第十五翔 〜槍橋亜季子、十五歳の春〜
かつてないほど長い…。
今回は槍橋亜季子視点です。
それではごゆっくりご覧下さい。
「う〜…あれ〜?どこにいったんだろう…」
私、槍橋亜季子は窮地に立たされていました。
いつもならこんなミスはしないように心がけているのに。
国立翔者養成学院。
私は中学卒業後のこの春から、FGギアニック見習いとしてここに入学することになっています。
そして今日は入学前の大切な説明会の日。
なのですが。
「う〜…やっぱりない…」
学院の門の前で立ち往生しているのには理由がありました。
昨日の晩に確かに鞄の中に入れていたはずの『入学許可証』が見当たらないのです。
アレがないと校内に入ることが出来ないのに…!
「う〜…何で、何で…」
探し始めて早十分。
まだ時間に余裕はありましたが、一向に見つからない惨めさとイライラで、私は泣きじゃくりたい衝動に駆られていました。
追い討ちをかけるように空には厚い雲がかかり始め、まるで今の私の心境と、これからの学院生活を表しているかのようでした。
「ハア…仕方ない…」
ギリギリになるかも知れませんが一旦家に帰って、許可証を取ってくるしかありません。
でも間に合うかどうか…。
ポツ、ポツ。
「あ、雨…」
天気予報では今日は1日晴れのハズだったのに。
最近の天気お兄さんは信用なりません…。
もちろん傘なんか持って来ていませんし、雨宿りしようにも学院の敷地内に入る事も出来ません。
(このまま泣いてもいいかな…?)
なんて、踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂な状況に、つい私らしくないことを思ってしまいました。
すると。
「…ォオオオオオオ!」
遠くから声が聞こえてきます。
男の人の声です。
しかも二人分。
「天気予報では今日1日晴れだったろ!何で降ってくんの!?」
「俺に聞くな!お天道さんの機嫌なんて知るかよ!」
「くっそ〜!最近のお天気お兄さんは信用ならないなぁ!」
「岩原澄善の天気予報は元々当たらないっつーの!」
見ると、街の方から二人の男の人達がものすごいスピードで走って来ます。
片方の、ボサボサの黒髪の人は私と全く同じ事を叫んでました。
対するもう一人、茶色がかったショートヘアの人は黒髪の人に鋭いツッコミを入れています。
(すごく仲がいいんだな〜)
なんて思っていると、その二人は私の後ろにある校門をくぐって行きました。
(ここの生徒さん、だったんだ)
挨拶くらいするべきだったかな?
とか思いましたが、そうは問屋が卸しません。
すぐに家に許可証を取りに戻らねばならなかったから。
頬を伝うモノは涙か、それとも雨の雫か分かりませんでしたが、兎に角、急いで家に帰ろうと足を進めた時でした。
「ねえ、君!」
振り向くとそこにいたのは先ほどの黒髪の人でした。
「あ、わ、私ですか?」
まあ、その場にいたのは私とその人だけだったので、十中八九、私を呼んだのでしょう。
「そう!早くこっち来て!」
言うなりその人は私の手を優しく掴んで校内に連れて行ってくれました。
「む!女の子を連れ込むとはいい度胸してるじゃないか」
校内に入ると警備員の制服を着た女の人が、黒髪の人に話しかけてきました。
「そんなんじゃないって!いいから何か拭くもの貸して!この子、びしょ濡れなんだから!」
「お、おう。ほれ」
警備員さんがタオルを渡し、黒髪の人は丁寧に私の髪と顔を拭いてくれました。
他人に触られるのは昔から抵抗がありましたが、この人に対しては不思議と抵抗感や不快感は湧きません。
寧ろこのまま身を委ねたい、そんな安心感と包容力がありました。
「よし。髪はこれで大丈夫かな。ドライヤーと櫛持ってくるから少し待ってて」
「あ、はい」
「姐さん!タオルあと二枚、身体拭く用に持って来て!それともうすぐ説明会受けに人が来るから、その人達用にも何枚か!」
「おう!任せろ!」
言うなり二人ともどこかに行ってしまいました。
ロビーにひとりぼっち。
何か寂しいです。
「お待たせ!ほい!」
警備員さんが少し大きめのタオルを持って来てくれました。
「ありがとうございます」
「アタシのオフィスで良ければ身体拭くのに使いな」
そう言って『警備員室』と書かれた部屋を指差す警備員さん。
ここはご好意に甘えさせていただきましょう。
「失礼致します」
一応、礼儀として断りを入れておきます。
中は思っていたよりも広めで、更衣用にカーテンも設置されていました。
