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エリカ  作者: 笙子
ラカン女王国ーサバイバル編
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08.新しい靴は遠出には向かない

見つめ合ったのは一瞬だったが、恐ろしい獣の姿が目に焼き付くには十分だった。

獣は鋭く一声あげると、まっしぐらにこっちへ向かって駆けてくる。


声を聴いた瞬間、固まっていた体がばね仕掛けのように動きだし、必死でまた木を登りだした。


慎重さをかなぐり捨て、生存本能だけに突き動かされて上を目指す。

感じるのは早まった心臓の鼓動と、全身を流れる熱い、電流のような自分の血液だけだ。


獣が咆哮しながら木に向かって飛びかかった瞬間、その鋭い爪が靴底をかすったのが分かった。



こんなに速く木を登ったのは初めてだ。

かなりの高さまで避難してから、最初に思ったのはそんなどうでもいいことだった。

今までにない速さで木を登り切った私は、震えている自分の手を見つめた。

手は真っ赤に腫れ上がり、あちこちにある傷からは出血していたが、不思議なことに痛みは感じない。

でも、まがりなりにも、冷静さを保てたのはそこまでだった。


震えながら枝に座り込んだまま、額を木の幹に押し付ける。

「夢だって言ってよ。私が何したっていうの」

自分では叫んだつもりだったが、実際にはひどく小さな声が出た。

神様、とつぶやいてから、私はやっと自分が泣いていることに気付いた。



冷たい風が汗を乾かして温度を奪っていく。

体温が下がっていくのに比例してだんだん涙は乾き、私はようやく我に返った。


落ち着いてから拳を握りこみ、恐る恐る下をのぞきこんでみる。

狼は相変わらず唸って威嚇を続け、ぐるぐると木の周りを回っていた。


いったいどうしたらいいか分からない。

私は神頼みをしていた気持ちを潔く捨て、必死に生き残る道を考え始める。


大きな獣を攻撃できるような道具は持っていないし、木の上に追い上げられては逃げる手段もない。

相手もそれをわかっているのだろうか。

油断なくこっちを見ている目は、絶対に逃がさないとでも言いたげだ。


恐怖に染まり切っていた心の中に、ふと強い感情がこみ上げてくる。

それが自分がひどく理不尽に、餌にされることへの怒りだと分かったが、私にはどうしようもない。

こんなひどいことがあるだろうか。

一体どこかわからない森の中で遭難するだけでも大変なのに、あんなに大きな狼にまで狙われるなんて。

最悪、と思わず吐き捨ててしまう。

でも、私は間違っていた。




にらみ合う私たちの真剣勝負が広がる中、新たな乱入者が現れた。


最初は、熊だと思った。

大きくて、黒くて、毛むくじゃらで、森にいるならばそれは熊だ。

狼の背後の木立のなか、突然現れた熊をあっけにとられて見つめてしまう。

狼も私に一拍遅れて、新しい存在に気付いたらしい。


熊は驚くほど身軽に木立を飛び越え、私たちの前に堂々と立った。

黒い大きな獣の全体を見て、思わず絶句してしまう。


大きく突き出して、ワニのようになっている口。

異様に長く、三本目の足のようになり巨体を支えている尻尾。

そして顔の真ん中についた、たった一つしかない眼。


熊なんかじゃない。あれは化け物だ。

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