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2.婚姻と言う名の契約


 ーーー婚姻。妻になる。


 国民の前で処刑されると思っていたアリシアは、予想からかけ離れた言葉に思考が追いついていなかった。


(……マクラウド国、第三王子……。私がいるのが大国マクラウドで、目の前の人が第三王子のシリウスさまだということは分かった。でも……)


 アリシアはちらりと足枷に目を遣った。

 本当に婚姻を結ぶつもりだとすれば、このような扱いはしないだろう。

 と、いうことはーーー。



「私は……捕虜のようなものですか?」


「……どうしてそう思った?」



 シリウスが探るようにアリシアを見る。

 新たな考えを導き出したアリシアは、心を落ち着かせるように息を吐き出してから口を開いた。



「あなたは、魔族を生かしておけないと言っていました。それなのに私は生きていて、処刑するわけでもなく婚姻を結ばせる……ということは、私の命を奪えない理由があると推測できます。本当は処刑したいのにそれができないとなれば、手元に置いて監視することが妥当な案です」


「……なるほど」



 アリシアの推測にシリウスは肩を竦めた。



「魔族の王女。君は他の魔族よりはまともな頭脳を持っているらしいな。……だが、監視が目的の捕虜なら、牢に入れておけばいいだけだろう?」


「……そうですね。私が牢に入れられないのは、魔族の王女だからでしょうか」



 アリシアがただの魔族であったならば、おそらく牢に入れられていただろう。

 けれど、王女であるという事実がそれを阻んだ。


 魔族の王家の血を継ぐ者たちには、世界最強と云われるほどの魔力が、それぞれに与えられていた。

 実際にアリシアの家族はその力を世界に見せつけるように、無意味な蛮行を繰り返してきたのだ。

 そしてその稀有な力は、王女であるアリシアにも受け継がれている。



「魔族の王家の力があれば、牢に入れても脱出することは容易い。それなら、甘い餌をちらつかせ、手元に抱え込んで監視すればいい……と、そんなところでしょうか」



 客観的に意見を述べたアリシアに、シリウスが突然笑い出す。



「はははっ、自分の状況を、よく瞬時にそこまで客観視できるな。……あのときの君の“どうぞ命を奪ってください”という態度が、このための布石だったと言われれば納得しそうだ」


「……そんなことは……」


「ああ、ないことは分かっている。俺は確かに全力で剣を振るったし、君は大人しく死を受け入れようとしていた」



 シリウスがスッと瞳を細め、「だが」と続けた。



「俺の剣は、君に届く直前に光によって弾き返された。……それが、君の魔族の王女としての力か?」


「……」



 アリシアは沈黙した。

 それは決して、力を言い当てられたからではない。

 自分の命を護ろうとするそんな力があることを、アリシアは知らなかったからだ。


 アリシアの魔力は、家族の中でも最弱だった。

 四人の兄と姉は、天候を操るほどの強い力を持っていたが、それでも結局は人の手で呆気なく葬られてしまったのだ。


(私の、魔力はーーー……)


