13.鳩がいれば完璧
『エリカ、-----------』
優しく私の名前を呼んで、ジーナさんが土に塗れた私の手をさすってくれる。
人の手はなんて暖かいんだろう。
自然に震えが止まり、気持ちが安らいでくる。
落ち着いた私の様子を見て、マルスさんとジーナさんは数語話し合い、私の手を引いて森の中へと歩き出した。
森の中の獣道を通り抜けていく。
人と一緒にいるだけで、あれほど怖かった森が別物のようだ。
腰に大きなナイフを下げて、周りを警戒しながらマルスさんが先頭を進む。
私も今まで同じように用心しながら歩いていたが、マルスさんはこのあたりの道をよくわかっているらしい。
足運びに迷いがなく、進むスピードが段違いに早い。
ジーナさんは時折私に声をかけながら、手を引いてくれる。
言葉は通じないが、ありがとうと精一杯気持ちを込めて返事をし、つないだ手をそっと握り返した。
なんだか安心する。
ふと、両親に連れられて歩いていた、小さいころに帰ったような気がした。
30分ほど歩いただろうか。急に森が開け、木々がまばらになってきた。
歩いてきた獣道は、今では幅が大きくなって平坦になり、長年多くの人が歩いているようだ。
太陽は完全に登って、木々に遮られることもない。
数日ぶりにまともに浴びる日光に目が眩みそうだ。
急にマルスさんの姿が見えなくなった。
どうやら少し先が下り坂になっているらしい。
これから山を下っていくのだろうかと考えたが、それは違った。
下り坂に差し掛かった瞬間、下方に広がる小さな町に目を奪われる。
可愛い石造りの家が広い庭を隔てて立ち並び、数軒からは煙突からもくもくと煙が出ている。
まさかこんなに近くに人が住んでいたなんて。
ジーナさんは町を見て驚く私を振り返ると、町のはずれにある白い建物を指さして、首をかしげた。
あれが何かわかるか、ということだろうか。
目を細めてよく見てみる。
白い石造りの建物で、とても大きい。
他の家の周りには小さな柵しかないのに比べ、太い柱を使った立派な塀に囲まれていて、いかにも重要そうだ。
塀の上に見える尖塔には、金色に鈍く光る大きな鐘がついている。
その鐘を見るとなんとなく、ウェディングベルを想像してしまった。
私はジーナさんに向かって大きく頷いた。多分あれは教会だろう。
ジーナさんはなぜか安心したような顔になると、少し急ぎ気味に坂を下りきったマルスさんを追った。
町へ入っても、ジーナさんは私の手を引いたまま、止まらずにどこかへ向かって歩いていく。
今まで見たことがない街のつくりが珍しくて、私は辺りを見渡しながら2人についていった。
ほとんどの家は黄色い石の壁と屋根の赤い瓦を持っていて、絵本に出てくるヨーロッパの街並みのようだ。
遠くからは家同士の間には広い庭があるように見えたが、近づくと実際には畑があり、朝早くなのに水やりをしている人もいる。
すれ違う人が物珍しそうに私を見たり、マルスさんやジーナさんに声をかけたりしたが、2人は軽くやり取りをするだけで道を急いでいった。
だんだんと民家が少なくなり、牧草地のようなところが広がってくる。
一本道が続き、先に見えるのは白い教会だけだ。
ここまで来ると教会が、町を見下ろすようにしてそびえているのがよくわかる。
高い塀に囲まれた教会は、小さな町には不釣り合いなほど大きくて、威圧感を感じるほどだ。
道は教会の塀に沿って進み、正門へ続いている。
木製の大きな両開きの扉にたどり着くと、マルスさんは凝った装飾がされたノッカーを大きく2回鳴らした。




