第十四翔 〜本当の理由ってのは聞いた後に大概後悔するモノ〜
今回少しシリアスめに。
それではごゆっくりご覧下さい。
「じゃ、頼んだぞ」
気絶した麻火を部屋まで運び、同室の一年生 (確か名前は古島とか言ったはずだ)に預け、僕も自分の部屋に戻る。
ちなみに学院は全寮制。男子区画と女子区画に分かれており、基本的に二人一組の部屋割りだ。
まあ、僕はその『基本的』の数少ない例外なのだが。
そもそも二人一組は全体の人数が偶数の場合のみ成立するのだが、あいにくこの学院の男子生徒数は現在209人、つまり奇数なのである。
で、この場合は学年の初めに全男子生徒による『大抽選会』が行われる。
勿論今年もこれが開催され、その結果僕が一人部屋に割り当てられたと言うわけなのだ。
なのだが。
実はこの一人部屋。ある問題が発生する。
それは。
『ガチャ』
部屋のドアを開ける。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様!」
『パタン』
部屋のドアを閉める。
……。
「部屋間違えたかな?」
扉に張ってある名前を確認してみるも。
『進道永路』
うん。
間違いなくここは僕の部屋だ。
…あれ。
もう一度ドアを開けて。
「お、お帰りなさいませ、ご」
閉める。
うん。
ちょっと待って。
違うんだよ。
この部屋の問題は幽霊が出るらしいとか、日陰だから洗濯物が乾きにくいとか、そう言った類のモノなんだ。
決して
『ドアを開けたら美少女メイドがお出迎えをしてくれる』
とか、そんな夢と希望に満ち溢れたモノじゃないはずなんだ。
『ギィ』
と、今度は部屋側から扉が開けられ。
「…あ、あの〜」
先ほどのメイドさんが顔を出した…って。
「…何やってんの亜季子ちゃん」
よく見たら美少女メイドの正体は亜季子ちゃん。
…本当、何やってんの。
「お気に召しませんでしたか?」
いや、気に召すか召さないかの問題じゃなくて。
「あ、バニースーツとか、ナース服とかもありますけど…」
「服装の問題でも無い!」
見たいけど!
すごく見たいけど、そういう問題でも無い!
「え、じゃあ脱げば…」
「いやもっと違うから!」
どこをどうやったらその結論に至るんだ!?
「仕方、ないですよね?脱ぐしかないなら…」
「だからそういう問題じゃないってば!」
この人もたまに他人の言うこと聞かない時があるんだよな……。
「と、とにかく一度中に入れさせてくれないかな?」
この状況、実は非常にマズい。
男子区画と女子区画。
二つの区画を移動する事自体は、まあ問題ではない。
が、異性の部屋に侵入、或いは招き入れる行為は、見つかった場合校則違反で校庭三時間走の刑に処せられる。
前科持ちの隣の部屋の人に聞いたところ、
『あれは地獄だった…』
とのこと。
そう。つまり僕は今地獄の門の前にいるのだ。
「あ、はい。どうぞ」
素直に部屋の中に入れてもらえたおかげで、何とか地獄の入り口からは脱出できた。
……と思っていたのに。
まさか自分の部屋のドアが地獄に直結していたなんて、この時の僕には予想もしていなかった。
閑話休題。
「ふぅ。で?誰に唆されたの?」
「え?」
清廉潔白な亜季子ちゃんがこんなことするはずがない。
となれば可能性は一つ。
誰かが亜季子ちゃんを唆した。
間違いない。
間違いのハズがない。
「じ、実は鈴奈さんと鈴白さんから…」
ビンゴ!
「ちょっと待ってて。あのチビスケ達、シバいてくるから」
腕部パーツ形成!
さあ、女性をたぶらかす小鬼共を退治するとしよう!
「ちょっ!?永路さん、少し落ち着いて下さい!」
「大丈夫!僕は充分落ち着いてるよ!」
落ち着き過ぎて、特定の人物二人をボッコボコにしてやりたい気分さ!
「そういうのは落ち着いてるって言いません!それに私から頼んだんです」
へ?
「た、頼んだ?」
つい間の抜けた声が出る。
「はい…。昼間の事でお話ししたくて、でもどう切り出せばいいか解らなくて…。それでお二方に相談したら『この格好ならイチコロだ』って言われたので」
「昼間の事?」
はて。
ポニーテールを触ろうとしたことかな?
それとも通信切ったことかな?
「あの、その…」
何か迷うような素振りを見せる亜季子ちゃん。
しかしやがて意を決したようにこちらを向き口を開いた。
「『瞬雷』って本当は何なんですか?」
「ッ!」
鼓動が一気に速くなったのが自分でもわかる。
『昼間のこと』ってそれ!?
あの時はうまくごまかせていたと思ったのに。
「な、何と言われても…」
ここは適当にはぐらかそう。
出来ればこの話はしたくないし。
「えーと、ほらってば僕雷が苦手であるが故に…」
「嘘ですね」
早っ!
しかも見破られたし!
「だって入学説明会の時、私が雷に驚いても、ケロッとしてたじゃないですか」
う!
今更その話を出しますか!?
