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錬金術師は思考する  作者:
第一章 Fortum Aurora
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二十四

 三度連続して扉を叩いた後、ドアノブに手を掛けすぅと小さく息を吸う。


「失礼します。すみません師匠、少しお時間を――」


 二階に位置する師の書斎。廊下の一番奥にある重厚な扉を規則正しく叩いてからそっと開けたユウイチは、室内の様子を見て思わず伺いの言葉を切った。

 紙の海。そうとしか形容できないほど膨大な量の書類。広い机に向かう師の姿は辛うじて顔が見える程度で、大半が積まれた書類に隠れていた。

 常ならば本の塔が幾つも出来ている机の上には今、本に取って替わり床に零れおちるほどの書類が乱雑に乗せられている。 


「ユウイチか。何の用だ?」


 師はユウイチの声に顔を上げ、またすぐ机の上に視線を落とす。

 紙の山が邪魔をして師の手元は見えないが、扉の前に立つユウイチの耳までガリガリと絶えずペンの動く音が聞こえていた。

 三ヶ月ほど前(ユウイチからして見れば一週間前)から師は学術都市で臨時講師を務め、多忙を極めている。訪ねるたび増加する書類――レポートの山は、如何に教育者が多忙であるかを視覚的に訴えかけた。


「あ、はい。えぇと、公共機関でのホムンクルスの扱いについて質問が」

「……悪いが、今は少し手が離せなくてな。読み上げてくれ」


 仕事の邪魔をするようで申し訳ない気がしつつも、ユウイチはインベントリに入れていた本を引き出した。


 ここで遠慮をし引き下がらないのは、師にとってこれしきの事少しも苦ではないと分かっていたのと、そろそろログアウトしなければならない時間が差し迫っていたからだ。

 この機会を逃せば、次にゲームにログインし師に質問出来るのは九日後。先を急いでいるユウイチには、現実世界の一日にすら満たないその時間も惜しい。

 視界の端に映し出される時間を気にしつつ挟んでいた栞を目印にページを開き、ユウイチは補助ウィンドウを表示する事無くロディア語で綴られた文章を音読し始める。


「じゃあ、読み上げますね。……国等が運営する施設は、人造生命体が人への補助行為を行っている時、原則として立ち入る事を拒んではならない」

「――ただし、当該施設が人造生命体によって著しく損壊する可能性、及び施設利用者が損害を受ける恐れがある場合はその限りではない。……言葉通りの意味だが?」


 師はレポートの山を次々と捌きながら、広辞苑ほどもある本の一部を一字一句違わず諳んじてみせる。

 並はずれて頭の良い設定なのか、動かしているAIが高性能なのか。きっとそのどちらともだろう。内心舌を巻きつつもユウイチはおずおずと問いかける。


「建物を破壊するような見た目をした人造生命体とは、一体……」

「ん……あぁ、そう言う事か。この場合の人造生命体とはホムンクルスではなく、主に人型以外の――キメラの事を指している。作り手の趣味により攻撃的な見た目をしている物も多いからな」

