22.疑似にらめっこ
「お前の名前は? 両親はどこにいる?」
答えられずに焦る私に構わず、神官はさらに追及を重ねてきた。
落ち着け。とにかく知らぬ存ぜぬを通さなきゃ。
私はことさらに困った顔を作ると、神官の顔を気弱そうに見つめた。
神官はいかめしい顔で値踏みするようにこちらを見ている。
目をそらしたら負けだ、と言い聞かせて目線にしばらく耐えたけれど、息が詰まって俯いてしまった。
「神官様、この娘は大陸語を話さないのです」
神官の横に控えた茶髪の男性が口をはさんだ。
発言だけを見れば助け舟だけれど、声に疑いの色が濃くて素直に喜べない。
「その代り、怪しげな旧語を話すそうですが」
そう続け、水色の瞳に疑いをのせて私を見つめる。
目を見て思い出したけれど、この人は門で私を迎えた人だ。
「ふざけているのか、シド。 こんな小娘が旧語だと?」
言葉が分からないと思って失礼な。
神官はそう言って不機嫌そうな目で、男性(シドというらしい)を見つめた。
「私も信じられませんが、料理番のマルスからそう報告を受けています。
おい娘、なにか旧語で話してみよ」
シドは傲慢な言い方で命令してきた。
言い返してやりたいが、こんなところで切れるわけにもいかない。
私はおどおどと神官たちを見つめ、俯くとぎゅっとチュニックの裾を握った。
頑張れ私。英語の授業を思い出せ。
宿題を忘れた上に運悪くあてられた時を再現して、意味が分からないと精一杯演技する。
「早く話せ。我々は忙しいんだ」
シドは苛立ちをあらわにして、厳しい声で急かしてきた。
か弱い乙女が困っているのに、なんなのこいつ。
周りの神官も同意見のようで、私を厳しい目で見つめたままだ。
なんかだんだん腹が立ってきた。
そろそろと顔を上げ、裾から手を放して指をぎゅっと組み合わせる。
『忙しいってどういうわけ? こっちは命がかかってんのよ。
私が怪しいのは認めるけど、だからって態度が悪すぎるんじゃない?』
むかついた気持ちを一気に日本語で言い切り、また情けない顔に戻ってしゅんと俯く。
できるだけ悲しそうな顔で言ったけれど、言葉を理解しているとばれただろうか。
神官たちはお互いに顔を見合わせ、目線で会話すると静まり返った。
しまった、怒りにまかせてとんでもないことをしてしまっただろうか。
静寂に本能的な恐怖がわく。でもそれは一瞬のことだった。
「すばらしい。この音程やアクセントは、おそらく旧語に間違いないだろう」
軍人っぽい神官が口を開き、どこか惚れ惚れしたように言った。
シドはそれを聞いて焦ったように、きつい声で口をはさむ。
「ですが神官様、この娘は旧語を話すとしても怪しすぎます。
新月の森は魔物の生息地。人型になった魔物では?」
そう言って、胡散臭そうに私をじろりとにらむ。
「いや、この娘からは魔物特有の瘴気は感じない。間違いなく人だろう」
そう言いながら神官は満足そうに立ち上がり、シドの肩を軽く叩いた。
「心配ならば、お前が目を光らせておけばいい。どの道、娘はここに長居しない」
そう言って、神官は祭壇にある沢山の花を片づけ始めた。
長居しない、という不穏な言葉に身を強張らせてしまうが、幸いにして誰にも気づかれなかった。
「……どういうことですか?」
シドがいぶかったように、私の聞きたいことを聞いてくれる。
「数日後に訪ねてくる予定の魔女がいただろう。娘はあれに引き取らせよう」
もう私に興味はないらしく、熱心に花を選り分けながら神官が言う。
それを聞いてシドも納得したようで、簡単に返事をしたあと私のほうへ向かってくる。
シドは私の腕をがしっと掴むと、有無を言わせず部屋の外へ引きずっていく。
回廊を通り抜け複雑な造りの廊下を進むと、元の監禁部屋へ押し込んだ。
「娘、ここであと数日は過ごしてもらう。だが妙な真似はくれぐれもしないように」
それだけ言い捨てると、扉の小さな窓から侮蔑したような眼を私に向ける。
あっというまに、鍵のガチャンという金属質な音が響いた。




