早よここから離れよ。お巡りさんたちが飛んでくる前に」
冷静なディーノの言葉に、マックスは頷いて答えた。
「せやな。しかし、ラッズマイヤーはどこへ行ったんや。あの根性曲がりのこっちゃ、簡単に死なんやろ。どうせ逃げおおせたに決まっとるわ。また居所捜し当てな」
「なあ、相方くん」
急にディーノに話しかけられたエヴァンは、目を瞬かせて彼を見上げた。
「もう分かっとると思うけど、俺ら、本当は敵対する必要のない間柄や。ちょっとご挨拶は荒っぽかったけど、ひとつ休戦せえへん?」
エヴァンはしばし、賞金稼ぎコンビを交互に見た。ディーノは穏やかな表情を浮かべているが、マックスは面白くなさそうにそっぽを向いている。
「それぞれの事情、話し合った方がええと俺は思う。 キミは?」
「ああ、そうだな」
二人の本来の標的が自分やレジーニではないのなら、確かに争う理由はない。エヴァンは申し出を受け入れた。
ひとまず〈パープルヘイズ〉に引き上げることにし、三人でヴォルフの店を訪れた。
ヴォルフは、賞金稼ぎの二人を見ると、太い眉毛を一瞬吊り上げた。そんな彼に、ディーノだけが愛想よく挨拶を述べた。
店にはアルフォンセの姿もあった。彼女がいることに驚いたエヴァンだが、同時に心が癒されるのを感じた。
「アル、どうしてここに?」
「エヴァンとレジーニさんのことが気になって。ごめんなさい、邪魔をするつもりはないの」
邪魔だなんて、と言うつもりだったところで、横から何かがぶつかってきた。エヴァンを押し出してアルフォンセの前に立ったのは、マックスである。
「いやー、全然邪魔やないでアルちゃん。アルちゃんは天使なやあ。さっきまで野郎しかおらん小汚い場所におったからなー。アルちゃん見て、心に潤いが戻ってきたわ。ついでに渇いた唇も潤してくれると嬉しいんやけどなー。もちろん唇で!」
戸惑うアルフォンセの手を、どさくさまぎれに握ろうとしていたので、エヴァンは慌ててアルフォンセを背中に隠した。
ほぼ同時にディーノが、マックスの襟首を子犬をつまみ上げるように掴み、後ろに下がらせた。
「マーくん、今そんなんやってる場合ちゃう。司書さん口説くんなら、全部終わってからにし」
「終わったって口説かせるか!」
「お前ら、そこまでにしろ」
ヴォルフの野太い声が、エヴァンたちの間を掻き分ける。彼はマックスとディーノを見て、大きな右手を顎に当てた。
「マキシマム・ゲルトーとディーノ・ディーゲンハルトか。会うのは初めてだな」
「どうも、よろしゅう。あんたがヴォルフ・グラジオスですかね」
答えたのはディーノである。こういった対話の場では、マックスではなくディーノが主導権をとるようだ。
ヴォルフと賞金稼ぎたちの話し合いを背に、エヴァンはアルフォンセと向き合った。
「アル、俺、あいつを止められなかった」
「エヴァン」
気遣わしげに、深海色の目を細めるアルフォンセ。
「一人で行かせちまった。一人にするなって、アルが言ってくれたのに」
脳裏にレジーニの背中が蘇る。何もかもを拒む、孤独な後ろ姿。炎に包まれても、彼が閉じ篭った冷たい氷は溶けないのだ。
「でもエヴァン、レジーニさんを連れ戻すんでしょ? そうするよね?」
瞳を覗き込むアルフォンセから、エヴァンは目をそらした。
今となってはそんな自信はない。あれほど頑なに拒絶されては、取り付く島もない。どんなに言葉を尽くしても届かないのなら、一体どうすればいいのだろう。
エヴァンの中で、二つの想いがぶつかり合っている。
――復讐なんて虚しいだけだ。そんなことをして救われるものなんか、何一つない。死んだ恋人だって、喜ぶとは思えない。復讐は間違っている。
――本当にそうだろうか。あんな理不尽な理由で、最愛の女性を殺されたら、誰だって復讐の鬼になるだろう。例え仇を討って何も残らなかったとしても、そうしなければ気持ちが収まらないではないか。もし――、
(俺が同じ立場だったら)
(アルが殺されたとしたら、それでも俺は、復讐なんか間違ってるって言えるのか)
どうすればいい。何が正しいのだ。何をしてやれば、凍りついた魂は救われるのか。