 アリシアの沈黙を、シリウスは肯定として捉えたようだ。



「……なるほど、やはり君は魔族の生き残りとして、生かしておくしかないらしい。それなら、君の道は一つだけだ」


「……」


「俺の妻となり、その一挙一動を監視させてもらう。その間に俺は、君の力を暴き、その命を奪う方法を必ず見つけてみせよう」



 シリウスにそう言われ、アリシアは沈黙したまま頷いた。

 剣を弾き返したというアリシアの魔力が何であれ、いずれは散る命なのだと思えば、今までの生活と何も変わりはない。

 生きる心地のしない毎日を、魔族の国で過ごすのか、違う国で過ごすのかだけの違いだった。


 俯いたアリシアの視界に、シリウスが同じベッドに腰掛ける姿が映る。

 骨ばった手が伸び、アリシアの足枷を躊躇いなく外した。



「ーーーとまぁ、穴だらけな計画だよな」



 ん?と思ったアリシアは、咄嗟に顔を上げる。先ほどまでに比べて、ずいぶんと柔らかい空気を纏ったシリウスがそこにいた。



「……え?」


「ああ、混乱させたか?こっちが素の俺だ。さっきまでのは業務用」


「業務用……」



 ポツリと繰り返しながら、アリシアの頭に疑問符が浮かぶ。

 シリウスはそんなアリシアを見て苦笑した。



「聡明な魔族の王女になら分かるだろ?国王が俺に押し付けたこの決定事項が、どれだけ穴だらけで無意味なものか」


「……それは……そうですが」


「だろ?世界最強の魔族の王女なら、こんな足枷以前にこの城自体をぶっ壊して逃げ出せるはずだ。あんたを倒す方法が無いなら、俺と婚姻を結ばせたところで何の意味もない」



 シリウスの言う通りだった。アリシアを監視することは、アリシアの命を奪うことができるという前提でこそ意味がある。

 お前の命はこの手で握っているぞと、そう脅すことができるからだ。

 けれど今のアリシアには、自分の命を護る力が働いているらしい。つまり、脅しは全くの無意味だということだ。



「……では、あなたはどうして、その意味もない計画を受け入れたのですか……?」


「答えは簡単だ。俺がこの無意味な計画を受け入れたフリをして、あんたと取引をしようと考えたからだ」


「取引……?」



 取引という犠牲を伴うであろう単語に、アリシアは知らずにブランケットを強く握りしめていた。

 すると、シリウスは恐ろしく冷たい笑みを浮かべる。



「ーーー俺はこの国の王になり、この国の腐った部分を根本から変えたい」



 この国の、王に。

 それは第三王子のシリウスでは難しい問題だということが、同じ王女であるアリシアには分かる。



「それは……あなたを国王にするために、現国王や他の王子を消せと、そういう意味ですか?」



 アリシアの問いに、シリウスから冷たい笑みが消えた。代わりに気の抜けたような顔で瞬きを繰り返している。



「消す?……違う違う、あんなヤツらに手間をかける価値はない。せいぜい利用できる状態には調教したいとは思っているけどな」


「では、私は何を?」


「簡単なことだ。俺の妻となり、魔族の王女だという圧倒的な存在感を示してくれればいい」



 シリウスの指が、アリシアの純白の長い髪をさらう。その手がぐっと握りしめられ、髪を引っ張られたアリシアは痛みに顔をしかめた。



「……っ」


「簡単だろ?その代わりに俺が国王になるまでの間、あんたの命を奪う方法は探さないと約束する。……国王になったあとは、約束できないけどな」



 そう言ったシリウスは妖しげに笑った。ころころと変わる雰囲気に、アリシアは今までに感じたことのない得体の知れない恐怖を感じてしまう。


(……掴みどころのない人。それでも結局は、この人も私たち魔族を恨んでいるし、私にも消えて欲しいと思っているはずだわ)


 死をもって魔族の悪事を償えるのなら、アリシアはいくらでも身を差し出そうと思っていた。

 けれどシリウスは、“俺を国王にするために生きろ”と、暗にそう言っているのだ。



「……分かりました」



 アリシアは短くそう答えシリウスを見た。



「これが……生き残った私にできる罪滅ぼしなのだとしたら。私はあなたの妻という役目を全うします」


「物分かりが良くて助かるよ。ああ、妻になったからといって寵愛は期待しないでくれよ?あくまでこれは、契約取引を前提とした夫婦の意味を成さない結婚だ」


「もちろん分かっています。ただ……」



 その続きの言葉を飲み込み、アリシアは首を振る。



「……なんでもありません。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。これから契約内容を書面に起こそう。寝首を掻かれても俺が困るからな」


「……」



 全く信用されていないな、と思いながらもアリシアは敢えて否定はしなかった。

 アリシアにとって、“世界最強の魔族の王女”という肩書きは、これから先の道に必要だからだ。


(この人が国王になるまで、私が魔族の王家の中で最弱だということは隠し通さないと。……生きる場所を与えられたなら、私は最後まで精一杯生きて……できれば、心から笑いたい)


 淡い期待を胸に抱きながら、アリシアは自分が魔族の最後の一人の生き残りであるという運命を、静かに受け入れたのだった。



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