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TRACK-4 疾氷 4

 本職は狙撃手シューターである。

 しかしながら、もっとも得意とする分野だけでは、生きていけぬが裏の世界。

 それなりに経験を積んだ裏稼業者バックワーカーであれば、接近戦もこなせるように鍛えておくのが基本である。

 ディーノは、マックスとともにこちらの世界に足を踏み入れてから、かなりの年月を過ごした。並みの相手であれば、余裕で対処できる自信がある。

 だが、拳を交えるのが“並みの相手”でない場合も当然あるのだ。

 レジナルド・アンセルムが、まさにそれである。

 彼は格闘技を身につけている者としては、決して恵まれた体格の持ち主ではない。上背はあるが、どちらかというと痩身体型で線は細い。初対面の人に「どちらが強そうに見えるか」と問えば、ほとんどがディーノだと答えるだろう。

 ところが実際の実力は、レジナルドの方が上回っているのである。

 身長はわずかにディーノがまさり、手足の長さもそう変わらない。おそらく、こちらの世界での活動歴も、期間は同じくらいだろう。

 あらゆる部分で大差のない者同士であるはずだ。

 これまでまともに相手をしたことはない。ただ、相当強いのだろうということは分かっていた。しかし、これほどとは。


 繰り出される拳を、最小限の動きでかわし、隙を逃さず反撃する。はじき、防がれ、再び攻める。

 まるで動画の早回しのような拳撃の応酬。二対の拳が空気を切る。

 ディーノの攻撃は届いているのだが、レジーニはそれをたやすく流してしまう。こちらの動きを読み、防御しては確実に反撃する。

 正確で、時に変則的。手を読ませない頭脳派でもある。何よりも速い。

 激しくも鋭く、重い。あらゆる攻撃を、レジーニは涼しい顔で放つのである。

(怖いお人やな、ホンマ)

 ディーノの背中は汗にまみれ、シャツが張りついているというのに、レジーニは一滴の汗も流してはいない。淡々と攻撃してくるのみだ。

 深いみどりの瞳は、風のない森のように静かだが、その奥には不屈の闘志が漲っているのが分かる。しかし、その目で見ているのはディーノではない。

 レジーニが見ているのは、ディーノの向こうにいるであろう、ラッズマイヤーだけだ。の男を追うために、まずは邪魔な障害物を排除する。今のレジーニにとって、ディーノとの対決は、ただそれだけなのだ。