開いた口からは、アルフォンセへの答えではなく、重苦しい溜め息しか出なかった。
「それで、賞金稼ぎども。お前たち、今回はどういう状況でラッズマイヤーなんぞと行動していたんだ?」
ヴォルフは腕組みし、マックスとディーノに訊ねた。
「メメント退治専門であるこいつらに、懸賞金が掛かること自体、妙な話だと思ってたんだ。説明してもらおうか」
「こっちもめんどい仕事やと思っててん、ヴォルフの旦那。そもそもやな、おたくの親分が持ちかけた話やで」
マックスはカウンター席に座り、ふてぶてしく頬杖をついた。ディーノも隣に着席する。
「親分……ジェラルドか?」
「そうです。とはいえ、俺らに接触してきたんは、御大の美人秘書さんでしたけど」
と、ディーノが続く。
「御大はそもそもから、ラッズマイヤーの動きに注意してはったらしいんです。あの男の性格とか行動パターンやら、いろいろ把握されとったんでしょうね」
八年前にラッズマイヤーが遁走してからも、ジェラルド・ブラッドリーは逐一その行動を監視し続けていた。いずれアトランヴィルに舞い戻り、何やらしでかす可能性がある、と踏んだからだ。
その予想が現実味を帯び始めたのは、麻薬の産地であるイウィアで大きな取引があった、という情報が入ってきてからのことだ。
イウィアのドラッグバイヤーが、出自不明の男に大量に新作を卸した、というのである。
時を同じくして、ジェラルドの膝元でも不穏な気配が漂い始めていた。
「御大の腹心の一人が、どうやら御大の目を盗んで勝手な動きをしよるらしいと、美人秘書さんが言いはったんです。で、その取引相手が、どうもラッズマイヤーらしい、と」
ジェラルドは、自分がゾーンを留守にしている間、裏切り者の腹心との取引をまとめるために、ラッズマイヤーがアトランヴィルに戻ってくるだろうと読んだ。
そこで、ラッズマイヤーと裏切り者、双方を始末するために、マックスとディーノに話を持ちかけたのだ。
「御大は、裏切っとんのが誰なのか、おおよそ見当をつけてはったらしいんです。それでまず、俺らにラッズマイヤーと接触させて、取引現場に同行させる。で、相手が一体誰なのかを確認して、間違いなくそいつやったら、もろとも始末せえ、ということやったんですわ」
ディーノの説明が一旦途切れたところで、ヴォルフは、ううむと唸った。
「そんなような話があるとは聞いちゃあいたが。ジェラルドを裏切っている奴たァ、一体誰だったんだ?」
「オブリールって男です。知ってはります?」
「オブリールか。あまり顔を合わせたこたァねェがな。たしかに、ジェラルドの目を盗んで私服を肥やしているらしいってのは、聞いたこたァある。それで、間違いなくオブリールだったわけか」
「おう。この俺がしっかり面拝ませてもろたで」
自分の胸を軽く叩きながら、マックスが頷いた。
「だがよ、どうやってラッズマイヤーに近づいたんだ? 賞金稼ぎのお前らが接触しようとすりゃあ、怪しまれるだろうが」
「そこなんですがね」
ディーノは言いにくそうに頭を掻きながら、ちらりとエヴァンの顔色を伺った。
「御大は、ラッズマイヤーの方から接触してくるように仕向けろ、と指示しはったんですわ。そのために、メガネさんをダシに使え、と」
「なんだって?」
聞き捨てならない言葉に、エヴァンは声を荒らげた。ディーノは肩を縮め、申し訳なさそうに身じろぎした。
「ラッズマイヤーは、元・部下であるメガネさんに対して妙な執着心を持っとる。そのメガネさんに懸賞金がかかり、それを狙って動き出した奴がいると聞けば、ラッズマイヤーは必ず接触を図ってくる。御大はそう睨んだんです。案の定ラッズマイヤーは、俺らの前に現れました。で、俺らを陣営に加えたんです。俺らにメガネさんを引きずり出させるために」
「そんなやり方があるかよ!」
頭に血が昇ったエヴァンは、カウンターを殴りつけ、ディーノの胸ぐらを掴んだ。
「悪党二人始末するのに、なんでレジーニを巻き込む必要があったんだ! あいつの古傷開くような真似しやがって、ふざけんなよ!」
「エヴァン、やめろ!」
「エヴァン、お願い、落ち着いて」