上着とスカートを脱ぎ、警備員さんに貸してもらったジャージを着用します。
下着があんまり濡れていなかったのは不幸中の幸いです。
でも。
「あれ?」
ジャージはいざ着てみるとかなりブカブカでした。
仕方ありません。
二度手間になりますがもう一着、今度はサイズの合ったものを借りました。
「カーテン、閉めなくてもいいかな…」
さっきは何となくカーテンを閉めて着替えましたが、今考えてみればそんな必要はないかなと思いました。
時間もあまりありませんし、さっと着替えて…。
『ガチャ』
「お待たせ!ドライヤー…持って…来た…よ」
さっきの黒髪の人でした。
よく見ると私服から制服に着替えています。
カッコいいです。
しかしどういうわけか、私を見るなりフリーズしてしまいました。
カチンコチンです。
一体何故………って、あ。
私→再着替え中。下着姿。
黒髪の人→フリーズ中。制服姿。
「え、えーと………」
フリーズからようやく解放された黒髪の人の第一声は。
「……猫ウサギ?」
「ッ!?」
私のパンツの柄でした。
「いやああああああああ」
突拍子もない声を上げながら、気付けば私は黒髪の人に飛び二段蹴りを炸裂させてしまいました。
「ゲドラフ!」
謎の叫び声と共に綺麗な放物線を描いて吹っ飛んで行く黒髪の人。
後に残されたのは彼が持って来てくれた、ドライヤーと櫛だけでした。
五分後。
「お待たせしました」
部屋を貸してくれた警備員さんに感謝の意を示すと。
「気にしなさんなって。それに礼ならコイツに言いな」
クイッと親指で、床に座ってる黒髪さんを指す警備員さん。
「あ、さっきはごめん!まさか着替え中だとは思わなくて…」
ばつが悪そうに謝る黒髪さん。
「い、いえ!こちらこそ恩を仇で返すような真似をしてしまい、申し訳ありませんでした!」
本来なら恩人に感謝こそすれど、飛び二段蹴りをお見舞いするなんて言語道断です。
例え、その…下着を見られたとしても。
「………………………………」
「………………………………」
お互いにかなり気まずい空気が流れます。
「アンタらいつまで固まってるんだ。説明会始まっちまうよ?」
警備員さんが見るに見兼ねたようにフォローを入れてくれました。
「あ、ホントだ!」
と黒髪さんは慌て始めます。
「ゴメン!僕、係員だから行かなきゃ!」
姐さん、後は頼んだ!
と警備員さんと私に挨拶をすると、黒髪さんは走り去って行きました。
「……カッコいいなぁ」
思わず呟いてしまいます。
「惚れちまった?」
茶化すような口調で警備員さんが話しかけて来ました。
ハッとして口をつぐみましたが、バッチリ手遅れ。
迂闊でした。
「まあ、まだまだアイツは2枚目半のヒヨッコだけどね。困っている人は見捨てておけない、父親譲りのお人好しなのさ」
「?」
何だろう。
この人、黒髪さんについてすごく詳しいです。
「さてと」
でも話を聞く前に警備員さんは私に言いました。
「アンタも説明会受けにきたんだろ?もう始まっちゃうぞ?」
言われて時計を確認すると。
「ああっ!」
集合時間の三分前。
ギリギリです。
「制服は乾かしといてやるから、早く行きなよ」
ほら、と案内図を渡されました。
集合場所は確か寮の玄関。
ここからだとすぐみたいです。
「ありがとうございました!」
警備員さんに御礼を言ってその場を後にします。
気がつけば、雲はまだかかっているものの、雨は止んでいました。
「こ、こんにちは!」
何とか間に合いました。
ギリギリセーフです。
「お名前は?」
係員の女の人が質問します。
槍橋亜季子です。
と伝えると、
「こちらへどうぞ」
広めの部屋に通されました。
そこには色んな制服の人たちが早速交流を図っています。
(そっか。この人達も四月からは仲間ですもんね)
そう思うと、早い内から色んな人と仲良くなった方がお得な気がしてきました。
「槍橋さん、槍橋亜季子さーん、いらっしゃいませんかー?」
「あ、はい。…って」
名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのはさっきの黒髪の人でした。
「あ、君はさっきの!」
あちらも私に気付いて驚きの声を上げました。
「さっきはホントにゴメンね?まだ怒ってる?」
「あ、いえ!怒るなんてとんでもない!私の方こそすみませんでした」
お互いに頭を下げます。
一昔前のコントみたいです。
「いいよ、気にしないで。女子からボコられるのは慣れてるし」
サラッとすごい事を言っちゃいましたよこの人。
「まあ、それは置いといて」
置くんですか?
