エピソード15 怖いのか
石の唸りは消えなかった
それは鼓動になった
街の下で 人のためじゃない心臓が動き出したみたいに
ショーンゴは広間の中心寄りに立つ
松明の二つの影が 彼の肩で折れる
背中では亀裂が冷気を吐き
正面ではヴェルクが裂け目の縁に踏ん張っている
フードはない
額の印は 乾いたまま燃える
封蝋が紙に残るみたいに
ランゼは左肩を柱に押しつけた
盾はひび割れても意地がある
まるで 死が待つ扉を支えているみたいに
セイガは左の壁際
掌の光は低く ほとんど床をなぞる
敵を見るためじゃない
規則の道筋を見るために 線を照らす
リオルは右
黒い引っかき傷のある壁のそば
指先の熱は 医者の呼吸みたいに均一
身体が言うことをきかなくなる瞬間を 捕まえるつもりでいる
ミロスはトンネルの入口に残った
影が最も濃い場所
喉じゃなく 一秒を切り取れる場所
ケルトは少し後ろ
ヴェルクも出口への道も見える位置
目が走る
存在しないハッチを探しているみたいに
ヴェルクが指を動かし
石が応えた
印が瞬いた
規則が動いた
空気が肋へ落ちる
広間に濡れた砂袋を運び込んだみたいに
耳の音が鈍くなり
足音さえ 床に飲まれるみたいに響く
糸は石から這い出ない
隙間に現れる
息と決断の間
瞬きと動きの間
細く ほとんど見えない
一本がセイガの光に触れ
光はすぐに 自分のものじゃないみたいになる
手の中の灯りが 突然他人のものになる
二本目はランゼの膝の下に置かれる
切らない
次の一歩を奪う
盾は踏ん張る
だが身体が動きを見つけられない
三本目はミロスの影へ伸び
影が一瞬重くなる
釘で石に打ちつけられたみたいに
ヴェルクは平らに言う
戦士みたいにじゃない
帳簿をつける者みたいに
- 俺が攻めていると思うか
- 俺はただ戻しているだけだ
- 街が何年も払ってきたものを お前らは命と呼ぶ
セイガは歯を噛む
掌の光が青ざめる
- 奪ってるのは力じゃない
- 力である権利だ
リオルが囁く
線から目を離さずに
- 道を奪う
- だから人は 自分から必要な方向へ倒れる
ヴェルクが一歩
落ち着いて
もう勝ったみたいに
背後の亀裂で闇が蠢く
味方じゃない
道具だ
ショーンゴは退かない
だが身体で感じる
誰かが自分の拍に触れた
心臓が一瞬外れる
見知らぬ手が脈を確かめたみたいに
ヴェルクが掌をさらに上げる
そして遠く上で
街が答えた
叫びじゃない
一枚の光景として
その瞬間
地上の誰かが愛する人の名を呼ぼうとして
最初の音すら出せなかった
言葉が生まれる前に奪われたみたいに
ケルトが歯を立てて吐く
- また地上を繋いだ
- 街が空になるまで押し続ける
ヴェルクが歪んだ笑みを浮かべる
- 聞こえるか
- 奴らは払ってることすら知らない
- 考えられない貢ぎが 一番うまい
ランゼが歯を食いしばる
盾が手の中で震える
だが足が言うことをきかない
次の一歩を消されたみたいに
- ショーンゴ
- 動けない
ショーンゴは声を上げない
- 今あるもので耐えろ
- 一歩を探すな
- 立て
ランゼは息を吐き 盾を床に突き立てる
歩かない
支えになる
それだけで 糸の支配が一息ぶん薄れる
ショーンゴはヴェルクを見る
印だけじゃない
繋がりが見える
髪の毛ほどの細さで
上へ伸びている
ヴェルクが突然 指を強く握る
糸が変わる
太く
攻撃的に
印がもう一度瞬いた
貢ぎが抜かれた
セイガがよろける
掌の光が半分になる
噛みちぎられたみたいに
- 俺の光を取った
ショーンゴは床の線へ半歩ずれる
ヴェルクとセイガの間に立つ位置へ
その瞬間感じる
空間が道を消そうとしている
踏み出しが間違いになるみたいに
それでも止まらない
手を上げる
打撃じゃない
