エピソード19 借りの一覧
タルンの後で 廊下はさらに静かになった
危険が消えたからじゃない
いまは 急がないだけだ
曲がり角の先で 天井がもっと低くなる
右の石は滑らかで 何年も手で擦られたみたいだ
左には同じ細い筋
セイガは光の糸を ほとんど床に這わせる
傷の縫い目みたいに
廊下が裂けないように
ランゼが半歩前
盾は中央
縁を前へ向ける
リオルは右の壁沿い
指先が時おりランゼの肩に触れる
癒しは波みたいに来る
上が許したり 禁じたりしているみたいに
ケルトはショーンゴの近く
目は乾いて
視線が角をなぞる
角を文字みたいに読んでいる
ミロスは見えない
だが石の継ぎ目の影が ときどき一息ぶん濃くなる
それが合図だ
近い
ショーンゴは喉で空気を感じる
そして空気が彼を感じ返すのも分かる
黒い輪は光らない
ただ在る
廊下はそれを避けるように 少しずつ距離を取っている
前方にアーチが現れる
石が退き
丸い広間が開く
床は机の天板みたいに平ら
中央に腰の高さの石柱
像のない台座みたいだ
石柱には細い黒い刻み目
行ごとに
借りの一覧みたいに
セイガは入口の左
床の線のそばで止まる
ランゼは中央
柱と アーチの間
盾は斜めに
ショーンゴもセイガも覆う角度
リオルは右の壁に寄り
治療を切らさない
ケルトはショーンゴの背後
前より近い
ミロスはアーチの口の影
後ろの廊下が見える位置
ケルトが囁く
- これは帳面だ
- 地図じゃない
- ここは数える
ショーンゴが石柱へ一歩
触れる前に代価を感じる
右手が重くなる
石が指の権利を主張したみたいに
セイガが糸の光で刻みを照らす
細く
慎重に
光は跳ね返らない
黒に吸いつく
黒がそれを借りとして記したがっているみたいに
リオルが小さく
- 長く見るな
- 向こうも見返す
広間の上を音が通る
足音じゃない
空気のページがめくられたみたいな音
遠い壁の影から男が出てくる
背は普通
肩は広い
茶色い目
印のない暗いチュニック
擦れたバックルのベルト
顔は落ち着き
少し疲れて見える
手首に細い紐
そこに結び目
男はその結び目を二本の指でゆっくり回す
一度
二度
結び目が止まるたび
空気が髪の毛ほど重くなる
男は低く話す
言葉は もう石に書かれているみたいに落ちた
- お前らは殴り合いに来たんじゃない
- 払う場所に来た
ランゼは動かない
だが盾が指一本ぶん上がる
セイガは光の糸を張る
安全線みたいに
リオルは息を確かめる
目は柱から離さない
ショーンゴがまっすぐ見る
- 誰だ
男は笑わない
口の端がわずかに揺れる
それが彼の笑みみたいだ
- オルン
- 俺は帳面の書記だ
ケルトがほとんど唸る
- 書記が一人で歩くかよ
- 書記は 決まった場所から動かない
オルンは紐の結び目を上げる
誇示じゃない
見えるようにするだけ
- 結び目が決める
- 俺は記す
- 誰が何を失った
- 何のために
ショーンゴの輪がわずかに縮む
力じゃない
意志に反応して
広間が答える
空気が指一本ぶん濃くなる
許される と 許されない の境目みたいに
オルンは目を見ない
ショーンゴの周囲の空間を見る
その視線が いくらかを測るように
- 上では街がまだ眠ってる
- それでも もう払ってる
- お前は感じてる
セイガが唾を飲む
そして簡単な単語が喉の奥で引っかかる
濡れた指から硬貨が滑るみたいに
リオルが手首に触れる
- 糸につかまれ
- 言葉で抗うな
ショーンゴが平らに言う
- 俺たちに戻れと言いに来たのか
オルンは首を振る
- 理解してほしいだけだ
- 戻るのも金が要る
- 進むより高い時もある
アーチの口の影からミロスの声
小さい
- もう一つ道がある
- 柱の向こう
- 暗くない
誰かが光を拳に握ってるみたいだ
ショーンゴは柱を見る
一覧を見る
刻みを見る
ここは殺す場所じゃない
書き換える場所だ
オルンが同じ低さで言う
今度は警告より真実に近い
- 先へ行くなら
- 名を声に出すな
- ここでは名も貢ぎになる
ショーンゴの頭の中で 自分の名が一瞬だけ小さくなる
音じゃない
声にする権利を奪われたみたいに
ショーンゴは柱の向こうの通路へ一歩
ランゼが中央へずれて 盾で背中を覆う
セイガは左の線のそばで 光の糸を保つ
道がまだある印として
リオルは壁から離れない
指は どんな代価でも縫い合わせる準備
ケルトは慎重さより近くにいる
ミロスは一息ぶん後ろの影
退路を閉じるために
前の闇は別物になる
暗いんじゃない
記された闇
そして遠い地上
眠る街で
誰かがようやく叫ぼうとして
叫びの代わりに息だけがこぼれた