「今日一日、君の班を案内する競翔科一年の進道永路です。よろしく」
『ん』
と手を差し出す黒髪さん。
「あ、常松中出身の槍橋亜季子です。よろしくお願いします!」
私も手を伸ばし、握手を交わします。
これが私と永路さんの出会いでした。
「というわけで、この学院では様々な体験を通して諸君等の成長を…」
校内の案内や寮の見学などの後、学院の校長先生のお話。
正に説明会という感じですが、私の目線は終始進道さんに釘付けでした。
少しでも説明会に集中しなければいつの間にか目線が進道さんに行ってしまう始末です。
(さっきの手、大きかったな)
握手した時の進道さんの手。
大きくて少し固くて、暖かい。
感触が今でも残っています。
「…さん、…橋さん」
男の人の手の平って、あんな感じなんだ。
「槍橋さん?」
「ひゃい!?」
ち、近い!
気がつくとすぐ近くに進道さんの顔がありました。
「大丈夫?熱でもあるの?」
「あ、いえ!そういうわけじゃないです!」
大きく手を振って否定します。
「なら良いけど…。校長の話、終わったよ。今日はこれでお終い」
集合するからこっち来て。
と進道さん。
再び最初の部屋に戻り、班毎にミーティングをして今日の説明会はお終い、と言う流れみたいです。
移動中でも私の視線は進道さんをずっと捉えていました。
後ろから聞こえて来る声もずっと進道さんの話題で持ちきりです。
「ねえねえ!あの進道って人、超タイプなんだけど!」
「あ、私も!年の割に何か大人びてるとことかいいよね〜!」
「一人称が『僕』って言うのも、ギャップあっていい味出してるよね!」
「説明会の案内も、すごく丁寧で面白かったし!」
「でもさ、あんなにいい人なんだから彼女とか居そうじゃない?」
「本人に直接聞いたけどいないらしいよ〜」
「「「「「マジで!?」」」」」
会話をしていた女子全員の声が重なり、廊下に響きました。
「皆さ〜ん、もう少しお静かにお願いしますね」
優しく注意する進道さん。
何というか、すごく紳士的です。
「さて、それじゃ本日の説明会はこれにて終了です。皆さんお疲れ様でした」
『ありがとうございました〜』
説明会が終わり、解散となった直後。
「進道さん、私競翔科なんで、入学したらご指導お願いします!」
「進道さん、私も!」
「私もお願いします!」
「私は技術科なんで、進道さんをメンテナンスさせてください!」
やいのやいのと進道さんに群がる女子達。
当の本人はすごく困った顔をしています。
と。
「え〜い〜じー!!」
「ごあ!?」
いきなり進道さんの頭にドロップキックが直撃。
これには私を含めたその場にいる全員が呆気にとられました。
「やい小娘たち!これだけ言っておくわ!」
ドロップキックを放った金髪碧眼の女の子が叫びます。
「進道永路はこのファム=ジルサンダーの夫!痛い目に遭いたくなければ永路には手を出さないことね!」
「いつも痛い目みるのは僕なんだけどな…」
「おだまり!」
「ごう!?」
今度は踏んづけられる進道さん。
その様子はまるで夫婦のようで、何だか少し不安になりました。
『コンコン』
「失礼致します」
警備員さんの部屋。
制服を取りに戻って来ました。
「お疲れ様!服、乾いてるよ」
「ありがとうございます」
ジャージをお返しし、元の制服に着替えます。
「どうだった、説明会は?」
コーヒーをすすりながら警備員さんは聞いてきました。
「すごく良かったです!」
特に進道さんが!