ずらしだ
前の空気が細い稜線になる
壁じゃない
そうか そうでないかを決める境界
ショーンゴは稜線をヴェルクへ振らない
上へ伸びる糸へ通す
貢ぎの道筋そのものへ
印が震える
怖れたんじゃない
怒った
ヴェルクが目を細め
初めて視線に生が差す
- 俺を壊してるんじゃない
- 道具を壊してる
ショーンゴが小さく返す
- お前が道具だ
ヴェルクが掌を開き
石が唸って 天井から埃が落ちる
印が閃いた
規則が動いた
今度の空気は重いだけじゃない
よそものだ
肺が自分のものじゃないものを吸うみたいに
ショーンゴは感じる
奪われているのは動きじゃない
動きを選ぶ可能性
未来の一歩が 頭の中で消されていくみたいに
ミロスが影から跳ねようとする
印を切るために
だが足元の影が硬くなる
石に押しつけられる
力じゃない
命令で
ヴェルクは見ない
ただ投げる
- 影も払う
リオルが熱をショーンゴの胸へ投げる
治療じゃない
錨だ
心臓が二度目に外れないように
ショーンゴはそれを受け
同じ瞬間 規則が嫌うことをする
彼は 奴らの規則で遊ぶのをやめた
ショーンゴは亀裂へ半身だけ向ける
背中を見せない
そして一瞬
闇を抑えていた圧を外す
闇が上がる
攻撃じゃない
債務が 債務者の名を聞いたみたいに
ヴェルクが強くこわばる
そこが鍵だった
愚かな失敗じゃない
人間の
死は怖れない
怖れているのは
結び目の支配を失うこと
自分を強くするものを失うこと
ショーンゴは闇を押し戻す
だがやり方が違う
ただ下へ押すんじゃない
ヴェルクへの道を覚えさせるように押す
そして稜線を鋭くずらす
肉へじゃない
繋がりへ
上へ伸びる糸が震え
一瞬 意味が折れる
もう貢ぎをどこへ運ぶか分からない
地上の街が一秒だけ軽くなる
人々の息が戻ったみたいに
だが地下では
糸が逆流し
ヴェルクへ引き戻される
ヴェルクは全身で震えた
痛みじゃない
帳簿を手元に戻された震え
額の印が不揃いに閃く
拍が狂ったみたいに
ヴェルクは半歩下がる
逃げない
だが身体が距離を探す
肩がわずかに斜めになり
視線が一瞬 トンネルへ滑る
ショーンゴは見逃さない
ヴェルクも気づく
ショーンゴが気づいたことに
そして
石がまだ唸り
糸がまだ震え
ヴェルクが街ごと押しても ショーンゴを潰せなくなり
初めて 敗北が現実になった時
ショーンゴが小さく聞く
ほとんど日常みたいに
天気を聞くみたいに
- 怖いのか
ヴェルクは固まる
指はまだ上がっている
だが手の圧は さっきほどじゃない
笑う
薄い笑み
力がない
- 怖れてない
- リスクを計ってるだけだ
ショーンゴは笑わない
- 早く計れ
- 次の勘定はお前の番だ
その瞬間 ショーンゴは代価を感じた
指がさらに重くなる
奈落の上で石板を支えているみたいに
心臓が一度だけ歪み
空間が一秒だけ言うことをきかない
拗ねたみたいに
倒れはしない
だが分かる
もう一度同じずらしをすれば
身体はもっと悪い支払いを要求する
ヴェルクは亀裂を見る
ショーンゴを見る
またトンネルを見る
その目に
初めて
計算じゃないものがある
選択だ
石が三度唸り
亀裂が指一本ぶん広がる
下で誰かが梃子を入れたみたいに
ヴェルクが囁く
ほとんど声がない
- お前はこれが結び目だと思ってる
- これはただの扉だ
ショーンゴは中心へ一歩
自分の影が裂け目の縁に落ちる位置へ
そして落ち着いて返す
- なら入る
- そこに慣れて奪ってる奴が誰か 見てやる
ヴェルクはまだ逃げない
だがもう命令する側じゃない
先に落ちない道を探す側になった
石の唸りはさらに明確になる
地上の街が息を止めたみたいに
待っている
負けるのは規則か
それに いいえと言った者か




