第二十三翔 ~卓袱料理は一食の価値あり~
Q:一ヶ月も何やってたの?
A:…P4GとPSO2と絵の練習と仕事。
な感じです。
それでは本編をどうぞ!
照旗亭・二階。
女子グループの宿泊部屋の隣の隣の部屋にて。
「ほんっっっとに、すんませんでした!」
土下座。
それは古来より日本に伝わる、至高にして究極の謝罪法。
またの名を平身低頭、猛虎落地勢、五体投地。
正座した後、地面に手をつき、頭を深々と下げる。
アルファベットで表すならorz、またはOTZ。
顔文字なら<(_ _)>など、様々なバリエーションが存在する。
で、ここからは僕の持論なんだけど、どうしてこんなポーズをとるだけで全てが許されるのかと言うと、それはこの態勢をとっている間は、相手に何をされても抵抗のし様がないからだと思う。
某賭博破戒アニメの、高温の鉄板の上での土下座とまではいかないが、例えば。
『グリグリ』
…このように、足で踏んづけられたりとか。
「そりゃあ、ウチもまさかあんなことになるとは思わなかったし?そもそも混浴ってそういうこともあるってのが前提で入るもんやろうけどさ…」
『グリグリ…ゲシッ』
「おうふ!」
後頭部に見事な蹴りが炸裂した。
やばい!超痛い!脳天が揺れた!
「せやかて、あろうことかウチを男と思いこんどったちゅのはどういうことやねん!」
痛い痛い痛い!
容赦なく土踏まずが僕の頭に何度も打ち付けられる。
土踏まずが頭を踏むとはこれ如何に。
ってそうじゃなくて!
だってしょうがないだろ!?
髪型は男っぽいショートだし、服装もどこか男っぽいし、何より『歩生』って名前も男っぽいし!
ってこうして列挙してみたら、この人、何処かどころか全体的に男っぽいじゃん!
…そういや、偶然見えちゃったけど、胸も男並みだったような―――
「ッッッフンヌ!!」
「っだああ!?」
まるで僕の思考を読み取ったかのようなタイミングで、旋毛を鋭い踵落としが直撃した。
「今、ウチの胸の事、『男みたい』って、思ったやろ!!」
『かのような』っていうか、本当に読み取っていやがった!?
ファムと言いこの人と言い、僕の周りの女子はエスパーか何かか!?
と言うかいつになったらこの蹴りの嵐は止むんだ!!??
蹴られすぎて感覚無くなってきちゃったよ!
「アンタがッ!泣くまで!蹴るのをやめないッ!!」
どうやらこの人、エスパーじゃなくて波紋使いみたいだ!
つーかもう、泣くとかそういう領域、とっくに通り過ぎちゃったから!
痛すぎて痛覚すらおかしくなってきちゃったから!!
二十分後。
「はぁ…はぁ…!」
蹴り疲れてしまったらしく、ここでようやく久宝さんは足を止めた。
…僕の細胞は一体この二十分の間に、どれくらい死滅したのだろうか…?
「はいは~い、そこらへんでやめときな、あーちゃん」
ガラッと襖を開けて、ルシーヌさんが現れた。
「ルー…聞いとったんか?」
「そりゃあもう、廊下まで丸聞こえ」
日本の建築って防音性薄いわね、とルシーヌさんが肩をすくめる。
「…で?何か用か?」
ばつが悪そうに口をとがらせる久宝さん。
「ん?いや、もうすぐ夕食だから席へどうぞって、電話があったから呼びに来てあげたのよ」
ちょいちょい、とルシーヌさんが部屋に置いてある電話を指差す。
って、もう食事の時間!!??
