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31.暗闇を照らす光②


 二人の乗った馬車が到着したのは、城下町のすぐそばだった。

 物陰に隠れるように馬車から降りると、シリウスは御者に何かを指示をしてからアリシアの方へ向かって来る。



「……これから町中に入って色々と探る予定だが、あんたは俺についてくる感じでいいよな?」


「私……が、ついていって大丈夫なの?」


「何だそれ。ダメなら最初から誘わないけど」



 眉をひそめられてしまったが、アリシアはその言葉にホッと安心する。

 すると、シリウスはアリシアの被っていた帽子のつばを持ちぐいっと下げた。纏めて帽子の中に押し込んでいた髪が一房顔の横に垂れ、その髪を耳に掛けるように長い指先が移動する。



「……ここがパーティー会場なら、“俯かずに堂々と胸を張れ”って言うところだが……今は別に無理して繕わなくていい」



 誰かに勘付かれたらそうもいかなくなるけどな、と付け足しながらシリウスがアリシアの頭をポンと叩く。

 帽子のつばがアリシアの俯いていた顔を隠してくれていたため、複雑な感情で歪んだ表情を見られずに済んだ。シリウスの優しさは、一度気付けばじわじわと胸の中に侵食してきてしまう。


 口数の少なくなったアリシアの態度を、シリウスは初めてマクラウド国の町中に出る緊張からくるものだと勘違いしてくれたようだ。

 それ以上何も言わず、歩幅を合わせながら先導し町の中へと足を踏み入れていく。



 一歩町中へと入れば、活気溢れる光景がアリシアの目に飛び込んて来た。

 行き交う人の波に揉まれるようにして大通りを進みながら、視線をきょろきょろと動かし周囲を観察する。視界に入るもの全てが新鮮で、はたから見ればアリシアの瞳は宝物を見つけた子どものように輝いているだろう。


(すごいわ、美味しそうな屋台がたくさん……向こうのお店は何かしら?人だかりがきているのは……楽器で演奏をしているのね。今通り過ぎた女の子、どこで花冠を買ってもらったのかしら)


 小さな女の子が笑顔で大人と手を繋いで歩く様子を目で追いかけながら、他にもたくさんの楽しそうな笑顔が溢れていることに気付く。少なくとも今アリシアの周囲に、暗く淀んだ感情を持つ人は一人もいないように思えた。

 すれ違う人々の表情に気を取られていたアリシアは、ドンと誰かにぶつかり人混みに流されてしまう。



「……シ……、」



 シリウスの名前を呼ぼうとしたが、今日は正体を隠して訪れていることを思い出し口をつぐんだ。土地勘の無いこの町ではぐれてしまえば、アリシアにシリウスを見つけ出す方法はない。

 逆に魔力を使い見つけ出してもらう方法はあるのだが、それをすればアリシアが魔族であるとすぐにバレてしまう。別の方法はないかと考えているうちに、あっというまに大通りの端のほうへと追いやられてしまっていた。


(……す、すごいわ。行き交う人が多すぎてシリウスがどこにいるか全く分からない……とりあえず人混みを避けて目立つ場所に立っていようかしら)


 シリウスがアリシアの姿が無いことにすぐ気付いてくれるのか、そして気付いたとして探しに来てくれるのかどうかは分からない。それでもシリウスがいないからと、勝手に動き回るつもりはアリシアにはなかった。

 髪色を隠してくれる帽子がずれていないことを確認し、町中の日常へと目を向ける。笑い声が溢れるこの空間に、アリシアはまだ溶け込めていない。



「……」



 人の流れから離れた場所にいると、アリシアと同じように人の流れから外れた動きをする人たちがやけに目に付くようになる。

 明確な目的を持って別の場所へ移動する人、道に迷ったのか足を止めて周囲を見渡す人、そして―――こそこそと気配を消すように人混みから抜け裏道へと入って行く人だ。

 世界にはどこにでも悪人がいると、アリシアはそう思っている。特に人が多く集まる場所には、より多くの悪が集まっていても不思議ではない。


 見回り中の騎士の姿を目で探してみるが、アリシアには見つけることができなかった。その間にも不審な動きをする人物は一定数おり、幸せな笑顔が溢れる中で不穏な空気が淀んでいた。

