30.二つ名はメモ魔
「さあ、それでは魔女修業を始めましょうか」
ティザさんはそう言って、にっこり笑いながらデスクの上に本を並べた。
一冊一冊が辞書並みの厚さの上、十数冊はある。
小さめのデスクが、ぎいぃっと可哀想な音を立てて軋んだ。
森での狩りの後、私たちは無事に神殿まで戻ってきた。
私は初めて見た狩りに圧倒され、ティザさんは疲れていた様子だったから、無言で寒さに冷え切った帰還だ。
それが部屋についた途端、ティザさんは生き生きとして、隣の一室から本を持ち込み始めた。
不思議そうな顔をする私に、「魔法について軽く説明します」と言って準備をしていたけれど、この状況を見るに軽い説明で済む気がしない。
でも、しっかり説明してもらえる方が、私には具合がいい。
この世界では魔法はポピュラーらしいし、よく理解しておかなきゃ後々痛い目に合うだろう。
私は頷き返し、高校のどんな授業よりも真剣にノートを開いた。
「まず、魔力について説明します。
魔力を持つ人間自体は、この世界では珍しくありません。割合としては、10人中1人といった所でしょう。
男女関係なく、微量な魔力を持つ人間は多く存在するのです」
「ですが強い魔力を持つ者は、ラカン女王国では女性にしか存在しません。
この者達が魔女と呼ばれ、魔女連盟に所属し魔物を狩ります。
魔物を狩ることで、連盟から報酬が支払われますし、自身の魔力も強化されます。
言わば、魔物狩りは魔女にとって、仕事であり魔力の食事なのです」
そう言ってメモを取る私の様子を確かめ、ティザさんは話を続けた。
「次に魔法ですが、魔法には属性が存在します。
魔力が十分にあれば、一応どの属性であっても使えます。ですが得意不得意は人によって大きく異なりますね。
例えば私は風の魔法が得意ですが、炎属性はまるでダメです。
ですので魔女修業では、自分に合った属性を見つけることが大切です」
最後の一文を強調して言い切り、ティザさんは綺麗な青い瞳を輝かせた。
楽しげに説明する姿は、ティザさんが学者肌の人間だと示している。
「あの、属性ってすぐに分かるものなんですか?」
お行儀よく手を挙げ、疑問に思ったことを聞く。
話の腰を折るのは気が進まないけど、話についていけなくなる方が怖い。
「普通は一通り試してみて、一番肌に合ったものを磨きます。
ですが、エリカさんの場合はこれには当てはまりません。
試験の際、お告げがあったのを覚えていますか?」
ティザさんの語り口が熱心になる。多分これが話の核なんだろう。
忘れるはずもない。あのよく分からないお告げのせいで、私が異世界人だとばれたのだから。
「『行く先は地獄なれども、ゆめ怯むな
大気の衣をまといて妖を裂け
元の世界には、戻れなし』……でしたよね?」
そのせいか、自分でも驚くほど正確に暗唱できてしまう。
ティザさんは満足そうに頷いた後、まるで内緒話でもするように声を潜めた。
「お告げはとても神聖で、それ自体が強力な魔力を持っています。ゆえに常に正確なのです。
文中に『大気の衣』とある点から見て、エリカさんは大気属性、つまり風や圧力の魔法に恵まれていると思われます」
お告げ、という日常から遠い言葉なのに、ここでは大きな意味を持つらしい。
その証拠に、ティザさんは自分の仮説に自信満々だった。まるで疑いの余地はない、とでも言うように。
でも現代日本から来た私は科学の申し子。お告げに全幅の信頼なんて寄せられない。
「すみません、説明が足りませんでしたね」
実感がわかずに困惑する私を見て、ティザさんが慌てて授業を再開する。
「お告げというのは、ラカン女王国の守護女神による予言の一種なんです。
ラカンは建国以来、初代女王を守護女神として栄えてきました。
今日でも女王家には女神の血が流れ、強力な魔女が数多くいます」
そう説明するティザさんはどこか誇らしげだ。
話の流れからして、女王家は日本で言う皇族みたいなものなんだろう。
「あの、もっと詳しく聞いてもいいですか?」
興味がわいて、ついリクエストしてしまう。
ティザさんはぱっと華やかな笑顔になり、頷いて一冊の本を手に取った。
嬉しそうなティザさんの笑顔を見て、ふと胸が痛む。
理由はすぐに分かった。私が純粋な好奇心から尋ねたのではないからだ。
強力な魔女が沢山いるなら、もしかしたら誰か1人ぐらい、私を日本へ帰せないだろうか。
そう胸が痛むのを、そっと見ないふりをした。




