06.おすすめは鉄棒
木のぼりは少しだけ経験がある。
小学校2,3年のころは学校で、校庭の裏手にあった大きな木に登るのが流行っていた。
私も友達と何回か挑戦して、そのたびに上の枝まで登っていたことを覚えている。一番に上にたどり着くことはめったになかったが。
でもその分慎重に登っていたので、怪我をした回数は他の子に比べてずいぶん少なかったはずだ。
その時のことを思い出しながら考える。木のぼりってこんなに大変だっただろうか。
当たり前だが当時の何倍にもなった体重を、自分一人の力で持ち上げなければならない。
できるだけ身軽に登りたいが、普段運動をろくにしていないので腕や足の筋肉がきりきり痛み、とても素早くなんて登れない。
せめて体育をもっと真面目にやっておくんだった、と後悔しても後の祭りだ。
おまけに、余分な服を脱いでおいたにもかかわらず、次々と汗が湧いてきてうっかりしていると手が滑りそうになる。
ある程度の高さからは落ちることへの恐怖も強くなってきて、私は子供のころより何倍も慎重に、そして真剣に登っていった。
それでも何とか登れたのは、足を置く場所や手をかける場所が、節くれだった幹のおかげで多かったことが幸いしたらしい。
「ひえ……」
思わず声が漏れる。
何とか周りが見える高さまで登って、初めに感じたのは恐怖だった。
落ちたらかなりの確率で死ぬだろう高さに、命綱なしでいると思うと背中に冷や汗が伝う。
下を見ちゃいけないと言い聞かせ、必死で気持ちを静める。
だめだ、ここまで来て怯えていては、何のために登ったのかわからない。
木登りの苦労を無駄にしてたまるもんか、と私はありったけの勇気を振り絞って周囲を見渡した。
広く見える景色に慣れると恐怖は和らぎ、水場を探すという本来の目的を思い出す。
高く登っただけあって周囲がよく見えたが、川や池のようなものは見当たらない。
落胆しながら自分が来た方向を確かめると、やはり全体的に黒っぽい、乾いた印象の森が大きく広がっている。
せめて違う方向に、青々とした木が生えている場所はないだろうか。
懸命に探すがそれも見つからず、途方に暮れる。
どうしよう。水場が見つからなければ、助かる可能性はほとんどなくなってしまう。
木の上で焦りながら周囲を見渡すと、一つのことに気付いた。
左下に広がる森より、右下に広がる森のほうがやや緑っぽい。
これは……もしかして、右手の森のほうがまだ水があるということじゃないだろうか。
直接水源を見つけることはできなかったが、私は右手の森へ向かうことを決める。
たしか、今見えている向きからすると、左は昨日歩いてきた森のはずだ。
どうやら進んできた方向自体は正しかったらしい。
自分の強運に感謝しながら、右手の森のほうへ進むことを決めて、木を降りはじめる。
「どうせ行くなら黒い森より緑の森のほうがいいしね」
そうつぶやくと、まるで同意を示すように風に吹かれた葉が音を立てて揺れた。