断罪中、前世を思い出した私は全力で『クロ』を『シロ』にします
「ミランダ・コルト公爵令嬢! シシリア・ロッシ男爵令嬢に嫌がらせをし、果ては階段から突き落としたことを認め、速やかに婚約を破棄せよ!」
金髪碧眼の甘やかな美貌を憎々しげに歪め、王太子であるロダンは私を指差した。
その腕の中には、淡いピンクのふわふわの髪に、こぼれ落ちそうなほど大きな青い瞳の可愛らしい令嬢が収まっている。
時は卒業式、卒業生がなぜに今!? と見守る中、私達三人は壇上で、『見て見て』とばかりにババーンと対峙していた。
私は、パチパチと目を瞬いた。
脳裏に浮かんだのは、見事なドリルヘアの赤髪、吊り目がちの緑の瞳に意地悪そうなきつい顔立ちの美人――ミランダ・コルト。
そう、今の私の顔。
トトンといろいろ繋がって理解した。
あ、転生してる……と。
そして、断罪中であると……。
金髪王子に、ピンク髪ヒロイン、赤髪縦ロール悪役令嬢と揃ったら、とりあえず何かの乙女ゲームだろう。
ということは、この後は良くて修道院、まあまあひどくて国外追放、最悪は断首あたり?
私は気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸をした。
ちゃんと記憶もある。
ミランダはやった。
シシリアに水をかけたし、教科書を破ったし、悪口、罵詈雑言、etc、etc……。
そして、とうとうこの前シシリアを階段から突き落とした。
嗚呼、完全クロ。有罪だ。
しかし、ここで認めてしまったら人生が詰んでしまう。
ごめんよ、シシリア。
私はまだ死にたくない!
「殿下、その前に確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
私は、『クロ』を『シロ』に変えるために全力を尽くすことにした。
「許そう」
この王太子はいい格好しいだから、寛大な自分を見せるために案の定頷いた。
私は、よし! と内心でガッツポーズをした。
「では、確認いたします。殿下とシシリアさんは、真実の愛で結ばれたお二人なのでしょうか?」
「ええ、そうよ! 私とは真実の愛で結ばれているのよ」
私の言葉に、ぱっくりシシリアが食いついた。
『真実の愛』って言葉、好きそうだよね!
「殿下はいかがでしょうか?」
シシリアが早く言ってとばかりに、その大きな青い瞳を器用に潤ませて、私のナイスアシストをする。
「もちろんだ。私とシシィは真実の愛で結ばれている」
王太子が愛しげにシシリアを抱きしめた。
「二人は深く愛し合っているという認識で間違いありませんね?」
私は念を押すように確認した。
「ああ。私はシシィを愛している」
「ロディ♡」
私は二人のお花畑な言葉にニンマリ笑った。
「それは浮気ですね?」
「は?」
「へ?」
ポカンとする二人に、私はさらに畳み掛ける。
「しかも、婚約者の前で浮気相手を抱きしめるなんて精神的苦痛を与える行為です。これは、我がコルト公爵家を軽んじている証拠ですわ」
私は、二人に指を突きつけた。
「い、いや。そんなつもりはない」
王太子は、慌てたようにシシリアから距離を取った。
「いいえ、これは不貞行為です」
「私達は、そんな破廉恥なことしていません。まだ口付けしかしてません! 清い仲です」
シシリアには、一線越えないラインを清い仲という独自のルールがあるようだけど、婚約者以外の異性と二人でいるだけで浮気を疑われる世界だ。
口付けしたなんて、紛うことない不貞行為だ。
素晴らしい証言、ありがとう!
