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4.ひとりぼっち


『はあ……アリシア。なんて使えない子なの』

『あははは!お前って本当に魔族か?』

『っていうか、こいつと血が繋がってるって思うだけで俺は吐き気がする』

『アリシアちゃーん。また力を試させてちょうだいよ。少し痛いくらい我慢して。……ね、いいでしょう?』



「……っ!!」



 アリシアはハッと目を覚ました。

 乱れた呼吸を整えながら、胸元を押さえて起き上がる。足にヒヤリと冷たさが伝わり、ベッドに置いたままの足枷が目に入った。


(夢、だけど……夢じゃない)


 今はもういない四人の兄と姉。王家として申し分ない力を持ち、天候を支配していた。

 そしてアリシアの体と心もまた、同じように支配されていた。一人生き残ったところで、簡単に忘れられるほどの傷ではない。


 アリシアは一度瞼を閉じ、ゆっくりと開く。

 ここはかつて住んでいた国ではなく、マクラウド国だ。そして第三王子シリウスの妻として、彼を国王にするために、魔族の王女だという存在感を示すことが今の使命だった。



「………」



 アリシアは思わず首を傾げる。存在感というものは、どうすれば示すことができるのだろうかと疑問に思ったときだった。



「ーーーアリシア。入るぞ」



 急に扉が開き、シリウスがズカズカと部屋に入って来た。

 薄紫の瞳が、ベッドに腰掛けたままのアリシアを映す。それから部屋の中をぐるりと見渡した。



「よし、破損箇所はないな」


「……シリウスは、私が所構わず物を壊すと思っているの?」


「そういう種族だろ、魔族は」



 シリウスが冷ややかに笑いながら近付いて来る。

 アリシアは否定したくてもできなかった。魔族―――特にアリシアの家族は、至るものを破壊して力を見せつけてきたのだから。

 けれど、アリシアは一度だって何かを壊したことはない。それを訴えたところで、シリウスが信じてくれるとは思えなかったが。



「どうした?反論したければ聞くけど」


「反論は、できるはずがないわ。ただ私は……この城を壊そうだなんて思わない」


「へえ。それを俺が信じるかどうかは、今後のあんたの活躍次第だな」



 シリウスはアリシアの顎を持ち上げると、じっと顔を覗き込んでくる。

 その瞳の中に自分が映っているのを見ながら、アリシアは唇をぎゅっと結んだ。活躍次第、という言葉が重くのしかかる。



「……私は、あなたの妻としてどう振る舞えばいいの……?」


「まず、凛としていろ。どんなに暴言を吐きかけられても弱さを見せるな。羽虫を見るような視線を常に相手に向けておけ」


「羽虫……?」



 アリシアは不思議に思いながらも、小さな羽虫を追うように視線を彷徨わせてみた。すると、すぐにシリウスが吹き出す。



「ちょっと待て、本気か?羽虫を見るような目なんて、魔族なら得意だろ」


「……ま、待って。こうよね」



 再度アリシアはシリウスを羽虫と思い込むようにして目を細めたが、バカにしたように笑われるだけだった。



「よく分かった。あんたは余計な顔はするな、アリシア。ただ昨日と同じように、にこりともせず堂々と俺の隣に立っていればいい」


「それなら……できるわ」



 笑えと言われたら困るが、笑わないことなら簡単にできる。今のアリシアはもう、笑い方を忘れてしまったからだ。

 シリウスはアリシアの顎から手を離すと、そのままベッドにどさりと腰掛けた。



「いいか。近い内に祭典が開催される」


「祭典……?」


「そうだ。魔族による恐怖の支配が終わったことを喜ぶ祭り、らしい」



 シリウスの瞳が、アリシアの反応を探るように向けられる。嘆き悲しむか、怒り出すかとでも思われているのだろう。

 けれどアリシアは、無表情のまま素直に頷く。



「そう。そこに私もあなたの妻として参加する……そうよね?」


「……ああ。ここからが重要だ。ーーー“魔族の生き残りの王女は、マクラウド国第三王子シリウスと対峙した瞬間、恋に落ちた。婚姻を結ぶことを条件に、この世界に危害を加えないよう誓約を交わした”ーーーこれが国民に、そして他国に発信される情報だ」



 さぁ感想をどうぞ、と言われたアリシアは瞬きを繰り返す。



「私が、恋。……シリウスに?」


「そう真顔で聞くなよ。少しくらい照れたらどうだ?」



 くっと喉を鳴らしてシリウスが笑う。笑った顔は幼く見えるなと思いながら、アリシアはその作り話について考えた。


(つまり……私が魔族の力で生き残ったことを、知られたくないってことね。行動の監視という名目の結婚だと国民や他国が不安になるから、私がシリウスに恋をして、シリウスが私の手綱を握っていると思われたほうが都合がいい……)


 考えながら、アリシアはずいぶんと軽い理由付けだなと感じた。“恋”だなんて曖昧なもので、魔族の生き残りであるアリシアの存在が受け入れられるのだろうか。



「さて、何か考えているようだけど……残念ながらあんたも俺も、このバカバカしい作り話を受け入れるしかない」


「それなら私は……あなたのことが好きで仕方ないという態度を取らないといけないってこと?」


「ははっ、できるのか?羽虫を見るような目もできないのに?」



 シリウスは笑ってベッドから立ち上がる。けれど振り返ったときの瞳は、全く笑っていなかった。



「別に、他人の前でベタベタする必要は全く無い。その作り話が疑われ始めたら、そのとき考えればいいさ」


「……そうね」


「じゃあ、その日取りが決まったらまた来る。それまではこの部屋で過ごしてくれ。今あんたの侍女を探しているところだ……立候補者はもちろん誰もいないけどな」



 最後に冷たい一言を付け足して、シリウスは部屋を出て行った。

 閉まった扉を見つめながら、アリシアは大きく息を吐き出す。勘違いしそうになっていた自分が、とても恥ずかしかった。

 いくら仮初の夫婦になるからといって、仲良くできるわけではないのだ。

 アリシアにとって、この国での居場所はここしかない。そしてこの城で、シリウスとしか会っていない。


 だからか、アリシアの気はシリウスに対して少し緩んでしまっていた。

 シリウスからすれば、アリシアの存在はただの憎い魔族の王女で、それ以上になることはない。

 その事実を、あの冷たい瞳で突きつけられた。



「……ラウル……フレデリカ。会いたいわ……」



 アリシアは思わずそう呟いていた。

 護衛騎士のラウルと、騎士と侍女を兼任していたフレデリカ。この二人の側近は、最後までアリシアの味方でいてくれた。


 アリシア以外の魔族が滅んだあの日、シリウスが騎士を連れて来る前に魔力を使って遠くへ送り飛ばしたのだが、どこへ飛ばせたのかはアリシア自身にも分からない。

 才能溢れる二人ならば知らない土地でも生活できると思うが、こうして生き長らえた今、身勝手にもまた会いたいと願ってしまう。


 ベッドから降り、アリシアはゆっくりと窓辺に近付く。

 開かないように細工された窓に手のひらを当て、日が暮れるまで見慣れない景色をじっと眺めていた。



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