「キメラ、ですか」


 ユウイチは手元の本に視線を落とした。「ホムンクルスだけに絞るのなら、最低限この本の内容は頭に入れておけ」と手渡された分厚い本。

 まだ十分の一も読み切れていないその本をじっと見ながら、ユウイチは「やっぱり」と憂鬱気な声を出した。


「人造生命体全般を学んだ方が……」

「勧めはしないな。お前、ホムンクルスだけで既に手一杯だろう?」


 これ以上なく自分の現状を見抜いた師の言葉に、ユウイチは返す答えを窮した。

 この世界でやるべき事を見つけてしまったユウイチにとって、このゲームはもはや遊びではない。

 調合や錬成は、今や遊びとして楽しんでいた三ヶ月前と違い望む未来へ向かうための足掛かりだ。


 現実世界で将来のため大学に通い勉強に励み、ゲームにて目標のために研鑚を重ねる。

 自分でもこんな生活を続けていたらいずれ身体を壊すと分かっているが、ユウイチはこの世界で出来た目標を――クロエが人として笑える未来を諦めきれない。


「好きな分野を選び、好きな道を行くと良い。それが悩み抜いた末に出した答えならば、どんな物でも否定はしない」


 わざわざ動かしていた手を止めて、じっと自分を見据えながら言った師にユウイチは無言で頭を下げた。

 ホムンクルスについてもっと教えてほしいと頼み込んだ時。師は何も問わずに授業内容を変更してくれた。


 動物以下、ゴーレムと同等の扱いをされるホムンクルスが人権を得られる未来を。そんな荒唐無稽な夢を持ったユウイチの背を、師は無言で押してくれる。

 それはとても有難い事だ。例えこれがゲームの中の出来事で、サービスが停止したら露と消えてしまう泡沫でも。

 心から尊敬できる人物に出会え、あまつさえその人に師事出来るのはとても幸運な事だと、ユウイチはそう思う。


「ありがとうございます。……本当に」


 感極まったように声を震わせるユウイチから視線を切り、師は無言でレポートを処理する手を再開させた。



「――では、九日後にまた来ますね」

「ああ」

「……ちゃんと食事、取って下さいよ?」

「わかってる」


 本当に大丈夫だろうか。顔も上げずおざなりな返事だけを返す師に不安を抱きつつも、ユウイチはぺこりと頭を下げドアノブを握った。

 ドアノブを引き下げ、力を入れた瞬間。唐突に、派手な音を立てて内開きの扉が開く。


「マスター! また来たよ!」


 重厚な板越しに聞こえる元気な少女の声は、クロエの物だろう。パタパタと軽い足音が部屋の中へ入って行ったのを確認してから、ユウイチは眼の前にある扉をそっと押し戻した。

 ちらりとHPを見る。視界の端に浮かぶ緑色のバーは先ほどよりも少し、削れていた。


「これがきそまじゅつでー、これがちゅーきゅーれんきんじゅつでー……」


 声の方を見れば、クロエは腕一杯に抱えた紙をせっせと山の上に乗せていた。乗せる端からバサバサと雪崩が発生しているが、クロエは気付いていないし師も指摘する気が無いようだ。

 痛む鼻(制限された物で、ほんの僅かだったが)を押さえながら話し続けるクロエに近付けば、身体が淡い光に包まれ減っていた筈のHPバーが元に戻る。


「ありがとうございます」


 依然として視線を落としたまま、ペンを動かしたままの師に器用だなと感心しつつ礼を言う。

 後ろから聞こえてきたその声に振り返ったクロエは、ユウイチの姿を見上げて大きく目を見開いた。


「わ! ユーイチだ。いつからいたのー?」

「クロエちゃんが来る前から。……あのねクロエちゃん」


 ユウイチはしゃがみ込んでクロエと視線を合わせると、意図して険しい顔を作り上げた。

 それまで目を輝かせてユウイチを見ていたクロエは、その表情を見てうろうろと視線を彷徨わせ始める。


「例え両手が塞がっていても、足で扉を開けちゃだめ。前にも言ったよね?」

「…………うん」

「分かったふりだけはしない事。嘘つきは、泥棒の始まり。……クロエちゃんもそうなっちゃうの?」

「ぜんぜんわかりません! きおくにございません!」

「よく言えました」


 ビシッと手を上げ元気よく宣言したクロエの事を褒めながら、ユウイチは苦笑を浮かべた。


 ホムンクルスという産まれのせいか、クロエは教えた事柄を半年と持たず忘れてしまう。

 詰め込める量に上限は無いと師は言うが、どれだけ多くの事を教えても半年後、三ヶ月後、一ヶ月後、一週間後――もしかしたら明日にでもクロエは忘却するかもしれない。

 だからこそユウイチは――ユウイチとアスティはクロエに常識だけを事あるごとに説いている。クロエが何度忘れてしまっても根気よく教えている内に身につけてくれると、体に馴染むと、そう信じて。


「ドアは手で開けてー、嘘はつかない!……だよね?」


 クロエは教えられた事を復唱した後、不安気に首を傾げる。その拍子にさらりと揺れた黒髪を見て、ユウイチは複雑な表情を浮かべた。

 絹のようなその髪は、一昨日までユウイチの手により灰色に染まっていた。

 クロエはユウイチにとって、何とも形容しがたい存在だ。娘、妹、師の子供――或いは、教材。


 人として、親戚の少女を可愛がるような心持で扱う一方で、ホムンクルスとして――望む未来のため道具として――扱う。

 過去ユウイチは、教材用にもう一体作ろうかという師の提案を拒絶した。日本人としての倫理観が、それ専用に作り出され扱われる人が生み出される事に嫌悪感を示したのだ。

 だが、クロエに錬金術師として接するたびにこれで本当に良かったのかと――


「……そろそろ、時間じゃないのか」


 師の言葉に思考に浸っていたユウイチはハッと我に返った。ウィンドウを開けば、強制ログアウトされる時間まであと5分もない。

 立ち上がり、クロエの頭を一つ撫でて師に礼をする。慌ただしく出て行ったユウイチの背を見送って、クロエは無言で視線を床に落とした。



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