27.ランクアップに浮かれるな
悪魔?
何を言われているのか、いまいちピンと来ない。
そう思って呆けた顔をする私に、カリーティザさんは真剣な様子で説明を始めた。
「私たち魔女の主な仕事は、各地に現れる魔物の退治です。
魔物というのは一般に異形の姿をしていて、非常に残忍かつ狂暴な生き物です。
彼らは冥界から現れ、人や農地を襲います。
普通の人間では歯が立ちませんし、軍人でも単独では危険です」
カリーティザさんはそう言って、理解しているか確かめるように、私の顔を見つめた。
一応頷き、聞いていると意思表示をすると、頷き返して続きを話す。
「冥界には、魔物を従える悪魔がいます。
時に人間界へ現れ、人々を惑わし堕落させる存在です。非常に強力ですので、普通の魔女では相手になりません。
そしてベルフェゴールは、数いる悪魔の中でも最高位の一人です。
もし本物なら、あなたを異世界に召喚したのはおそらく彼でしょう」
話を聞くうちに、今までの経験がつながっていく。
きっと森の中で見た化け物が、カリーティザさんの言う魔物だったんだ。
そしてもっと強い悪魔がいて、ベルフェゴールはその仲間で。
悪魔は異世界召喚ができるから、私をこっちに誘拐したのは多分彼の仕業。
……ふうん、全部あいつのせいだった訳ね。
今度会ったときは絶対に、いや、こっちから見つけ出してでも復讐してやる。
「異世界召喚は悪魔の中でも禁呪とされていて、もし行えば過酷な刑が科されると聞いています。
しかしそんな危険を冒してまで、一体なぜ……」
復讐心に燃える私を余所に、カリーティザさんは深刻な表情で考え込んでしまった。
でもどうしよう、これは確実にまずい。
考えたくないけれど、私はただの不審者ではなく、悪魔に召喚された不審者だったわけで。
……やばい、殺されるかもしれない。
「あの、まだ悪魔が私を召還したって、決まったわけじゃないですよね?」
とにかく話をいい方向に持っていこうと、一縷の望みをかけて質問する。
「ええ。異世界召喚は天使にも可能です。
それにベルフェゴールではなく、他の悪魔が行った可能性もあります。
いずれにせよ、人ではない強力な存在が、禁呪を破ってあなたを召還した」
カリーティザさんは、私の目をじっと見つめる。
意外なことに、警戒や嫌悪はそこにはない。あるのはただ、心配し労るような色だけだ。
「首都に戻れば、異世界召喚について資料が見つかるかもしれません。
私の仕事が終わったら、すぐに出発しましょう。
また、危険な存在から狙われないために、魔法の腕を磨くべきです。
道中に教授するので、できるだけ習得してください」
カリーティザさんはベッドから立ち上がり、きびきびと今後の予定を話し始めた。
「私のこと、怖くないんですか?」
思わず問いかける。
でも、言ってすぐに後悔した。悪魔から呼び出された人間が、怖くないわけがない。
カリーティザさんは大人だから、騒がず様子を見ようとしているだけだ。
大事であればあるほど、落ち着いていなければならない。
そんなこと、わかっているのに。
「……怖くはありません」
俯いているのでカリーティザさんの表情はわからない。
気遣わしげな声だけが、耳に入ってくる。
「エリカさん、よく聞いてください」
そう言って、私の顔を両手で包んで優しく上を向かせる。
ベルフェゴールに同じことをされたのを思い出して、思わず怯えてしまった。
「異世界召喚は過去に事例があります。
中にはこの世界に多大な惨禍をもたらした存在もいました。
ですが、同時に大きな祝福を運んだ存在もあったのです」
「あなたが聖なるものか邪なるものか、わかりませんが……あなたは普通の少女に見える。
それに魔力を持っているなら、生かし方次第で人々の助けになれます。
今後学んでいく中で、自分の存在にどういった役回りがあるのか、きっと見つけられますよ」
穏やかな、暖かさをたたえた目が私を励ます。
強張っていた体から緊張が解け、不思議と安らぎに包まれる。
カリーティザさんの真摯な表情から、その言葉が真実だとわかったせいだろうか。
「明朝、迎えに来ます。
明日からは勉強しなければならないことが多いので、大変ですよ?」
いたずらっぽくそう言って、カリーティザさんは立ち上がって部屋を出ていった。




