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潜在意識の中から [Subconsciousness]

『ディスポーザル』

作者: 中之 吹録

 ご主人様、何故そんな事をいきなりおおせ出すのでしょう。私には全く理解が出来ません。

 この長い期間、雨の日も風の日も、また凍て付くような寒さや猛吹雪の中でも、いつもご一緒させて頂いていたではないですか。

 それは、私も多少し歳を老いたのは承知しておりますが、まだまだ現役としてご主人様に仕えるだけの気力と体力は十分備わっていると思っていました。ご主人様が私の代役を連れてお帰りになった時は、少し驚きを隠せませんでしたが、「ああ、何年か掛けてこの者を教育し、そして教育が終わった暁には、この者と交代をしなくてはならないのであろう。」と覚悟はしておりました。

 それをご主人様は、「今日から”暇だ”。貴様は要らぬ。」と申されました。どうしてでしょう。何故なのでしょう。


 思い出す事は沢山ございます。毎回のご家族のご旅行にもご一緒させて頂きました。それはどれも楽しい旅行でした。花見、祭り、温泉・・・どれも皆楽しい思い出ばかりでした。

 奥様とのショッピングやお友達との映画鑑賞にも何度もご一緒させて頂きました。あれは楽しい1日でした。

 無念な出来事ではありましたが、ご主人様のお婆様が亡くなられた時も、奥様のお父様が亡くなられた時も、一番最初に駆けつけたのは私共でございます。


 また、私が足を痛めた時はまるで自分の事のようにご心配頂き、毎日のように見舞いに来て下さった事は今も昨日の出来事のように思い出されます。ご主人様はとても優しいお人柄だということが目に沁みて実感いたしました。

 体を痛めた時もそうでした。私の治療に付き添い頂き、ずっと私を見守って下さいました。

 ご主人様が体を壊し入院された時は、一日おきに必ず奥様とご一緒に見舞いに向かったのも、つい先日のようにしっかりと記憶しております。

 奥様のご病気の通院には一回も欠かさず病院まで付き添い、奥様をまた無事に家までお返し致しました。


 ご主人様が奥様に黙って何度も「逢い引き」された時も奥様に分からぬ様に話の辻褄つじつまを合わせ、見知らぬ顔をしていたではありませんか。

 これだけ尽くしてきた私を、「暇」の一言で片付けてしまうのですか。無念でなりません。せめて、せめてこの新しく来られた代役が使い物になるかどうか見定めてからでも遅くは無いのでしょうか。

 お坊ちゃま達のやんちゃぶりや粗相そそうにも耐え忍んで来られたのは、私だけでございます。その「代役」に何が務まると申されるのでしょうか。


 しかし、それも今日限りで終わりでございますね。私はとても悲しく、残念な思いで一杯です。いつかこの時が来るやもしれないとは思っておりましたが、それが今日の今朝とは。

 私はご主人様にお世話になる時に、「この方のもとで、倒れても、老いても、そして最後の時までも尽くそう。」と心に決め、そして、その通り一筋の心の乱れも無くここまでお勤め申し上げてきました。

 しかし、これも今日にて最後でございます。間もなく迎えの者が来ると聞いております。荷物はもう、纏めてございます。お迎えが来れば、いつでも次の場所へ向かう準備は出来ております。


 無念でなりませんが、恨みは致しません。ただご家族皆様との楽しい思い出がいっぱいありすぎて感傷に浸りたい時間が少しだけ欲しかったのです。

 今も、もう何年か、いや、数ヶ月か、数週間か・・・数日でも長く皆様にお仕えしたかったという思いだけで心が一杯になってしまいます。


 もう、ご家族皆様とお会い出来なくなると思うと、今にも胸が張り裂けそうな思いです。

 どうぞ皆様、いつまでもお元気で健やかにお暮らし頂けます様に。

 どうやらお迎えも来た様でございます。ごきげんよう。このご恩は一生忘れる事はないでしょう。




 「あ、来た来た!遅かったね。」

 「すいませ~ん。道路、混んじゃって。」

 「書類は?」

 「あ、後で解体証明出しますんで、後日纏めて。」

 「分かった。でも・・・ちょっと寂しいな。14年で16万キロか。よく頑張って乗ったよな、俺も。」

 「長生きした方じゃないんですか?もう殆ど見かけなくなりましたからね。この車種は。」

 「そうだよね。買った時は街に溢れてウンザリだったのに、気付いたら家だけだもんな。」

 「車もきっと感謝してますよ。じゃ、持ってきますんで!」

 「宜しく~!」


 14年走り続けたマイカーが、新車と入れ替わった日だった。

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