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エリカ  作者: 笙子
ラカン女王国ー縦断編
35/36

35.豪華客船の旅

風に混じって届く潮の香りと海鳥の声が、海の存在を知らせる。


その予感にたがわず、淡い木立を抜けて道が開けると、弧を描いた白い砂浜、規則正しく打ち付ける波、優雅に旋回する海鳥というまるでポストカードのように爽やかな景色に歓迎された。


ポストカードと違うのは、低い気温と冷たい風が一緒に私達を出迎えたことだろうか。


真珠を砕いたように美しい砂浜を目でたどると、先に町と沢山の船がある。

町は煉瓦仕立ての可愛らしい家が、こじんまりと集った小さなものだ。

それに対して港には、大きなマストの優雅な帆船や、魚介を取った網を載せた小舟など、様々な種類の船がついている。



「出港には余裕で間に合いそうですね」

懐から取り出した小さな円盤を確かめた後、ティザさんは身軽に虎から降り立った。


「今から船に乗るんですか?」

つられて腕時計を確認して尋ねる。

時計は午後3時半を指していて、ほぼ3時間虎の背に乗っていたことが分かった。


「ええ。今日の夜にはマリシャへ着けます」

ティザさんはそのまま手綱を引いて、港へと歩を進める。

虎はまるで“落ちるなよ”というように私を見上げた後、従順に主人について歩き出した。


「マリシャはラカン女王国の北西に位置する都市で、海洋貿易の一大拠点です。

各国の珍しい品がそろうので、観光地としても人気ですね」

これから船で渡る地を、ティザさんが軽く解説してくれる。

観光地っていうと、すごく賑やかで楽しそうなイメージだ。


「楽しそうですね」

ワクワクしながらそう言うと、期待でいっぱいの私の顔がおかしかったのか、ティザさんはふふっと笑い声をあげる。

ここまで元気に走ってきてくれた虎も、主人に合わせてがうっと嬉しげに鳴いた。




「次のマリシャ行きへ乗りたいのですが」

街中を通らず直接港へたどり着いたティザさんは、まるで祭りの夜店のような、簡易な造りの店に迷わず足を運んだ。

つるりとした頭髪と、それに反して豊かな髭を持つ店の主人は、胡散臭そうに私たちを見つめてくる。


「悪いがマリシャ行きは埋まってるよ。明日のフィベル経由なら空いてるがね」

髭は店の奥に陣取ったまま、放り投げるように言葉を返してくる。

「もっとも、少し高くなるが」

そう付け加え、店主は値踏みするような目線を送った後、はんっと鼻で笑った。


なんか感じ悪いな、とむっとする私に反し、ティザさんは無礼な態度に少しも動じず、まるで返事が聞こえなかったかのように笑顔を崩さない。


「次の船に魔女2名、虎1匹でお願いします。」

ティザさんのその言葉は、にやついていた店主の顔色を変えた。


「ま、魔女様! これはとんだ失礼を!」

そう言って文字通り飛び上がり、真っ青になってあたふたとデスクの引き出しを開ける。

店主はクシャクシャになった冊子を取り出すと、慌てて何か書きつけてページをちぎり、ティザさんに手渡した。


「ご苦労様です」

ティザさんは冷やかにそう言うと、震えている店主の手から紙切れを受け取って、銀貨を3枚主人に渡した。

店主は何度も頭を下げ、魔女様とは知らず、とかなんとかモゴモゴ言い続けている。

店を出てしばらくしても、店主は深く頭を下げたままだった。



「あの、もしかして、魔女って地位が高いんですか?」

正直言って今まで、魔女という職業について真剣に考えたことはなかった。

でも考えてみると、神殿でもティザさんは様付けで呼ばれていた。

何より今の店主の反応からして、魔女はとても恐れられているようだ。


「地位が高い、と言いますか……才能がものをいう世界なので、敬われはしますね。

ですが魔女は都市に集中するので、田舎では恐れられがちです。今の店主のように」

そう言ってティザさんは苦笑した。


その苦笑を見て、何となく察してしまう。

多分日本でのお医者さん信仰みたいに、魔女は職業でのイメージが強いのだろう。

どこの国でも同じようなことがあるもんね、とつい頷いてしまった。




「あれが今から乗る船です」

そういって指さす先を見ると、マストを煌めかせた美しい帆船が入港してくるところだった。

「すごい、本物の帆船だ」

思わず声を上げてしまう。

錨が王冠のような波しぶきをあげる中、ロープが何本も港に渡されて固定された。

周りの船がおもちゃに見えるほど大きくて立派な船だ。


木製の移動式になった階段を使い、船へと登る。

赤い絨毯が敷かれた階段は、虎がゆうゆうと登れるほど大きなものだ。

デッキにつくと、すぐに係りの人に案内されて、船中の個室に通される。


ドアプレートには一等個室、と誇らしげに掲げているだけあって、部屋はとても豪華だ。

磨き上げられた黒檀のデスク、棚に飾られた数々のお酒、活けられた大輪の花々、なによりふっかふかの2脚のソファ。素晴らしい。


「ごめんなさい、横になってもいいですか?」

何時間も虎に乗っていたせいで、足腰の感覚がほとんどない私は、恥ずかしさを押し殺してティザさんに尋ねた。

ティザさんが頷き、勿論どうぞと言ってくれた瞬間、ソファに倒れ込む。

行儀が悪いのは百も承知だけど、疲労の前には理性なんて何の役にも立たなかった。

泥の中へ沈むように、睡魔に襲われて意識が遠のいていく。


「おやすみなさい、エリカさん」

その声と、上着をかけてくれるティザさんの手が、ふと家族を思い出させた。

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