「しまった!!」
あまりの衝撃に、痛みが吹き飛んでしまった。
ついでに体も飛び起きた。
「お、おう!?どないした進道?」
いきなり立ち上がった僕に驚いてか、困惑気味に久宝さんが尋ねる。
が、そんなことをオチオチ気にしていられない。
「久宝さん、さっきの事は後でいくらでも謝りますんで、今はとりあえず失礼しまっす!」
ひとまず頭を下げ、その場を急いで後にする。
去り際にルシーヌさんと久宝さんから、『何だコイツ?』みたいな目で見られたが、それすら今は気にならなかった。
「何やアイツ…?」
ウチこと久宝歩生は、勢いよく飛び出していった進道を見て呟いた。
あの慌てよう、ただ事じゃなさそうやったけど、ホンマどないしたんやろ?
「気になる~?」
横から見ていたルーが茶化すような口調になる。
「や、やかましいわい!そんなことより、メシ出来たんやろ?早よ行こや!」
腹ペコや〜、と何とかごまかそうと必死に話題を変えてみようとするも、ルーの表情は依然としてにやけっ面のまんまだ。
「それにしてもあーちゃんさぁ、なんでわざわざ混浴に入ってたの?」
階段を降りながら、わけがわからないよ、とでも言いたげにルーが首を傾げる。
「…自分の胸に手を当ててみぃ」
ルーの胸を見ながら呟く。
これは嫌味でも皮肉でもなく、言葉どおりの意味だ。
「ん?…ああ、そう言うこと」
それを察してか、再びにやけるルー。
「あーちゃんって、普段は女の子扱いされるの嫌いなのに、そう言うとこ結構気にするよね」
「う…」
痛いところを突かれ、反論出来ない。
「ま、そこもまた可愛いんだけど」
「なっ…!」
追い討ちをかけるように発せられた『可愛い』の一言で、自分の顔が真っ赤になっていくのが分かった。
そしてこの後、ウチのその真っ赤な顔は更に赤くなってしまう。
「すいませんっ!!遅れましたっ!!!」
部屋を飛び出した僕が真っ先に向かったのは、一階にある厨房。
照旗亭における、僕の持ち場だ。
「おおぅ、若殿!帰っていらしたんで?」
包丁を扱う手を休め、板前の一人である佐苗木さんが僕に声をかけてくる。
「はい!今すぐに手伝いますんで!」
すぐさま割烹着に着替え、厨房に立つ。
「若殿、今日はよかですとに」
そんな僕を見て板前長の深堀さんが声をかけてきた。
御年71歳にして現役の彼は、先代の店主である僕の爺ちゃんが存命していた頃からこの照旗亭に勤めている為、今や大将と呼ばれている人物だ。
「気にしないで下さい。僕が好きでやってる事ですから」
そう言うや否や、早速刺身包丁を取り、アジの身を捌く。
その様子を見て諦めたのか、深堀さんが肩をすくめ自分の持ち場に戻り、また黙々と調理を再開した。
「梅の間の卓袱、上がりました!」
「あいよ!仲居さん方よろしく!!」
出来た料理をカウンターへ廻し、仲居さんが次々と運んでいく。
因みに梅の間にいるのは『カササギ』と『リュウキンカ』の面々。
「ふぅ…」
やっと一息つけた。
久し振りに調理場に立ったけど、なかなかどうして勘が鈍っているみたいだな…。
「永路、お疲れ様」
「あ、叔父さん…」
いつの間にか厨房に入ってきていた叔父さんが声をかけてくる。
「何だか悪いね、手伝わせちゃって」
僕が勝手にやったことなのに、叔父さんは本当にばつが悪そうに頭を掻いた。
「そんなことないよ。僕もいつも好きにやらせてもらってるし、これぐらいはしないとね」
気を遣ってくれている叔父さんにありがたいと思いつつ、首を横に振る。
「若殿の包丁捌きと律儀さは親父殿譲りばい!」
「ははは!違いなか!」
その様子を見ていた板前の皆が、笑いながら話し掛けてくる。
『親父殿』と言っても、この場合は養父である叔父さんの事ではなく、父さん―――つまり進道正路の事だ。
父さんはFGインストーラーとして活躍するかたわら、休業中は必ず照旗亭に帰省し、僕みたいに板前の手伝いをしていた。