 アリシアは険しい顔で人混みに目を凝らす。


(怪しい動きの人たちを追い掛けたりすれば、シリウスとの合流が難しくなるわ。それに、正体がバレてしまえば面倒事になってしまう。大人しくここで待つのが正解よ)


 半ば無理やり自分を説得させながら、アリシアは深く息を吐いて背筋を正す。すると、誰かが近付いて来るのが見えた。

 背格好からしてシリウスではないことがすぐに分かる。記憶にないその男性は、何故かにこにこと笑みを携えてアリシアの目の前で立ち止まった。



「こんにちは、美しいお嬢さん。いやぁ、あなたみたいな方に出会えるなんて、僕はなんて幸運なんだ!」


「……あの、声を掛ける相手を間違えているわ」



 アリシアは男性を見つめながらそう答える。いくら髪を隠しているとはいえ、魔族に声を掛けていると分かればこの男性は卒倒するに違いない。

 親切心から遠回しに「他を当たって」と伝えたはずが、男性の耳には届かなかったらしい。有無を言わさぬ笑顔でアリシアの腕を掴み、ぐいぐいと裏道へと引っ張っていく。



「間違いだなんてそんなそんな!これは僕の運命です!よければ少し付き合ってくれませんか?」


「……待って、どこに……」



 強引に裏道へと引き込まれたかと思えば、男性の笑顔が一変する。ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべアリシアの肩を押すと、壁際に追い詰めるように立ち塞がった。



「あんなとこで顔を隠して立ってるなんて、イイコトする相手を探してたんだろ?俺が相手してやるよ」


「いっ……、」



 乱暴に手首を掴まれ壁に押し当てられると、鈍い痛みが走った。

 なんとも迷惑な勘違いで襲われそうになっていることに気付き、アリシアはぐっと眉を寄せる。



「離しなさい、私はあなたを待っていたわけじゃないの」


「はぁ?好みじゃないって言うのか?ふざけんな、すぐに満足させてやるよ」



 男性の舌先がアリシアの首筋に這わされ、ぞわりと鳥肌が立った。

 魔力を使って吹き飛ばすことは簡単だが、頭に浮かんだシリウスの顔が唯一の対抗策を躊躇わせる。軽く身をよじったところで、アリシアの細腕では男性の力に敵わなかった。

 荒い息遣いがすぐ耳元で聞こえ、男性の手が不意に帽子へと伸びる。



「やっぱお前、綺麗な顔してんな。はは、久しぶりの当たりだ―――、」



 帽子が頭から離れると同時に、押し込んでいた髪がはらりと落ちていく。その髪色を見て目を見開いた男性の顔が、一瞬で恐怖に染まった。



「……う……うわあああぁぁ!魔族っ……魔族だああぁぁ!」



 男性の絶叫が薄暗い裏道に響き渡り、「助けてくれぇぇぇ!」と叫びながら表通りへと逃げていく。

 アリシアは足元に転がっていた帽子を拾い上げすぐに被ると、躊躇うことなくその場から駆け出した。このまま留まっていれば、魔族に恨みを持つ人間たちにあっという間に囲まれてしまうだろう。


(結局こうなってしまうなら―――シリウスのためにも、一緒に来るべきじゃなかったんだわ)


 唇を噛み締め、帽子を目深に被りながらアリシアは裏道をひたすら進む。どこか身を隠せる場所を見つけられればいいが、そうなるとますますシリウスに見つけ出してもらえなくなるかもしれない。


(そもそもシリウスは……私を、探してくれているのかしら)


 一度考えてしまった後ろ向きな思考は、アリシアの行動を鈍らせていく。



「おい、魔族がこの町に現れたらしいぞ……!」

「魔族って、あの生き残りの王女か?」

「くそっ、俺の友人は魔族に命を奪われたんだ……!見つけ出していたぶってやりてぇ……!」

「バカ言え、いくら憎くても今はシリウス殿下と婚姻を結んでるんだぞ?下手なことすれば投獄されちまう」

「知るか!事故に見せかけるとか何とか出来るかもしれねぇ!……探し出してやる!」



 すぐ近くの小道から聞こえてきた会話にアリシアは足を止め、別の道へと逃げ込むように走り出す。

 どこへ向かったところで独りなのだと分かっていながらも、希望の光に縋って逃げ続けることしか選べなかった。



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