「じゃ、じゃあ前世が雷に撃たれて」
「『じゃあ』とか言った時点で完全に嘘ですよね」
ずいっとこちらに顔を寄せる亜季子ちゃん。
「永路さん、本当のこと教えて下さい。でないと…」
でないと?
「大声で叫びます」
「すいませんでした!」
謝った。
しかも土下座。
超平身低頭である。
さっきも説明したが女子が男子、この場合は亜季子ちゃんが僕の部屋にいることはかなりマズい。と言うか罰則モノだ。
そんな一昔前の学園ドラマみたいな状況下で女子の悲鳴が男子の部屋から聞こえてきたら、どう思うだろう?
答えは簡単。
男 (僕)が女 (亜季子ちゃん)に手を出したと、これまた一昔前の学園ドラマみたいな展開になること間違いない。
そうなれば『変態』とか『欲望の権化』とか嫌過ぎる渾名をつけられる。
今後の学園生活の為にもそれだけは避けたい。絶対に。
…でも。
「…あんまり話したくないんだよなぁ…」
『瞬雷』、か。
思い出すのはあの日の事。
歓声。
悲鳴。
父さんの血。
そして。
そして、少女…?
ズキン。
「ッ!?」
頭痛…ッ!
この感覚は風迅を起動させた時と同じ…!!
いや、それよりも…!
今のビジョンの女の子は一体…?
「わあ!え、永路さん!?大丈夫ですか?」
心配そうにこちらを見る亜季子ちゃん。
「あ、うん大丈夫」
少し痛むが、別段支障はない。
支障はないのだが。
「…。久し振りに話すなぁ」
実に6年振りくらいだろうか。
僕にとっての忌まわしい記憶。
『瞬雷』。
「亜季子ちゃん、僕の父さんの事知ってる?」
「あ、FG日本代表の進道正路さんですよね?」
正確には『元』だが。
「うん。じゃあ父さんの使ってたFGの名前は?」
イマイチ僕の質問にピンと来ないような表情を浮かべる亜季子ちゃん。
「えっと、確か『ライトニングゼファーカスタム』でしたっけ?」
「正解」
当時世界最速と言われていた、父さんこと進道正路専用FG『ライトニングゼファーカスタム』。
でも。
「実はそれ、本当の名前じゃないんだよ」
「え?」
そう。
この『ライトニングゼファーカスタム』とは諸外国用に英語表記に変更されたモノ。
「あの機体には僕と父さん、それから当時父さんとチームを組んでた人達とファムしか知らない、もう一つの名前があったんだ」
「…もしかして、それが…」
そう。
それこそが。
「『瞬雷』」
『瞬く間に天地を翔る雷の如く』
命名したのは進道ミア。
僕の母さんらしい。
『らしい』というのは彼女は僕が生まれてすぐに死んでしまったから。
僕も写真でしか母さんを見たことがない。
「…ごめんなさい」
いきなり謝罪する亜季子ちゃん。
「ちょっ。何で謝るの?」
「だって私、永路さんの、お父様のFGの名前…」
言葉がうまく繋がっていない。
見ると亜季子ちゃんの目には涙が浮かんでいた。
きっと無為に『瞬雷』の名前を出して僕にトラウマを思い出させたとか考えてるんだろう。
…この子も、気を遣い過ぎだろ。
「嬉しかったよ」
「…え?」
確かに偶然とは言え、瞬雷の名前が出て来た時は何かよくわからない感情が押し寄せてきた。
けど。
「懐かしくて。父さんが死んで七年、皆がFGインストーラー・進道正路の事を忘れそうになってる」
でもね。と言葉を続ける。
「そんな時に、例え偶然でも、父さんが生きて翔んでいた証を亜季子ちゃんは口にしてくれた」
ごちゃごちゃしてよくわからない感情の中にも、『喜び』は確かに存在してたんだ。
忘れないでいてくれたから。
思い出させてくれたから。
だから。
「ありがとう、亜季子」
心からそう思える。
「あ…名前…」
「ん?ああ。もう『ちゃん』はいらないかなと思」
『ズキン』
「って…?」
…何だ?
また頭痛…?
『ズキ』
『ズキン』
「永…さん?」
あれ?
今、亜季子の声が遠くに聞こえた感じが…。
『ズキン!』
「ッ!」
何、だよコレ…。
ただの頭痛じゃない…?
『ズキン!』
脳が捻れる…ッ。
何かが頭の中で、蠢く。
「ッッッアアアアア!」
倒れた、んだと思う。
頭の痛みにばかり意識が集中していたから、よくわからないけど。
「え……ん!」
亜季子の声が次第に遠くなっていく。
「………………………………」
痛みにもがく僕自身の声すら、もはや聞こえない。
意識が闇に引きずり込まれるその瞬間。
『今夜は地獄よ』
ファムの声がよぎり。
「そう言う、こと」
その一言を呟くと同時に、プツンと糸が切れるように僕は気を失った。
続
く
如何だったでしょうか。
最近更新速度が遅くなって申し訳ありません。
次回は少し過去のお話をやろうかなと思っています。
それでは駄犬めはこれにて失礼致します。
斬
鉄
犬