 拳の応酬から、足技に移行する。互いの長い脚が、剣の如く斬り結ぶ。

 こちらの技は互角か。ディーノが勝利への活路を見出そうとした、ほんの一瞬。隙が生まれた。

 目の前にいたはずのレジーニの姿が、一瞬消えた。どこだ、と思ったその時、すさまじい衝撃がディーノの首元を襲った。脳が振動し、目の奥で火花が散る。

 土と埃の積もった地面に横向きに倒れたディーノは、ぼやける視界の中、こちらを振り返りもせず走り去るレジーニの後ろ姿を見た。

 その時になってやっと、彼の強烈なキックを喰らったのだと理解した。

 よろりと上体を起こして、患部に掌を当てた。燃えるように熱を帯びている。

ててて。容赦ないわあ。頭ん中ぐわーんなっとる」

 あわよくば負かしてやろうと思っていたのだが、やはり簡単にはいかなかった。

 だが、ひとまずはこれでいい。相方の時間稼ぎが出来ればいいのだ。

 首の痛みをこらえつつ、携帯端末エレフォンを取り出し、マックス宛てに発信する。

 繋がった途端、スピーカーからけたたましい騒音が流れてきて、ディーノは思わず耳を離した。騒音の正体は銃声だ。

「マックス? 聞こえるか? マーくん?」

 片方の耳を小指で栓をし、呼びかける。すると、騒音を掻き分けて相方の声が答えた。

『聞こえるで! こっちはバッチリや。向こうのご尊顔、しっかり拝ませてもろた! 逃げられたけどな。そっちは』

「いやー、メガネさん強いわ。コテンパンやわ。けどうまくいったみたいで、やられた甲斐があったわ。ほな俺、このままラッズ追うけど、そっち大丈夫?」

『問題ない、すぐ追いつく……おおおッ!?』

 突然マックスが奇声を上げた。

「え、なに? どないしたん」


『野猿が一匹まぎれてきよった!』




 相棒を追っていたつもりだったが、広い敷地内を走っているうち、違う方向にきてしまったようだ。行き着いた先は工場の裏手広場で、そこには相棒の姿はなかった。

 代わりに複数の男たちによる、銃撃戦が繰り広げられていた。

 彼らと対峙しているのは、たった一人。小柄な体躯で身軽に立ち回り、二挺の拳銃で敵陣を翻弄している。

(あの野郎!)

 マックスの姿を見た瞬間、頭の中が沸騰した。怒りに身を任せ、銃弾激しく飛び交う戦場に向かって突っ走る。

 エヴァンはしかし、マックスではなく、彼が応戦している男たちの陣営に飛び掛った。

 エヴァンの乱入に男たちが面食らっている間に、彼らを叩きのめし、銃撃戦を強制終結させた。

 余分な人間たちが気を失い倒れた後は、エヴァンとマックスだけが、その場に残った。

 充分に距離を置く二人の間を、風が一陣吹き通る。埃の塊と枯れ草が舞う。まるでウェスタン・ムービーの決闘シーンだ。

「なんやお前、助太刀か? 俺を助けてどうするつもりや」

 マックスは胡散臭げな顔で、エヴァンを軽く睨んだ。負けじとエヴァンもきつく睨み返す。

「誰も助けてなんかない。邪魔な奴らには寝ててもらっただけだ」

 エヴァンは右腕を上げ、真っ直ぐにマックスを指差した。

「てめえら、レジーニの敵とグルだったのか。俺たちを狙う賞金稼ぎだと思ってたのに、ただの使いっ走りかよ、だっせえ」

「やかましわい! これもお仕事や、お前にとやかく言われる筋合いないわ」

 マックスはふてぶてしく鼻息を吹き出す。

「お前、俺を追ってきてどないすんねん。相方を追っかけてやった方がええんと違うか?」

「うっせーな。そのつもりだったのが、方向間違えたんだよ」

「そんなこと正直に答える阿呆がどこにおんねん。あ、そこにおった」

「うるっせえっつってんだろ! 方向は間違ったけど、これでいいんだよ! ここでてめえと決着つけてやる!」

 言うなりエヴァンは、先ほど敵から没収した拳銃二挺を抜いた。クロセスト銃と違い、拳銃はあまり使わないが、勝手は大して違わないだろう。

 マックスは、心底から見下したような目でエヴァンを眺め、また鼻で嗤った。

「決着か。ええわ、受けて立ったる。ぺーぺーとベテラン様の格の違いっちゅーやつを見せたるわ」

 余裕の表情のマックスは、手にしていた二挺拳銃をコートの下に収めた。そしてすかさず、違う得物を取り出した。いったいどこに隠し持っていたのか、それは二挺の短機関銃サブマシンガンであった。