僕も毎回ついていったので、父さんが割烹着姿で包丁を執る姿は今でもしっかり覚えている。
…当時はまさか父さんがあんな事になって、そして僕がここに立つ事になるだなんて、考えもしなかったけど…。
「はは。確かに永路は兄さんに似て筋がいい。いや、ひょっとすると兄さん以上かもな」
ともかく今日はあがっていいよ、と言い残し、叔父さんは厨房を出て行った。
本当はもう少し手伝いたかったんだけど、『あとは自分たちだけで十分』と板前さん達も言ってくれたので、今日のところはお言葉に甘えることにしよう。
「じゃ、お先に失礼します」
着替えて厨房を出て、そのまま部屋へ向かうためにしばらく歩く。
…それにしても相変わらず広いな、この旅館は。
いやまあ、未来の猫型ロボットの道具じゃあるまいし、建築物が勝手に狭くなることもないけどさ。
どの位広いのかと言うと、ここに引き取られて結構経つ僕でも、未だに迷ってしまうことがあるくらいだ。
なんて他愛もない事を考えていると。
「キャッ!?」
「うおっと!?」
ちょうど空の盆を持ってきた仲居さんと鉢合わせてしまい、ぶつかってしまった。
その拍子にお盆が宙を舞い、
重力に従って地面に叩きつけられる。
当然、盆は木端微塵に割れてしまった。
「ってて…。あっ!ごめんなさい!大丈夫ですか…って永兄ちゃん!?」
「あ、蒼乃」
着物だったから一瞬誰だか解らなかったけれど、宵闇のように黒い髪とちょこんと座るその姿は、紛れもなく義妹の蒼乃だ。
「アオ〜?凄い音したけど大丈夫?」
廊下の奥から叔母さんの声が聞こえて来た。
「大丈夫!すぐ片づける!」
そう返すと、割れた盆の欠片を拾い集めだす。
「あ。僕も手伝うよ」
「え、いいの?」
「うん。元はと言えば僕がぶつかったせいだしね。蒼乃は箒と、新聞紙か何か持ってきて」
蒼乃は仲居さんのお手伝い(本人は女将修行と思っている)もやっているし、何より女の子なんだから、破片で怪我とかされても嫌だったので、割れた盆を包む紙を用意してもらう。
わかった、と厨房へ入って行く蒼乃に代わり、僕が拾える分の破片を一か所に集めておく。これは新聞紙で包んで燃えないゴミへ。
小さいのは蒼乃が持ってきてくれた箒で集め、塵取りでとって捨てる。
「よし、これであらかた片付いたかな」
二回ほどゴミ箱と廊下を往復するくらいで済んだのは、不幸中の幸いと言うヤツだ。
「ホントにごめんね、永兄ちゃん。帰ってきたばっかりなのに面倒かけちゃって…」
「気にすんなよ。僕は―――痛ッ」
何気なく頬を掻こうとすると、人差し指にチクリとした痛みが走った。
見ると指先に小さな傷が出来ていて、少しばかり出血もしているようだ。
あちゃ。破片集めてる時に切っちゃったか。
「大丈夫?」
指の傷を心配そうに見つめる蒼乃。
「ああ、こんくらいなら唾でもつけてりゃすぐ治るさ」
そんなにひどいモンでもないみたいだし、と右手を開いたり閉じたりして問題ないことをアピールして見せる。
「ふぅん…」
訝しげにそれを眺めていた蒼乃だったが、突然何か閃いたように、目を輝かせると。
「ぺロッ」
「!!??」
あろうことか、傷に本当に唾つけてきやがった!
いや、もうそれどころか舐めちゃったし!
「なななななんばしよっか蒼乃!!」
あ、これ僕の台詞ね。
僕っていつもは標準語だけど、慌てたり極度に緊張したりすると、つい九州弁になっちゃうんだ☆
「何って、永兄ちゃんが唾つけときゃ治るって言ったじゃん」
全く悪びれる様子もなくサラッと言い放つ蒼乃。
「言葉のあやだっての!!って言うかお前、今の唾つけるって言うより、完全に舐めてたじゃん!!ペロッとか擬音出してたじゃん!!」
対する僕はあまりの出来事にパニック寸前だ。
だってさ!義理とはいえ、妹にこんなことされたら、何か悔しいじゃん!
