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魔族の生き残り王女の婚姻  作者: 天瀬 澪


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68.笑顔のために⑥


 迫りくる刃にアリシアが恐怖を感じなかったのは、絶対に大丈夫だという自信があったからだ。

 “誰かと笑い合いたかった”というかつての願いは、“シリウスと笑い合いたい”という強い想いに変化した。そして自分の中にある不思議な魔力が、願いや想いに呼応してくれるのだとすれば、まず間違いなく命を護ってくれると思ったのだ。


(―――私は生きて、大好きな人(シリウス)と共に笑い合いたい―――)


 眩い光が会場全体を包み、あまりの眩しさにアリシアはぎゅっと目を瞑る。

 いつまで経っても感じることのない痛みからゆっくりと瞼を持ち上げれば、すぐ近くにシリウスの顔があった。薄紫の瞳が揺れたかと思えば、そのまま強く体を抱きしめられていた。



「……シリウス。私、生きているわよね?」


「……当たり前だ、バカ」



 優しい声で呟かれた罵倒のあとに、さらに力強く抱きしめられる。その腕から伝わってくる熱に、鼻を掠める濃厚なバニラの香りに、自信が確信へと変わっていた。

 シリウスが体を離すと、足元に真っ二つに折れていた剣が目に入った。アリシアに宿る不思議な力は、またしても命を護ってくれたのだ。



「……そんな……」



 誰かの掠れた呟きと共に、カシャンと金属がぶつかるような音が響く。

 次々と連続して響く音の方へと視線を向ければ、衛兵たちが呆然とした顔で膝をついていた。その手に握られていたはずの剣は、主を失い床に転がっている。



「……命を、奪えないんじゃ……復讐なんてっ……」

「そうだ……話が違うぞ……!復讐の場を与えてくれると約束したじゃないか!」



 魔族の王女(アリシア)の命を奪うことはできないと目の前で認識させられた衛兵たちは、怒りの矛先を宰相へと向け始めた。その口ぶりからして、彼らは宰相に最近雇われた魔族に恨みを持つ者たちなのだろう。

 宰相は戸惑いの表情をすぐに切り替え、咳払いをしてからズレていた眼鏡をかけ直す。



「……アリシアさまの力が実証されたからと言って、私には何の企みを持っていないとは思えません。むしろ、より我々の国が危険に晒されると考えられ……」


「―――そうは思わないな、俺は」



 宰相の言葉を遮ったのはエリクだった。アリシアにかけた拘束の魔術を解き、無事だったことを褒めてくれるかのように頭を優しくポンと叩かれる。



「誰からも命を奪われない稀有な力を持ってるなら、それこそなりふり構わずこの国を乗っ取れるはずだ。けどこの王女さんは今まで一度だって、俺たちを傷つけようとしたか?」


「……そ、それは」


「何もしていない相手に一方的に刃を向けるなら、それこそ俺たちが嫌う魔族と何も変わらない。……違うか?」



 エリクの問いに、衛兵たちがハッと目を見開いては項垂れた。オズモンドやマルヴィナを囲っていた衛兵たちの目にも迷いが浮かび、次の指示を待っているかのように視線を宰相へと投げかけている。

 宰相の後ろにいた国王と王妃の存在感は、この場では既に無くなっているようなものだった。目の前で起きている状況に頭が追いついていないのか、それももどうすれば自分たちの権力を誇示できるか考えているのか、口をパクパクと動かしてはいるが声は全く出ていない。

 宰相の隣でデリックが険しい顔をしていたかと思えば、唐突に腰の剣を抜く。



「……とんだ茶番だ!何か細工をして剣を弾き返すようにしたに決まってる!シリウス、お前は恥ずかしくないのか?お前の大事な親代わりを奪ったのは魔族だろ!」



 喚くようなデリックの言葉に、シリウスの眉がピクリと動いた。

 デリックが言う“シリウスの親代わり”だという人物のとこをアリシアは知らない。そして、その人が魔族に命を奪われてしまったということも。

 最初の頃にシリウスから向けられていた冷たい憎悪の目の理由をようやく理解し、アリシアはぐっと唇を噛む。けれど、そんなアリシアの腰をシリウスが抱き寄せた。



「その通りですよ。あなたたちが“王子は三人も要らない”と早々に俺を見捨てた代わりに、一から十まで大切なことを叩き込んでくれた大切な人は魔族に呆気なく奪われました。……でもその魔族はアリシアじゃない。アリシアは他の魔族とは違うと、俺の命を懸けてこの場で断言できます」


