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21.第一王子との数時間①


 どうしてこうなってしまったのだろうと、アリシアは痛む頭を押さえながら考えていた。

 辺り一面暗闇の中、隙間から僅かに差し込む光が()()()()()()()部屋の状況をぼんやりと浮かび上がらせる。


 床一面に散らばる本の山、傾いている本棚、くたびれたソファ。天井からは壊れた電球が意味を成さずにぶら下がっている。

 たった一つの出入り口の扉へ手を伸ばしてみるが、いくら取手を捻っても開く気配はない。

 完全に閉じ込められてしまったことに肩を落としながら、アリシアは床に転がる影を見つめた。


(……どうしよう。私、初めて人を蹴り飛ばしたいと思っているわ。やっぱり魔族の血には逆らえないのかしら……)


 落ち込んでいるアリシアの瞳に映るのは、大の字で気を失っている男性――――第一王子オズモンドだ。

 オズモンドと薄暗い部屋に閉じ込められているのは、数時間前に拾った指輪を届けに会いに行ってしまったことが発端だった。






 ***


 シリウスと中庭で過ごし、小さな指輪を拾ったアリシアは、公務の時間だというシリウスに別れを告げた足でオズモンドの部屋を探し回っていた。

 マクラウド国の城には、アリシアがいる棟とは別に三つの棟がある。本棟には国王や王妃の住む部屋があり、あとの二つの棟に王子三人の部屋があるらしいのだが、そのどちらにオズモンドがいるのかは分からなかった。


(……先にミシェルに訊いておけばよかったわね)


 一つ目の棟の中をうろうろと彷徨いながら、アリシアはここにはいるはずのない侍女のミシェルの姿を探していた。

 とてもではないが、この棟にいる使用人や衛兵たちは道を訊ける雰囲気ではない。視線を合わせれば命を奪われると思っているのか、皆が震えながら廊下の隅に避け、アリシアが通り過ぎるまで深く頭を下げて床を見つめ続けるのだ。

 一度優しそうな雰囲気の女性の使用人に声を掛けたところ、その場で失神してしまったため、できるなら誰かに頼らずに見つけ出したかった。


 城内の地図をもっとよく読み込んで覚えておくべきだったと後悔し始めたとき、見覚えのある栗色の髪を一つに束ねた後ろ姿が遠くに見える。

 アリシアはなるべく走らないように早足で廊下を進むと、威厳のある声が出せるよう咳払いをしてから口を開いた。



「オズモンド殿下」



 側近を連れずに一人で歩いていたオズモンドは、振り返った先にアリシアがいることであからさまに眉を寄せる。

 その顔には「何の用だ」と分かりやすく書いてあるようで、用事を早く済ませてしまおうとアリシアはすぐにハンカチに包んでいる指輪を差し出した。



「オズモンド殿下の探し物は、こちらですか?」


「探し物?俺が探し物をしてるって誰から聞いた?」


「……誰からも聞いていません。殿下の振る舞いでそう感じただけです」



 オズモンドは不審感をあらわにしたまま、アリシアの差し出したハンカチを指で摘んで持ち上げる。

 その先からコロンと手のひらの上で転がった指輪を見るなり、オズモンドは大きく目を見張った。



「こっ……!!」



 一度大きな声を発したあと、オズモンドは慌てて片手で口元を押さえる。かと思えば、次の瞬間にはアリシアは腕を引っ張られ柱の陰に連れて行かれていた。

 魔族の腕を強く引くのはシリウスかオズモンドくらいだろうと思いながら、アリシアは再度指輪を差し出す。



「その反応で分かりました、オズモンド殿下の探し物で間違いないみたいですね。……では、お返しします」



 オズモンドの手に半ば無理やり指輪を握らせれば、その表情がみるみるうちに赤くなっていく。それが怒りからくるものか恥ずかしさからくるものかは分からないが、とりあえず持ち主に返せたのならアリシアの役目はここで終わりだ。

 シリウスに宣言してしまった以上、オズモンドが恩を感じてくれればこの先要求を通しやすくなるのではと思ってはいたのだが、目の前で悪戯が見つかった子どものように狼狽えている第一王子の頭には感謝の文字は浮かんでいないだろう。



