25.ひよこ魔女
『……しけん?』
聞こえた言葉が意外すぎて、思わず間抜けな声で問い返してしまう。
『ええ。魔力を持つか確かめ、魔女の資格があるか審査します』
そういうと、カリーティザさんは手帳に勢いよく何かを書き付け始めた。
試験。まさかこっちの世界で受けることになるなんて。
でも魔法の知識がない私が、まともに解けるとは思えない。
カリーティザさんは手帳から紙を2枚丁寧に破り、デスクの上に並べた。
半ばあきらめつつ覗き込むと、1枚には不思議な魔方陣が描かれていた。
大きな円の中に直線が何本も走り、縦横無尽に異世界語が書き込まれている。
『その魔方陣を写し取ってください。きちんと正確に』
カリーティザさんはそういって、万年筆を私に差し出す。
慌てて受け取り、白紙の方を引き寄せて試験に取り掛かる。
よかった、写し取るだけなら私にもできる。
インクが薄く使いにくい万年筆で、ざらざらの白紙を埋めていく。
試験というより美術の授業のようだ。
丁寧に書き写して、出来上がりをチェックする。
『できました』
何度か微調整して、納得できる仕上がりにしてから手渡す。
カリーティザさんは太陽の光に透かして、出来上がりをチェックし始めた。まるで職人だ。
カリーティザさんはじっくりチェックした後、満足そうに頷く。
よかった、合格だろうか。
思わず気が緩んで笑顔が浮かんでしまう。
その瞬間、カリーティザさんの手から火花が散り、紙が一瞬で燃え上がった。
丹精込めて書いた答案が灰になっていく。
目の前の光景を、絶句して眺めてしまう。
いくらひどい出来だったとしても、あんまりだ。
『そんな、何も燃やすことは……』
思わず抗議しようとしたが、異変に気づいて言葉を止める。
足元の灰が、シュウウと音を立てて煙を出し始めた。
あっという間に部屋が煙で覆われる。
でも不思議と息苦しくはない。
顔にあたる煙は不思議なことに冷たく、まるで霧のようだ。
どうやら試験は続いているらしい。
驚きの中、そう悟って身を強張らせる。
煙はまるで意思を持っているようで、ゆっくりと収束していき、段々と人の形になっていく。
ほどなく、写されているのは私自身の姿だと気付いた。
ほぼ完ぺきに私の姿になると、煙の人形はゆっくりと目を開き、私を見つめる。
目があった瞬間、人形の瞳が美しい紫に染まる。
『行く先は地獄なれども、ゆめ怯むな
大気の衣をまといて妖を裂け
元の世界には、戻れなし』
人形は、遠くから聞こえるような、悲しげな声でそう告げると、ふっとかき消えた。
どこか憐れむような表情を浮かべて。
床にへたり込んでいると、カリーティザさんが手を貸してくれた。
腰が抜けたらしい。ふらふらと足元が定まらない私を見て、ベッドに腰掛けさせてくれる。
『おめでとう。これで貴方は正式な魔女です』
気遣うように笑いかけながら、カリーティザさんが興奮したように言う。
『素晴らしいですね。お告げを受けるなんて、熟練した魔女でも珍しいんですよ』
嬉しげに言われるが、驚きすぎてありがたみの欠片も感じない。
ほとんど放心状態で座っていたが、だんだん気分が落ち着いてくる。
だめだ、こんな調子じゃ。この世界に早く慣れないと。
『それにしても、元の世界、とはどういうことですか?』
正気に返りつつある私に、止めの一言をぶつけたのはカリーティザさんだった。