殴りかかる寸前、ヴォルフとアルフォンセに止められた。アルフォンセは、エヴァンの激昂に驚き、やや怯えている。彼女の不安げな目を見て、エヴァンは少しだけ冷静さを取り戻した。
「起こるべくして起こったこととちゃうんか。俺はそう思うけどな」
と、マックスが口を開いた。
「裏切り者の存在。戻ってこようとしとる厄介者。その厄介者と深い因縁を持っとるスケコマシ。ダシに使おうが使うまいが、ラッズとスケコマシがいずれ衝突すんのは目に見えとった結果やろが。ジェラルドの御大が、目障りな奴らをまとめて片付けたいと思とったところに、スケコマシの因縁が絡んだ。そこに俺らに白羽の矢が立った。そんだけの話や」
「そんだけの話? レジーニがあんなに苦しんでんのに、そんだけの話で済ませんのかよ」
「スケコマシが何に苦しもうが、俺らの知ったこっちゃあらへんて言うたやろ。そんなもんあいつの問題であって、俺らがどうこう出来るこっちゃないねん。抱えた問題は、本人にしか解決出来へんのや」
「相棒が苦しんでんだぞ、黙ってられるかよ」
「めんどくさい奴っちゃなあ」
マックスは、目の前に羽虫が飛んでいるかのような、鬱陶しい顔つきになった。
「そんならお前、あいつの過去全部背負う覚悟はあんのんか? 一緒に背負って解決出来るて言い切れんのかい。他人がどんな過去背負っとるかは、それぞれや。誰にも話したくないことなら、それなりに深くて重い理由があんねん。簡単には背負えんもんやぞ。一人の人生まるまる背負うことにもなりかねんねんで? お前にそれだけの覚悟があんのかって聞いとんのや」
「そ、それは」
言葉に詰まった。そこまで考えていたわけではない。ただ、レジーニが苦しむ姿を、これ以上見たくないのは事実だ。どうにか過去の呪縛から解き放ってやれたら、と、そう思っている。
マックスの目尻が細くなる。口の端が、ぴくりと引き攣ったのが見えた。
「そうしたくても、あいつ、何も話してくれねえし」
言い訳がましい言葉だ。自分でも情けない。
居心地の悪い空気が流れたその時、からん、とドアベルが鳴った。
全員の視線が、入り口ドアに注がれる。ドアを閉めながら入ってきたのは、ママ・ストロベリーだった。
「聞きたい? 小猿ちゃん」
ストロベリーは前置きもなく尋ねた。
「レジーニに何があったのか、知りたい?」
「話してくれるのか?」
ストロベリーはしばし、じっとエヴァンの目を見つめ、やがてこくりと頷いた。
「アンタはあの人の相棒だから、知る権利がある。相棒だからこそ、アタシはアンタに話すの。このこと、忘れないで」
ストロベリーは手近なテーブル席に座り、一同を見渡した。
「ヴォルフはいいとして、アルちゃん、アナタはどうする? 女の子が聞くにも耐えられない部分があるわよ」
「聞きます」
アルフォンセは、淀むことなく答えた。
「私は、エヴァンと、そしてレジーニさんの武器職人ですから」
「武器職人!? アルちゃんが?」
この事実にはマックスとディーノも驚いたようである。マックスが何か言おうと口を開いたところ、それを遮るようにストロベリーが言った。
「じゃあ、そこのアンタたち。一番部外者なんだけど、出てく? それともここにいる?」
「俺もディーノも、スケコマシの過去なんか興味ないで。適当に聞き流すから、気にせんといて」
「あらそう」
ふ、と息を吐くと、ストロベリーは居住まいを正した。
「そうね、これはアタシがこの目で見てきたことと、後から知った話、そしてルシア本人から聞いた話、いろいろな方面から掴んだことだから、実際には真実の断片にすぎないのかもしれないけれど。でも、おおよそ事実だと思うわ」
ドラッグクイーンは、ぽつりぽつりと語り始めた。視線が宙を泳いでいるのは、当時のことを思い出しているからだろうか。
ルシアについて話している時、彼女の目はとても優しくなった。そしてルシアの死について触れる時、その目の縁から涙がこぼれた。
アルフォンセがハンカチを手渡すと、ストロベリーは小声で彼女に礼を言い、そっと目尻を拭うのだった。
レジーニの過去は、エヴァンが想像していたよりも辛く、壮絶なものだった。
全てを話し終えたストロベリーは、疲れたように深い溜め息を吐いた。
