また会えたね……
キキキーッ
真っ暗な中、突然、急ブレーキの音が鳴り響いた。
車の運転席から女が、助手席からは眠そうな男が出てきた。
車のヘッドライトの明かりの通り道を少しの霧が教えてくれる。しかし、その明かりは何にも当たらず段々闇に消えていた。
「やだ、やっぱり道が無いじゃない……」
「なんだよ、うわっ」
男はアスファルトの途切れているギリギリまで進んだところで足元に気が付いた。傾いている「!」マークの黄色標識が無ければ、そのまま進んでいたかもしれない。
おそらく今朝から降り続いた大雨による土砂崩れ。アスファルトの崩れ具合から見ても二人の目の前の県道はつい先ほど無くなったようだ。
「おい、早く引き返そうぜ」
さすがにさっきまで寝ていた男の目も覚める。
「う、うん。もっと崩れるかもしれないものね……」
そう言うと、慌てて二人は車に乗り込んだ。
「ゆっくりな! 慌てるな! ギアを入れ間違えるな! バ、バックのBじゃないぞ、Rだぞ、R……」
男はそう慌てて言う。
「じゃあ、あなたがやってよ」
「あ、ああ」
そう言って彼女は運転席の扉を開け外に出た。そして男は助手席からお尻を滑らせて運転席側に移動した。そして、目視でギアがRに入っていることを何度も確認した。
「Bはバックじゃねぇ。Rがバックだよな。な?」
男はまるで教習場で初めてハンドルを握った時のように、ルームミラーの向き、座席の位置、そしてギヤの位置を指差ししながら、口に出して確認し、ブレーキを必要以上に強く踏み込みゆっくりサイドブレーキを解除した。
「こ、これでブレーキを緩めたら下がるよな?」
そう、同意を求める。
「あれ?」
そういえば彼女は車を出たっきりだ。
ヘッドライトが作りだす、真正面の2つの光の円柱の中には彼女は見当たらない。後部の赤いボーっとした輝きの中にも人影は見当たらない無い。
「お、おい。香奈? ど、どこかな?!」
少し冗談ぽく言ってみるが、どこからも反応が無い。気分も晴れない。気持ち、パラパラと何かが崩れるような音がしたが、それ以上、周りの状態はわからない。
「なあ、冗談だろ? 隠れているんだろ?」
慌てて、室内灯をつける。ガラスに映った自分に少し驚きながらも、運転席の扉をそっと開け声をかけてみる。
「カナ?」
降りようとした時、異変に気が付いた。
「! 無いっ!」
運転席から降りた先にもう道なんて無かった……。
「ええっ!」
男は慌てて、扉を少し開けたまま、そのままブレーキを離す。クリープ現象でゆっくり下がり始めるはずだ。
しかし、動かない。
パラパラと言う音が少し大きくなってきた。男は慌ててアクセルを軽く踏む。エンジンの回転数はアップし唸る。しかし、一向に位置は変わらない。
「なんでだ?」
サイドブレーキも外れている。ブレーキも離している。ギヤもRに入っている……、いや……
「あれ? Nになっている」
慌ててRに入れる。ギャっというギアの擦れる鈍い音と共に一気に下がり始めた。慌てて、アクセルを緩める。後ろを見てみるが、霧のせいか、そこはぼんやり赤いだけだ。後ろになにがあっても気がつかない。そう、なにが居てもだ……。
前方でなにが起きているかなんてわからない。とにかく後方に下がり続ける。ここまでは直線だったらしく、ハンドルを固定し、まっすぐに下がるだけで、道の真ん中をキープできた。
しばらく下がった時、
ガツン
と言う音と共に車は止まった。
よくみると、道の真ん中に置かれた架設のガードレールに当たったようだった。昼間白いそれは、赤いテールランプで赤くボーっと光っていた。
男は、一段と怖くなり、サイドブレーキを引き、運転席側の扉を閉め、窓を閉め、そして、音楽のボリュームを上げ、へたくそな歌を歌い続けた。ゆっくり空が白けるまで……。
陽が昇り始めた頃、おそらく土砂崩れは下の方まで続いていたのだろう。すぐに役所の者が二人、車で駆けつけた。その時、まだ、男は締め切った車の中で、脅えているのか笑っているのか分からない顔で歌っていた。ただ、既に声は枯れ、お経のようだったという。