「まあ!? 婚約者以外の女性と口付け!? 信じられませんわ! 殿下の浮気者!」
シシリアからのナイスパスを受け、私はありがたく王太子にゴールを決めた。
「は!? 愛する二人が盛り上がって口付けするのは自然の摂理でしょう!? まだ裸のお付き合いはないんだからセーフよ!」
「シシィ!? ちょっと黙ろうか!?」
普段の冷静沈着の装いをポイして、王太子は絶叫した。
「ひどい、ロディ! 何よ、階段から私を突き落としたことを、ミランダ様に謝らせるって言ったのに!」
シシリアの言葉に、王太子が当初の目的を思い出す。
「そうだ、ミランダ。シシィを階段から突き落としたことを早く認めないか」
王太子は形勢逆転だとばかりに指を突きつけ返した。
「あら、殿下。私は、その件の前に確認する許可を殿下に求めて、殿下はお許しくださいましたわ。王族たる者、一度口にしたことを覆すことはあってはならないはずでは?」
そう。王族は権力がある分、その言葉は重い。
「うっ、確かに……」
ロダンが悔しげに押し黙った。
「いいですか? 殿下は、私という婚約者がいるにも関わらず、シシリア・ロッシ男爵令嬢を愛していると認め、婚約中に不貞行為をした証言がある状態ということは理解されておりますか?」
私は、追い込み漁の漁師になった気分で、慎重に言葉で殿下を追い詰めていく。
「いや、それは、言葉の綾というか」
「『はい』か、『いいえ』でお答えください」
諦め悪くもごもご言葉を濁すロダンに、ぴしゃりと逃げ道を塞ぐ。
「…………………………………はい」
ロダンは長い沈黙の中、ウロウロと視線を彷徨わせたが、檀下の卒業生達の冷たい視線に観念したように答えた。
あとは、思うように料理するだけだ。
私は、慈愛の微笑みを浮かべた。
「殿下、私にも長年婚約者を務めてきた情がございます。お互い至らないことが学生時代あったかもしれません。しかし、それは未熟な子供時代のこととしてなかったことにいたしませんか?」
「いいのか?」
追い詰められたロダンは、パッと顔を明るくした。
「はい。私もシシリアさんに申し訳ないことがありましたし、ここは一つお互いなかったことにしましょう」
浮気もなかったことにするから、私がシシリアにした嫌がらせと階段から突き落とした件もなかったことにしようじゃないかということだ。
お互い、『クロ』を『シロ』にいたしましょう!
「ああ! お互い学生時代にあったことは、大人になるために必要な失敗としてなかったことにしよう!」
ロダンは満面の笑みで提案に乗った。
「私と別れればなかったことにするってことですか!?」
大団円の空気に、シシリアが慌てて待ったをかけた。
しかし、大丈夫。
「いえいえ、まさか。なかったことにしたとしても、私の中には殿下が浮気した事実は残ります。婚約は白紙にする方向で進めましょう。よろしいですね?」
私はロダンに晴れ晴れと確認すると、同じくロダンも晴れ晴れとした表情で頷いた。
シシリアが感極まったようにロダンに抱きついた。
「ああ、でも殿下はコルト公爵家の後ろ盾を失ってしまいますわね? それに、シシリアさんも殿下と結婚するには身分が足りないかと」
私が指摘すると、二人はさっと青褪めた。
「しかし、大丈夫です。シシリアさんを我がコルト公爵家の養女とすれば、全てが解決だと思いませんか?」
「いいのか!?」
「ミランダ様、神ですか!?」
二人はコロコロと私の手のひらでいいように転がる。
「はい。そのためにも、お父様が気持ちよく頷いてくださるよう、王家には私に新たな良縁をご用意していただければと思います。婚約が白紙になりますと、なかなか次の良いご縁は見つかり難いものですから。お父様は子煩悩な方ですから、私が一人寂しく家にいるうちは頷くことはないかと思います」
実際は、お父様は公爵家の利益主義なので、私という駒が駄目ならさっさとシシリアを養女でもなんでもするだろうが、そこは別に言うことでもない。
私だって素敵な人と結婚したい。
「ああ! 母上に頼んで必ずや良い相手を見つけよう」
「いえいえ、それは畏れ多いですわ。宰相閣下あたりに、ご相談するのがよろしいかと思います。どうぞ、よろしくお願いいたしますね!」
私は心の中で天高く勝利の拳を突き上げた。
