17.不審者は通報しよう
「マルスさんや、ジーナさんは……」
身元不明の私に、あんなに優しくしてくれた2人が監禁するなんて思えない。
その思いを察したのだろう。ベルフェゴールはためらう私を見て、すぐに返事をした。
「その2人は関係ないよ。君が話してるのが旧語だと気付いて、神殿まで連れてきてくれただけだ」
「監禁されてるのは、君が穢れた存在なのかここでは判断できないからだよ。
たかが小さな村の神殿に君の魔力に気付ける人間がいるとは思えないし、もうしばらくこの状態が続くかもね」
ベルフェゴールはあっさりとそう続けた。
「魔力って……そんなの持ってない。悪いけど、あなたの言うこと全然わかんない」
戸惑いながらも否定すると、ベルフェゴールは困ったように苦笑する。
「向こうの世界で暮らしていた君には、魔力なんて空想の産物に思えるだろうね。でもこっちの世界には実在する。
魔力自体は悪いものではないよ。ただ才能の一つというだけだ。
むしろ、君が旧語を話すということの方が重要だ」
話は混乱に拍車をかけるばかりだったけれど、ベルフェゴールの説明は貴重な情報だと直感がささやく。
置いてけぼりにならないよう、言葉をよく咀嚼する。
ここは魔力という才能が存在する世界。
普通なら一笑に付す話だけど、森の中で見た化け物を思うともう笑えなかった。
自分が魔力を持っているなんて信じられない。
でもそれにいちいち噛み付くほど、余裕のある状態ではなかった。
とにかくここでは、私の常識は通用しないらしい。
「……わかった。じゃあ旧語って何?」
「旧語は君の話す日本語と同じ。ラカン女王国では、約500年前まで日本語が公用語だった。
でも今は大陸語が公用語になって、日本語は一部の神官や魔女の間でしか使われていない。
この神殿は小さいし、日本語の使える神官は期待できないだろうね」
ベルフェゴールは平坦な口調で答える。
まるで生徒の質問に答える教師のようだ。
「言葉が通じないし、見慣れない人間だから魔物かもしれないと警戒されてるんだよ。
でも君は旧語を話せるし、強い魔力を持ってる。見る人が見ればすぐに解放してもらえるよ」
混乱しきった私の顔を見て、ベルフェゴールは口調を和らげてそう言った。
不安を和らげてくれようとしたんだろうけど、頭がぐるぐるして言葉を理解するので精一杯だ。
「魔女?魔物?まさかそんなのまで存在してるって言うの?
それに見る人が見ればって、一体誰に…」
私が聞き返す言葉に構わず、ベルフェゴールはいきなり立ち上がって私の目の前に屈みこんだ。
急に距離を縮められ、つい怯えて腰を引いてしまう。
「まあ言葉が通じないのは不便だろうから、それだけは直してあげるよ。
じゃあ頑張って生き残ってね。俺の可愛いエリカ」
いったい何を言っているのかわからない。
ベルフェゴールは笑いながら、その両手を私の怯えて引きつった顔に添えた。
緑の瞳、赤っぽい金髪。黒い服。
最後に見たのはそれだけで、急に目の前が真っ暗になった。