「そうかい、それはよかった。っと」
警備員さんの携帯電話がなりました。
ジェスチャーで『ちょっと待ってね』と断りをいれ電話に出る警備員さん。
「もしもし。ああ永路か。ん?…ああ、いるよ。……わかった、伝えとく」
どうやら電話の相手は進道さんだったようです。
「永路ってば、あなたに用があるから『ここで待ってて』だとさ」
え。
「わ、私に用?」
何だろう?
もしかして説明会の間、ずっと見てたことがバレた、とか?
「言っとくけど、あの朴念仁に色恋沙汰を期待しても無駄だよ」
アイツは昔っからそういうのに鈍いからね。
と警備員さん。
うーん…。
やっぱり…。
「あの…」
てあれ?
そういえば警備員さんの名前って何て言うんでしたっけ?
「あ、悪い悪い!まだ名乗ってなかったね」
困惑している私を察してか、首に提げた身分証をかざし。
「進道七海、21歳。ここで警備員やらせてもらってる」
警備員さん―――七海さんは自己紹介をしてくれました。
って、『進道』!?
「ああ。私はアイツ―――進道永路の従姉で義理の姉さ」
それから。
進道さんのお父様が、亡くなった日本代表・進道正路さんだということ。
七海さんのお父様が、進道さんを養子として引き取ったこと。
進道さんにまつわるお話を幾つか聞かせてもらいました。
と言うか、私みたいな部外者が勝手に進道さんの事情に踏み入れていいのでしょうか?
「構いやしない。アタシはアイツに関わりある奴らみんなに言いふらしてるよ」
「それはそれで問題ありそうですけど…」
『ありそう』というより大有りでしょう。
「いいんだよ。人の事情ってのは知れば知るほど、ソイツとの接し方がわかるようになるんだから」
特に永路の場合はかなり異色だからね。
と七海さん。
「それで個人情報勝手に流失されてる僕としては結構困ってるんだけど」
「!?」
いつの間にか進道さんが入り口に立っていました。
「いいじゃん。減るものじゃあるまいし」
「減るんだよ!僕の純情とか!」
「減っちまえ、そんなモノ」
「余りにも酷すぎる!」
この鬼姐!
と進道さん。
一方の七海さんは気にも留めていないようです。
大人の余裕と言うものでしょうか?
「そんなことより、この子に何か用があったんじゃないの?」
言いつつ私を指す七海さん。
「あ、そうだった。槍橋さん、はい」
そう言って進道さんが差し出したのは、傘でした。
「外、また雨が降ってきてたからさ。良かったら使ってよ」
「えっ、でも…」
いつ返せばいいんでしょう?
「返さなくていいから。どうせ予備のだし」
この人、いい人過ぎます!
「ありがとうございます!進道さん!」
このご恩は一生、いえ末代まで忘れません!
「ふふっ。いいねぇ、青春って感じで」
茶化すように呟く七海さん。
『ピピピピピピ』
「あ、ちょっとゴメン」
進道さんの携帯からです。
「もしもし麻火か?…あ、うん。わかったよ、すぐ行く」
何かあったのでしょうか?
「応援要請。片付けの人手が足りないみたいだから手伝ってくる」
席を離れ、部屋を出ようとする進道さん。
もう少しお話ししたかったのですが、お仕事ならしょうがありません。
と諦めかけていると。
「ちょい待ち、永路。せめて校門のとこぐらいまではこの子を送ってやったら?」
気を利かせてか、七海さんが進道さんを引き止めてくれたのです。
「ん。それもそうだね」
じゃ、行こっか?
と右手を差し出す進道さん。
「あ、は、はい…」
私も手を伸ばし、差し出された手を掴みます。
あの時と同じ、大きくて温かい、進道さんの手。
それに触れた瞬間、心臓の鼓動が一層激しく脈を打ち始めました。
(あっ、そっか)
そして、気付いてしまいました。
いつの間にか目で追ってしまうのも。
こんな些細な仕草でときめいてしまうのも。
私、槍橋亜季子が。
この人、進道永路さんに恋をしたからなんだと。
「じゃ、気を付けて」
校門の前、進道さんは私に差した傘を渡して言いました。
「はい、ありがとうございます」
…。
どうしよう。
四月から同じ学校に通うことになるとは言え、それまでに進道さんに恋人が出来ないとも限らない。
それなら、いっそのこと今のうちに想いを伝えておくべきではないでしょうか。
(でも…)
思い出したのは、あのファムと言う女性。
(あの人、進道さんは自分の夫だって言ってた…)
どういうことなんでしょうか。
「槍橋さん?どうかした?」
だんまりしていた私を気にして、進道さんが問い掛けます。
…よし。
ちょうどいい機会です。
くよくよ迷うくらいなら、ビシッと聞いてみましょう。
女は度胸です!