「ついでに二挺使いのやり方も教えたる!」

「お前どこにそんなもん隠してたんだよ!」


 その疑問には言葉での返答はなく、代わりに銃弾の雨という形で返ってきた。

 短機関銃の一挺が、エヴァンめがけて火を吹いた。閃光を放ちながら、雷鳴の如き銃声が響き渡る。

 エヴァンは横に走って逃れた。しかしマックスの銃撃は、確実にエヴァンを追ってくる。

 エヴァンをとらえ損ねた弾丸が、周囲の障害物を粉砕する。壁の破片が飛び散り、土埃が舞い上がり、鉄骨が火花を咲かせた。

「やっぱり『凶悪チワワ』じゃねえかよ!」

 建物の陰に隠れざま、エヴァンは拳銃で反撃を試みた。しかし、よく狙うことが出来ず、標的マックスからはかけ離れた所に命中した。

「どこ狙っとんねん、俺はこっちやぞ!」

 マックスの勝ち誇った笑い声が聞こえる。短機関銃を手にした途端のこのはしゃぎっぷりは、狂気すら感じられた。銃火器狂ガンマニアと称されるのも、頷ける話だ。

「あのヤロー、絶対ブッ飛ばしてやる」

 エヴァンは隠れた建物に沿って移動し、反対側から外に出た。横を向いたマックスがいる。チャンスだ。二挺拳銃を構え、トリガーを引く。

 瞬間、マックスが気づいた。反応が早い。休ませていたもう片方の短機関銃を即座に上げ、エヴァンに向けて発砲した。

 二種の銃弾が交差する。拳銃弾はマックスの足元や脇をかすめた。機関銃弾はエヴァンの周囲の設置物を木っ端に砕いた。

 エヴァンは移動しながら、応戦し続けた。だが間もなくして、引鉄を引いても拳銃は反応しなくなった。二挺とも弾切れだ。

 役に立たなくなった銃を、舌打ちしながら投げ捨てる。

「アホか! 二挺まるごと撃ち尽くしてどないすんや!」

 けけけと嘲笑うマックス。頭に昇った血が沸騰するのを感じながら、エヴァンは反撃体勢を整えた。

「お前のレクチャーなんざいらねーんだよ! 俺の本当の武器はな!」

 右手を真っ直ぐに伸ばし、指先の細胞装置ナノギアを起動させる。

「俺自身なんだよ!」

 五本の指がしなやかな鋼糸と化し、弾丸に代わって撃ち放たれた。ハンドワイヤーはマックスの手から短機関銃を一挺奪い、遠くへ投げ捨てた。

 エヴァンの指先が変形したのを目の当たりにしたマックスは、今起きた一瞬の出来事に、驚愕の表情を隠せないでいた。

 その隙にエヴァンは、マックスとの距離を詰めにかかる。一瞬の隙さえつければ、彼が再び機関銃のトリガーを引くより速く、懐に飛び込むことが出来る。

 エヴァンの接近に気づいたマックスが、機関銃を構えようと動いた。エヴァンは両腕の細胞装置ナノギアで、〈イフリート〉を呼び起こす。機関銃の発砲よりも、スペックを活用したエヴァンの方が速い。

 リーチが届くまであとわずか。その時。

 得物を奪われて軽くなった方のマックスの腕がさっと上がり、コートの袖から金属の物体が飛び出した。刹那、火花がひらめく。

 金属の正体が仕込み銃だと理解したエヴァンは、ハンドワイヤーを地面に打ち込み、スライディングするようにして弾撃を回避した。

勢い良く土の上を滑って、マックスの後方に回り込む。

「ちょこまかすんなや!」

怒号とともに、再び弾丸の嵐が巻き起こる。エヴァンは動きを止めず、マックスの周囲を走り続けた。

 降り注ぐ弾丸は、〈イフリート〉で防ぐ。弾丸が跳ね返されるたび、閃光が散った。

 と、唐突に短機関銃サブマシンガンの咆哮がむ。弾が切れたのだ。

 この時を待っていたエヴァンは、すかさずマックスめがけて突進する。

 弾倉がからになった凶器を捨てたマックスは、またしても衣服のどこかから、別の得物を出そうとした。だが、今度はそうはさせない。

 マックスがコート内側からショットガンを引き抜くのと、エヴァンがその腕を締め上げたのは、ほぼ同時のことだった。

 エヴァンはショットガンを奪い、〈イフリート〉の力で破壊した。そして締め上げたマックスの腕に自身の腕を絡ませ、ひねるように地面に投げ落とした。

「取ったぞ、一本!」

 エヴァンの勝利宣言に、マックスは表情を歪める。上体を起こしてエヴァンを睨み上げ、忌々しげな舌打ちをした。

「へったくそな投げやな。こんなんで一本取っても、なんの自慢にもならんで」

「負けチワワの遠吠えなんか屁でもねえぜ」

 先日の借りを返したエヴァンは、やや満足してにやりと笑った。〈イフリート〉を解除し、両腕を元に戻す。

「お前、何者なにもんや。アンドロイドか?」

 マックスは怪訝そうに眉をひそめた。

「違う。対メメント用戦闘員マキニアンだ。俺のことはどうでもいい。お前らの目的を教えろ。レジーニの仇と手を組んで、俺たちにかかった賞金まで狙って、一体何をするつもりだ」