「……安心してください、誰にも言いませんよ」


「……なっ、何をだ!?」


「婚約者の方の他に、この指輪を贈りたいと思う女性がいるのでしょう?」



 じっと目を見てそう問い掛ければ、オズモンドの眉間のシワが深く刻まれた。



「何を言ってんだお前、そんなわけねぇだろ。これは……」



 オズモンドが何かを言いかけたその時、すぐ近くで何かが爆発したような大きな音が響いた。足元が揺れ、複数人の悲鳴が響き渡る。

 バッと振り返ったアリシアの目に、舞い上がる砂埃と立ち上る煙が映った。何が起こったのかと固まっていると、すぐ近くから驚くほどのんびりとした声が届く。



「あー、またか」



 オズモンドがため息を吐き、がしがしと頭を掻く。指輪をポケットに仕舞い込み、爆煙とは反対方向に歩き出そうとしたその腕をアリシアは咄嗟に掴んで引き止めていた。



「おい何する、離せ」


「……またって何ですか?何が起きたのですか?」



 アリシアの問いに、オズモンドは面倒くさそうに眉を寄せる。城内で何か問題が起こっていることは間違いないのだが、目の前の第一王子はすぐに動こうともしていない。



「……暴動だ。城外からか城内からか、王家に不満を持つ奴らが暴動を起こすんだよ」


「暴動って……今誰かが誰かを攻撃しているってことですか?」


「さぁな。放っといても衛兵あたりが片付けるだろ。こういう面倒ごとの後始末は全部―――シリウスの仕事だ」



 オズモンドは心底興味がなさそうな口ぶりでそう言うと、アリシアの手を振り解こうと大きく腕を振る。けれど、アリシアはとても手を離す気にはなれなかった。


(この城の主は……この国の王族は、全てをシリウスに押し付けているっていうの?)


 オズモンドの態度が、生前の兄の態度と重なる。けれど嫌がらせと分かって愉しんでいた兄とは違って、オズモンドは自分の行動が間違ったものだと()()()()()()()()

 シリウス一人が動くことが当たり前だと、そう思っているのだ。



「―――行きましょう」



 この時、何がアリシアを突き動かしたのかは本人にもまだ分かっていなかった。ただシリウスの疲れ切った顔が脳裏に浮かんでは消え、気付けばオズモンドの手を引いて騒ぎの方向へと歩き出していた。



「おい、やめろ離せ!わざわざ暴動に突っ込んでくバカがいるか?俺は第一王子だぞ!」


「それなら私は、魔族の王女で第三王子シリウスの妻です」



 負けじとそう言い返してみれば、オズモンドの抵抗力がふっと弱まる。“魔族の王女”が効いたのかと驚いたアリシアの耳に届いたのは、期待とはかけ離れた言葉だった。



「そっか、そうだよな。次から暴動が起きたらお前が出ればすぐ解決するじゃんか。今もそうしてくれんだろ?」


「……私はシリウスの許可なしで魔力は使えません」


「はぁ?それじゃ何のために……」



 二度目の爆発音が鳴り響いたかと思えば、数人が駆け出してくる姿が遠くに見えた。

 口元を布で隠し、手には武器を持っている人間たちが、オズモンドを見るなり声を張り上げる。



「―――いたぞ!第一王子だ!」


「ああくそっ、俺狙いかよ……!」



 苛立たしげに吐き捨てたオズモンドは、アリシアの腕を掴み暴動を起こしたと思われる人たちから逃げるように反対方向へと駆け出した。腕を引っ張られ転びそうになりながら、巻き込まれたアリシアは追いかけてくる人たちへと視線を向ける。



「オズモンド殿下、一回話してみるのは……」


「足を止めた瞬間やられるに決まってんだろ!いいな、お前は俺を護れ!命令だ!」



 廊下を駆け中庭へ続く道を通ると、オズモンドは急に生垣の中に体を突っ込んだ。思わず足を止めたアリシアだったが、急かすように腕を引かれ、同じように生垣の中を突き進むと足元に不自然に盛り上がった地面があることに気付く。

 オズモンドはその地面を捲り上げ隠し扉を開くと、地下へと続く階段を指差した。



「早く行け、追いつかれるだろうが」


「……ですが殿下、」


「やべっ、足音がするぞ!」



 慌てたように前に出たオズモンドと、アリシアの体がぶつかる。あ、と思ったときには二人揃って階段を滑り落ちており、鈍い体の痛みと共にぎゅっと瞑っていた瞼を持ち上げた。

 地上へと繋がる扉が光を閉じ込めるようにバタンと音を立てて閉まった瞬間、アリシアは絶望に似た感情で大きくため息を吐いていたのだった。



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