第十八翔 〜飛龍剛翔〜
お待たせ致しました!
それでは本編をどうぞ!
「お待たせ!」
ホットドッグ(何故か店先には、ホットドックと書いてあった)とオレンジジュースのセットが入った袋を二つ引っさげてファムに駆け寄る。
「…………………」
無言でそれを受け取って、不機嫌そうにホットドッグ(ホットドック?)を頬張るファム。
ここに来てから、何故かずっとこの調子だ。
何を聞いても無言を貫くか、小さく溜め息を吐くばかり。
一体どうしたんだろう?とか思いつつ、僕も一口ホットドッグをかじる。
それからしばらくは食事に専念していたので、自然と沈黙の内に時間が流れた。
「……………………ねぇ」
先に口火を切ったのは、今までだんまりを決め込んでいたファム。
僕も口の中に残っていたパンをジュースで流し込み、
「うん?」
と応える。
「…行きたいところって、ここの事だったの?」
結構今更な質問だな。
あれ?そういえば、行き先までは言ってなかったっけか?
「うん、今日は目玉イベントの日だったのを、新聞見て思い出したから」
「…………」
ハァ〜、と。
また息を吐くファム。
おいおい、溜め息を吐くと、一緒に幸せも逃げて行っちゃうぜ?
「なあ、なんでさっきから、そんなにふてくされての?」
見るに見兼ねて、と言うよりこれ以上だんまりな空気を避けるために、地雷かな?と思いながらも尋ねてみる。
「………あのね、永路」
チョイチョイ、と耳を寄越すようにジェスチャーする。
「ん?」
特に断る理由もないし、指示通りになるよう、頭をファムの近くまで動かす。
「女の子を誘う時はー」
口周りを右手で覆い隠し、ひそひそ声で喋りだしたかと思うと。
「すぅ〜」
大きく息を吸い込み。
「?……あ」
あ、これマズいわ。
何か『ヤバい』って第六感が叫んでるわ。
咄嗟に体を反らし、逃げ出そうとするも、ファムの空いていた左手に、いつの間にか首根っこをガッチリとホールドされてしまい、全く体が動かない。
「……えーっと」
取り敢えず『許して』と言わんばかりに笑顔を浮かべてみる。
対するファムさん。
一瞬キョトンとし(ホールドの力は変わらない)、その後徐々に笑顔になっていく。
お?
これは行けるか!?
と思ったら次の一瞬には劇画タッチの顔に早変わりしやがった。
…何で女子高生がそんな古いネタ知ってんだよ。
「行き先をちゃんと言え、このド阿呆ーーーーー!!」
至近、いや零距離で叫ばれた。
おかげで鼓膜が破れるところだったよ…。
「で?目玉イベントって?」
零距離バインドボイスで多少気が晴れたのか(晴らされた方はたまったものではないけど)、さっきよりは機嫌良さそうに聞いてくるファム。
「ああ、代表決定戦があるんだ」
まだ耳鳴りが収まらない頭を抱えながら、説明する。
僕らがいるここ、東京ウィングスタジアムでは、毎年4月の最終週丸々一週間かけて、全日本FG優翔杯と言う大会が執り行われる。
この大会は日本FG界における最高峰のレースで、特に最終日の最終レース―――通称『代表決定戦』と呼ばれている―――で1位〜3位に入賞すれば、FG日本代表に選出される可能性が飛躍的に上がるのだ。
代表の決定の仕方については、また別の機会に詳しく説明するとして、ともかく優翔杯で3位以内に入賞した人物の多くが、その後日本代表として選出されている為、大会最後のレース――『優翔戦』は、いつしか『代表決定戦』の通称で呼ばれるようになった。
そもそも優翔杯に出場すること自体が、一流のFGインストーラーの証みたいなモノなので、ベテランはもちろん、僕みたいな若手は、この大会を目標にしている人が多い。
「…つーか」
さっきから気になってたんだが。
「よう、進道」
「やあ、進道君」
「進道先輩、チィーッス」
流石最高峰の舞台と言ったところか、さっきから滅茶苦茶、学院の顔見知りの連中とすれ違う。
…みんな、暇人なのか?
この分だと『カササギ』の面々ともバッタリ出くわしそうな気がする…。
とか思っていた矢先。
「アレ?永路君?」
声を掛けられて振り向いてみると
「…やっぱりお前か、鈴白!」
鈴白がフランクフルトを口に加えて立っていた。
「やっぱり、とは、ングッ、またご挨拶ッスね」
口の中をモゴモゴ言わせながら喋るなよ。
行儀悪いぞ。
…って。
「あれ?お前一人だけ?鈴奈は一緒じゃないのか?」
そう言えば、コイツの姉貴の鈴奈の姿が見当たらない。
「知らねえッス」
「へ?」
「正確に言えば、来てるのは知ってるッスけど、何処にいるのかまでは見当つかないッス」
「???一緒に来たんじゃないのか?」
「永路君、双子がいつでもどこでも一緒だと思ってるなら、それは大きな間違いッス」
おっと。
これは予想外の言葉が飛び出したぞ。
「双子が互い違いを依存対象にしてる、なんてのは一昔前の漫画かドラマぐらいッスよ」
若干遠い目をしながら、そんな事を口にする鈴白。
「でもそんな事言いながら、一昨日は宿題写してたじゃないの」
唐突に階段の上から声がする。
「ね、姉ちゃん!?」
そこにいたのは言わずもがな、双子の片割れ、鈴奈……と。
「やあやあ久し振りだね進道の息子君」
「……何やってんだ、アンタ」
アンタ。
実のところ、僕は、と言うか誰もこの人の名前を知らない。
『アネゴ』の通称で呼ばれている彼女は、全国のスタジアムに出没する謎の女性記者だ。
「何って、こんな面白いレース、予想屋のウチとしては観に来ない方がおかしいってモンよ」
アネゴは記者と言う仕事柄、今まで幾つものレースを直で見てきており、そのせいか、彼女には先見力が備わっている。
その力を遺憾なく発揮し、その結果、彼女のレース予想的中率はおよそ90%以上と言う、化け物じみた確率を叩き出している。
…この人、予想屋と言うより、エスパーかなんかじゃないんだろうか?