「アタシが知る八年前の出来事は、これが全部。レジーニは変わってしまったわ。それまでの自分とはまったく違う人物像を作り上げて、鎧みたいに纏ってる。それが今の彼の姿。なにもかも変えて、違う人間にならなければ、耐え切れなかったんでしょうね」
ストロベリーはテーブルに片肘をつき、頭をもたせかける。
「今の彼を見るのは、アタシも辛いわ。ルシアを失った結果だもの。アタシは初め、ルシアがレジーニと付き合うことに反対してたの。ラッズマイヤーの部下だったんだもの。反対する理由は、それだけで充分でしょ? だけど、別れさせることが出来なかった。だって、レジーニと付き合うようになってからのあの子、一度だって笑顔を忘れたことがなかったのよ。今わの際でさえ。そのことを思うと、レジーニを責められない」
ストロベリーは洟をすすり上げた。
「だけど、時々思うの。二人にどれだけ嫌われてもいいから、あの時無理やりにでも別れさせていれば、あんな結末にはならなかったんじゃないかって。今となっては、そんなこと考えるだけでも虚しいわね」
小猿ちゃん、と呼ばれた。いつの間にか俯いていたエヴァンは、ゆっくりと顔を上げた。
「これからどうするの? まだ終わってないわよ。ラッズマイヤーは生きてる。あの火事から逃げおおせてるわ。明日、取引の本番が行われるって情報を掴んだの。場所も分かってるわ。レジーニはきっと、一人で乗り込むわよ」
「俺は……」
エヴァンは唾を飲み込み、そろりそろりと答えた。
「もう、分かんねえ。レジーニを止めた方がいいのかどうか。そうすることであいつが救われるのか、俺には、もう」
「エヴァン」
アルフォンセが腕に触れてきた。
「どうしてそんなこと言うの? レジーニさんを一人にするなんて絶対に駄目。このままじゃあの人、死にに行くようなものじゃない。止められるのはあなたしかいないのよ?」
「だけど」
アルフォンセの非難めいた眼差しが、えぐるように心に突き刺さる。
「もし、俺がレジーニと同じ立場になったらって考えると……。アルがルシアみたいに殺されたら、俺は犯人を絶対に許さない。どんなことになっても、きっと仇を討つ。そう考えたら、あいつの気持ちが分からなくもないんだ。だから」
うまく言葉が続かない。何をどうすればいいのか、答えが出てこなかった。
視線の重さに耐えかね、口を閉ざす。すると、入れ替わりに口を開いた者がいた。
「あーあー、なんちゅうヘタレや。見とるだけでさぶいぼ立つわ」
マックスである。
「あんだけ知りたがっとった相方の過去、聞いた途端に尻込みか。思っとった以上に悲惨やったからって、気持ちが引いたんかいな。大した“相棒”やな」
「ちょっと、マーくん」
ディーノに袖を引かれたが、マックスは無視した。
「さっきからお前、ぐじぐじぐじぐじ鬱陶しいねん。何が『同じ立場になったら』や。他人と同じ立場になってみるっちゅーんはな、一種の傲慢やボケ。同じ立場にない奴やから、そんな言葉が出てくんねん。コンビっちゅーのが、そんな甘い考え方出来るような薄っぺらいもんやと思てんのか」
「な、なんだよ!」
エヴァンは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、マックスを見下ろした。
「同じ立場でものを考えることの、どこが駄目なんだ。そうしなけりゃ、あいつの気持ちが分かんねえだろ」
「そんで、答えは出たんか? どうすりゃ問題が解決するんか見えたんか? 出てへんやんか。出てへんからぐじぐじぐじぐじ悩んでんのやろドアホ。お前、コンビっちゅーもんを勘違いしとんのと違うか?」
「か、勘違いって」
「コンビはオトモダチと違うねんぞ。相方同士、命を背負い合うことが出来て、初めてコンビて呼べるんや。お前、さっき俺が、スケコマシの過去背負う覚悟かあるか訊いた時、言いよどみよったな? なんではっきり答えられんかったんや。お前自身に、相方に命預けられる覚悟がなかったから、答えられへんかったんやろが!」
語尾を荒らげたマックスは、エヴァンの胸ぐらを掴み、ぐいと引き寄せた。