もちろん、この場の出来事は卒業式の余興として卒業生の記憶に残してもらう。
高位貴族と王族が『シロ』と言ったら、『クロ』も『シロ』に変わるのである。
◆
その後、私は宰相閣下の三男ハワードを紹介してもらって実にスピーディーに結婚した。
彼は王城に勤める私より八つ上の文官で、野望に満ちてギラギラした父親と兄二人と違って、母親似の緩やかな空気の男性だった。
見た目が茶色の髪に焦茶色の瞳の中肉中背で平凡な容姿だったのと、貴族令嬢達は、そののんびりした人柄に将来性を感じなかったようで、なかなか縁に恵まれずにいた。
しかし、私は結婚するなら、ハワードがいいと思った。
王妃教育で辛くて泣いていた時に、それを誰にも気づかれないよう人払いしてくれたり、王妃に意地悪をされていた時にさりげなく庇ってくれたり、本当に助けられてきた。
ハワードと一緒なら、私は絶対に幸せになれるし、幸せにしたいと思ったのだ。
王家は表向きはお祝いとして、その実態はロダンの浮気の慰謝料として、ハワードに伯爵位を与えてくれた。
私はハワードと、ゆっくり愛を育み幸せに暮らしている。
そして、ロダンとシシリアだが――。
「もう無理です。ミランダ様、ロディと結婚してください〜〜〜」
今日も朝から盛大に大泣きして駆け込んで来たのはシシリアだった。
彼女は、約束通りコルト公爵家の養女に入り、無事にロダンの婚約者となった。
シシリアは、婚約者になると共に、王城に住み込みで礼儀作法と王妃になるための勉強が始まった。
当たり前だが男爵令嬢の礼儀作法と知識ではもちろん足りない。
そこはシシリアも覚悟していたので、しっかり真面目に勉強しているようだ。
問題は、ロダンを中心とした王家にあった……。
実は、ロダンにはわがまま放題でとうとう離縁されて出戻った姉と、重度のブラコンをこじらせた妹と、嫁イジメが生き甲斐のお母様が憑いていた。
私もロダンの婚約中は、ロダンのお姉様のわがままに振り回され、ブラコンの妹にはことごとくロダンとの二人の時間を潰され、お母様にはぐちぐちネチネチと嫌味と嫌がらせを受けてきた。
ただでさえ王妃教育が大変なのに、三人の姑と小姑達に囲まれて精神的に追い詰められたところに、ロダンがシシリアとイチャコラと浮気していたのだ。
それは嫌がらせの一つもしたくなるだろう。
今振り返ると、シシリアに嫌がらせしていると毎回ベストタイミングでロダンが現れたのは、私が嫌がらせするようシシリアがうまく誘導していたのもあったのかもしれない。
彼女は、実に鮮やかに王太子妃の座をもぎ取ったものだ。
いっそ天晴れである。
「シシリア様、王妃殿下もお姫様方も相変わらずのようですね〜」
とはいえ、今はシシリアも本当に大変そうだ。
同じ思いをしてきた私は、憐憫を込めて彼女に紅茶を淹れて、甘いお菓子を勧めた。
シシリア様は泣きながら紅茶をすすって、お菓子をもりもり食べた。
そっと、メイドにお菓子のおかわりを目配せした。
「あの姑と小姑を海に捨てるか、山に埋めたいです! それに! それに! 私がこんなに大変だっていうのに、あの阿呆男は浮気してるんですよ!? 信じられない!」
まあ、一度浮気した男は何度も繰り返すよね。
自分のことはすっかり棚に上げて怒るシシリアを、私は穏やかな気持ちで眺めた。
他人事なので、私の心は平穏だ。
「どうか、ミランダ様。お願いですから、ロディと結婚してください! もう、限界なんです!」
涙目のシシリアに、私は心底感謝した。
私の代わりにありがとう!
「シシリア様、私もう人妻ですし、愚痴は聞きますから、未来の王妃目指してがんばってくださいね!」
「王妃! そう、私は王妃になるのよ! ミランダ様、私がんばります! 絶対、王子を産んで、将来あいつら全員療養という名の僻地送りにしてやりますわ!」
さすが男爵令嬢ながら公爵令嬢を蹴落として王太子を射止めた彼女はたくましい。
彼女はやると言ったらやり遂げるだろう。
公爵家も全面的に応援しよう。
メラメラと瞳に闘志の炎を燃やすシシリアを横に、心底ロダンと別れることができて良かったと、しみじみと今の幸せを噛み締めるのだった。
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