21.駆け引きは冷静に
ジーナさんは快く私を部屋から出してくれ、トイレまで連れて行ってくれた。
言葉は通じなくても、もじもじした私の様子を見て見当がついたらしい。
驚くことにトイレは水洗式で、内心戦々恐々としていた私はほっとした。
ボタンを押すタイプではなく、水が流れっぱなしになっていたけれど、それでもずいぶん衛生的だった。
トイレに行くまでの間によく観察したけれど、この神殿は思ったより堅固そうだ。
外側にあった塀の高さは私の身長の2倍はあったし、廊下にある窓はほとんどがはめ殺しだ。
たまに開閉できる窓があっても、本当に空気を入れ替えるためだけなのだろう、せいぜい15cmほどの隙間しか開いていない。
この造りを見る限り、もし脱走しようとしても相当骨が折れそうだ。
『どうしようかなぁ……』
トイレの個室に設置された窓を覗き込みながら、日本語で一人ぼやく。
この窓もはめ殺しではないけれど、すごく小さい。
幼児がやっと通れるほどの大きさしかなく、これではたとえガラスをぶち破っても出られない。
自然にため息が出てしまう。
やっぱり脱走は簡単じゃない。
そもそも外に出ても、どうやって生活していけばいいのかわからない。
その点、ここにいれば衣食住は大丈夫だ。
ここを出るのは、身の危険がせまった時の最後の手段にすべきだろう。
そう納得しトイレから出た時、鐘の音が大きく鳴り響いた。
「礼拝が終わったわね。神官様にやっとお会いできるわ」
ジーナさんは鐘の音を聞いて嬉しそうにつぶやくと、私についてくるよう合図をして歩き出す。
どうやら審判の時が来たらしい。
多分この神殿の代表者に会い、私が何者か審査されるんだろう。
とにかく何を聞かれても、言葉が分からないふりをすること。そして情報をできるだけ多く得ること。
それだけを言い聞かせて緊張を押し殺し、覚悟を決めてジーナさんの後を追った。
それにしても広い神殿だ。
吹きさらしになった回廊を歩きながら実感する。
この回廊はさんさんと光がさす中庭を、ぐるりと囲むように設計されていてあまり寒くはない。
周りを囲む柱は塀に使われていた頑丈なものとは違い、繊細な彫刻が施されていてどこか優美だ。
回廊の中ほどまで来て、一室の前でジーナさんが立ち止まる。
「大丈夫よ、きっと両親を探してもらえるわ」
ジーナさんはそう言って、私を勇気づけるように微笑みかけてくれた。
どうやらここから先は私一人らしい。
私はジーナさんに向かって弱弱しく笑いかけ、お礼を言って扉を開いた。
部屋の中は思っていたより明るい。
大きな天窓があいていて、そこからまぶしいほど光が注いでいる。
この部屋は多分、神殿で一番重要な部屋なんだろう。
奥には大きな祭壇があり、白い花が花瓶に活けられて並べられている。
何を祭っているのか知らないけど、十字架もステンドグラスもない。でも雰囲気は教会とよく似ていた。
明るさに目が慣れると、部屋の中に5人の人がいるのが分かった。
全員男性で、ほとんどが地味な黒い修道服のようなものを着ている。
でも一人、中央におかれた椅子に腰かけた年配の男性は、襟や胸に色とりどりのバッジをつけていてとても派手だ。
たぶんあのバッジは紋章だろう。まるで軍人みたいな印象だ。
「娘、新月の森から来たというのは本当か?」
軍人みたいな神官は、私と目があった瞬間、切り込むような口調でそう聞いてきた。




