31.エメラルドとクレオパトラ
「この図を見てください。天使と悪魔の戦いが描かれています」
ティザさんは手に取った本を開き、ページを埋める大きな図を示した。
白い翼の美しい天使と醜悪な悪魔が対峙し、互いに武器を向け容赦なく戦っている。
「この世界には約2500年前まで、天界におわす神と天使達、そして冥界を司る冥帝と悪魔達の争いがありました。
現在では神が勝利を収め、天使が人間界を守護しています。ですが戦中は人間界で陣地争いが行われました。
一時は悪魔が多くの土地を支配し、さながら地獄が地上に描かれたこともあります。
人間は悪魔や魔物におびえ、天使に守護された大陸で過ごすほかありませんでした」
「ラカンは大小の島々が集まって作られた国です。
守護を受ける大陸から離れており、温暖で地も豊かだったため、一時は悪魔の本拠地として蹂躙されました。
ですが初代女王は、人並み外れた魔力で悪魔を焼き払い、人々を救ってラカンを平定したのです」
「初代女王の活躍を契機とし、冥帝の戦況は悪化の一途をたどり、ついに悪魔とともに冥界へ引き返しました。
神は女王の助力に深く感謝し、返礼としてラカン国民が初代女王を女神と崇めることを認めます。
それ以来、ラカンは代々女王を頂き、繁栄の冠を外したことはありません」
ティザさんはページをめくり、白い衣装ときらびやかな王冠をまとった女性の絵を見せた。
王冠には宝石とともに白い花がちりばめられ、可憐な雰囲気を醸し出している。
長い黒髪を流して清楚な衣装を身に着けた女性は、偉大な女王様というより愛らしいお姫様のようだ。
「初代女王は花を愛した方で、白い花が特にお好きでした。
最も愛したとされる白梅は、女王の象徴となり信仰の対象です。
この点から、初代女王は花女神とも呼ばれ、現在でも王族の女性には花の名前が付けられます」
「今日の女王陛下は、初代から数えて145代目です。
女王家には初代の血を継ぎ、強大な魔力を持つ姫様方が誕生しています。
この花女神の聖なる力を受け継いだ姫を、我々は聖花と呼んで敬い、慕っているのです」
女王家の話をするティザさんの頬は上気していて、とても女王家を敬愛しているのが分かった。
この様子を見る限り、きっと国民から愛されている女王様なのだろう。
「その、聖花というお姫様たちが、一番強力な魔女なんですか?」
もっと詳しく教えてほしくて、確認の意味で尋ねる。
「ええ。聖花は魔女の中でも最高位です。
ただ、王族の女性であれば多くの場合魔力を持ちますが、聖花と呼ばれるにはそれだけでは足りません」
「聖花は、成長する中で花印という花の形をした痣が体に現れます。
それは女神の力を受け継いだという証で、この痣を持つことによってより強力な魔法が使えるようになるのです。
ただ魔女と言っても、聖花は普通の魔女とは比べ物になりません。天使や悪魔に匹敵すると言われています」
ティザさんはそういって、慎重な動作で示していた本を閉じた。
「その聖花なら、私を元の世界へ帰せますか?」
緊張しながら、一番聞きたかったことを問う。
今の話は壮大すぎて飲み込み辛いが、重要なのは強力な魔女がいるってことだ。
天使や悪魔ぐらい強いのならば、私を日本に帰せるかもしれない。
「いえ、いかに聖花といえども、異世界召喚を行うのは難しいと思います。
ただ、直接行うことは不可能でも、詳しい情報を持つ聖花はいるかもしれません。
助力を願えれば大きな力になるでしょう」
私がそう聞くのをわかっていたように、淡々とした口調で答えが返ってくる。
ティザさんの瞳は同情的だ。帰還は簡単ではないと、私以上に分かっているのだろう。
でも、どんなに難しくても。私は絶対にあきらめない。