『ピンポンパンポーン』
「お?」
場内アナウンスだ。
『ご来場の皆様に、ご案内申し上げます。間もなく本日最後のレース、「全日本FG優翔杯・優翔戦」を開催致します』
「おー、そろそろか」
始まるんだ。
日本一を決める、最高の闘いが。
「さて、んじゃウチはレース後のインタビューに備えますかね」
背負っていたバッグから、一眼レフのカメラを取り出すアネゴ。
「インタビューって…、まだ出翔用意も整ってないんじゃ…?」
アナウンスが流れたとは言え、レースが始まるまではまだ時間はある。
少し、否、かなり気が早いんじゃなかろうか?
「フッフー!」
しかしアネゴはそんな僕の言を、『甘い』と言わんばかりに鼻であしらう。
「記者たる者、常にスクープの最前線にあれ、ってのがウチの持論でね。ま、そんな訳だから、ウチはこれにて失礼するよ」
縁があったらまた会おう。と。
こちらに背を向けてスタジアム内へ歩き出すアネゴ。
…相変わらず、何考えてんのか解らない人だ。
「……永路君、アネゴと知り合いなんスか?」
僕とアネゴのやり取りを見ていた鈴白が口を開く。
「知り合いっつーか、まあ、昔色々とね」
実を言うと、アネゴは元FGアドバイザーで、父さんと同期。
現役時代は父さんのレース斡旋に力を貸しており、僕とも面識がある。
会うのは父さんの葬式以来だから六年振りくらいかな。
『ピンポンパンポーン』
と、ここで二回目のアナウンス。
どうやらいよいよレースが開始するようだ。
アナウンスはレースの五分前と二分前の二回に渡って告知され、一回目は観客への案内用として、二回目は各出翔インストーラーへのスタート予告として、それぞれ流される。
「そう言えば、何で二回目のアナウンスには声がつかないん?」
鈴奈がぼそりと呟く。
言われてみれば確かに、二回目は必ずアナウンス音が流されるだけで、音声はつかないのが常習化している。
「一回目は観客への、二回目はレーサーへの通知、でしょ」
意外にも、ここで口を開いたのはファムだ。
こいつはFG技術以外には疎い方だと思っていたんだけど。
…あー、でも父さんが死んで僕が長い時期FGそのものから離れていた間も、ファムはティムさんの下で全国行脚して、色々な知識と経験を積んできたんだし、このくらいなら知ってて当然か…。
「因みに二回目に声がつかないのはレーサーの集中を切れさせない為らしいよ」
「「「へぇ〜」」」
アレかな?
ドラマとか映画の撮影の直前のカウントダウンで、残りの一秒は指だけで合図するようなモンかな。
「って、じゃあ、あともう少しでレース始まっちゃうじゃん!」
急がなきゃ、とスタジアム内へ走り出す鈴奈。
と、そのはずみに上着のポケットから何かが落ちた。
「あ、オイ!鈴奈…って……」
呼びかけてみるも、落とし物に目がいってる隙に、人混みに紛れてしまったようで、既にそこに鈴奈の姿は無い。
「…ハァ〜。…相変わらずせわしねーなー、姉ちゃんは」
仕方なさそうにぼやきつつも、それを拾う鈴白。
「何ソレ?」
気になったか、ファムが尋ねる。
「財布ッス」
呆れた表情を浮かべ、財布をつまみ上げる。
「永路君、悪いけどシロはこれにて失礼するッス」
コレ届けなくちゃなんないので、とポケットに鈴奈の財布を突っ込む鈴白。
「ああ。わかった。そのままネコババしたりすんなよ?」
僕の言葉に、苦笑しながら踵を返し鈴奈の後を追いかけ始める。
…やっぱりと言うか何というか、あの二人なんだかんだで仲良しじゃん。
「永路、アタシ達も行こうよ?」
「ん、そうだな」
いつまでもここにいるわけにもいかないし、座席が空いてるかは解らないけど、取り敢えずスタジアムに入ることにした。
そして僕は出会う事になる。
生涯の好敵手に。
続
く
如何だったでしょうか?
早速ですが、次回のお話を。
次回は番外編。
皆様お待ちかねの麻火君のお話です。
詳細は活動報告に記載します。
それでは駄犬めはこれにて失礼致します。
斬
鉄
犬