男は、役所の者が前を通った時に我に返った。慌て、音を止め、エンジンを切って運転席の扉を開け飛び出てきた。
「君、大丈夫だったかね」
役所の者の一人が声をかける。
「カ、カナ?!」
そう言って崖の方にふらふら歩む。
「待ちたまえ」
男は少し歩いて県道がどうなっているか、わかった。男が見た「!」マークの表札なんてもう無かった。
男はその場にへたり込んだ……。
「大丈夫かね」
「カ、カナが……、落ちた……!?」
そう呆然とするだけだった。その時、また、雨がパラパラと降り出した。役所の者は急いで現場の写真を数十枚取り、男を役所の車に乗せ、男の車は放置し、下山した。
男はそのままアパートに送ってもらった。足に力が入らず一人では歩けていなかった。役所の者が肩を貸しやっと部屋にたどり着いた。
「大丈夫かね」
「あ、はい」
「後で事情聞かせてもらうから……。怖い目にあったみたいだけど、通行止めの中に入ったんだからしょうがないよ、君」
「はい、すみません」
少し焦点が定まっていない。役所の者は心配しつつ、まずは崖崩れによる被害の情報収集に戻っていった。
男はしばらくの間、薄暗いアパートのベッドの上に座り、ぼーっとしていた。しかしふと思い出す。
「あれ? なんでオレはあそこに行ったんだっけ?! え? 通行止めの中?!」
ぼんやりして思い出せない。その時、アパートの扉を叩く音が聞こえた。
ドンドンドン
そして聞いたことある声。
「にいちゃん、大丈夫?」
妹の秋絵の声だ。玄関の扉の鍵はしていなかったらしく、すぐに扉を開けて入ってきた。アキエは、すこし雨に当たったらしく、少し濡れていた。
「役所の人に聞いたよ。にいちゃん、なんであそこにいたの?」
「んー? どこ?」
「あの県道、三年前の土砂崩れで通行止めになっていて、廃道でしょ」
「え? ……そうだっけ?」
「私、もう一度役所の方に行って来るから」
「大丈夫なのか?」
「うん、教え子達の安否を確認しなきゃ」
アキエは小学校で先生をしている。そのアキエの先輩がカナだった。
三年前、あの県道を走っているときに、崖崩れで未だ行方不明だ。
「あれ?」
男は、ゾッとした。
「さっきまで会っていたのはカナじゃないのか?」
そういえば気が付いたら、助手席で寝ていた。そして急ブレーキで起こされた。
「もう一度会いたいって言ったのは、あなたでしょう?」
部屋の奥の暗がりからゆったりした声が聞こえてきた。
「!」
泥だらけのカナだ!
ニヤッと笑うクチの中からは砂利が覗いていた。
「うわーーーーっ」
男は慌てて外に飛び出す。裸足のままだ。
妹のアキエは車に乗り込むところだったが、その声を聞いて慌ててかけ戻ってきた!
「どうしたの、にいちゃん!」
男はただ、部屋の中を指差していた。アキエは兄のその脅えた顔を見ながらも、勇気を出してゆっくりと扉を開けた。
「え? なんで……」
部屋の奥の暗がりには土砂がただ、堆積していた。そしてその上には男とカナの二人の写真が刺さっていた。
◇
カナは3年前、男に会いに来るためにまだ健在だったあの県道を走っていた時に、崖崩れに巻き込まれた。当時の捜索では車も遺体も発見できなかった。
当時、男は、自分が呼び寄せたせいと大変落ち込んでいた。
結局崖崩れの規模が甚大のため、その道を封鎖し廃道とし、別のところに敷いた新道が昨年開通したところだ。
今回の崖崩れの捜索で、3年前行方不明になったカナは車ごと崩れた中から発見された。不思議なことに、遺体の周りだけ土砂が無かった。
男は
「昨日、カナにもう一度会いたいって、ただ、そう祈っただけなんだ……」
と言う。
ホラーは初めてだったので、ホラーになってたでしょうか。私自身、亡くなった人に会いたいと思うことが多くなってしまい、それでこんなことが起きました……否、思ってしまいました。
一緒に車で落ちなかったり、ギアをDにしないあたり、彼女の優しさが残っていたのかも知れません。
最後まで読んでいただきありがとうございました。