「あ、あの!進道さん、さっきのファムって人とお付き合いしてらっしゃるんですか!?」
「んなわけあるか」
…即答、です。
あまりにも即答過ぎて逆にビックリです。
「アイツはただの、その、幼馴染みと言うか、姉弟みたいなものだよ」
ポリポリと頬をかきながら説明する進道さん。
「で、でもあの人は進道さんのこと夫だって…」
「アレはただ僕をからかって楽しんでるだけだよ」
………うわあ………。
七海さん。
あなたの義弟は朴念仁なんてレベルじゃありません…。
ここまで来たら最早ファムさんの方が可哀想です。
「……そもそも、僕は人に好かれていい人間じゃない……ましてやファムに……」
あれ?
「今何かおっしゃいました?」
雨音のせいではっきり聞こえませんでした。
「あ、いや、何でもない…と」
『ピピピピピピ』
また進道さんの携帯電話が鳴りました。
「ゴメン、そろそろ行かなきゃみたいだ」
着信元は確認していませんが恐らくは学友の方からでしょう。
「本当にゴメン!じゃ、また四月に会おうね」
傘を渡して踵を返す進道さん。
…ええい、ままよ!
「あ、あの、進道さん!」
思わず呼び止めてしまいました。
「ん、どうかした?」
「あの…その…」
…伝えるんだ。
こういう鈍感な人には、言葉で伝えるしか無い。
「私、その、進道さんのこと…」
頑張れ!
頑張れ、私!
心の中の小さな私×100人が一斉に声援を贈り始めました。
「?僕のこと?」
対する進道さんはキョトンとした顔でこちらを見ています。
…何だか腹が立つな…。
「進道さんの、こと…」
あともう少し…!
あともう少しだけ…!
神様、私に勇気を下さい!
「進道さんの事が!」
す!
『ピシャァァァン!』
「きゃあああ!?」
神様のバカ〜!
私が頼んだのは雷じゃなくて勇気ですよ!?
字足らずな上に一文字もあってないじゃないですか〜!!
「だ、大丈夫、槍橋さん!?」
進道さんは私が雷にビックリしたことにビックリしているみたいです。
雷平気なんでしょうか?
「は、はい…。ちょっと驚いただけです…」
うぅ…。
あられもない姿を見せてしまいました
「そっか、ならよかった!」
『ピピピピピピ』
あ。
また着信。
流石に出た方がいいと思ったのでしょう。
先に私に断りを入れてから携帯電話を取り出す進道さん。
「もしもし、麻火か?どうした……ハァ?寮に雷が直撃した!?」
ええ!?
神様、私そんなこと頼んでませんよ!?
