四阿で
よく晴れたある日の昼過ぎ、青年は散歩に出ていた。平日の昼間のこともあり、たまに車がすれ違うだけの静かな道を歩いていた。最近は日中でも人目を気にせず、外に出られるようになった。散歩の際に公園の横を通るので、今日は中に入ることにした。
公園には遊具がなく、ベンチと四阿が点在していた。真ん中を流れる小川のそばには、梅雨が明けてもなお、紫陽花がいくつも咲いていた。
草花を横目に歩いているとぽつりぽつりと雨が降ってきた。空を見上げるといつの間にか黒い雲が空を覆っていた。
すぐに止むだろうと帽子を深くかぶり直した。しかし、雨脚は弱まるどころかどんどん強くなっていった。
青年はたまらず、近くにあった四阿に駆け込んだ。中央に木製の机があり、それを囲むようにベンチが置かれた、こぢんまりとした四阿だった。深くかぶっていた帽子を取り、顔を上げると、そこには本を読んでいる老人が座っていた。
「あ、すみません」
邪魔してはいけないと思い、出ようとした。振り返ると、バケツをひっくり返したような土砂降りになっていた。
「……失礼します」
青年はここに留まることにして、老人の斜め向かいのベンチに座った。老人は本のページをめくった。
四阿の屋根を雨粒が激しく叩いていた。向こうの木々は白く霞み、先ほどまで見えていた小川もよく見えない。
その時、青年のお腹が雨音にかき消されないほどの音で鳴った。
すぐに帰宅すると思って、お昼ご飯を食べずに出てきてしまった。何でこんな時に、とお腹を押さえた。
「これ、食べるか?」
「え?」
声の方に顔を向けると、老人が机の上におにぎりを置いていた。くれるというのだろうか。
「いえ、そんな、大丈夫です」
青年は慌てておにぎりを返そうとしたが、老人は読書に戻っていた。またお腹が鳴った。思わず老人に目を向けると、口元が少し上がったように見えた。
「……ありがとうございます。いただきます」
梅干しおにぎりだった。梅干しの酸っぱさとお米の甘みが口の中で混ざり合った。お腹が空いていたのであっという間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした」
そう手を合わせると、老人は微かに頷いた。
公園でご飯を食べるのなんていつぶりだろう。青年は雨の降り続く空を見つめた。晴れていたらまたここに来るのも悪くない。
「雨、止まないな」
唐突に老人は口を開いた。青年は周りを見回した。自分しかいない。
「そ、そうですね」
誰かと話すのはいつぶりだろう。変な声が出てないだろうか。
「こういう雨はなんて言うんだったか。…ゴリラ豪雨?」
「ゴリラ?……あ、えっと、ゲリラ豪雨ですか?」
「そうだそうだ」
老人は満足そうに頷くと、本に目を戻した。
青年は先ほどの唐突なゴリラ発言を思い出し、少し口角が上がった。
「雨、早く止むといいですね」
青年はそう口をついた。
「そうだなぁ」
しばらくすると、次第に雨足が弱くなり、日が差し始めた。
「雨、上がりましたね。失礼します」
老人は手を上げた。相変わらず、本から目を上げてくれなかった。
数日後、よく晴れていたので散歩に行った。
公園の前を横切った時、ふと四阿の様子が気になり、中に入ることにした。
雨宿りした四阿を覗いてみると、老人が数日前と同じ場所に座っていた。
「こ、こんにちは」
「おう」
老人は相変わらず、本を読んでいた。
「えっと、よくここに来られるんですか?」
「そうだな。落ち着くからな」
「あの、ここに座っても、いいですか?」
老人は本から顔を上げずに頷いた。
青年は腰を下ろした。今日は風が気持ちいい。
しばらくすると、老人が鞄をゴソゴソと漁っている音が聞こえてきたので、なんとなく振り向いた。
青年の前におにぎりが置かれていた。
青年は先日の出来事を思い出し、顔が赤くなった。
「今日は大丈夫です!」
「そうか?」
老人はおにぎりを手に取り、食べ始めた。
青年はぼんやりと公園を眺めていた。数日前に咲いていた紫陽花は、色が褪せ始めていた。
しばらくそこで休憩して、青年は立ち上がった。
「お邪魔しました。失礼します」
老人は手を上げた。
自宅までの帰り道、青年は老人に自分から話しかけていたことに気づいた。
数日経つと、気温が急に高くなった。汗をぬぐいながら歩いた。蝉の声がうるさく、日差しが強い。
いつものように公園に寄ってみたが、今日は老人はいなかった。
公園には小学生くらいの少年が虫網を手に駆け回っていた。少し離れた四阿には、少女たちの楽しげな声が響いていた。最近は昼間なのに子どもが多い。もう夏休みの時期になったのか。
子どもたちの賑やかな声になんだか落ち着かず、早々に公園を出た。
それから数日後、公園に入ったついでに、いつものベンチに腰かけた。しばらく座っていたが、老人が来ることはなかった。
鞄から水筒と保冷バッグに入れた饅頭を取り出し、食べた。少し塩気の効いたあんこが体に染み渡る。
一息つき、公園を見渡した。自転車に乗った少年たちが公園に入ってきた。
饅頭の包み紙と水筒を鞄に入れた。保冷バッグの中にはもう一つ饅頭が入っていた。青年は小さくため息をついた。
暑さが少し和らいだ日の夕方、四阿に座っていると老人がやって来た。
「失礼するよ」
「どうぞ」
老人は鞄から本を取り出した。
青年も鞄から保冷バッグを取り出した。
「これ、いつかのお礼です」
机に饅頭を置いた。
「おぉ、ありがとう」
老人はペットボトルのお茶を取り出し、包み紙を広げ、食べ始めた。
「ここは落ち着くなぁ」
「そうですね」




