33.入試スキルを振りかざせ
ほぼ半分のページを読み終わり、一息ついて目線を上げる。
この魔導書は基礎というだけあって、かなり噛み砕いて魔法を説明している。
全く初心者の私でも、なんとか理解できるほどだ。
腕時計を見ると、まだ正午まで間がある。
ティザさんが来るまで暇な私はノートを開き、必要な箇所をまとめることにした。
「まず、魔法そのものについて。
『魔法とは、各個人が持つ魔力を一定の形に収束し、切り離して外部へ出力したものの総称である。
ここで魔方陣は自身の魔力を外部へ導くものであり、詠唱呪文は魔力の扉を開き、出力を決定付けるものである。
また、魔法の威力、回数、持続時間は込められた魔力量に比例する』って書いてあるけど……」
正直言って分かりにくい。
でも複雑なら、単純化すればいいだけだ。
日本で沢山の宿題に苦戦した過去が、思わぬところで役に立つ。
「多分これ、アルコールランプみたいな関係よね。
体を瓶として、アルコールが魔力。芯にある紐が魔方陣で、マッチが呪文。
これで火をつける、つまり魔法を使うことができる」
ノートにアルコールランプの絵を描いて、対応する箇所に体、魔力、魔方陣、呪文、と書き込んでいく。
「そして、魔力の量は人によって違っていて、量が多い人は強い魔法を沢山かけられるってことか」
さっきの絵の隣にアルコール量が多いランプを描き込み、赤ペンで火を大きく派手に描いた。
うん、こっちの方がぱっと見て分かりやすい。
「次に魔法の属性。
えっと……簡単に言うと、炎、水、地、風、雷、光、闇、重、念、魔の10種類か」
魔導書の属性の欄には葎火、繻水、后土など難しい属名が書かれているが、そんなものまで覚えていたら時間がいくらあっても足りない。
潔く省略して、ノートに手早く綴っていく。
「重属性は肉体強化の魔法。
念属性は文字通り念動力。
で、魔属性がどれにも当て嵌まらなかったものの詰め合わせってわけね」
分かりにくかった属性には、軽く説明書きを付け加えておく。
よし、こんなものでいいだろう。
ノートと魔導書をバックにしまい、荷物の整理をしながら考える。
今まとめた部分は、あくまで魔法の土台になる知識だ。
つまり私は今、魔導書の最初の部分を軽く写しただけであって、魔法が使えるわけじゃない。
「……もっと勉強したいな」
日本にいた時には考えられなかったことだ。
勉強なんてテスト前にしぶしぶするもので、進んでやりたいものではなかったのに。
でも今は、一刻も早く魔法が使えるようになりたい。
異世界で自分の身を守るため、というより好奇心からそう思った。
荷物をまとめ終わった時に、ティザさんが扉を開いた。
旅支度の大荷物で来るかと思っていたのに、とても身軽な格好だ。
「仕度できましたか?」
ティザさんは朝着ていた服に、暗い藍色のローブを羽織っただけだ。これから外に行くのに、寒くないのだろうか。
「はい。あの、神殿を出る前に、お世話になった人へ挨拶に行ってもいいですか?」
出発する前に、マルスさんとジーナさんへお礼を言いたい。
森の中から助け出し、面倒を見てくれた人だ。感謝してもしきれない。
「大丈夫ですよ。2人なら庭で荷を用意してくれているので、すぐ会えます」
ティザさんは私が誰に会いたいかわかっているらしい。
きっと神殿側から私が来た経緯を聞いているんだろう。ありがたくお礼を言って、一週間お世話になった部屋を後にした。
玄関から外に出ると、白い雲がのどかに浮かんだ青空が広がっている。
ゆるやかな風が吹いていて、おろした髪をさっと梳っていく。
心地いい天気の中、階段を下りる途中で強い花の香りがした。
階段の下に、来るときにも目が留まった立派な白梅が咲いている。
これが初代女王の象徴で、神殿で祀られていると知った今、木は気高く咲き誇って見えた。