「それで!?…うん、うん…。わかった!すぐに……あ」
こちらを気にしてか言葉を止める進道さん。
「…進道さん…」
こんな時でも私を気にかけてくれるのはすごく嬉しいですし、私も本当はもっと一緒にいたいです。
でも。
「行ってあげてください」
でも、あなたはもっとたくさんの人を助けることが出来る人。
誰かがあなたを必要とするなら、あなたはそれに応えるべきです。
(私はそんなあなたを後ろから見送ることが出来れば、それで満足なのですから)
『昔も、今も』
「〜〜ッ!本当にゴメン!」
謝罪と同時に踵を返し、寮に向かう進道さん。
頑張って下さい。
永路さん。
「お姉ちゃん、お帰り」
学院から家に戻ると、妹の朱鷺子が出迎えてくれました。
「ただいま、朱鷺子」
帰宅の挨拶を済ますと、すぐに二階の自分の部屋に向かいました。
「お姉ちゃん、どうしたの?具合でも悪いの?」
そんな私に心配そうに尋ねる朱鷺子。
「ううん、ちょっと疲れただけ。少し休むので夕食が出来たら呼んで下さい」
「うん、わかった!」
よろしくね。
とだけ言って部屋に入ります。
「ふぅ…」
朱鷺子にはああ言いましたが、本当はすごく疲れていました。
進道永路さん。
殿方にこんな気持ちを抱くなんて初めてです。
いえ、正確には二回目かも知れません。
しかし。
「『あの人』は今どうしているでしょう…?」
幼い頃に私を助けてくれた、あの男の子。
名前も知らず、今となっては顔も思い出せませんが。
もしかすると、その人が初恋の人になるかもしれません。
…そう言えば、あの日も今日みたいに天気は雨でした。
「…あ…れ……?」
…何故でしょう……。
何だか…すごく眠いです…。
視界が霧に包まれたようにぼやけてきました…。
「服…着替えなきゃ…」
そう呟いたものの、既に私はベッドに身を預けていました。
眠りに落ちる寸前。
頭に浮かんだのは、入学許可証の在処。
(そう言えば…鞄の隠しポケットに入れてたっけ…)
そうでした。落とさないようにと、敢えて隠しポケットにしまったんだった…。
アハハ…。
探し物って…意外に近くに…あるんですね……。
そう思ったのを境に、私の目の前は真っ暗になりました。
―――――――――――――――
「ん……」
……あれ?
私…。
確か永路さんが急に倒れて、それを介抱してて…。
いつの間にか寝ちゃってたみたいです。
何だか懐かしい情景を夢で見た気がします。
「すぅ…すぅ…」
ふと見ると、静かな寝息をたてて永路さんが眠っいました。
(…可愛い)
男の人にこんなことを思ったのは初めてですが、永路さんの寝顔は正直、かっこいいとか男らしいとかよりも、可愛いと言う方が適切な気がしたのです。
(結局、あの時からずっと言えないままだなぁ)
永路さんの寝顔を見ながらふと思いました。
あの日。
神様が気まぐれを起こさなければ『好き』と言えたのでしょうか。
…うーん…。
正直わかりません。
「くぅ……くぅ……」
わかりませんけど。
すやすやと眠る永路さんの顔を見てると、何だか『この人を好きになって良かったな』と思えてきました。
知らなかったとは言え、私は永路さんのお父様の事について触れてしまった。
それなのに永路さんは笑顔で私を許してくれました。
「本当は起きてるときに言いたいんですけど…」
そっと永路さんのさらさらな前髪を上げて。
「ありがとう、永路さん」
柔らかなおでこにそっと口付けを贈りました。
「ん…ふにゅ…」
むず痒そうに顔をもぞもぞさせる永路さん。
「ふふっ」
その仕草も可愛くて、つい口元が緩んでしまいました。
その時です。
『消灯時間です』
就寝を促す放送が流れました。
少し名残惜しいのですが、今思えばこの状況は校則違反ですし、誰かに見つかる前に撤退しなければ行けません。
「お休みなさい、永路さん」
また明日。
起こさないように、静かに部屋を出ようとすると。
「……亜季子……」
恐らく寝言でしょうけれど。
確かにその時永路さんは言ってくれました。
「……ありがとう……」
と。
「ッ!」
体の奥底、芯が一気に燃えるように熱くなってきました。
見つからないように早足で部屋に戻り。
「あら、遅かったわねアキ………って貴女、顔真っ赤じゃない」
ルームメイトで競翔科・三年生のソフィア=カーライルさんが私に尋ねてきました。
「…ソフィーさん、どうしましょう…」
体がすごく熱い。
火照ってると言っても過言ではありません。
「…何かあったのかしら?」
心配そうに私を見つめるソフィーさん。
「私、前に好きな人がいるって言ったじゃないですか」
ソフィーさんはすごく気さくな方で、よく相談に乗ってもらっていましたから、私に好きな人がいることを知っています。
「ええ、それがどうかして?」
すごく恥ずかしいですけど、こんなこと本人はおろか、ソフィーさん以外には話せません…。
「私、もっとその人が好きになっちゃったみたいなんです…」
続
く
如何だったでしょうか。
スケジュール的に厳しいこともあり、至らないところも多々有るかと思いますが、ご勘弁を。
ここまで読んで下さった皆様に心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました!
それでは駄犬めはコレにて失礼致します。
斬
鉄
犬