28.文化祭で十分
カリーティザさんから多くのことを聞き、自分がどうしてここに来たのか理解した私は、部屋で一人になった後、呆然としながら横になった。
瞳を閉じ、どうやら大変なことに巻き込まれたらしいと実感する。
同時に、今後のことを考えないと、と理性が言うのに構わず、ひどい疲労感が襲ってきた。
慣れない魔法の試験を受けたことや、魔女や悪魔の話が効いたらしい。
ほとんどすぐに眠ってしまった。
夢も見ずに爆睡している私の部屋に、カリーティザさんが来たのはまだ星が出ている時間だった。
この世界には電気なんて便利なものはないらしい。カリーティザさんは蝋燭が揺らめく銀の燭台をデスクに置くと、私に森に行く準備をするように言った。
私に拒否権があるはずもない。
しぶしぶ渡された服に着替えたが、コートと靴だけは元の世界のものを身に着けた。朝は寒くて、とても防寒具なしでは出られない。
ティザさんは簡易な白シャツと紺色のパンツ、それに膝まである黒いブーツを履いていた。
でもファッションで一番目を引いたのは、腰に下げた二本の剣だ。
両方とも長さはないが、とても使い込まれていることは一目でわかった。
ああ、嫌な予感がする。
神殿を正門から抜け、マルスさんやジーナさんと歩いた道を逆にたどって森へ向かう。
まだ時間が早すぎるせいだろう、人っ子一人見えず、村も神殿もまるでゴーストタウンだ。
久しぶりに外へ出たのに、周りがさみしすぎて嬉しさは全く感じない。
この調子では、私たちが出会うのは幽霊だけだろう。
夜明けを迎えたばかりの森は、まだ光が十分に差し込んでこない。
前に揺れる長い、柔らかそうなカリーティザさんの金髪だけが、ほの暗い中で控えめに輝いている。
その光を目印にして、驚くほど薄着のカリーティザさんを追う。
森の中で迷子になるのは、二度とごめんだ。
「あの、カリーティザさん。今日終わらせる仕事って、魔物の退治ですよね?」
腰の剣を見て諦めはついたけれど、万が一そうでなければいいな、という気持ちを込めて聞いてみる。
「ええ。今回の相手はさほど手強くはありませんが、油断は禁物です」
やっぱり私の甘い期待はすぐに終わった。
カリーティザさんは、今日は昨日の穏やかな様子と違い、仕事前のせいかどこかピリピリした口調だ。
「それとエリカさん、試験に合格した以上、あなたはもう魔女の一員です。
よろしければ、私のことはティザとだけ呼んでください」
丁寧な言い方だが、どこか声に緊張が混じるせいで硬く聞こえる。
年上の人を呼び捨てにするのは抵抗がある。
でも、相手はこれから大変な仕事をする人だ。
邪魔をしたくない一心で、分かりましたと返してその後は無言で後を追った。
私がマルスさんとジーナさんに拾われた川辺を超え、森の奥へと向かう。
太陽が段々と顔を表し、周りは日の光で満たされていくのに、なぜか次第に森の雰囲気が暗くなっていく。
不思議に思ってほどなく、木が水源から離れ、黒っぽく乾燥し始めているためだと気付いた。
陰気な森を進み行くうちに、妙なものが目に付く。
倒れている木の様子がおかしい。自然に腐って倒れたというより、まるで重機に根元をへし折られたかのようだ。
「魔物はこの辺りを根城にしているようですね。
大きな音を立てず、私から離れないようにしてください」
ティザさんは無残な大木を見て、私を振り返って厳しい声で言った。
こんな怪物に襲われたらたまったものじゃない。
私は黙って頷き、傍へぴったり引っ付いて歩き出した。
魔物にどんどん近づいているのだろう。明らかに痕跡が増え始めた。
木の幹には鋭いかぎ爪の跡がつき、異様に大きな足跡が地面に残っている。
中には獲物が食い散らかされた跡があったりして、私にはほとんどお化け屋敷だ。
ティザさんの背中に顔をうずめるようにして耐えるが、正直言って今すぐ帰りたい。
「この木に登ってください。何が起ころうと、降りてはいけませんよ」
しばらく歩いた後、ティザさんは古い大きな木の真下で真剣に命じた。
「あ、はい。大丈夫です、絶対に降りません」
やった。これで恐ろしい森の中を歩かなくて済む。
目の前の恐ろしい光景と比べて、太くて丈夫そうな木は私に安心感を与えた。
でも間抜けなことに、登り切った直後に魔物は大きな木を倒せるのだから、別に木の上が安全ではないと気付いてしまった。
パニックになって木から降りようとした私に向かい、地面に立つティザさんが掌を向ける。
ストップと言っているのかと思って動作を止めると、ティザさんの掌の前に青い光が集まっていく。
「防御膜を張ります。これで貴方に害が及ぶことはないので、安心してください」
野球ボールぐらいになった光は、ティザさんの掌から離れ、樹上の私に絡みついた。
光の玉はすぐに大きい膜になって私を包み込む。
膜はうすい青色をしているが、周囲の光景は問題なく見える。薄い色のサングラスをかけた時のようだ。
お礼を言おうと口を開いた瞬間、地震のように低い地響きが聞こえてきた。
ティザさんは腰の剣を抜き、強い目で森の奥を見据える。
瞬間、銀の鉤爪を閃かせ、一つ目の化け物が森の奥から現れた。




