07.暫定エサ候補
しばらく進んでいったあとで、まず最初に変わってきたのは匂いだった。
周囲の景色は昨日歩いた乾いた森と同じでも、空気の中に漂う土や木の匂いが強くなってくる。
少し森にも慣れてきたらしい。
不安に駆られて歩き回っていた昨日と比べて、土の地面を歩くのに慣れて早く移動できるようになっている気がする。
だんだんと歩くことに集中しなくてすむようになり、自然に頭は別のことを考え始める。
なぜ、私はここにいるのか。
この森はいったいどこなのか。
そもそも本当に誘拐されてここに来たのか。
考えれば考えるほど、妙なことばかりが気にかかる。
例えば、気が付いたときに服が濡れていなかったこと。
あのときは周囲の状況を考えるのが精いっぱいで、服のことなど考えもしなかった。
でも、確か気絶してからそれほど時間は経っていなかったはずだ。いくらこの森が乾燥していても、服が完全に乾いていたのはどう考えてもおかしい。
川に落ちたはずなのに、腕時計まできちんと動いていた。
それに、歩いてみて分かったが、この森は深い。
車どころか、人が歩いた形跡も見当たらなかった。
いったいどうやって、私をこんな山奥へ放置したのだろう。
本当に誘拐なのだろうか。
それにしては、変な点が多すぎるような気がする。
第一私の家はどこにでもある中流家庭で、お金なんかない。
私を誘拐しても、何のメリットもないのに……。
答えの出ないことが多すぎる。
私は意識を取り戻した時よりも、ずっと混乱していく自分を感じながら歩き続けた。
次第に匂いだけでなく、景色自体が大きく変わってきた。
辺りの木の幹は濃い茶色になり、モスグリーンの葉が多く生い茂っている。
よく観察すると、黄緑色の若葉まで生えている気もあるようだ。
土も乾燥気味とはいえ、もうヒビは見当たらなかった。
それに、どうやら動物の数も増えているらしい。
何種類もの鳥の鳴き声がひっきりなしに聞こえ、まるで音楽を聴いているようだ。
この辺りには水があるに違いない。
久しぶりに満足いくまで水が飲めるかもしれないと、嬉しくて足が自然に早まってしまう。
ふいに、鳥の声がぴたりとやんだ。
それに違和感を感じて思わず立ち止まる。
自分の息さえ聞こえるような静寂が、一瞬私を包み込んだ。
その静けさの中、がさり、と小さな物音が後方から聞こえた。
なぜそんな行動をとったのか、よくわからない。
静寂を破る一つの音を聞いた途端、私は近くの木に必死でよじ登っていた。
登り始めてしばらくすると、がさがさという音は遠慮するのをやめたように、大きく聞こえてきた。
それが大きな獣の立てる音だと気付いたのは、獣の姿が見えるようになる直前だった。
木陰から現れたのは、狼だった。
あれは犬じゃない、と姿を見た瞬間に悟る。
鋭い牙、俊敏でかつ強靭そうな手足、なによりも獰猛な瞳。
私が四つん這いになったよりもはるかに大きいだろうその獣は、硬直する私を見据えた後、にやりと笑ったように思えた。