悪戯されて嘗められてるみたい、いや実際舐められたんだけどさ!
兎にも角にも、兄としての威厳、丸っきりゼロじゃん!
「アオ!ちょっとこっち手伝って〜!」
「は〜い!…じゃ〜ね、永兄ちゃん♪」
言うが早いが、さっさと逃げ出す蒼乃。
「あ!待て!この悪戯小学生!」
制止虚しくあっという間に逃げられてしまった。
ったく、蒼乃め。
しばらく見ない内に、いらんことを覚えたな…。
一体、誰に影響されたんだ?
と言うか、今の場面を誰かに見られでもしたら、絶対に誤解されてしまうだろうな…。
ふと気になって辺りをキョロキョロ見回してみる。
ふむ、良かった。
どうやら誰もいないみたいだ。
ホッとしてまた歩き出し、突き当たりを曲がる―――って!
「く、久宝さん!?」
そこには耳まで真っ赤になった久宝さんが佇んでいた。
や、ヤバい!
もしかしてさっきのやり取り、見られてた!?
「…ト…」
「え?」
慌てる僕を余所に、真っ赤な顔のままで久宝さんが何かを呟いた。
「…トイレ…何処?」
「いやあ、助かったわホンマ」
手洗いから満面の笑みを浮かべた久宝さんが出てくる。
…女性用から出てきたって事は、本当にこの人女の子だったのか…。
「…何や?何か言いたそうな面やな」
ドキッ!
「さ、左様なことは御座いませぬ!」
いや、本当はあるんだけど!
さっきあれだけフルボッコにされたんだから、次は半殺し、下手をすれば全殺しだって有り得る。
久宝さんと会話する時は、この辺に気を付けておかなければ。
「ふぅん…?ま、ええわ。こちとら面白いモン見してもらたし」
ふふん、と鼻を鳴らす久宝さん。
…ん?
面白いモノって…まさか…!?
「しっかしさっきの子、妹さんなんやろ?テメェの妹とイチャつくたぁ、アンタも罪な男やなぁ?」
う、うわああああ!
やっぱり見られてたぁぁぁ!
しかも久宝さん、すっげえふてぶてしい顔でニヤニヤしてる!
殴りたい、この笑顔!
「い、いや久宝さん、アレはイチャつくとかそういうんじゃなくて…」
「わかってるわかってる。『義妹萌え』ってヤツやろ?」
「ちげーよ!!」
駄目だこの人!
何一つ分かってない上に、最早残念で手遅れな思考回路してらっしゃる!
「まあ、アンタもウチの裸見たんやし、これでチャラやろ?」
うっ!
それを言われると、僕としては立つ瀬がない!
「まぁここまで案内してもらった借りもあるし、ウチは口固いさかい、ベラベラ喋ったりはせえへん。安心しな」
すごく義理人情にあふれるセリフを言ってるように見えるかもしれませんけど、そんなヘラヘラ笑いながら言われても、説得力皆無ですよ久宝さん…。
「うっは〜…」
久宝さんと別れ自室に戻った僕は、ベッドに倒れ込んだ。
何と言うか、何と言うか。
疲れた。
明日から研修だし、もう休もう。
それにしても、今日は色々な事が有りすぎたな。
実家に帰って来て。
事故とは言え、見るつもりもない久宝さんの一糸纏わぬ姿を見てしまい。
フルボッコにされた上に、妹とのやり取りを見られ―――アレ?
今になって冷静に考えてみたら、コレって僕、久宝さんに弱み握られただけじゃね?
…。
続
く
!
今回は誠に勝手ながら『教えて!答えて!トキコ先生!!』のコーナーはお休みさせていただきます。
ご了承ください。