「何もする気ィはない。少なくともお前らにはな」

 立ち上がり、マックスは服についた土埃を払いながら、言葉を続けた。

「俺らはラッズマイヤーと組んだ覚えはないで。奴は今回の俺らの“獲物”や。お前らなんか、最初からどうでもええねん」

「はあ!? なんだそりゃ」

 思ってもみなかった答えだ。エヴァンはあんぐりと口を開けた。

「だったらなんで、マンションで派手に襲ってきたんだよ」

「体裁や、体裁。まあ、俺には個人的恨みがスケコマシにあったから、あのまま勝負つけてもよかったけどな。ああ、くそ! ほんま今回の仕事、めんどくさいわ!」

「俺たちの首に掛かった懸賞金目当てじゃなかったのか?」

「お前らに懸賞金なんか掛かるかい。メメントしか相手にせえへん異法者ペイガンなんかに、誰が高額賞金掛けるかいな」

「じゃあ、一体何だってんだよ! ラッズマイヤーって奴のせいで、レジーニは暴走しかけてんだぞ!」

 マックスの言っている意味が分からない。苛立ちを募らせたエヴァンは、声を荒らげた。

「もうとっくに暴走しとるやないか。スケコマシの事情と俺らの事情は、全然関係あらへんで。あの鬼畜眼鏡がどれだけラッズマイヤーを恨んでるか、そんなもん知ったこっちゃないわ。なんなら本人に訊いてみい」

 マックスは後方を顎で示す。一緒に来い、というジェスチャーだ。

「急いでディーノと合流するで。スケコマシが先にラッズマイヤーを仕留めとったら話にならん。こっちの報酬が減る」


 

 何一つ事情が飲み込めないものの、エヴァンはマックスについていくより他に選択肢はなかった。

 ディーノとの合流は、程なくして果たした。レジーニが向かった方角を知る彼の導きで、三人は廃工場最奥棟へと踏み込んだ。

 建物の中を進むと、資材置き場だったと思われる、広い部屋に行き当たった。積み上げられた鉄パイプ、土嚢、ドラム缶の群れ、小型のコンテナなどが、埃と土をかぶって放置されている。

 攻防を繰り広げた後なのか、一本のドラム缶に穴が開いており、そこから油らしき液体が流れ出ていた。悪臭が漂い、鼻をつく。

 油の川の向こう側に、銃を握るレジーニの後ろ姿があった。レジーニと距離を開けて対峙しているのは、ラッズマイヤーである。

「レジーニ!」

 駆け寄ろうとしたエヴァンを、レジーニは振り返らないまま、片手を挙げて制した。

「レジナルド。お友達が助っ人に来てくれたぞ。よかったな」

 追い詰められていながら、ラッズマイヤーの口調は軽薄である。レジーニが答えないのを見ると、彼は面白くなさそうに舌打ちした。

「ちッ、この八年の間に、愛想ってヤツをブキャナン海峡にでも捨ててきたかよ? 昔のお前はもっと可愛げがあったぞ」

「黙れ」

 凍てついた声は低く、静かでありながら、なぜか辺りによく響く。

戯言ざれごとはもうたくさんだ。ここですべて終わらせてやる」

「なるほど、俺を殺したいってわけだな。まあ、いいだろう。お前にはその権利があるからな。なにしろ最愛の女を奪った、憎んでも憎みきれない相手だ。八つ裂きにしたって気が済むまい」

「そうだ。そんな程度じゃ生温い。あいつを殺す理由なんかなかったはずだ、ラッズ。足抜けの報復なら一人が受けるべきだった。なのに何故、あいつまで殺したんだ」

 レジーニは手にした銃をラッズマイヤーに突きつける。ラッズマイヤーは冷笑を浮かべ、真っ赤なしたをちょろりと見せて、唇を舐めた。

「お前に報復したところで何になる。お前の片目、片腕、片足、あるいは耳か? そんなもんを貰い受けたって、何一つ面白くない。お前は身体の一部を俺に奪われても、いつか傷は癒える。可愛いカノジョの手厚い看護も受けられる。これの一体どこが報復だってんだ? 少しも不幸じゃないじゃないか。いや、むしろ幸福だ、そうだろ?」