「……シリウス」



 大切な人を奪われ、その悲しみや憎しみを魔族へ向けるのは当然のことだ。

 それでもシリウスは、アリシアを憎むべき魔族の対象から外してくれた。アリシアに生きる意味を与え、そして共に生きることを望んでくれたのだ。

 力強いシリウスの言葉と眼差しに、アリシアは目頭が熱くなる。けれどまだ泣くべきではないと涙を堪え、相対すべき悪へと視線を移した。



「……この手を加えられた物語を、正しいものへと戻しましょう。誰が正しく、誰が間違っているのか……それを判断するのは、この場に招待された方たちです」


「な……何を言うか!正しいのは私たち王家だ!私たちの言うことが全てなのだ!」



 アリシアが間違っているのだと、国王が声を大にして主張する。宰相が慌ててその口を塞ごうと動いたが、一歩間に合わなかった。



「国民は私たちのために働けば良い!他国の貴賓は私たちの望むものだけ与えてくれれば良い!余計なものは何一つ要らんのだ!」


「そうよ!私たちに反論する気なら、税を引き上げてやりましょう!そしてそのお金で今までよりもっと豪遊をっ……」



 そこでようやく、王妃は自分の失言に気付いたようだ。化粧が塗りたくられた顔からサッと血の気が引き、口を半開きにして国王と目を合わせる。

 その様子は誰が見ても()だと判断できるもので、会場内の空気が動揺から怒りへと徐々に変化していく。



「……なんてことだ、これが国王の言葉か?」

「私たちのために魔族を滅ぼそうとしてくれたわけではないの?」

「私利私欲のために、俺たちが支払う税金を巻き上げているのか……?」

「待て、それは先ほどオズモンド殿下の罪状として挙げられていたはずだ」

「……それなら、他の王子殿下たちも関わっているということ?」



 疑惑の声は大きくなっていくが、それはアリシアの望む展開とはいかなかった。このままでは無実のシリウスとオズモンドも王家のあるまじき失態に関わっていると思われてしまう。

 どうすればこの場を切り抜ける事ができるかと必死に頭を働かせるアリシアの耳に、小さくも凛とした声が届いてきた。



「―――シリウス殿下も王女さまも、僕たちを騙すようなことは絶対にしないよ!」



 ざわついていた人々が口をつぐみ、一斉に声の出所を探す。

 同じようにホールを見渡していたアリシアは、給仕の格好をした少年の姿を捉えて目を見張った。とても見覚えのある顔だったからだ。


(あの子……町で私を刺した子だわ)


 少年だけに限らず、他にもアリシアを襲おうと武器を手に取っていた人たちの姿があった。誰もがその眼差しに強い意思を浮かべ、貴族たちの視線に負けないようにと声を張り上げる。



「……そうだ!俺たちは一度アリシアさまに武器を向けてしまったが、アリシアさまは反撃しようともしなかった!」

「俺たちの大切な人を失った悲しみに寄り添い、それでいて生きろと言ってくださった……!」

「……そしてシリウス殿下は、こうして僕に仕事を与えてくれた!償う機会を、与えてくれたんだ……!」



 彼らがその後どのように過ごしていたのか、アリシアには知るすべもないと思っていた。けれどシリウスが取り計らい、城内で働けるよう手助けをしてくれていたらしい。

 パッと隣を見ると、シリウスが誇らしげな顔で少年たちを見守っていた。もう一度立ち上がる機会を与えたことが間違いではなかったと、そう安心しているようにも見える。


 少年たちの紡いだ言葉が、新たな波紋となって人々の間に広がっていく。

 アリシアとシリウスに向けられる鋭い視線が和らいできたと感じていると、嘲笑うような大きな笑い声が不気味に空間を引き裂いた。



「……ははははっ!お前たちは見る目が無い!正しいのは俺なんだ……!衛兵!逆らおうとするやつらを捕らえろ!」



 デリックが狂気に満ちた顔でそう命令を下すが、ステージ上にいる衛兵たちに迷いがあるのは明らかだった。

 ところが、ホールの正面の扉から突然大勢の衛兵たちが流れ込んでくる。衛兵の格好をしてはいるが、それがデリックの寄せ集めた私兵だということはすぐに分かった。



「はははっ!存分に暴れていいんだよな!?」

「前からお貴族さまには嫌気が差してたんだよ!おらおら、道を開けろ!」



 素行の悪い言動で剣を振り回し始めた兵たちに、招待客たちが悲鳴を上げ逃げ惑う。

 その光景を見た瞬間、アリシアの怒りの糸がプツンと途切れたのだった。



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