「相方に心の傷があるからって、それがどないした。傷を癒すんは自分の役目と違うわ。相方が自分の力で傷を癒すんを、横で黙って最後まで見届けるんがコンビや。下手に手ェ出して、自分の手で救い出してやろうとか、そんなんはオトモダチ同士でやれや。
心を開かんからって何や。信用されとらんからって何や。そういう奴とコンビ組むって決めたんは誰や。決めた時に腹はくくらんかったんか、あァ!?」
マックスは更に強く、襟首を締め上げた。
「肝心なのは、自分が相方を信用しとるかどうかと違うんか。お前、このままスケコマシが一人で殴り込んで、ズタボロになってラッズに復讐するのが正しいて思てんのか? それでホンマにええと思てんのか?」
「思わねえよ! そんなこと、思ってるわけねえだろ!」
「そんならつべこべ言わんと行動せえや! 相方が間違った方に行こうとしてんのやったら、身体張って連れ戻さんかい! 余計なこと考えよってからボケが! 相方が間違っとるて思うんならな、全力で止めえ! それも出来んのやったら、コンビなんぞ解消してまえ!」
言い放つとマックスは、エヴァンを突き飛ばすように離し、蔑みの一瞥を投げた。
「あかんわこのヘタレ。アルちゃん、こんなアホとは付き合わん方がええで。こいつは駄目や」
それから、ストロベリーに視線を移す。
「あんた、ラッズの本番取引がどこで行われるんか教えてくれ。俺らのお仕事は終わってへんねん」
マックスの問いに、ストロベリーは、とあるビルの名前を告げた。
「おーきに。ほな行こか、ノンちゃん。明日は大いに暴れなあかんからな、今日はしっかり休まんと」
マックスに促されたディーノは、エヴァンを気にしつつも、彼に従い席を立った。
「ほな皆さんさいなら。アルちゃん、また今度、改めてデートのお誘いするわ」
賞金稼ぎの二人は、その言葉を最後に残し、店を出て行った。マックスがエヴァンを見ることはなかった。
エヴァンは呆然と突っ立ったまま、二人が去った後を見つめた。言葉が出てこない。頭の中が真っ白だ。
マックスが、正しい。
アルフォンセもストロベリーも、そんなエヴァンに、かけるべき言葉を失っているようであった。
ただ一人、ヴォルフだけが口を開いた。
「なあ、エヴァンよ、聞きな」
呼ばれたエヴァンは、ゆっくりとヴォルフの方に首を向けた。
「俺が、レジーニの反対を押し切って、お前と組ませた理由はな。お前なら、死に場所を探して一人でさ迷うあの馬鹿に、新しい居場所を見つけさせるきっかけを与えてやれるんじゃねえかと思ったからだ」
「ヴォルフ……」
熊のような店主は、エヴァンの視線を受けて、大きく深く頷いた。
アルフォンセとストロベリーを見やる。二人とも何も言わず、ただ静かに、エヴァンが結論を出すのを待っていた。
(俺は、あいつに何をしてやれるんだ)
同じ立場で考えても届かないなら、どうすればいい。
溶けない氷を、どうやって溶かしてやればいいだろう。
どんな過去を背負っているのかは人それぞれだと、小柄な賞金稼ぎは言った。
エヴァンは、過去の記憶が欠けている。その欠けた空白は、信じたくない厭な事実――今とはまったく違う闇の人格だった――で埋められた。アイデンティティが揺らぎかけたとき、レジーニは「お前の昔など知ったことではない」と言い切った。
誰にでも〝今と昔〟がある、いちいち気にしていられるか、と。
レジーニがなぜ、エヴァンの過去にこだわらず、無理に追求しようとしなかったのか。その上でなぜ、自分の過去を話そうとしなかったのか。
それを一番理解していなければならなかったのは、この自分ではなかったのか。
(俺にできるのは……。俺にしかできないのは……)
氷が溶けないのなら――。
弾かれたように、床を蹴って駆け出す。
体当たりするようにドアを開け、外に転び出る。
あたりを見回し、遠ざかっていく二つの影を見つけるや、猛烈な勢いで追いかけた。
エヴァンの接近に気づいた二人は、歩みを止めて振り返る。
長身の方は柔らかく笑い、小柄な方は胡散臭そうに唇を尖らせた。
「俺も行く」
短く告げる。
ディーノは満足げに頷き、マックスは舌打ちをした。
「お前、ホンマめんどくさいわ」