 ラッズマイヤーは両腕を広げ、肩をすくめたり首を振ったり、大袈裟な身振りを加えて語る。


「レジナルド、いいか、よく聞け。俺はな、俺が『俺のものだ』と認めたものを、クソッタレな余所者に奪われるのが我慢ならないんだよ。知ってたよな? 金でも物でも女でも、部下でもだ。お前は知ってたはずだ。なのにお前は俺の元を去り、あの女を選んだわけだ。結果があれ(・・)さ」

 

 ラッズマイヤーの肩が揺れる。嗤っているのだ。

「だがあの女に、俺は一つだけ感謝していることがある。なんだか分かるか? 俺が見たかったものを見せてくれたことだ」

 邪悪に嗤いながら、ラッズマイヤーはレジーニを指差した。


「お前が悶え苦しむ姿を、俺は見たかった。その綺麗なご尊顔が醜く歪んで、涙と鼻水垂らしてぐちゃぐちゃに汚れる無様な姿が見たかったんだ。いつもすましたつらのお前が、小汚く苦しみのたうちまわるのは、さぞや見ものだろうと思ってな!」

 

 地獄の淵から這い上がる悪魔のような嗤い声が、部屋中に響き渡った。ラッズマイヤーはレジーニを指差したまま、のけぞって嗤っている。

「大層な趣味をお持ちやな。反吐が出るわ」

 心底から嫌悪しているようなマックスの呟きは、エヴァンの耳にも届いた。マックスが代弁してくれたようなものだ。拳をきつく握り締め、相棒の肩越しに見える悪魔を睨みつける。

 この男は絶対に許してはならない。 

「そんな、理由か?」

 喉から声を絞り出すように、レジーニは言った。

「ただそれだけの理由で、ルシアをあんな風にしたのか?」

「お前のカノジョには、俺の願いを叶えたっていう、ただその一点だけに存在価値があったってわけだ。なんにせよ、全部お前のせいだぜ。怒り狂って俺のオフィスに殴り込んできた時のお前の顔、最高に傑作だったぞ!」

 操り人形マリオネットの糸が切れたように、銃を掲げていたレジーニの腕がだらりと垂れ下がった。 

「レジーニ」

 相棒の名前を呼び、エヴァンは一歩進み出る。するとレジーニは振り返らないまま、銃口を斜め後ろの下方に向け、発砲した。

 銃弾は油の浸み込んだ地面に命中した。着弾した瞬間、流出した油に火がいた。 

 油の上を炎が走り、あっという間に燃え上がる。

 エヴァンたちとレジーニの間は、燃え盛る炎の壁で隔てられた。

「レジーニ! こっちに来い!」

 勢いのついた炎に巻き込まれないよう後退しながら、相棒を呼ぶ。しかし、彼は微動だにしない。

「こらあかんわ」

 ディーノが焦りを見せた。

「他の油缶に引火したら、どえらいことになるで」

「しゃーない、一旦引き上げや」

 賞金稼ぎのコンビは頷き合い、脱出を決めた。

「レジーニ! 聞いただろ、ここは危険だ! すぐに逃げよう!」

 相棒は呼びかけに答えない。

「レジーニ!」

 もう一度呼ぶ。一歩踏み出す。しかし。


「くるな!」



「これ以上、来ないでくれ」



 ――氷が、 


 目と鼻の先の炎が、ごうっと吹き上がった。視界が赤く染まる。

 炎の中、レジーニの姿が揺らめいた。背中が遠ざかっていく。

「レジーニ、待ってくれよ! どこへ行く気だ!」

 あとを追おうとしたが、ディーノとマックスに両腕を掴まれて阻止された。

「アホ! よ逃げんと、俺らまで丸焼きやぞ!」

「離せよ! レジーニが!」

「あかん!」

 男二人に引きずられるエヴァン。炎の壁向こうへと、相棒が消えていくのを、ただ見ているしか出来なかった。



 ――氷が、



 ――溶けない。


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