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エリカ  作者: 笙子
ラカン女王国ー魔女試験編
34/36

34.答辞はシンプルにまとめよう

花壇の近くに小包を抱えたジーナさんの姿が見える。

同じようにジーナさんも私達に気付き、微笑みかけてくれた。

ちょうどマルスさんも正門から入ってきて、軽く手を振っていた。


笑いながら駆け寄ろうとした時、信じられないものが目に入って笑顔が凍る。

同時にひいい、という息に似た悲鳴が口から飛び出した。



マルスさんの背後から、3メートルはある虎が入ってきた。

ゆうゆうと白い小路を進み、上機嫌にこちらに近づいてくる。

対して私は、気絶こそしなかったが、血の気が引いて自然に足が震え出してしまう。

蒼白になった私の肩を、ティザさんがぱっと支えてくれた。


「大丈夫、あれは私の虎です。人に危害は加えません」

ティザさんは落ち着いた口調でそう言い、私の肩を抱いてどんどん虎に近づいていく。

虎は確かに人に慣れているようだ。威嚇する動作もせず、じっとこちらを見つめている。


恐怖で固まる私ごと虎に向かい合い、ティザさんは優しく頭を撫でた。

虎は気持ちよさそうに目を細め、もっととねだるようにティザさんの手に顔を擦り付ける。


「本当によく慣れていらっしゃる。こんなにおとなしい虎は珍しいですね」

マルスさんはそういって、手綱をティザさんに手渡した。

今まで恐ろしく鋭い牙や、黒い縞が入った黄金の毛並に目を奪われていたため、虎が茶色の鞍を付けていたことにそこで初めて気づいた。

虎は革製の鞍以外にも、荷物を背の両側に下げている。


まさか、と思った瞬間、ティザさんは虎の背に飛び乗った。

虎は主人を乗せたことが嬉しかったのか、グルグルとうなり声を上げた。


「エリカさん、私の前に座ってください」

回れ右して駈け出そうとすると同時に、ティザさんの声が飛ぶ。

私の声にならない悲鳴を無視して、ティザさんは驚くほどの力で私をぐいっと引っ張り上げた。


「ティ、ティザさん」

思わず名前を呼んでティザさんの腕にしがみつく。

鞍の上で引っ付くと迷惑だと分かっているが、虎の上で落ち着くなんてとても無理だ。

ティザさんは私の背を安心させるように、ぽんぽんと叩いてくれた。

申し訳なさが募るけれど、恐怖はちっとも減ってくれない。



「首都へは長旅になるから、道中気を付けるのよ。

魔女様の言うことをよく聞いて、いい子でね」

いつの間にかそばにいたジーナさんが、半泣きの私にそう言って小包を渡してくれた。

マルスさんはジーナさんの肩を抱き、少し寂しそうに微笑みかけてくれる。



2人の微笑みを見て、こんなことをしている場合じゃないと我に返った。

だって、きっと2人にはもう会えないから。


今は、異世界に来て初めて助けてくれた人と、ちゃんとお別れしなくてはいけない時だ。


「マルスさん、ジーナさん、ありがとう」

虎への意識を切り替えて、できるだけ2人をしっかりと見つめる。


「助けてくれて、本当に嬉しかった。ありがとうございます」

頭を下げ、感謝の言葉を異世界語で紡ぐ。

最後は自分の正体を隠すための日本語ではなく、相手の言葉で感謝を伝えたかった。



2人が目を見開く。私がこっちの言葉を喋れたのかと驚いているんだろう。

どう説明しようか、と迷った時にティザさんが口を開く。


「エリカさんが、どうしても自分でお礼が言いたいというので、私が大陸語を教えたんです。

私からもお礼を言います。この子を保護していただいて、本当にありがとうございました。」

自然な口調でそう言い、ティザさんは2人に向かって頷いた。


それを聞いたジーナさんの目から涙が零れ落ちる。

マルスさんはジーナさんを支え、小路の後ろに下がった。




ティザさんが軽く手綱を引くと同時に、虎が勢いよく走りだす。

白い小路を力強く蹴り、重厚な門をくぐって神殿の外へと駆けていく。


あっという間に優しい2人の姿は見えなくなり、強固な塀が目立つ神殿も小さくなっていく。

強く吹き付ける風のせいか、それとも別れの寂しさのせいか、鼻の奥がツンと痛んだ。



“あまり泣いてはいけないよ”

ふと、メッセージカードの文句を思い出す。

私は強い風に構わず、目じりに浮かんだ涙をぐっと拭い去った。


まるで、あのどこか艶のある、ベルフェゴールの声に答えるように。

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